一通りの検査を終え、病室へ戻ると、もう一つのベッドでクラヴィスが眠っていた。安らかな寝息をたてた穏やかな表情。
オリヴィエが愛しげな視線で、見守るように傍らにいる。その姿が目に入った途端、クラヴィスを見守るのは、おまえじゃない! と叫びそうになった。一体、この感情は、どこから、来るんだ?
オリヴィエは、俺達に気が付くと指を口元に当て、『静かに』と合図を送り、続き部屋の扉を指差す。
無言で頷いたジュリアスに促され、クラヴィスが気になりながらも移動した。
「お帰り!お二人さん。で、どうだった?」
「身体的には問題ない。医師は、事故による一時的なものではないかと。記憶喪失と言っても、一般常識や言葉等生活していく上では、問題もないようだし、
普段の生活を重ねていけば、自ずと戻って来ることもあるそうだ」
「戻ってくる事もあるって…それ、要するに、戻ってこない可能性もあるって事?」
オリヴィエの表情が強張り、隣室に気遣わしげな視線を送る。クラヴィスを気にしたようだが、今は、俺の話しだろうが。彼とどう関係あるんだ?
「そういう事だ。明日になれば戻っているかも知れぬし、何年もかかる事もある」
オリヴィエに説明するジュリアスの声を聞きながら、俺は、医師の言葉を思い返していた。的確な治療法がないと、焦らずじっくりと構えろと、他人事だと思って悠長な事を言ってくれるぜ。
診察の合間には、ジュリアスから自分の素性について説明を受けたが驚いた。この俺が、宇宙を導く女王陛下に仕える九人の守護聖の一人、炎の守護聖とはな。
ジュリアスにオリヴィエ、クラヴィスも同じ守護聖。どおりで浮世離れしてるはずだ。
今回は、視察から帰還途中に宇宙船が事故って負傷した上、一週間も意識不明で目覚めれば、記憶喪失か。最悪だぜ。
「オスカー、疲れたのではないか? オスカー?」 「あっ悪い。俺の名前だったな」
ジュリアスに『オスカー』と呼びかけられても、ピンと来なくて、返事が遅れた。
オスカーって名前がしっくり来るような、来ないような…
「記憶がないのだから仕方あるまいが。私もそなたの言葉に慣れぬ」
ジュリアスが苦笑を浮かべる。
「そりゃそうよね。付き従ってた人間に、タメ口聞かれたらね」
「付き従う? 俺の上司とか、そう言ったものなのか?」
「彼は、首座よ。私たちのリーダーって事。あんたは、ジュリアスを尊敬してたからね」
オリヴィエの補足に納得だ。だから、ジュリアスは、俺が話し掛けるたび、複雑な顔をしてたのか。それなりの言葉使いをしていたんだな。気をつけよう。とりあえず医師の言う通りに、普段の生活をしていくしかない。以前のままに…
「他に俺が敬語を使っていたのは、誰だ? 後、親しい人間とか俺の交友関係を知りたい」
「あんたが敬語を使ってるのは、後は、クラヴィスくらいかな。ジュリアスと同じ古参だから、敬意を尽くしてたんじゃない?」
「そなたの交友関係については、追々に説明していこう。一度に話しても、覚えられぬだろう」
俺としては、当たり前の質問だったんだが、二人は、顔を見合わせ、どこまで話すべきかと相談しながら答えたように見えた。
自分の事を知りたいだけなんだが…当り障りなく説明する二人の態度は、気に入らない。
そして、話題を避けるようにジュリアスがオリヴィエに話し掛けた。
「ところで、クラヴィスは、眠ったようだな」
「眠ったと言うより、眠らせちゃった。疲れてるみたいだしね」
「あれも疲労の限界が来ていたであろう。そなたの判断は、正しい」
「あんたにそう言ってもらえると、安心するよ」
クラヴィスの名前を聞くと、落ち着かない気分になる。何となく隣室に目を泳がせたのをオリヴィエに目聡く見つけられた。
「クラヴィスが気になる?」
「おまえ達が意味深な事を言うからだろう? 気になって当たり前じゃないか」
「言えなくは、ないのよ。ただ…何でもない。知りたかったら、クラヴィスに聞いてよ。私達からは、言えないからさ」
「本人から聞く方がよかろう。クラヴィスが答えればだが」
「それが問題だよね」
ジュリアスとオリヴィエは、顔を合わせ苦笑する。二人は、話してもいいと思ってる事をクラヴィスが拒否する気持ちがわからない。
「何故、クラヴィスは、話したがらないんだ?」
「うーん…それも言えない。悪いね…あんたが頑張って口説いて聞き出す事だね」
「口説くって…男を口説いてどうするんだ?」
「あんたから、その言葉を聞くとはね。そう思うんなら、興味本位とかで、クラヴィスにかまわないでよ!」
「おまえ、さっきと言ってる事が逆じゃないか!口説けと言ったり、かまうなって、どっちだ!? 俺がクラヴィスに対して、特別な感情を持ってたとでも言うのか!? 綺麗だと思うが男じゃないか?」
クラヴィスを口説く。何故かその言葉にドキリとした。彼に惹かれていると、見透かされている。
その動揺を悟られたくなくて、つい、口にした疑問だったが、見る間にオリヴィエが不機嫌になっていった。
何かを言おうとしたオリヴィエをジュリアスは、視線で制止し、俺に険しい表情を向ける。
「その言葉をクラヴィスの前で言う事は、許さぬ! たかが記憶を失った程度で、あれを傷つけるのであれば、そなたの想いもしれている!」
ジュリアスの激しい怒りを感じる。冷静な落ち着いた奴だと思っていたが、内に秘めたものは、熱い。 彼にとっても、クラヴィスが大切なんだ。
「俺が覚えていないのに、許さないも何も…無茶な事を言うんだな。おまえ達は、俺にどうしろと言うんだ?」
「自分で考えるのだな。そなたの記憶のどこかに、答えはある」
ここまで言われれば、クラヴィスに惹かれた理由も関係も見当はつくが…確証はない。 俺は、クラヴィスが眠る隣室を見つめた。
俺の記憶のどこかに、確かにクラヴィスは存在する。 彼を見た瞬間に惹かれれたのが、何よりの確証かもしれないが…
ならば、クラヴィスが俺との関係を隠そうとしたの何故だ? 彼を知る俺ならば知っているはずなのに。
俺は、自分に問い掛ける。答えはどこにある?
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