光の雫と闇の声



 クラヴィスの声を聞き、オリヴィエとリュミエールは、驚きと喜びに互いの顔を見合わせた。

「喋った!クラヴィスが喋ったわよ!」
「はい!…クラヴィス様のお心が戻ったのでしょうか?」
「クラヴィス…私が誰かわかる?」

 オリヴィエは、少しの期待を込めて恐る恐る尋ねたが、答えは返らない。何事もなかったようにクラヴィスは、声の方向も見ずソファーに座り、感情のない瞳を俯かせる。

「やっぱ…駄目か……」
「いいえ。クラヴィス様は、確かに言葉を出されました。大きな一歩です…希望を持ちましょう」

 落胆の色を隠せないオリヴィエにリュミエールは、静かに笑みを向けた。

「うん。そうだね…私らしくなかった。何事も前向きにいかなきゃさ」

 微笑み返したオリヴィエだったが、クラヴィスに視線を戻すと複雑な表情を作る。

「あんたは、どんな気持ちでジュリアスに接していたんだろうね? 見事に感情を殺しちゃってさ…」
「闇の中では、光を求めるものでしょうし…いえ…やはり常にお心に……」

 あの一声で人の感情に聡い二人は、気付いてしまった。
 ジュリアスの名を呼んだ時、クラヴィスの見せた表情、声に想いが宿っていた事を。

「クラヴィスの心の鍵は、ジュリアスが持ってるんだよね」
「ジュリアス様も悪い感情をお持ちでない事は、わかりましたが…クラヴィス様と同じかどうか…」

 病院で垣間見たジュリアスの姿を思えば、あながち外れていると思えない。しかし、確証はない。

「まったく…あんた達は、世話のかかる筆頭守護聖だよ」

 鍵の在り処は、わかった。
 一人の人間しか触れる事を許さない我儘な扉は、その一人を待ち続けている。
 自分が選ばれていると気付いていない、自分の気持ちにも気付いていないかもしれない彼に、どうやって悟らせるか、二人は思案を巡らせた。


 クラヴィスは、時折思い出したように名を紡ぐ。
 囁くように、呼びかけるように、戸惑うように、求めるように……ただ一人の名を。

「…ジュリアス」

 すべての想いを込めるように、高く、低く、切なく、柔らかく、涼やかに、しっとりと、ビロードのような響きを持って探し求める。

「何故…私なのであろうか?」

 オリヴィエから『クラヴィスが呼んでいる』と知らせを受け、元に戻ったのかと駆けつけたものの予期しなかった様子に、ジュリアスは、戸惑いを隠せなかった。

「わかんない?」

 オリヴィエは、常になく真剣な表情でジュリアスを見つめる。

「私は、クラヴィスと付き合いが長くとも心を許しあった友人でない。どちらかと言えば、疎まれているだろう」
「それは、あんたが勝手に思ってるんでしょう? クラヴィスの本心なんてわからないじゃない! うわべだけの付き合いなら尚更わかんないわよ!」
「それは、そうだが…クラヴィスがよい印象を抱くはずがないと思うのだが…」

 オリヴィエの勢いに押されたのか、ジュリアスの語尾が珍しく弱気になった。

「ジュリアス様…クラヴィス様があなたを疎んじていたとして、あなたはどうなのですか? クラヴィス様を疎んじておいでなのですか?」
「疎んじられてると思ってるのにジュリアスは、どうしてここまでクラヴィスに一生懸命なのさ?」

 迫るように続け様に二人に問われ、ジュリアスは苦笑を洩らす。

「そなたらは何を言わせたいのだ? …私は、これを疎んじたことはない。腹立たしく思った事は、幾度もあるがな。一生懸命か…首座としての責任であろうか…クラヴィス一人に背負わせてしまい、このような状況になってしまった。申し訳なく思う」

 話しながらジュリアスは、隣に座るクラヴィスを見た。自分が呼んでいた相手が目の目にいるのに、瞳には何の感情も浮かんでいない。ジュリアスは、知らず小さく息を吐いた。

「何とか助けてあげたいんだ?」

 オリヴィエの問いにジュリアスは、当たり前の事を聞くなと眉をひそめる。

「無論だ。そなた達もそうであろう?」
「そりゃあね…もしも、もしもだけど…クラヴィスがこのままだったらどうする? 誰も見ず聴こえず命ある人形のままだったら」
「どうもせぬ。共に生きるだけの事だ」

 自然に当然のことのように答えるジュリアスに、オリヴィエとリュミエールは、確証を得て頷きあった。

「共に…ね。あんたさ…気付いてる?その想いの意味」
「想いの意味とは、何の事だ?」

 オリヴィエの問い掛けにジュリアスは、訝しげに眉をひそめる。

「だって、これが私だったら共に生きてくれるのかな?」
「それは…」

 ジュリアスは、思わず言葉に詰まった。クラヴィスならば、迷いもなく答えられた台詞が出ない。視線を落とし言いよどむ姿をオリヴィエは、面白そうに眺めた。

「その後に何が続くのさ? 別に怒らないから思ったままを口にしていいって。言ってごらんよ」
「それは…そなたであれば、守護聖の間は聖地で保護し、任が終れば然るべき施設であろうか…」

 歯切れの悪い口調で話すジュリアスにオリヴィエは、含み笑いを洩らす。その隣では、リュミエールが穏やかな笑みを浮かべていた。

「すっごい差。クラヴィスだったら共に生きる覚悟があるのにね」
「それは……すまなく思う。だが、クラヴィスを独りになどしたくない。最期まで共に在る事が私の役目だと」
「役目とかじゃなくて。その想いが人を愛するって事じゃないの? あんたは、クラヴィスを愛してるのさ」

 オリヴィエの指摘にジュリアスは、驚愕の表情を隠しもせず反射的に顔を上げた。

「馬鹿な…何を言っている…私は、責任と義務があると」
「真実から逃げてちゃ、いつまでもクラヴィスを救えないよ。認めなよ…好きなんでしょう?」
「クラヴィス様を愛していらっしゃるのでしょう?」

 二人の真剣な視線に耐えかねたように、ジュリアスは視線を逸らす。

「クラヴィスは、同じ守護聖で同性だ。私にそのような」
「潔癖なあんたがそんな趣味ないことは、皆が承知だよ。だから! 同性だからとか異性だとか関係なくて、クラヴィスだから好きなんでしょう? いつから、何が切っ掛けで好きになったのか知らないけどさ」

 オリヴィエの言葉を噛みしめるように、己の真実を見極めるように瞳を閉じたジュリアス。
 瞳を開けた時、その先には、感情のない瞳で自分を見つめるクラヴィスが映し出された。

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