■永遠のはじまり■― 8 ― |
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翌朝、何時もと変わらぬ時間に聖殿に行くと、ジュリアスは自分の執務室には寄らずに真っ直ぐに炎の守護聖の執務室に向かった。 一度深く息を吐き出してから、ジュリアスはオスカーの執務室の扉をノックする。 答えを待って、その扉を押し開けた。 部屋に入ると休みのはずの私が現われた為か、オスカーが驚いた表情になる。 そして続けて入室してきたクラヴィスを見て、かすかにその瞳が曇った。 オスカーの前に立ち、言葉を捜す。 彼の想いが、自分と負けず劣らずに熱く真剣なものだということを痛いほどに感じていた。 なんと告げるべきなのか、どうしても適切な言葉など現れ出てくれない。 都合の良い事ばかりを言うと思われるだろうとは解っているが、それでも友人である彼を出来れば傷付けたくなかった。そして、失いたくないと願っているから。 「オスカー、私を殴っていいぞ」 ジュリアスの真剣な表情…言葉…全てが物語っている。 クラヴィスの心の在り処――彼が誰を選んだのか。 ならば自分にできることはひとつ。 二人が幸せでいられるように…自分のことなど気にかけず、幸福な未来を歩めるように。 「おめでとうございます…」 いつもの、どこか不敵ささえ感じさせる笑顔を、ジュリアスに向けた。 いつもと変わらない笑顔。 自信に満ちて、どこか不敵な。 オスカーの中に有る熱い想いを知っているだけに、変わらないように見せようとして、しかしどこか影の潜むその笑顔が痛くて、そしてうれしかった。 多分、この事を一番祝福してほしい人がいるとしたら、彼以外にあり得なかったから。 「ありがとう……」 なんと答えたらいいのか解らなくて、ジュリアスは低くそれだけを言う。 けれど、それ以外の言葉は無用だと知っていた。 きっと、私達には。 ジュリアスの隣で二人を見守るように立っていたクラヴィスは、ゆっくりとオスカーの正面へと進む。 「オスカー…」 クラヴィスは、オスカーの唇に軽く口づけを贈った。 真剣に想ってくれた感謝と少しの謝罪を込めて。 このくらいならジュリアスも見逃してくれるであろう。 「…ありがとう…オスカー」 クラヴィスは、やわらかな微笑をオスカーに向ける。 心からの笑顔…この、いとおしいほどに優しい表情を引き出したのがジュリアスであるのなら、もはや悔いはない。自分にはできなかったことを、ジュリアスは成し遂げた。 けれど。 一瞬だけ触れた温もりを、決して忘れることはないだろう。 どれだけ時が経とうとも…クラヴィスとの間が、どれだけ隔たったとしても…決して。 押し殺した醜い感情と共に、死ぬまで抱えて生きていく。 「…そんな顔をしないでください。もう一度欲しくなる」 揶揄する響きで、オスカーはもう一度笑ってみせた。以前と同じように。 「…馬鹿者」 いつものオスカーの軽口をいつものように嗜めるクラヴィス。 苦笑を浮かべながらもクラヴィスは、内心どうであれ変わらぬように接してくれるオスカーの気持ちが嬉しかった。 「さて、俺はそろそろ執務を始めます。筆頭守護聖が二人揃っていないんですからね、忙しくなりますよ」 軽口で2人を追い出しにかかる。 しばらくは消えない痛みが残っても…すぐに、いつもと変わらない日常が戻ってくるのだろう。多忙な日々を送れば、きっと。 執務室から出て行く2人を黙って見送る。 扉の向こうに、艶やかな黒髪の最後の一房が消える瞬間、オスカーは強く拳を握り締めた。 「……情けないな……」 触れたかった。 引き止めたかった。 本当は…離したくなかった。 目許を軽く手で覆い、そっと低い溜め息を吐く。 二度と、表すことはない想い。 この恋は、叶わなかったけれど。 想うだけで、幸せだった。その日々を、忘れない。 馬車に乗り込むと、聖殿を後にした。 本当に久しぶりの休暇。 そして、隣にはクラヴィスがいる。 強引に今日の休みを申請した時には、まさか本当にこの日をふたりで過ごせるなどとは、思っていなかった事を思い出す。 黙ったままのクラヴィスの頭をそっと引き寄せて、ジュリアスは言う。 「あの花を……見に行かないか?」 「おまえが言っていた場所か?行ってみたい」 クラヴィスは、顔を上げるとジュリアスに微笑み掛けた。 未だ見慣れていないクラヴィスの柔らかい笑顔を間近に見つけて、ジュリアスは一瞬言葉を失って頭に廻した手でただくしゃくしゃとその黒髪を撫でた。 それから思い直したように御者に場所を告げる。 香りだけをほのかに残して、その花の季節は過ぎ去っていた。 空に向かって延びる枝葉の間に、取り残されたように僅かな名残の花。 「……ここなのだが、やはりもう終わってしまっていたな」 残念さを隠さない口調でジュリアスは言う。 クラヴィスは、ジュリアスに身体をもたれさせた。 「来年の楽しみができたではないか?また、連れてきてくれ」 「また……来年にな」 クラヴィスの言葉に軽く笑うと、己に凭れかけれられた体を抱き寄せる。 表情を隠す髪をそっと梳き上げて、ゆっくりと唇を重ねた。 クラヴィスは、口づけに応えながらジュリアスの首を両腕で掻き抱く。 「きっとこの世界の中にまだたくさんある、目に見えない綺麗なものを、そなたと見つけていきたい。……この花のように」 ジュリアスはそう囁いた。 約束と一緒に、口付けを交わす。 永遠の、はじまりの日に。 その花の名前も、その花の持つ意味さえも知らないままで。 ……永遠に尽きない想いを 二人がその花に込められた言葉を知ったのは、それから幾度も同じ花を眺める月日を迎え、過ごした後のことだった。 けれど。 ……永遠に尽きない思いなら、何時でもここにあるから。 きっと、永遠に。 |
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