ジュリアスとオリヴィエは、明朝来ると言い残し、他の守護聖に現状を報告する為王宮へ出向いた。
俺は、身体を休めるため寝台へ向う扉を開ける。どうしてもクラヴィスが視界に入るがあえて、視線を逸らしながら寝台に腰掛けた。 結局は、苦しげな息遣いが気になって傍に寄ったが。
疲労の色が残るやつれた顔…俺に付き添っていたんだよな。こんなになるまで、付き添わなくても…
クラヴィスの乱れた髪を整えてやりながら、ため息を吐いた。
「クラヴィス様…」
何となく呟いてみた。ただ、名前を呼んだだけで、言い知れぬ歓喜が湧き上がる。
「クラヴィス様…クラヴィス様…」
その名を呼ぶほどに愛しさが込み上げる。きっと俺は、この方と共にあることを至福と感じていたのだろう。
今ですら、こんなにも愛しく想えるのだから…
「ん…オスカー……行くな…」
苦しげに眉を寄せながら、夢の中で俺を呼び止めている? 眦から涙が流れ落ちていく。
「泣かないで下さい。俺は、ここにいますから」
咄嗟に呼びかけ、はっとした。目覚める前に俺は、同じ台詞を言った。俺を呼ぶ優しくて切ない声の主に…
「クラヴィス様…あなただったのですね?」
確かに俺の記憶にこの人がいる。俺を求めるクラヴィス様が、俺が求めるクラヴィス様が。
俺は、どのような言葉で愛を囁いた? クラヴィス様の答えは!? 俺は、この方を思い出せない! もどかしい!
「オスカー?」 「お目覚めですか?」
クラヴィス様が俺の名を呼ぶだけで、苛立っていた気持ちが落ち着く。
紫水晶の瞳がぼんやりと俺を映す。淡い微笑みを浮かべると手を差し伸ばし、俺の首に両腕を回した。
「オスカー…夢を見ていた」
「どのような?」
「おまえが私を…置いていく。だが、所詮は夢…目が醒めるとおまえがいたのだから」
「ええ。いつもお傍に」
上半身を起こさせると俺の胸に抱き寄せた。 いつもそうしていたような無意識の行為と言葉に、安心したように瞳が閉じられる。 しばらくまどろんでいたクラヴィス様が、不意に身体を硬くさせた。
「どうかされましたか?」
俺を見つめる表情が怯え震える唇。
「すまぬ。記憶がなかったのだったな。今のは戯言だ…忘れろ」
離れようとするのを強く抱きしめることで、押し止めた。離してはいけない! そう感じた。
「オスカー、離してくれぬか?」 「離しません」
「無礼だと思わぬか?」 「最初に俺に抱きついてきたのは、あなたでしょう?」
「…寝惚けていたのであろう。誰かと間違っただけだ…」
「俺の名を呼びながら?」 「……知らぬな」
俺の意地の悪い言葉に、無表情な顔と冷淡な声で通そうとする。だが、抱きしめた身体からあなたの震えが伝わる。俺には、怯える不安な声が聴こえる。
「もしも、本当に誰かと間違っていたと言うなら、許しませんよ?」
耳元に囁きかけると、その頬が朱に染まる。
「何を許さぬと言うのだ! 今のお前に言われたくない!」
「今の?では、以前の俺ならいいと?」
クラヴィス様は、無言で顔を背ける。 何を怯えているのですか? 記憶のない俺の不確かな愛ですか?
でも、俺にはあなたに誓ったであろう確かなものがありません。 だから…
「以前の俺は、知りませんが。今の俺は、あなたに一目惚れしました。ですから、口説かせて頂きます。よろしいですね?」
「…オスカー」
怯えの残る瞳が戸惑ったように揺れる。不安を消し去るには、きっと記憶をなくした今の俺もあなたを愛していると伝える事が必要なんだ。
「愛しています。今の俺の感情なのか記憶なのか、正直…わかりませんが、あなたに惹かれています」
「おまえは、記憶を持たぬのに…私を?」
「俺の細胞の一つ一つにあなたが刻まれているのでしょうね。あなたが愛しくてたまらない」
震える唇に、そっと口づけ強く抱きしめた。
「俺を否定しないで下さい」 「私こそ恐れていた。おまえに私を否定される事を…」
背中に回された手が縋るように、俺を抱きしめる。やっと、クラヴィス様が俺を認めて下さった事に安堵する。
「俺は、あなたとの想い出を不覚にも消し去ってしまいました。しかし、もう一度作り出す事が出来ます。手伝って頂けますか?」
「オスカー…」
クラヴィス様の手が俺の頬に添えられ、真っ直ぐに俺を見つめる。
「俺は、以前と同じようにあなたを接する事が出来ないかもしれない。時には、あなたを傷つけてしまうかも…しかし、あなたを愛している。それしか今の俺には、わからないのですから」
「その一言で十分だ。愛している…オスカー」
クラヴィス様から紡ぎだされる聞きたかった言葉。口づけながら、その身体を寝台に伏せた。
唇の柔らかさを、滑らかな肌触りを、秘められた奥の温かさを、俺の身体が覚えている。
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