思いがけない訪問者とは、重なるものだな。 クラヴィスは、二人が醸し出す剣呑な空気を敢えて無視すると、ジュリアスから書類を受け取る。 「わざわざご苦労な事だ」 書類にサインをしながら、ふと思う。 もしも私が不在であれば、この書類を私邸まで持って来られたのであろうか? プライベートにまで執務を持って来られるのも遠慮したい…… サインを終えると書類をジュリアスに差し出す。 「これでよいか?」 「書類の中身を確認しなくていいのか?」 ジュリアスは言いながら書類をめくってある一文を見せる。 休暇願いの文字。申請人の所には自分の名と、連名でクラヴィスの名前。 見せられた書類に呆然とする。次いで怒りが込み上げた。私の断りなく…… 「これは…何故、休暇など取らねばならぬのだ!?私は同意などしておらぬ!」 クラヴィスは、平然と見下ろすジュリアスに怒りの視線を浴びせる。 「普段、執務を怠けることばかり考えているくせに……休暇を貰って怒るのか」 軽く笑って、クラヴィスの瞳を真直ぐに見つめる。 「早めの誕生日プレゼントの一つのつもりだが。好きに過ごせばいい」 まだ憮然とした表情のクラヴィスに、ジュリアスは心に秘めていた願いを告げる。 「もっとも、その一日を私の為に開けておいて欲しいとは思うがな……」 余裕の笑みを浮かべるジュリアスに、オスカーは内心舌を巻く。 …やられた… まったくもって隙が無い。 さすがはジュリアス。 尊敬する上司であり、またオスカーが唯一認めた恋敵だけのことはある。 けれど、今は感心している場合ではない。 オスカーは内心の動揺を隠すと、ジュリアスに向かって軽く礼をとった。 「これはジュリアス様、偶然ですね。俺も今、同じことをクラヴィス様にお願いしていたのですよ」 そして、常には彼に見せぬような、不敵な笑みを方頬に刻んでみせる。 「しかし、順番をどうこう言うほど俺は野暮ではありません」 そこでようやく、当事者であるクラヴィスに向き直る。 いささか迷惑そうな色を浮かべた紫の双眸に、苦笑した。 彼の瞳は、ときに言葉よりも如実にその心情を語る。 自分のことなのに。まるで、ケンカは余所でやれとでも言っているようだ。 「クラヴィス様…選ぶのは、あなたですよ…」 どこまでも甘く、誘うように告げた。 ――さて、あなたはどう出るのかな? 「それは奇遇だな」 どこまでも不敵な表情を浮かべるオスカーに視線を投げかけ、ジュリアスは唇を笑わせた。 それから視線をクラヴィスに移し、その瞳を見つめながら言う。 「……まだ時間はある、そなたの望むままにするがよい」 クラヴィスは、ジュリアスとオスカーを交互に見つめる。 どちらと過ごそうとも私には…安息がないような気がするが…… せっかくの休暇なら…ゆっくりと一人で過ごさせてくれ…… 私の誕生日ごときで争うほどの事でもなかろうに…二人とも酔狂な…… 「私の望むままか……ならば一人でよい…おまえ達どちらと過ごそうとも面倒だ」 これで二人は、引き下がってくれるであろうか? 「あなたらしい…」 ある程度予想していたその答えに、オスカーは思わず笑ってしまった。 けれど、ここで引き下がるつもりは毛頭ない。 一度断られたからといって諦めがつくようなものであれば、最初から欲したりはしないのだ。 「残念ですが…あなたの望みは叶えられませんよ」 不機嫌そうに溜息を吐くクラヴィスを、真っ直ぐに見据える。 彼自身まったくと言っていいほど頓着しないその美貌に、堕ちてゆく者のなんと多いことか。 「惑わせたのはあなたです…今すぐ選べないというのなら、しばしの猶予を差し上げましょう」 黙って見ていたジュリアスに、挑発的な笑みを向ける。 「構いませんね?」 ジュリアスはそのオスカーの挑むような視線を無表情を崩さないまま受け止めた。 必死だな、お前も、……私も。 遠くにある心を求めて足掻いて。 だからこそ、ここで引き下がる訳にはいかないのだが。 「……望むところだ」 頭越しに交わされる会話に、眉を顰めたまま不快感を隠しもしないクラヴィスの表情に思わず苦笑が零れた。 ……今はまだ、クラヴィスにとっては迷惑でしかないであろうこの思い。 相手の全てを手に入れたいと思う心は秋の嵐にも似て激しく、強い。 けれど、自分には……私の心を満たしてくれるのは、そなただけだと思うから。 だからこそ、追い求めることを躊躇うことはない。 「クラヴィス、そなたも覚悟を決めてどちらかを選ぶのだな」 クラヴィスは、自分の意思を無視した二人の身勝手な台詞に不快を覚えた。 だが、二人の想いが真剣なものである事も知っている。 強引な中にもある程度のラインからは、決して踏み込んで来なかった二人。 それをよい事に考えぬように逃げていたが…そろそろ本気で考える時期なのか…… どちらかを選ぶ事が本当にできるのかどうかわからぬが…… 「……わかった…その日までに考えておく…これでよいな?」 クラヴィスは、二人の真摯な瞳を見つめ返した。 NEXT |