クラヴィスの眠りは、負の力との同調を阻止するために自分の心を封じたことがわかった。 しかし、原因が解明できたからと言って、眠りから覚醒するはずもなく、クラヴィスは眠り続ける。 女王のサクリアを使う事も検討されたが、体調が芳しくないとの理由で延期された。
その間にも聖地の復旧作業は、順調に行われ避難していた人々も次々と帰還を始める。ジュリアスは、首座の役目を務めながらクラヴィスの元へ通い続けた。 何ができるわけでもないが、顔を見ないと落ち着かず『生きている』事を確認したかったのかもしれない。
数日後、いつものように病室を訪れたジュリアスが見たのは、枕を背に座るクラヴィス。
「クラ…ヴィス? クラヴィス!目覚めたのか!」
歓喜に駆け寄るジュリアス。だが、様子のおかしい事にすぐに気付いた。
紫水晶の瞳に自分が映っていない。正確には、映っていても認識されていないのだ。 声を掛けても関心を寄せない。クラヴィスは、何も見えず聴こえないかのように、一点を見つめ続けるだけ。 それは、まるで魂のない美しく脆い人形を思わせた。
「…目覚めたと喜べば……そなたは、私を愚弄しているのか!」
言いようのない怒り、悲しみをぶつけても、クラヴィスの反応はない。
「否、眠りからは醒めたのだ。前進したと褒めてやらねばな…怒鳴ってすまない」
ジュリアスは、詫びるようにクラヴィスを抱きしめた。
「陛下や皆に報告せねば。陛下の体調も幾分良くなっている。きっとそなたに本当の覚醒を促して頂けるであろう」
ジュリアスの報告は、クラヴィスの覚醒を待ち望んだ者達に喜びと悲しみをもたらした。 即座に女王は、クラヴィスへサクリアを送り込んだが、露頭に終る。他の守護聖も試しにと、それぞれのサクリアを放ってみたものの無駄であった。
「あの負の力に対抗できたのは、クラヴィスだけです。ですから、闇に封じ込めた心を救い出せるのも、クラヴィス自身だけなのかもしれません」
これが知を司るルヴァの出した結論だった。
「だって…その本人がこんな状態なのよ! どうやって目覚めさせるのさ!」 「落ち着け。オリヴィエ」
悲鳴のように叫ぶオリヴィエをジュリアスは、静かに諌める。
「これが落ち着いていられるはずないでしょう! 一生このままかもしれないのよ!」 「声を張り上げたところで、目覚めるわけでない。時間はあるのだ…考えればよい」
あくまで平静な様子を見せるジュリアスに、オリヴィエは更に言い募ろうとしたが、声にいつもの張りがない事に気付いた。
オリヴィエが何かを言い掛けるのをジュリアスは、穏やかな笑みを見せ制止する。
「オリヴィエ、考えてみろ。あのまま惰眠を貪っていられるよりもよいと思わぬか?」
眠っていればいつ目覚めるのか、このまま死に到るのではないか? と焦燥心を煽られるが、反応がなくても覚醒している。それだけで安心感を得られるのだ。
「ものは考えようってわけね…そうだね。寝てるよりも起きてる方がいい」
オリヴィエは、ジュリアスの心中を察し同意するように頷き、ふと何かを思いついたのか満面の笑みを浮かべた。
「そうだ! 今ならお化粧しても嫌がらないだろうしね。普段出来ない事が出来るって思わなきゃ」 「オリヴィエ…お化粧はおやめになった方がいいと…」
リュミエールが控えめに止めたが、その気になったオリヴィエは、聞く耳をもたず何色の口紅にしようかしらとウキウキと言葉に乗せ、周囲に盛大なため息の連鎖反応を起させる。
ジュリアスは、マイナス思考を見事なプラス思考へと変換させるオリヴィエを羨ましく思った。オリヴィエに言った台詞は、自分に言い聞かせたに過ぎない。本当は、不安で仕方ないのだ。 生きる人形になったままで、守護聖も生も終える可能性を否定できないのだから…
翌日、クラヴィスは私邸へと帰った。入院の必要がない事、住み慣れた場所が覚醒の切っ掛けになればとの考えだった。
闇の館には、常に誰かが訪問していた。少しでも刺激になればと、ハープを奏でる者、絶えず話し掛ける者、それぞれのやり方でクラヴィスと共に過ごす毎日。 ジュリアス自身は、付き合いが長いに関わらず話し掛ける話題がなく、運動がてら散歩に連れ出したり、天候の悪い日には傍らで本を朗読していた。
「クラヴィス…明日から三日ほどここへ来る事が出来ぬ。執務がたてこんでいるのだ。そなたの分もしているゆえな…目覚めたら倍以上働かせてやる。覚悟しておけよ」
と、ジュリアスが宣言して姿を見せなくなった三日目。 館を訪れたオリヴィエとリュミエールは、相変わらず反応のないクラヴィスに根気よく話し掛けていた。
「私一人だったら綺麗にお化粧してあげるのに、リュミちゃんが邪魔するのよ。ひどいと思わない?」
「わたくしは、クラヴィス様の名誉のためにも阻止させて頂きます。ご安心下さい」
「ひっどい! クラヴィスは、お化粧くらいでガタガタ言わないよね?」 「オリヴィエ…ジュリアス様がいないからと…」
にぎやかな会話をする二人の前で、不意にクラヴィスは、立ち上がる。そして、何かを求めるように視線を彷徨わせ…求めるものが得られないのか、切なげに言葉を紡いだ。
「…ジュリアス……」
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