光の雫と闇の声



 外へ踏み出した瞬間、クラヴィスは暗黒の世界が逃げ惑う空気が読み取り、酷薄な笑みを浮かべた。

「我が意を得たり…私の存在自体が苦手とみえる。これこそ闇のサクリアが有効との証明か」

 海鳴りのような風の音。
 花も葉も飛び散り根こそぎ倒された樹木達。
 美しかった聖地の面影は、微塵も残されていなかった。
 死を待つだけの荒れ果てた空間があるだけ。

 クラヴィスには、虐げられた聖地の嘆きが聴こえる。

「もう少しだけ待つがいい。あれを追い払ってやるゆえ」

 誰に言うともなし幼子に言い聞かせるように囁くと、何かを感じたのか聖殿の一室を振り仰いだ。
 普通の者なら闇の中で視界を奪われるであろうが、クラヴィスは、闇そのもの。闇に溶け込んだ彼の視界を塞ぐものはない。

 窓から他の守護聖達が、手出しできない歯痒さを噛みしめながら、闇の守護聖を見守っていた。
 クラヴィスの目に暗闇の中でも輝く黄金の髪が入った。
 己からは見えていても、彼の目には映らないであろう。
 それゆえ、クラヴィスは優しい笑みを送った。
『心配するな』の言葉の代わりに。

 ジュリアスは、孤独な戦いに挑むクラヴィスへ誰にも気付かれないように、そっと光のサクリアを贈る。
 負の力には、無意味であったがせめてもの力になればと。
『必ず帰って来い』と思いを乗せて。

 クラヴィスは、ジュリアスの贈りものにすぐに気付いた。

「これは…光のサクリア……」

 身体を包み込む光のあたたかさは、ジュリアスの腕のように感じ、思わず己の身体を抱きしめる。

「もしも、闇に陥ってもこの光が私を導いてくれるだろう。感謝する」

 立っているのさえ困難な状況の中、クラヴィスは、負の力の中心の真下にあたる中庭の中央を目指した。
 しかし、意志を持った草が身体に絡み、風が長い髪を引っ張りたなびかせ、行く手を阻止する。
 尤も、それらはすぐに収まった。草花が緑の守護聖にクラヴィスの状況を伝えたのだ。
 負の力の前に無力でも、緑と風は彼らの領域。マルセルと風の守護聖ランディのサクリアは、クラヴィスの周囲だけなら押さえ込む事が可能だった。

 足早に目指す位置に立ったクラヴィスは、天を睨むように見上げると両手をかざす。
 そして、全身全霊の力を込めてサクリアを注ぎ込んだ。

「我がサクリアよ! 悪しき力に永遠なる安らぎを!」


 闇と闇の対決。
 同じ属性でありながら二つの闇の輝きは、異質だった。
 全てを飲み込もうとする闇と全てを包み込もうとする闇。
 力のぶつかり合い、熾烈を極める戦いは、長時間に及んだ。
 負の力は、クラヴィスに幾度も同調を仕掛け飲み込もうと企てたが、強靭な心の前に撤退を余儀なくされている。

 小刻みな浅い呼吸、額から全身から冷たい汗が滴り落ちる様が、クラヴィスの限界を物語っていた。
 唯一の救世主は、薄れそうになる意識を叱咤するように歯を食いしばり、限界に挑み続ける。
 愛する者を守りたい…そのためだけに。

 やがて絶対なる負の力は、聖なる闇に膝を屈し始めた。
 だが、このまま負けるを潔しとしない力は、断末魔の叫びと同時にさらに強大な負の力をクラヴィスに放ち、消滅。
 道連れを狙った力の残骸は、クラヴィスをよりいっそう消耗させてゆく。
 限界を超えた戦いの疲れは、抵抗さえ許さず同調を抑えきることができなかった。

「…このままでは………」

 侵食始めた負の力に心が犯されていく。
 心があるから同調を引き起こす。ならば心を消せばいい…クラヴィスは、最後の手段を決意する。

「ジュリアス!」

 愛しい者の名を呼びながら、己の心を封じ込めた。
 光に抱かれた深い闇の彼方へと。


『…私は……おまえを守れたのであろうか…おまえが無事なら………それで…いい……ジュ…リア…ス』

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