永遠のはじまり −side Oscar− 5



「……どうだ?」
 書類に目を通し終わって、考え込むように瞳を閉じたクラヴィスを見つめて答えを待つ。

 目を閉じても感じるジュリアスの強い視線。
 私の答え次第では、また戻るか…ご苦労なことだ。
 だが、普段のジュリアスならばそのような事を言わぬはず。
 私の答えだけを聞き何も言わずに戻りそうなものを……
 敢えて口に出したジュリアスの真意は……
 自分に注がれる眼差しは、何を訴える?
 …書類を何度読み返しても、特に問題はないように思われた。
 ただ、それを素直に告げるのが悔しい気がする。まるで、私が行かせたくないようではないか…
 かと言って、偽りを言う気にもならぬが…
 クラヴィスは、瞳を開きジュリアスに書類を差し出すと、逃げるように視線を逸らした。
「…おまえに抜かりはあるまい?特に思い当たらぬ」
「そうか、ならよい。すこし厄介な事例に思えたのでな」
 クラヴィスの手から書類を受け取ると、ジュリアスはかるく溜息を吐き出す。
「これで安心して次の視察に行ける」
 苦笑する形に唇を歪めて、ジュリアスはもう無関心気に自分から目をそらしてしまったクラヴィスの
視線を追いかける。
「……本当はあまり行きたくないんだがな」

「…おまえがそのような事を言うとは……次が更に厄介だという事か?」
 ジュリアスの意外な言葉にクラヴィスは、驚愕を隠せず視線を再び戻す。
 立て続けの首座の視察にも驚かされるが、執務を何よりも重んじるジュリアスが気が進まぬなど…初
めて聞いた。
「厄介……そうだな。かなり厄介だ、私が行かなければいけないくらいだからな。これでは何時戻れる
か。……気が進まないのは、他の理由だが」
 驚いたように自分を見返すクラヴィスの瞳を直視して、ジュリアスは言う。
「今ここを離れたくないんだがな」
「……おまえらしかぬな。聖地が心配か?首座殿の不在の合間くらいは、他の者が補うであろう。心配
いらぬ」
 違う…このような事ではない。ジュリアスの言いたい事は、わかっている。
 今、離れたくない…そう言ったから…だが私に何を言えと?
 おまえは、結局執務を疎かにできぬであろうに…
 クラヴィスは、ジュリアスから視線を逸らし小さく息を吐く。

「聖地の心配なぞしておらぬ。そなたも居るのだし」
 逸らされた眼差しを追いかける。あくまで他人事のような言葉と、無表情。
「ただ……私が、ここを離れたくないと思っていることだけ覚えていてくれればいい」
 伝えたいと思う言葉はたくさんあるのに、心で思うようには言葉は出てこない。
 この言葉でさえ、伝えたい意味で伝わっているかなど解らないけれど。
「明日からしばらく留守にするが、後を頼む」
 それだけを言ってしまうと、ジュリアスは返事も待たずに踵を返した。

 クラヴィスは、閉ざされた扉を静かに見つめる。
 自分の言いたい事だけを言って去るか……
 おまえの言葉を故意に受け流した私を咎めもせぬのか?
 それともおまえの本心さえ見破れぬと……私の言葉を鵜呑みにしたか…
 ジュリアス…おまえはもっと器用だと思っていたが…不器用なのだな。
 それでも時として、自分の本心を言葉に出す事も必要だと…そう考えるのは、私の傲慢だろうか。
 不意にクラヴィスの脳裏に過ぎったのは、不遜で自信家な炎の守護聖。
 あの者ならば…偽ざる想いをそのまま口にだしたであろうな。
 …あの者?何故、私は彼を想い浮かべたのか……
 クラヴィスは、自分の心をつかめず戸惑いを隠せなかった。



To be continued...


B a c k  N e x t

T o p



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