光の雫と闇の声



 黒い闇が切り払われるように、消え去った。
 澄み切った青空が顔をのぞかせ、光が差し込み、怯え震えていた鳥達が空を舞い喜びの歌を奏でる。
 守護聖全員がクラヴィスの生存と命に関わる傷を負っていないと、感じ取ることができた。

「やったぜ! クラヴィスの奴、勝ちやがった!」
「聖地に光が戻っていくよ!」
「あのお方もやる時は、やるんだな。見直したぜ」

 光に覆われた聖地の復活。クラヴィスの勝利に沸き返る室内。

 ジュリアスは、炎の守護聖オスカーと水の守護聖リュミエールに、クラヴィスの迎えを命じたが、ルヴァ以外の全員が我先にと二人の後を追うように部屋を飛び出した。
 その様子を笑顔で見送ったルヴァは、窓辺に佇むジュリアスに声を掛ける。

「皆、早くクラヴィスに会いたいのですね。喜びと感謝を伝えたいのでしょう」
「そのようなところであろうな」
「それにしてもクラヴィスは、本当によくやってくれました。強い人ですね」
「ああ…確かに。あの者が聖地を救ったとは…」

 会話中も決して窓から目を離そうとしないジュリアスに、ルヴァは首をかしげた。

「何か気になる事でも? 負の力は消滅し、クラヴィスも無事なのですよ?」
「わかっているのだが…」

 それ以上ジュリアスは、言葉を続けない。己でもわからない感情の波が幾度も押し寄せ、苦しげに表情を歪ませた。

 大事な何かを失ったような…心が切り裂かれたような虚無感に襲われ、耐えかねたように窓を拳で打ち付ける。

「そなたの生は、間違いない。生きているのに…何ゆえこれほど落ち着かぬのだ? 早く姿を見せよ…クラヴィス」

 常に沈着冷静を誇るジュリアスのただならぬ様子に、ルヴァも次第に不安へと襲われた。
 対なる光と闇は、他の何よりも強く惹きつけあう。誰にもわからない事を半身が察しているのではないか…クラヴィスの身に尋常でない何かが起こっているのかもしれない。

 悪い言霊は、悪い便りを運んでくる。それを避けるように、半ば自分自身に言い聞かせるように、ルヴァは呟く。

「クラヴィスは、きっと大丈夫です。皆と一緒に間もなく帰ってきますよ。かなり疲れているでしょうから、お茶の準備でもしておきましょうか」
「さあ…あれは、茶よりも眠らせろと言うかもしれぬぞ」

 ジュリアスは、ルヴァなりの気遣いに軽口で応えた。

「それもそうですね。では、寝台の支度を」
 『させましょう』と続くルヴァの言葉は、扉の激しい音とオリヴィエの切羽詰った大声に掻き消された。

「ジュリアス! クラヴィスが!」

 ジュリアスは、反射的に振り返ると同時に扉の前で息を切らすオリヴィエに走り寄る。

「クラヴィスがどうしたのだ!? 何があった!」


 十数分後、オリヴィエに案内されジュリアス達は、王立研究院内医療施設の特別室を訪れた。室内では、厳しい表情のオスカーと悲嘆に暮れるリュミエールが、一点を見つめている。
 目の前の寝台に横たわるのは、死人のように青褪めた顔色のクラヴィス。

 オスカーは、ジュリアスに気付くと駆け寄った。

「我々が出向いた時、すでに倒れておられました。名前をお呼びしても全く反応がなく、ただ…懇々と眠っておられるのです」
「眠っているだけ…なのか?」

 ジュリアスは、状況を説明するオスカーに視線を移すことなく、クラヴィスを見つめ続ける。

「詳しい事は、今調べていますが…通常の眠りではありません。あまりにも深い…深すぎるのです」
「クラヴィスに一体何が…」

 ルヴァの呟きを背にジュリアスは、ゆっくりと寝台に歩み寄った。リュミエールが立ち上がり席を譲る。

 ジュリアスは、クラヴィスの生を確認するように、額に頬に唇にと指を滑らせた。

「眠っているだけとは、そなたらしい。だが、報告してから眠るべきではないのか?いつも…面倒な事を後回しにするのだな」

 非難の言葉を発していてもジュリアスの表情や口調は、切ないほどに優しいものだった。

「そなたに感謝の言葉を捧げようとしていたのだぞ。私の感謝などもう二度とないかもしれぬ…聞きたければ早々に目覚めるがいい。クラヴィス…」

 クラヴィスの髪を梳いていたジュリアスの指が、反応のなさを苛立ったのか、自分の無力さが悔しいと思ったのか、髪の一房を強く握りしめる。

「馬鹿者…何故このような事に……」

 誰もがジュリアスに掛ける言葉をもたなかった。
 昔から仲が悪いと言われ続けた二人だったが、本来の絆を垣間見たのかもしれない。
 沈黙を破ったのは、ルヴァだった。先程から気になっていた子供達の行方をオスカーに尋ねる。

「ショックが大きいようでしたので、私邸へ帰しました。三人一緒にいるよう言ってあります」

 オスカーの言葉にルヴァは軽く頷くと、次いでリュミエールを見遣った。

「では、私は子供達の所へ行きましょう。あなたもご一緒して頂けますか?あの子達を落ち着かせてやらなければね…」

 常にクラヴィスの側にいたリュミエールが離れる事で、大した病状でないと暗に告げることが出来る。

「…はい。ご同行させて頂きます」

 ルヴァの意を汲み取ったリュミエールは、後ろ髪を引かれる思いで病室を後にした。

「ジュリアス様、ディア様への報告をどうなさいますか?」

 オスカーが躊躇いがちに問い掛けたが、ジュリアスが答えるよりも先にオリヴィエが口を挟む。

「あんたが行って来なさいよ。首座殿が、聖地の救世主を置いて行けるはずないでしょう?」
「…了解した。何かあればすぐに知らせろよ。では、行って参ります」

 オリヴィエには一睨みを、ジュリアスへは一礼をして、オスカーも部屋を出た。

 ジュリアスは、小さくため息をつきオリヴィエを見る。

「すまぬ。オリヴィエ…」
「気にしないで。首座としては、報告も大事だろうけどさ…この場合、救世主を選んでもおかしくないもの」

 ジュリアスがクラヴィスの傍を離れたくない事を、オリヴィエは見抜いていた。だが、執務が絡めば筆頭守護聖として、思いと反対の行動も平然と取ってしまう。
 だからこそ、オリヴィエが先にオスカーに答えたのだ。

「そうであろうか…」
「そうなの!…案外さ、あんたが『起きろ!』っていつもみたいに怒鳴れば…条件反射で起きちゃうかもよ?」

 明るく言い放つオリヴィエにジュリアスは、苦笑を浮かべた。
 それで目覚めるのなら…何度でも怒鳴りつけてやるものを…

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