光明



「ジュリアス!」
「どうした?」
うろたえる私にジュリアスは、不思議そうに問い掛ける。
どうやら、頬や首筋の体温も確認したかっただけらしい…
見えぬまま触れられることは、感覚が過剰反応を引き起こすのだろうか?
「顔が赤いな、やはり熱の上がる前兆か…」
ジュリアスの指摘に、益々頬が紅潮していく思いだ。

変にうろたえた自分が情けないような…それをもたらしたジュリアスが腹立たしいような…
『おまえのせいだ!』と叫びたいのをぐっと堪えると、ジュリアスに背中を向けた。

「クラヴィス?気分がすぐれぬなら、薬を持ってこさせるが」
「…かまわぬ」
「食事は、どうする?具合が悪いのならば無理には、勧めぬ」
「…いらぬ」
ジュリアスが、私の態度を体調がすぐれぬせいだと思い込んでくれているのが、幸いか…
「私は、食事を済ませてくるが、何かあれば遠慮なく呼んでくれ」
そう言うと、ジュリアスは、部屋を後にした。
何かあれば、呼べか…誤解とは言え、心遣いが嬉しい。


ジュリアスを待つうちに、いつの間にか、ウトウトと眠っていたらしい。
ふわりと身体が浮く感覚に目覚める。
「起したか?」
「…ジュリアス?」
「このまま、眠ってしまうか?それとも、気分がすぐれぬなら、入浴はやめたほうがよいが、どうする?」
「…入りたい」
「わかった」
ジュリアスは、私を抱き上げたまま浴室へ向かう。 完全に覚醒していないせいか、抱き上げられていることに、恥ずかしさも感じない。 目覚めたなら、自分で歩けばよいことを自覚しながら、何となく…ジュリアスの肩に頭を乗せて、ぼんやりとしていた。

「ちゃんと、目覚めているか?寝惚けていては、また転倒するぞ」
「…起きている」
私を床に降ろすと、ジュリアスは、私の服に手を掛ける。
手伝ってもらいながら、私は、服を脱ぎ始めた。
最初のうち肌を晒す事に抵抗を感じたが、ジュリアスが事務的にこなすせいか、気にならなくなっていた。すべてを脱ぎ終えると、ジュリアスに手を引かれ、浴室の中へ。
ジュリアス自身は、寝る前に入る主義だと言い、共に入浴を済ませることはなかった。
一緒に入れば二度手間にならぬだろうに、妙なところで意固地だ。

ジュリアスは、いつものように、浴槽の縁に腰掛け、私を見ている。
注がれる視線が気にならなくもないが、これにも慣れてきていた。
ゆったり浴槽に浸かりながら、手足を伸ばす。髪が手足に絡みつくのが邪魔だ。
目が見えている時は、気にならなかったが、鬱陶しいものだな…
「切るかな」
「髪をか!?もったいないではないか!」
ぽつりと呟いた台詞に、ジュリアスが血相を変えたようだ。

「しかし、こうも伸びると…」
「そなたには、似合っているのだからよいではないか」
「そう思うか?」
「気に入っているぞ。美しい髪だ…手触りも良い」
ジュリアスは、浴槽から私の髪をすくい上げ、感触を楽しみ始めたようだ。
くすぐったいような…へんな気分だ。 ふと、指とは違うものが触れる。
何だ?私の訝しむ表情に気付いたのか、ジュリアスは、咳払いをすると『何でもない』と嘘ぶき…髪を離す。
気になるが正直に答えそうもない。追求を諦め、浴槽から立ち上がった時、一瞬の立ちくらみが襲う。

「クラヴィス!」
咄嗟にジュリアスが私を支える。ジュリアスの腕に掴まりながら呼吸を落ち着けた。
頭に靄がかかったようにはっきりしない。気分が悪い…
「大丈夫か?」
私は頷き、ジュリアスから離れようとして、服を濡らしてしまった事に気付く。
「すまぬ。濡らした」
「この程度のこと、気にするな。湯あたりでもおこしたのであろう」
ジュリアスは、濡れになるのも厭わず、バスタオルで私を包み込み、抱き上げると寝室へと向かった。

私を寝台に寝かせると、ジュリアスは、『服を着替えてくる』と声を掛け離れる。
私は、ゆっくりと身体を起こしてみた。すでに、頭は、すっきりとして気分も悪くない。
濡れた身体を拭きながら、苦笑を浮かべる。 今日は、よくよく…抱き上げられる日だ…
身体の水分を拭い去った頃、ジュリアスが戻ってきた。
「起きられるようになったのか?だが、無理をするな」
ジュリアスは、私の手からタオルを取り上げ、寝かしつけると髪を拭き始める。

なすがままにされながら、私は、改めてジュリアスの世話好きに驚かされた。
「おまえがこれほど世話好きだとは、知らなかったぞ」
「私もだ。自分でも驚いている」
ジュリアスが照れくさそうに答える。つられるように、私も笑みを浮かべた。
「そなたが、そのような笑みをできることも知らなかった。長いつきあいなのに…」
自分がどのような笑みを浮かべたのか、わからぬが…確かにジュリアスの前で、笑ったことなどなかった。 皮肉や厭味交じりの笑み以外は…
私自身、ジュリアスと一緒に暮らし始めて、意外な…初めて知り得たことのなんと多いことか。

「お互い知らぬことが多いな」
「まったくだ。そなたと普通に語り合うことができるとはな…長い時間を無駄に過ごした気分だ」
「…そうかもしれぬ」
「これから、もっとそなたを知りたいものだ」
ジュリアスの何気ない言葉…私を知りたい?私を知る事は、私の闇に触れること…おまえにできるのか?

「…何故、私を知りたいと思うのだ?」
「何故だろうな?ただ、このようにそなたと過ごす時間が、貴重に思えてならぬ。そなたが何を考え、何を思っているのか、分かり合いたい」
真っ直ぐに私を見つめるおまえの視線を感じる。おまえならば、私の闇に畏れも抱かぬだろう。

そうだな…私もおまえをもっと知りたい。おまえの光に触れてみたい……




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