ロイの傷は一連の騒動で悪化し、再び入院を余儀なくされてしまった。
やれやれ、と言う表情でベッドに横たわっているとハボック達が見舞いにやって来た。
「大佐!お加減はどうですか?」
「最悪だ…と言いたいのだが、久しぶりにゆっくり出来た様でもあるな。」
ふぅっと小さく笑うと、ハボックが人払いをし、ロイの近くに腰掛けた。
「少尉…?」
「あのコード番号…とんでもない事になってますよ…」
そう言うと、ハボックは昨日の新聞を取り出しロイに見せた。
『街中で大爆発。軍将校数十人死傷』
その見出しを見たロイは、顔をこわばらせ、ハボックを見つめていた。
「コレは…」
「あの後、ホークアイ中尉が調べてくれたんですけどね…コード番号が示す座標、
セントラルの街中にあったんですよ。」
灯台下暗し…成る程って皆が思ったんですけど…
「俺はどうも安直過ぎて、あのアイザックさんらしくないな、と感じてたんです。」
「だから一か八か、そこには行かず、成り行きを見守る事にしました。そしたら…これですよ。」
新聞記事をすべて読み終えると、それをたたんでハボックに渡す。
記事には大総統側近の将校がテロリストのアジトを掴み踏み込んだところ爆発炎上した、と書かれていた。
確かに…セントラルの街中にアジトを作るなんて普通のテロリストでは考えない手法だ。
だからこそ、記された座標が「赤い牙」のアジトのそれらしく見えた。
ブラッドレイに良い所を見せようとした将校が軒並み犠牲になった…
「閣下も騙されたと言う訳か…」
「恐らく、大総統閣下が大佐を攻め立て、コード番号を手に入れる事を想定していたんでしょうね。」
そしてそのコード番号の示す場所に罠を張り、爆薬を仕掛けて待ち伏せしていた…
「私はまた、アイザックによって囮にされた訳だ。」
ふっと苦笑気味に微笑むと、ぱさっと枕に寄りかかった。
「ではもう私と接触は無いな。」
「そうとも言い切れませんよ、大佐。」
何が?と言う表情でハボックを見つめると、ハボックはそばにあった紙に、あのコード番号を書きとめた。
23T44E867L2L…
「確か英語は無視して、それを区切りにした座標でしたよね。」
「そうだ。それが…?」
「英語を取り外すと…何になると思います?」
「…?T、E、L、L…TELL!電話か!」
「そうです。コレは座標ではなく電話番号なんですよ。」
にっこり笑って紙を渡すと、ロイは暫くそれを見つめそして振り返った。
「だが私やお前が気が付くと言う事は、閣下も気が付くと言う事だ。恐らくこの電話番号の場所も
特定されているだろう。」
「いえ、閣下はここの場所は掴めていないと思いますよ。」
そう言うと、ハボックは小さな紙切れを内ポケットから取り出した。
そこには46とだけ示してる。
「アイザックさんは俺にもこのメモを残していたんです。絶対忘れないで頭に入れておいてくれって。」
「頭に…ではこの数字を頭に入れた番号がそうか!」
「恐らく。電話してみますか?」
ロイは暫く考え、そして静かに首を振った。
「今はまだその時期ではない。もう少しほとぼりが冷めてからではないとお互いに危険だ。」
ロイはハボックからその紙を受け取ると先程のコード番号の紙と一緒に灰皿に丸めて置いた。
そしてハボックに命じ、それらを綺麗に燃やし灰と化した。
「アイザック・ボーグ…10年ほど前に実在したテロリストの名前だったな…」
「軍将校自ら軍に歯向かった咎人だって士官学校では教わりましたよ。」
「ヒューズに調べて貰った事実では、イシュバールを始めとする行き過ぎた軍のやり方に反対して、将軍の名を捨て
テロリストとしてこの国のあり方を変えようとしたんだそうだ。」
金髪の…家柄の良い出の、とても紳士で優雅な素振りをする将軍だったそうだよ。
「!?それ…」
「アイザック・ボーグの家族は記録では皆行方不明だ。事実は粛清されたらしいが…息子が一人が居たそうだ。」
ハボックもロイもそれ以上の言葉は交わさず、暫く沈黙が流れた。
「そうそう、ヒューズ中佐から連絡がありましたよ。」
「ヒューズが?何て…?」
「大佐が上層部に願い出た件、無事に終えたそうですよ。」
「そうか…良かった。一応私の願いは聞いてくれたのだな。」
「何を願ったんですか?」
タバコを吸おうとしたハボックの額をこつんと叩き、そのタバコを取り上げる。
そしてベッドの脇にあった林檎を取り出し、そのままひとかじりした。
「私がいた第3刑務所の人事異動をお願いしたのだよ。」
あそこの職員すべてを解雇し、私が選んだ人物のリストの中から所長を始めとする幹部を選ぶようにと。
これで少しはあそこも住み易くなるだろう。
「へ〜そんな事お願いしたんすか。俺はまた協力してくれた囚人の減刑でもお願いしたのかと思いましたっすよ。」
「奴らは罪を犯した。それは間違いない事実だからな。」
この国への思いは同じだったが、やり方を間違えた。
私はテロリストではない…誰もが認める方法でこの国のあり方を変えてみせる。
「それにはまず傷を治して、一刻も早く復帰してくださいよ!」
「すまないな。心配掛けて…」
「もう仕事溜まってしょうがないんすよ。お陰でデートも出来ない。」
さらりと言い放つハボックに、ロイは思わず顔をしかめる。
そんなロイの表情を見ながら、ハボックは小さく笑い、そしてかじっている林檎を奪い取った。
「あんたとデート出来ないって事ですよ…」
「誰がお前なんかと…」
「素直じゃないのはいけないなぁ。」
何かを言いたそうな口を、ハボックは笑いながらそれで塞ぐ。
舌を絡ませながら、お互いの呼吸を合わせ、生きている実感を味わいあう。
「今日はここではやるなよ。」
「何の為に人払いしたと思ってるんすか?」
ぎしっと音を立てながら、ハボックはベッドの上に圧し掛かる。
諦め顔のロイは、窓の外を見ながらポツリと呟いた。
「…鋼のは…今どうしているのかな…」
「大佐〜これからって時に他の男の名前を呼ばんで下さい。」
漆黒の髪をなでながら、ロイの首筋にキスを落としていく。
金髪の頭を抱きしめながら、ロイは静かに目を閉じる。
「お前と同じくらい鋼のも私に必要なのだから…」
「判ってますって…大将が帰ってきたら俺は遠慮しますから。」
だから今は俺だけを見て下さいよ。
パジャマの前をはだかせ、肩を庇いながらそれを脱がせる。
傷だらけの白い肌に、紅い印を付けていく。
ロイの吐息がだんだん早くなっていき、シーツをぎゅと握り締める。
最後の瞬間、ロイは自分を抱く愛しい者を痛みも忘れて抱きしめた。
「で…?大佐から電話はあったのか…?」
「いいえ。ありませんよ。」
北部の街のとあるカフェテラスで、金髪の少年と同じく金髪の青年がお茶を飲んでいた。
辺りは静かに人々が行きかい、平穏そのものだった。
「へぇ〜じゃあんたは大佐に振られたってわけだ。」
「そうとも限りませんよ、エドワードさん。」
「何でそう言い切れる?折角のメッセージ、大佐が気がつかないとは俺は思わないけどね。」
目の前にあるコーヒーをクイッと飲むと、出されたクッキーを口に頬張った。
アイザックはにっこり笑いながら、やはり優雅に紅茶を飲み干す。
「いえ…あの人はきっと電話をしてくるでしょう…」
カチャッとカップをテーブルに置き、東の方角を見つめる。
「でも電話はして来ないじゃん、大佐…」
「今は時期が悪いと判断しているのでしょう。正直、今電話してこられても私も困りますし。」
今回の作戦は7割が失敗。組織としても再び地下に潜り、時機を見なければならない。
「それよりあんた、その名前変えた方が良いんじゃないのか?」
「どうしてですか?」
「アイザック・ボーグって有名なテロリストの名前だろ?何もそんな名前使わなくても良いじゃないか。」
「そうですね。家族を顧みない愚かな男でした…」
そう言いながらカップに紅茶を注いでいく。
エドは首をかしげながらもその話を聞いていた。
「私は家族を不幸にしてまで国を裏切ったあの男が許せなくて、名前を変え、男と正反対の軍の世界に入りました。」
「大総統に忠誠を誓い、軍の為に働いてきました。」
そしてよく判ったんですよ…間違っていたのは私だったと言う事を。
「アイザック・ボーグが残していった遺産を私は受け継ぎそして今に至る訳です。」
アイザックはこくんと紅茶を飲むと、青い空を見上げて満面の笑みを浮かべて宣言した。
「私はこの名に誇りを持って背負っていきます。アイザック・ボーグ…偉大なる咎人よ…」
エドはその姿に何も言わず、ただ小さく笑ってコーヒーを飲むだけだった。
「私はもう行きますが、エドワードさんも一緒にどうです?」
「俺は遠慮しておく。この国がどうなろうと俺は別に気にも留めないさ。」
俺が興味あるのは、賢者の石と、愛しい人の事だけ。
それ以外はどうなろうと気にも留めない。
「では次のコード番号は要らないですか…」
「要らない。まぁ、お互い生きていたらいつかまた会えるかもな。」
あんたが大佐に付きまとうのなら、俺も必ず傍に居るから…
残ったコーヒーをぐっと飲み干すと、エドはすっと立ち上がり、右手を上げた。
「じゃぁな。死ぬなよ。」
「其方こそ…この国の闇は相当深いです。抜け出せなくならないように…」
賢者の石はその闇の奥深くにある。誤って深みに落ちない様に気をつけて下さい。
ああ、と小さく頷くと、エドは振り返る事無くその場を立ち去って行った。
爆破事件が起きてから1年…
ロイの周りでは色々な事が起きていた…
「大佐、この資料ですが…」
「ああ、そこに置いておいてくれ。」
「大佐、もうすぐ軍議が始まりますよ。」
「そうか、すぐ行く。」
忙しそうに立ち回るロイの傍には、いつもの部下達がいる。
だがそこは東地区ではなく、セントラルの司令部内だった。
ヒューズの事件以降、ロイはセントラル勤務になり、そして軍の真相深くにロイは迫りつつあった。
「失礼します、マスタング大佐、手紙が届いております。」
下士官が直立不動でドアの前に立ち、ロイに手紙を届けに来ていた。
ハボックがどうぞと中に入れると、さっと敬礼をかざし、ロイの目の前に近づいていく。
「ご苦労。」
「はっ!それでは失礼致します!」
簡単な会話を交わし、ロイは手紙を受け取った。
「どっからです?また女からですか?」
「お前と一緒にするな。」
ぴっと封を破り中を確認すると、ロイはくすくす笑いながら窓の外を覗いていた。
「大佐…?」
「随分と大胆にまぁ…」
窓の外では先程の下士官がいそいそと司令部を後にしている。
その後姿を見届けると、ロイは資料を手に立ち上がった。
そして先程の手紙を灰皿に載せるとパチンと指を鳴らした。
小さな焔が手紙を包み、あっという間に灰と化す。
「軍儀に行ってくる。後を宜しく。」
はっとホークアイ中尉が敬礼をかざすと、ロイは右手を挙げ、そして部屋を出て行った。
もうすぐだ…
もうすぐこの国の深層に辿り着く。
ロイは資料を持つ手にぐっと力を入れ、軍儀の行われる会議室へと向かって行った…
「何だったんですかね、あの手紙。」
ハボックが灰となった手紙を見つめながら、ホークアイに話しかける。
「多分…あの人からでしょう。」
「あの人…?」
「そう。色んな方法で毎月届けられるわ。ある時は花束が贈られて来たり、ある時はラブレター持参で女性が来たり。」
「一番可笑しかったのは小さな子供が「パパ」って言いながらお菓子を持って来た時かしら。」
大佐は本気で慌ててたわ。どうも心当たりでもあったんでしょうね。
ホークアイ中尉はクスッと笑いながら、ハボックにウィンクをして席に着いた。
他の部下達も皆黙々と仕事を始めている。
「…大佐…電話したんすかね…だから送られてくるのかな…」
「さあ…してないかもしれないわ。だから絶えず接触しているのかも。」
大佐は話してくれない。電話をしたのかしてないのか。
そしてそこに何が書いてあるかも決して話してはくれない。
「ただ一言、こういうの。『ああ、今月も生きてたか…』って。」
その声は明らかに喜んでいる。それだけは判る。
「さ、仕事よ。私達は大佐を信じて着いて行くだけ。」
その先に何があっても…
「了解っす。」
ハボックもそう言って席に着く。
事は急速に動き出し、真理へと向かっていた。
紅き龍の牙が、その焔と同じく紅く染まる時…歴史は変わるだろう…
そう信じて…
End
これで一番やりたかった事は刑務所内での陵辱と、アイザックが最後に言う台詞を言わせたかった事。
これの為に苦労したよ、ホント…
「偉大なる咎人…」と言う言葉を言わせたかったんですよ。
そこに至るまでに紆余曲折…だらだらとすみませんでした…
本編はえらい事になってるし、もうどうしようかと思いましたわ。(汗)
でも、終わってほっとしております。