光明



<ソリテア>孤独と<ゼセスペレ>絶望を名乗る意識体に、聖地と我ら守護聖が襲われた事件から、1週間が過ぎた。肉体的、精神的にも傷付いた守護聖達も、時間の経過と共に、次々と元気を取り戻している。
そんな中、ソリテアを内に取り込むことにより、視力を失った私だけが一向に回復の兆しを見せずにいた。補佐官やジュリアスの強い勧めで、入院生活を余儀なくされたが…王立研究院や医師達の懸命な原因究明や治療にも関わらず、成果は上がらない。


病室の寝台で、私は、医師から検査の芳しくない最終報告を受けていた。
「やはり、原因がわからぬと?」
「申し訳ございません」
「責めているのではない。おまえ達は、手を尽くしてくれた。感謝する」
恐縮する医師や研究員に労いの声を掛けながら、私は、寝台から降り立った。

原因が解明されぬ以上、治療もできぬのであれば、ここにいても仕方ない…
世話人達は、手厚くしてくれるが…常に人の気配がするのは疲れる。
そろそろ限界だ…
「では、私は、帰らせてもらおう」
「クラヴィス様!しかし…」
「私がここに居なくとも、研究はできるであろう?用があらば、出向く」
「日常生活は、ご不便ではないかと…」
「使用人がいる。問題なかろう?」
言ってみたものの、使用人の世話になる気もなかった。
私は、一人でゆっくりとしたい。それに……
尚も言い募ろうとする医師の言葉と制止を振り切り、私は、病院を後にした。





翌日、いつものように寝椅子でまどろんでいると、突然、扉を勢いよく開け放つ音が。
「誰だ!?」
入院中は、何をするにしても一つ一つ声を掛けられ、最小限な物音しか聞くことがないように、気を配られていた。 それが室内に響き渡る音を聞かされ、驚きに身体が竦む。
「済まぬ。驚かせてしまった」
「ジュリアス?」
申し訳なさそうなジュリアスの声。相手を確認すると、知らず安堵の息を洩らした。
すぐに、目で確認できないことは、思った以上に、緊張を強いるようだ。

「先程、医師から、そなたが帰宅したと報告があったのだ。気になって急いでいたゆえ、気遣いができなかった。すまない」
「目が見えぬだけで、身体に変調があるわけではないのだ。そう、気に掛けることもあるまい」
「その目が見えぬことが大事なのだ!それを強引に帰宅したと言うではないか!!」
声の調子で、ジュリアスが不機嫌さを帯びていくのがわかる。
さぞかし剣呑な表情を浮かべているのであろうな…

おまえは、心配して来た訳でなく、私の勝手な行動が気に入らない。そう言うことか…
ジュリアスが純粋に私を心配して、わざわざ来るはずもない…か…
ソリテアの一件で少しは、歩み寄れたような気がしたが……ジュリアスは、ジュリアスだな…
その事に一抹の寂しさを感じた気がしたが、気のせいだろう…

私は、ゆっくりと身体を起こしながら、声の方向へと顔を向けた。
「入院生活には、飽きた。それに、不自由を特に感じぬが?」
「飽きた…だと?何のための病院だと思っている?第一、食事や入浴は、どうする?」
「居た所で、成果が得られないのであれば、ここにいてもよかろう?食事も入浴も、今のところ不便ない」
「嘘をつくな!」
間髪居れずに否定したジュリアスの息遣いが、すぐ近くで聞こえる。顔を覗き込まれているようだ。
思い当たる事のある私は、視線から逃れるように、顔を逸らせた。

「確かに!帰宅してから、食事をしていないのでは不自由は、感じぬであろうな。だが、昨夜、浴室で足を滑らせたそうではないか?これのどこが、不便ではないのだ?」
楽しげにさえ聞こえるジュリアスの台詞。恐らく、部屋に来るまでの間に使用人が洩らしたのであろうが…余計な事を…

「だからと言って、おまえに迷惑を掛けていない。放っておけ」
「館の者の心配も放っておくのか?何とかして欲しいと懇願されたぞ」
「…要するに手の掛かる主人は、病院へ帰れと言う事か?」
不機嫌に言い放つと、ジュリアスは、呆れたようにため息を吐いた。
「そうではない。せめて、そなたに危険が及ばぬように、世話をさせて欲しいと言っていた。主人思いのよい者達ではないか?何故、世話をさせてやらぬ?不都合でもあるのか?」

気持ちにゆとりがないのか、捻くれた考え方に陥っていたようだな。
彼らの心配する気持ちを、素直に受け取れなかったようだ。
しかし、嬉しく思うが…先を考えれば一人ですることに、慣れる必要がある。 先を考えてなどと言えば、ジュリアスに『後ろ向きだ』と小言を言われそうだが、この目が見えるようになるとは、限らぬのだから…

「常に人が居ると疲れるだけだ」
先の事は、言わずにもう一つの理由だけを伝えると、ジュリアスは、納得したようだった。
「なるほど、そなたの気持ちは、わからぬでもない。では、そなたが気にならぬ相手に頼めばよかろう?リュミエールならば、喜んで世話をするのではないか?」
リュミエールは、もっとも側に居る時間が長い相手だし、頼んでも嫌がらぬであろうが…
「あの者は、世話を焼きすぎる」

「確かに。では、ルヴァは?」
「あの長い話は、逆に疲れるではないか…」
「否定できぬな。では、オリヴィエは?あの者は、ああ見えてかなりの世話好きだが」
「世話をする代わりに、化粧をさせろと言われそうだ」
その光景が浮かぶ。悪い者ではないのだが…

「では、誰がよいのだ!?」
焦れたようなジュリアスの声にムッとする。私は、誰かの世話になることに同意していないぞ!
「おまえは、自分がしようと思わぬのか?」
特に他意はなかった。して欲しいとも思わなかったが、自分が勝手に決め付けたくせに、他人の名前ばかりを出す事に、皮肉を込めたつもりだった。

「…かまわぬのか?そなたが嫌がると思ったゆえ…あえて、名乗りをあげなかったのだが」
一瞬の沈黙の後、意外なジュリアスの反応に驚く。
何を思って世話をしようなどと…

「私邸に帰れば、そなたのことだから…誰にも世話を焼かせずに、一人で事を成すと思っていた。 それゆえ、入院をすすめたのだが…昨夜の浴室の件を聞き、危惧した事が起こったと、焦ったぞ。怪我がなくて何よりだった。本当に、心配していたのだ。心配のあまりつい、強い物言いになってしまうほどにな」
照れたような口調、私の髪を梳く優しい指の感触。
思わず、見えぬ目でジュリアスを見つめた。




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