「クラヴィス!」
ジュリアスは、部屋の扉を勢いに任せ開け放つと、寝台に走り寄った。付き添っていたリュミエールは、椅子から立ち上がるとそっと場所を譲る。
ジュリアスは、リュミエールに視線を移すことなく、ただクラヴィスだけを見つめた。
その顔色は、数日の間に一段と白くまるで蝋を思い起こさせる。唇に色はなく、思わず触れた頬にも指先にも暖かさは、伝わらない。
「…これほど悪くなっていたのか。すまぬ…クラヴィス」
ジュリアスの呟きをリュミエールは、痛ましげに見つめながら、伝えねばならぬ残酷な言葉を口にした。
「クラヴィス様は、予断を許さない状態です。かなり危険なのです…ご覚悟を」
「! …覚…悟だと? 嘘だ……クラヴィスが死ぬ…のか?」
振り返ったジュリアスの表情は、青褪め微かに唇が震えている。リュミエールは、ジュリアスを真っ直ぐに見つめた。
「もしも…クラヴィス様を死の淵から呼び戻すことができるのであれば…それは、ジュリアス様だけでございましょう。後は、よろしくお願い致します」
リュミエールは、一礼すると静かに部屋を後にした。
「…ジュ…ア……ス」
愕然と扉を見遣っていたジュリアスの耳に、クラヴィスの声が聞こえた。反射的に振り返り、何かを求めるように弱々しく差し出された手を握りしめる。
「クラヴィス! 私は、ここにいる! そなたの傍にいる!」
「ジュリ…アス」
クラヴィスにジュリアスの声は、聞こえない。自分の名を呼びつづける恋人をジュリアスは、いたたまれない思いで見つめた。
私は、このままそなたを失うのか? そのようなことは、認めぬ! そなたは、常に私の傍にあらねばならぬのだ! そなたは、私をおいて逝かぬと言ったではないか!
「……クラヴィス…私を一人にしないでくれ。そなたがいなければ私は…死んだも同じなのだ。私をおいて逝くな」
ジュリアスは、クラヴィスの手の甲に祈るように口づけた。
「ジュリ…アス……休め…」
不意に掛けられた言葉に意識が戻ったのかと、ジュリアスの顔が輝く。だが、クラヴィスの瞳は開くことなく、苦しげに息を吐く。
「無…理をす……るな…おまえが」
「夢を見ているのか?」
戦いの夢? 夢の中くらいは、平和で穏やかであればよいものを…
夢の中くらいは、我儘になればよいものを…私を気遣うな。
「おま…えの眠りは……私が…」
そして、握りしめたクラヴィスの手からサクリアの放出をジュリアスは感じた。
自分を優しく包もうとする安らぎのサクリア。
こうして起きていなければ気付かなかったであろう…微かな力。
「…これは?」
疲れを癒す毎晩の深い眠りは、そなたのおかげだったのか?
私が倒れてしまわぬように、いつも支えてくれていたのだな。
いつも、そなたを守らなければと思っていた。しかし、本当は私が守られていたのか…
「馬鹿者…余計な力を使うなと言っていたであろう?そなたは、私の言う事を聞かぬ」
言葉とは、裏腹な優しい口調でジュリアスは、語りかけた。
そなたが捧げてくれた愛に私は、何を返せる?
何も返せぬまま、そなたを失うのか?
ジュリアスの瞳から一筋の涙が頬を伝った。
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