契約 3
マスタング少将は深い溜め息を何度もついていた。
つい先程与えられた命令をどう遂行していこうか途方にくれていたのだ。
「とりあえず…家に連れて行くか…」
寝室のドアを開け、薄暗い部屋の中で未だ眠っている少年の肩を揺らす。
「起きなさい!君!ほら、起きなさい。」
「う…ん…もう勘弁してよキング…」
独裁者のファーストネームを呼びつけにする人はそう居ないだろう。
ましてやこんな少年が…
「確かに…とんでもないスキャンダルだな…これは。」
あの方は何故私にこの子を引き取らせた…?
反体制派としてあなたに逆らっていたこの私に…?
「大総統閣下はもう行ってしまわれた。私が君を引き取る事になったのだ。さ、早く起きて服を着なさい。」
「…何?今度はおじさんが俺を買うの?」
ゆっくりと起き上がると、肩まで延びた漆黒の髪をかき上げ、誘う仕草を見せ付ける。
その姿は異様なほど妖艶で…成る程、これ以上家に置いておく訳には行かないと言ったあの方の気持ちも判らんでもないな。
「話は後だ。服は何処だ?」
「ないよ。ここに着てから服なんて着る暇なかったもん。」
身体にあちこち残る跡がそれが真実だと物語っていた。
ブラッドレイはロイを拾ってからこの部屋に軟禁状態で置いていた。
いや、部屋の外に出す事が出来なかったのだ。
ロイが指一本動かす度に、男を誘うフェロモンが発せられるかのように身体の中のアドレナリンが高まっていった。
それはブラッドレイだけではなく、この家の召使全てが同じ様に反応した。
初めて家に連れて来たその日の内に新人の召使がブラッドレイの眼を盗んでロイを押し倒し犯した。
事が終わる前にブラッドレイに見つかり、そのままサーベルの錆になった…
飛び散る血飛沫にさえロイは酔いしれ、「憤怒」と化しつつあったブラッドレイの眼の前で自慰を始める始末だった。
ブラッドレイはそのまま私室の奥にある寝室に連れて行き、そこから一歩も外へは出す事をしなかった。
「しかし困ったな…裸で連れて行くわけには行かないぞ?」
マスタング少将は辺りを見回すと、ベッドサイドテーブルに一枚のメモが置かれているのに気が付いた。
それはブラッドレイの直筆で書かれてあった。
「ここにある物はすべてロイに与える。」と。
寝室には洋服ダンスも備わっており、開けてみればそこには高級な衣服がずらりと並んでいた。
しかも全てロイのサイズに合わせてあり、まるで前々から用意されていたかのようだ。
本当は…あの方はこの子を引き取るつもりだったのでは…
だが予想外にこの子に気を持って行かれ…やむなく手放した…?
マスタング少将は何枚かの服を取り出し、ロイに渡す。
「これを着なさい。あぁ、その前にシャワーを浴びてくるといい。」
「何で?別に浴びなくてもいいよ。」
「駄目だ。身体中にこびりついている物を綺麗に洗っておきなさい。」
「あぁ…これ。キングが自分のや俺のを塗り捲ったから…」
クスッと笑いながら自分につけられた跡を指でなぞっていく。
そのまま自分自身に指を這わせ、自ら扱いていく。
「あっ…」
何とも言えない声をあげ、自分が織り成す刺激に陶酔していった。
「止めないか!時間がないのだ。」
強い口調でロイの右手を掴むと、そのままバシッと叩き落とす。
ロイはきょとんとした顔をしてマスタング少将を見つめていた。
「…?変なの…大人はこうすると皆喜んで俺を抱くのに。」
そして俺に色んなものを与えてくれる。食べ物もお金も。
そうだ…お前はそうやって生きてきた。
生きる為に身体を売る事に何の躊躇もない。本能でそうやって来た。
いけない事だとか…背徳的だとか…そういう概念が欠落しているのか…
「作法を身に付けさせよ」といったあの方の心情がよく理解できる…
「私はそういうつもりで君を引き取るのではない。だから早くシャワーを浴びて身体を綺麗にして来なさい。」
深い深い溜め息をつきながら、マスタング少将はロイの腕を引っ張って起こし、そのままシャワー室へと押し込んだ。
水の流れる音の中に、かすかに聞こえる少年の喘ぎ声。
先程自ら与えた刺激が残っていたか…
今日何度目かの溜め息をつきながら、少年があがるのをじっと待つ。
それから30分後、ロイは一応身も心もすっきりしてあがってきた。
「お待たせ。で、俺はどうすればいいの?」
「まずは服を着て。そして私の家に一緒に来なさい。」
「何で?俺、キングの所がいい。」
食事も美味しいし、暖かい布団で眠れるし。
何より最高の快楽を与えてくれる。
シャツに腕を通しながら屈託のない笑顔を見せる。
打算も計算も何もない。心からそう言っている。
マスタング少将は傍にあった椅子に座り、諭す様に話しかけた。
「大総統閣下は君を手放した。私に払い下げられたのだ。この家に君の居場所はもうない。」
「…?ウソ…だ…」
「ここで待っても大総統閣下はもう二度と来るまい。食事も与えられず、君は飢えて死ぬ。」
この部屋から出ることも出来ず、誰に看取られる事なく朽ち果てる。それでも良いのならここに居なさい。
怒るわけでもなく、突き放すわけでもなく。だがはっきりと事実をロイに伝える。
その変える事の出来ない事実を理解したのか、ロイの顔から笑顔は消えていた。
「…来るかね?」
「…行く…」
僅かな時間で話は纏まり、ロイは黙って俯きながら、マスタング少将の後ろに着いて行った。
玄関先まで誰の見送りもなく、二人は泊めてあった車に乗り込んだ。
ロイを後部差席に乗せ、少将自ら運転する。
「偉い人なんでしょ?何で運転手雇わないのさ。」
「私はそう偉くはないよ。運転手を雇える立場にはない。」
苦笑交じりで振り返ると、ロイは窓を開けて外を眺めていた。
何も語らず…ただじっと大総統公邸の一室の窓を見つめていた。
車は大総統府の入り口を通り抜け、郊外へと走っていく。
ロイはその建物が見えなくなるまでじっと見つめ続けていた。
「そうだ、名前をまだ聞いていなかったな。」
「……ロイ。覚えているのはそれだけ。」
「両親はどうした?」
「知らない。気が付いたら一人だったから。」
父親の事も、母親の事も何も覚えていない。名前もぼんやりと覚えていただけだ。
どうしていないのか…なんであそこの貧民街に居たのか…
今までどうやって生きてきたのか…
全ては闇の中。何も覚えていない。
「…おじさんの名前は…?」
「私か…?私はデューク。デューク・マスタングだ。」
運命だったのかもしれない…
難題を押し付けられたと嘆いたのは一時…
それが自らの思いを託す者へと変わるとは…
ロイ・マスタングとして14年後。
上を目指す者としてデュークの意志を継いだロイは大佐として中央司令部に復活した。
To be continues.
す、スミマセン、次で!次で終わらせます。(大大汗)
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