光明



カーテンの隙間から入り込む日差しに目覚める。この暖かさは昼なのか?
一日の始まりは朝食からだと、毎朝ジュリアスが起こしに来ていたはずだが… この時間では、とっくに出仕しているだろう。
あれが寝過ごす事など考えられぬ。きっと昨夜の私の体調を気遣い、そのまま寝かせていたのであろうな。
たいした事ではないのに、心配性なことだ。

使用人達もジュリアスに言い含められているのか、邸内は昼間だと言うのに静かだ。
久しぶりに存分に睡眠を味わえたが、起床を促す大声がないのも淋しいものがある。
つい、そんな風に考えてしまった自分に苦笑を洩らした。

あれが昼食に帰ってくる前にそろそろ起きねばと、瞳を開けると飛び込んできた強い光に、思わず手で遮り瞳を閉じた。
「っ!眩しい…」
…何…眩しい?目が見えた…のか?
期待を込めて、もう一度、瞳をゆっくりと開けた。
だが、闇の中で光の暖かさを感じただけ…
気のせいだったのか?しかし、あの眩しさは、久々に見た日の光。
良くなる前兆なのだろうか?それとも、一瞬の幻か…
時が来れば分かるだろうが…期待をかけてしまった分、落胆も大きい。

ため息を吐きながら、寝台に身体を起こすと同時に、ノックと扉が開く音がした。
「そなた、まだ寝ていたのか?」
ジュリアスの声に、沈みかけた気持ちが何故か、浮上するのを感じる。
「…おまえが起さぬからな」
「それはすまぬ。そなたを気遣ったつもりだったのだが」
皮肉交じりに、おまえが起さねばゆっくり眠れるのだ…との意味合いを込めたがジュリアスには、通じなかった。

起されなかったことへの不平不満だと思われたようだ。
そのようなこと…あるはずないだろう。
確かに寂しさを感じてしまったが、きっと…習慣が崩れたからにすぎぬ。
それにしても、ジュリアスの声を聞いただけで、気持ちが元に戻るとは…我ながらおかしなものだ。

「クラヴィス…何かあったか?」
ジュリアスの心配げな声…その聡さに驚く。それとも、顔に出してしまったのだろうか?
「……いや、何もない」
一瞬見えたことを話すべきか迷ったが結局、言い出せなかった。
「それなら良いが…いつもと違って見えたゆえ」
「…気のせいだろう」
「そなたが元気なら良いのだ。ならば、起きて支度しろ」
ジュリアスは、私の手に服を渡す。
「支度?何のだ?」
「昨日言い忘れたが、ルヴァが昼食を兼ねて茶会を催すそうだ」
おまえが忘れることなど…昨夜は、身体を心配して言い出せなかっただけであろう。
しかし、先日ルヴァから誘われた私が、断ったことを知っているはず…

「…私に出ろと?」
「体調を心配したがこれほど眠れば、元気にもなったであろう?行くぞ」
さっさとしろとばかりに、私の腕を引き起す強引さにため息がでる。
「私には、拒否権はないのか?」
「皆もそなたを心配している。久しく会っていない者もおろう?元気な姿をみせてやれ」
毎日のように訪れるルヴァやリュミエールに、時折覗きに来るオリヴィエ。
それ以外の者とは、確かに会っていないが、会いたいとも思わぬ。会って何を話せと言うのだ……
「時間がないのだから、早く着替えろ!」
動かぬ私に焦れたのかジュリアスが夜着に手を掛けてくる。
『行かぬ』と言い張ったところで、聞き入れそうにない強引さ…
「…自分でできる」
もう一度ため息を吐きながら、渋々着替えを始めた。



聖殿の前で馬車が止まり降り立つと、街中のような喧騒はないが厳かな雰囲気の中でも人のざわめきが聞こえる。 感覚が音や気配を察しようと、神経を徐々に過敏にさせていくのがわかった。
だから、嫌だったのだ。せめてルヴァの私邸で催してくれればよいものを…執務に支障をきたさないためだろうが…このままでは、人に酔いそうだ。
「どうした?」
訝しげな声でジュリアスが問い掛ける。
「…何でもない…」
「急に顔色が悪くなったようだが、気分が優れぬなら帰るか?」
私は、余程ひどい顔色をしているのであろう。ジュリアスが倒れるのを心配してか、私の肩を抱き寄せた。 その途端に、過敏になっていた神経が落ち着きを取り戻す。 曇っていた空が一瞬にして済みきったような…
抱き寄せられることで、守られているような安心感があるのか?
ほっと息を吐く。

「大丈夫だ。ここまで来たのだから、皆の顔を見て行こう。心配するな」
「そなたが、そう言うのならかまわぬが…私が無理だと判断すれば、連れて帰るぞ」
「おまえに任せる」
強引に連れ出したことを後悔しているようなジュリアスを、安心させるように笑みを向けた。
「……では、行くか」
奇妙な少しの間の後に、ジュリアスは、私の肩を強く抱き、歩き始める。

「ここからは、階段だ」
聖殿前の長い階段の前で立ち止まるジュリアス…嫌な予感がする。
「そなたには、まだ危険であろう」
予感的中…ジュリアスが私を抱き上げた。ざわめいていた周囲が一瞬にして、静まり返る。
「ジュリアス!階段くらい上がれる!」
「昨日、段差で転倒しかけたではないか?慣れるまでは、危険だ」
あれは、段差を失念しただけなのだが…抵抗も空しくジュリアスは、階段を登り始めた。
上下に揺れる身体を固定するために、大人しくジュリアスの首に両腕を回すしかない。
静けさの中、視線だけが痛いほど突き刺さるようだ。よくも平然としていられる…

聖殿の入り口に降ろされると、視線から免れた安堵と共に、ジュリアスの手が離れた不安に襲われた。
すぐ傍にいることは、わかっているが見えぬ視線を巡らし、姿を探す。
迷子の子供でもあるまいに、自分に呆れながらもその名を呼んだ。
「ジュリアス!」
「ここにいる。そなたを置いてなど行かぬ」
背後から、ジュリアスの腕が私の肩に触れる。ほっとしながら、身体を預けるように後ろに寄りかかった。
「…すまぬ」
「私は、常にそなたの傍にある。安心せよ」
ジュリアスは、私の身体を抱き寄せながら、優しい口調で語り掛ける。
「ああ……いてくれ」
素直に弱さをさらけ出してしまう自分。 いつの間にこんなに頼り切っていたのか…私が弱くなったのだろうか?




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