契約   4


ブラッドレイから引き取ったロイを屋敷に連れて帰ってからが大変だった。


まず生活スタイルを正すところから始まる。
娼婦まがいの事をしてきたロイは、夜型の生活に慣れ親しんでいた。

昼過ぎまで眠り、夜遅くまで起きている。
何をする訳でもなく、ただぼんやりと空を眺めている。
生きる気力がないのか、作法も勉強も何も覚えようとはしなかった。


「ロイ…それでは士官学校に入学すら出来ないぞ?」
「別に…行くつもりもないし。俺は食べるのに困らなければそれでいい。」

力のない瞳で見つめられ、デュークは毎回深い溜め息をつく。

こんな子をどう躾けろと言うのだ?
全てにやる気を無くしてしまった少年。

まだ大総統公邸にいた頃の方が生きる気力に溢れていたのに。

デュークは机の前で無気力に座るロイに真正面に向かって腰を下ろした。
眠たそうな表情のロイの髪を、優しく撫でる。


「大総統閣下からの命令なのだ。お前を育て、士官学校へ入れよ、と。」
だからそれを違える訳にはいかない。

「ちゃんと勉強して、生活上の作法を身につけて。そうすればまたあの方にも会える。」
「…今すぐ会いたい。」
「ロイ!!」
「今すぐキングに会いたい!」

ガタンと立ち上がり、机をバンと叩いて自らの意思を爆発させる。
先程まで力のなかった瞳はリンと輝いている。


デュークは今日何度目かの溜め息をつき、ロイの顔を見上げた。

「…士官学校への入学手続きもある。一度大総統府に出向くとするか…」
「そこに行けばキングに会える?」
「上手くいけばな。だが、もうお前とは立場の違う方だ。おいそれとは近寄れないぞ?」

ロイは子供のような無邪気な笑顔を浮かべ、デュークの首にしがみ付いた。

「そんな事ないさ。キングはきっと笑って俺を迎えてくれる。」
そう言って頬にちゅっとキスをすると、鼻歌を歌いながら部屋の隅にあるクローゼットを引き開けた。

「早く支度してよ!すぐにでも会いに行きたい!」
「やれやれ。これではただの我儘子供だ。」
どちらがこの家の主なんだ?

そう呟きながら、デュークは自室から軍服を取り出した。

「…そういえばおじさんの家には誰もいないね?」
「一人暮らしだからだ。」
「召使とか…家族は?」
「私は召使を雇うほど偉くはない。家族は…」

そう言って言葉を詰まらせる。
ロイはきょとんとした顔でデュークを見つめていた。

「家族は…もう5年も前に亡くした。」
ただ一言そう言うと、デュークは何も語らず身支度を整えていく。

5年前…なんかあったのか…?
別に…俺には関係ないか…


白いシャツにズボンを履き、デュークが運転する車で中央司令部に向かう。
その間もデュークは無言のままで、ロイを見ようともしなかった。


大総統府内に士官学校入学願書手続き受付所があり、多くの父兄が子供を連れて訪れていた。
デュークとロイのその中に混じり、入学に必要な書類を受取る。
試験官が色々説明していたが、ロイは全く興味を示さず、きょろきょろと周りを見回していた。

「こら、ロイ!ちゃんと話を聞きなさい。」
「何で?俺こんな所に入る気ないもん。」
「ロイ!!」
「それよりキングはいないの?俺、探しに行ってもいい?」

すくっと立ち上がり、ロイは受付の部屋を飛び出し廊下へと出て行ってしまった。

「ロイ!待ちなさい!勝手に入ってはいけない!」

デュークが慌てて後を追う。何てこった!
こんな所を大総統閣下に見つかったら…



ロイは大総統府の奥へとどんどん走っていき、周りの軍人達が一瞬驚いてロイを見送っていた。
「!?何で子供が…?」
「っておい!!お前!こんな所に来てはダメだ!」

デュークと共にロイを追いかける人数は次第に増えていく。
だがロイの足は意外と速く、兵士達を振り切って奥へ奥へと駆けて行った。




「!!キング!!!」



遠くに見える人影に、ロイが思わず声をかけた。
ブラッドレイが側近を連れて廊下を歩いている。周りにいた護衛が即座にブラッドレイの前に立ち、ロイを静止させる。

「止まれ!!貴様何者だ!」
「ここにどうやって入ってきた!」

銃を構えロイに照準を合わせると、流石のロイも足を止めた。
ブラッドレイは顔色も変えず、ただじっとロイを見つめている。
ロイは少しも怯える事無く、ブラッドレイン方へと近づいていった。

「キング!俺だよ!ロイだよ!」
「黙れ!大総統閣下を名指しするなど、無礼にも程があるぞ!」
「貴様はどこの子だ!親は何をしている?」

近づこうとするロイを護衛兵が制し、ロイは振り切ろうと暴れだす。
デューク達も追いつき、ロイの腕を一緒に掴む。

「やだ!離せ!」
「ロイ!大人しくしなさい!ここはお前の様な者が来れる所ではない。」
「でもキングがいる!俺はキングの傍がいい!」

大きくて足をばたつかせ、ロイは兵士達の一瞬の隙をついてするりと逃げ出す。
パタパタと走りブラッドレイの前までやってくると、にっこり笑って両手を差し出した。


キング、来たよ。俺、やっぱりあなたの所がいい。


そう囁きながら潤んだ瞳でロイはブラッドレイを見つめていた。



ガシッ!!!


「なっ!!!キン…グ…?」
いきなりブラッドレイはその大きな手でロイの首を掴み、そのまま高く吊り上げてしまった。
ギリ、ギリと締め上げる力に、情けは含まれていない。

ロイは苦しさに両手でブラッドレイの手を掻き毟るが、その力が衰える事はなく、むしろ力が増していく。
ロイの顔は見る見る青くなり、両足は小さく痙攣を起こし始めた。


「閣下!!お止め下さい!まだ子供なんです!」
デュークが悲鳴に似た叫び声を上げながらブラッドレイに懇願した。
ブラッドレイは顔色一つ変えず、またデュークの方を見る事なくロイの首を締め上げていく。

「閣下!!お願いです。この子の躾は私が責任持って行います!ですからどうか今一度チャンスを!」
デュークは恥じらいもなくその場に膝を折り、土下座をしてロイへの許しを願った。
締め上げられているロイがうっすらと瞳を開ける。


どう…して…?キン…グ……


そう一言呟いて、ロイは意識を失った。


「ロイ!!!」
デュークの叫び声と同時にブラッドレイはロイの首から手を離す。
どさっと言う音と共にロイは床に転がり、ピクリとも動かなかった。

「ロイ!ロイ!」
身体を抱き寄せ息があるのを確かめる。
その衝撃でロイの起動が僅かに開き、空気が肺に送り込まれた。

「ウッ!ゴホっゴホッ!」
「ロイ!!」

激しい咳き込みと共にロイの全身に空気がわたり、ロイは何とか一命を取り留めた。
涙眼でぐったりしているロイを抱き寄せ、生存を喜んでいると、側近の一人が侮蔑の瞳で見下ろしていた。

「自業自得です。将軍。躾のなってない狗は我が軍には必要ありません。」
「いっその事、あなたも躾け直したらどうです?」
笑いながら二人を見下し、唾を吹きかけながら護衛兵に連れ去るように命令をする。
デュークはその誹謗中傷にただ黙って答え、ブラッドレイの方へと眼を向けた。


ブラッドレイはただデュークとロイを見つめ…
そしてやはり表情一つ変えず、声も掛けずに大総統府の奥へと消えていった。




To be continues.

     




あまりにも長くなったので…別けました。(泣)


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