静寂な闇から空が眩しく輝き始める。風が運ぶ春の香、木々から洩れる木漏れ日、鳥のさえずり、いつもと変わらない夜明け。 クラヴィスは、光の雫を受け止めるかのように、手の平を広げ見つめる。
「変わらぬ朝か…」
安堵したようでいて何処か淋しげでもある表情で呟くと、光の幻影を振り払うように手を握りしめ踵を返した。
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毎回の事ながら定例会議の席に遅れて入室すると、何を言うでもなく無言で席に着く。毎回の事ながら律儀に注意する為にジュリアスは、口を開きかけたものの金縛りにでもあったように、不意に動作が止まった。そして、眉をひそめて何かを探るように、クラヴィスを凝視する。 当のクラヴィスは、その視線を煩くも思わないのか平然と受け止めた。
「…後で残るように」 「承知した」
ジュリアスは、周囲の訝しむ雰囲気を察し短いやり取りでその場を治めると、何事もなかったように会議を再開する。 終了後、いつもに増して厳しい表情の主座の只ならぬ雰囲気に、他の守護聖達何名かが取り成す為二人の元へ近付いた。しかし、拒絶の空気をジュリアスだけでなくクラヴィスからも感じ取り、結局何も言えずに心配そうに何度も振り返りながら部屋を後にする。 全員が去ったのを見計らいジュリアスは、無表情に重い口を開いた。
「いつからだ?」
『何が?』とは入れず単刀直入に問う。クラヴィス自身も『何の事だ?』とも聞き返さず簡潔に答える。
「夜明け頃だ」 「陛下にご報告申し上げたのか?」 「会議の前に」 「そうか。では、早急に次代の者を探さねばな」
次代の者とは、次期闇の守護聖に他ならない。代々の守護聖でも最も座位期間を誇る筆頭守護聖の片翼に、サクリア消滅の兆しが現れたのだ。恐らく女王と対なる光の守護聖以外は、気付かない微妙な変化であった。 噂通りの険悪な関係ゆえか、互いに片翼をもがれる痛みもないのか極めて事務的に会話を続ける。
「王立研究院への手配と他の守護聖にも報告が必要か」
「報告は、おまえに任せる。次代の者の場所は、ここに記してある」
一片の紙を差し出す無表情なクラヴィスにジュリアスは、苦笑を浮かべた。
「水晶球か…手回しの良い事だ。次代の者は、幾つくらいだ? そなたの事だ、既に見たのであろう?」
「ああ。十二、三歳であろう。家族思いのよく働く素直で明るい良い子だ。よく導いてやれ」
「他人事のように言うな。まず最初にそれをやるのは、そなたであろう?」 「面倒は、好かぬ」
クラヴィスは、人の悪い笑みを浮かべる。 急激なサクリアの消滅時以外、次代の守護聖の教育指導する役目は現守護聖が行っている。その役目を放棄すると宣言するクラヴィスに、ジュリアスは呆れたようにため息を吐いた。
「そなたの後を継ぐのだぞ。 守護聖としての自覚とサクリアについて指導する義務がある」
「そのような事は、おまえの方が適任であろう? 任せる」 「最後まで私をこき使うのか?」
どちらともなく、しばし無言で二人の視線が絡み合った後、仕方なそうにジュリアスは、肩を竦め了解の意を示す。
「ところで、念願叶った感想を聞いてやろう。ようやく解き放たれるのだから、さぞかし嬉しかろう?」
ジュリアスは、やや皮肉のこもった口調で問い掛けた。彼が己のサクリアや守護聖を疎み、自由の身になりたがっていた事は、有名である。 だが、クラヴィスは、僅かに苦笑を洩らし素っ気無く返す。
「思った程の感動はない。もっと感極まるかと想像していたのだが」 「ほう…聖地に未練でもあるか?」 「さてな…どうであろう。もうよかろう?」 「では、それぞれの己の成すべき事をするとしよう」
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数日後、女王より次期闇の守護聖の少年が紹介され交替を皆の知る事となる。 クラヴィスとは正反対の性格である次期守護聖の少年は、すぐに全員に受け入れられ、ジュリアスだけでなく他の守護聖までもが世話を焼き、瞬く間に聖地に慣れ親しんだ。
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やがてクラヴィスは、聖地最後の夜を迎える。最低限の儀式だけを済ませ、年少組発案のお別れパーティを礼と共に辞退すると、思い出を辿るように聖地のあちらこちらを散策していた。そして、森の湖で立ち止まると水面に映る月を眺める。
「聖地で見る最後か…二度と還る事のない場所…」
不意に草を踏みしめる足音が遠くに聞こえたが、その主が分かっているかのようにクラヴィスは、振り返りもせず淡く微笑んだ。
「屋敷へ出向いてもおらぬゆえ、ここだと思った」
「勘の良い事だ。で、用向きは? 最後の小言か?」
「そのような事に使う時間なぞ、勿体無いないと思わぬか?」
ジュリアスは、背後からクラヴィスを抱きしめると耳元に囁く。
「今夜一晩、私のものになれ」
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