■時間の流れのように■ |
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乾いた風が体をすり抜け、髪を乱していく。 目の前に広がる風景はどこまでも荒涼として寒々しい。 ごつごつとした岩場ばかりの荒野と、それを取り巻くように切り立った崖ばかりが続く。代わり映えしない光景に、時折己の位置さえを見失いそうになる。 宇宙の崩壊を食い止めるために、聖地を離れたのは何時の日の事だったろうか。 絶え間なくモンスターの襲撃に遭いながら、終りの見えない旅を続ける。戦いに慣れていない仲間を先導し、つねに緊張を強いられ……。時が過ぎていく感覚さえ、失われていくようだ。 額に落ちかかる邪魔な髪を掻き揚げながら見上げると、空に向かってそびえ立つ頂きの隙間から、水のように澄んだ青。 この戦いに誰よりも集中しなければいけない立場である筈なのに。 オスカーは唇に薄く苦笑いを刷く。 それなのに。 ふとした瞬間に、こうして己の考えに捕らわれている自分に気付く。 一体いつから、こんな想いを抱き始めていたのか。 解らない。 この想いの始まりのきっかけなどは。 ただひとつ解るのは、自分があの人に――惹かれているということ。 目線さえ、あわせることもなく。 ――言葉を交わすことさえ少なくて。 自分でも滑稽な程に、ただ心の奥に閉じ込めて、それでも、惹かれているなどという生易しい感情ですらないかもしれない、想い。 誰にも悟られることのないように細心の注意を払いながら……その存在をいつでも追いかける。 ……視線で。 その、気配で。 戦闘の最中でさえ、背後にあるその存在を確かめて。 だれよりもあなたを守りたいのだと、走る心を圧し留めながら。 「そろそろ出発するか」 ジュリアスに声を掛けられて、己の考えに浸っていたオスカーは考えを今に引き戻された。 「そうですね、そろそろ行きましょう」 束の間の休憩を終え、立ち上がる。 柄にもなく自分が黙り込んでいたことを不思議に思ったのか、僅かに訝しげな表情で見返してくる光の守護聖に、なんでもないとでも言う風に軽く笑って見せる。 ……らしく無い。 考えを振り切るように、軽く頭を振る。 それでも、この心に棲みついた思いは消えることなどありえないのだけれど。 自分らしく無さ過ぎる。 けれど。 そんなことは、解っている。 解っているのだ。 そんな事は。解りすぎるほどに。 こんな風に、ただ思い悩んでいるなぞ以前の自分には在り得ない。 なにも始めようとすらせずに、半ば諦め、この感情を押し殺そうとさえしている自分。 こんな風に誰かにこころを奪われてしまう事すらが、在り得ない事だった筈だ。――今までの自分であれば。 岸壁に手をつき、すこしでも足を踏み外したら吸い込まれてでもしまいそうに、底が計り知れない崖が目前に広がる細い道を足早に通り抜けようとしていた時だった。 強い風が体を打つのを感じた。 一瞬にして空が翳る。 反射的に視線を上に向ける。 そこにあったのは、空一面を覆うように羽を持つモンスターの群れ。 あまりの状況の悪さに、オスカーは思わず強く唇を強く噛み締める。 切り立った崖に阻まれて逃げ場もなく、足場さえも良くない。突然の出現に意表を突かれ、慌てる仲間に指示を飛ばしながら攻撃に備えて陣形を組もうとするが、狭い場に阻まれてどうしても分断されてしまう。旋回し、急降下しながら攻撃してくるモンスター達を根気よく一匹づつ撃退していく他に術も見つからない。 「キリがない……」 隣にいるヴィクトールが、吐き出すように言う。 それに、言葉を返そうとした時だった。 真横で、鋭い悲鳴が上がった。 モンスターは一瞬にしてその集団の一番弱い部分を見抜く。 振り向くと、何時の間にここまで接近してきていたのか間近に鈍く光るモンスターの翼。その羽の隙間から垣間見えた、柔らかい栗色の髪と、長い黒い髪。それから高い悲鳴がやけにゆっくりと耳に届く。 「クラヴィス様!」 複数の声が、同じ名前を叫ぶ。 アンジェリークをかばうようにして地に伏せたクラヴィスの背に斜めに走る、引き裂かれたような傷。 そこから溢れ出す血。 黒い染みがみるみるひろがり、地についた手にも赤いものが伝わっていく。 ――視界が怒りで赤く染まる。 こんなに傍に在りながら、守りえなかった自分に。 ただ、守りたかったのだ。自分勝手な思いでしか無くても。 たとえ心が通じ合うことが有り得なくても、ただ、あなたひとりを。 しかし、その間にも、モンスターは容赦なく襲い掛かってくる。無事だったらしいアンジェリークが、愕然とした表情で、それでも治癒をしようとしている。それを遮って、クラヴィスは立ち上がり、なにか呪文をとなえ始める。 ……無理をしないでくれ、そんな体で。 こころの中で強く叫ぶ。 駆け付け振りかざした一刀でその翼を切断した。 片翼を失ったモンスターは、それでも激しく暴れながらバランスを失って転落していく。 残された羽が巻き起こした強い風。 自分の体を支えきれずにすぐ傍にいたクラヴィスが崩れるように倒れるのが目に写る。 ――このままでは、崖に落ちてしまう。あのひとが。 自然に、体が動くのを止められなかった。 自分の迂闊さを呪いながら、なにもかもを投げ出して駆け寄り、腕を伸ばす。 その手を、確かに掴んだと感じた瞬間だった。 それでなくとも悪い足場が二人分の体重をささえきれなかったのか足元が崩れた。 意外なほどゆっくりと視界が回転する。 助けるつもりが落ちているのか、……自分も。 やけに冷静にそんな事を思う。 繋がった指先に、たしかに感じる体温。あなたの。 ならば、必ずなんとかしてみせる。 どうしようもなく絶望的な状況の中で、それでも。 謂われもなく……ただそう思った。 |
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