執務室に、朝方見た正装でなく外出用の略式な衣装のオスカーが、慌ただしい様子で現れる。
「急な事ですが、惑星の視察を命じられました。少し長引くかもしれませんが、出来るだけ早く帰還できるように努めますので」
「無理をせずともよい」
身体を気遣う私に、オスカーは、照れくさそうに笑みを浮かべた。
「いえ。俺があなた会いたさにすることですから、お気になさらず…土産に美味い酒でも手に入れてきますよ。一緒に飲みましょう」
「楽しみにしている」
オスカーの気持ちは、私とて同じ事…笑みを返すと、抱きしめてくる力強い腕…そっと身を預ける。
「気をつけて行って来い」
「はい。では、行って参ります」
唇が触れるだけの軽い口づけを交わす。
オスカーは、唇を離すと、名残惜しげな表情を見せながらも、時間に追われているのか…部屋を走り去った。
その背を引き止めたくなるような一抹の不安を感じたのは、気のせいであろうか…
行く先は、『惑星シュラム』
炎のサクリアの乱調の原因を探り、元を断つ事。
これがオスカーに科せられた使命であった。
決して危険な任務ではないはず…なのに、おまえの背中を見送ってからというもの、心のうちが暗く息苦しささえ覚える。
毎夜のように訪れる恋人の不在を寂しく想う気持ちは、確かにあるが…それだけではない。
水晶球に映る不吉な黒い影…壊れゆく建物…死に瀕する人々、タロットカードに現れる『死』と『運命の輪』…これらの意味するものは何なのか?
……オスカー…おまえに関係していなければよいのだが……
オスカーが視察に赴き5日が過ぎた頃、ジュリアスが執務室に姿を見せた。
心もち青褪めたジュリアスの常ならぬ様子に、嫌な予感 に苛まれる。
「クラヴィス…宇宙が闇のサクリアを望んでいる」
「それが何だと…?」
宇宙が闇のサクリアを望む事など珍しくもないであろうに…と訝しみながら、差し出された書類に目を通した瞬間、一気に視界が揺らぐ感覚に見舞われた。
紙を持つ手が小刻みに震え、唇が戦慄く。
望みの値は、惑星を死に致しめるのに充分であった。
その上、望むエリアの中心には、『シュラム』が……
これでは、『シュラム』の民だけでなくオスカーまでが消滅してしまう!
「……これは、どういう事だ?」
震える手が書類を微かに揺らす…戦慄く唇を噛みしめるように、問い掛けた。
「わからぬ。陛下もお心を痛めておられる…だが、宇宙が必要だと感じ欲している以上は、放置も出来ぬ」
「守護聖を切り捨てるのか?!」
咄嗟に声を荒げてしまった。
宇宙の望みを放置すれば、全体に何らかの悪影響を及ぼしかねない。
しかし…望みのままにサクリアを送れば全てが死す…オスカーさえも……
「そのような事出来る訳がなかろう!守護聖を失う事は、宇宙崩壊を招くやも知れぬ!だからこそ、この事態を相談すべく来たのだ!そなたの水晶球やカードは、何も告げぬのか?!」
常に冷静なジュリアスにも、焦りや苛立ちが見える。惑星の死に民だけでなく、守護聖までが巻き込まれることを、憂いでいるのか…
感情の波に捕らわれた己を落ち着かせるように、深く息を吐き、ジュリアスを見つめ直した。
「何処かの惑星が死に直面する事は…感じていた」
水晶球やカードの不吉な前兆は、これを現していたのだな…
「対処法は、見えぬのか!?何でもよい!昨夜から…オスカーからの連絡が途絶えたままなのだ」
「…何だと……」
苦しげに告げるジュリアスを呆然と見つめる。
私は、オスカーの異変を何も感じなかった…だが、神経を集中させれば、炎のサクリアを遠くに感じる。生きている…安堵に胸を撫で下ろした。
「オスカーが、無事かどうかわからぬが…生きている」
「そなたには、感じる事が出来るのか?…さすがと言うべきか…」
感嘆するジュリアスに、思わず苦笑を洩らしてしまう。
通常、これだけ離れていれば、感知することは難しいものだ…私のサクリアの成せる技なのか、それとも…心を分かち合ったオスカーだからなのか?
「では、その事を陛下にご報告して、今後の対処を伺う事にする。そなたも何かわかれば、すぐに知らせるように」
言い終えると、ジュリアスは、足早に部屋を出た。
陛下に報告だと?宇宙を統べる女王陛下でさえ、オスカーの安否が確認出来なかった言うのか?
事態の深刻さを改めて痛感する。
椅子に深く座りなおすと、天を仰いだ。
オスカー……どうしている?私の声が聞こえたならば、今すぐに帰って来い…
机に目を遣ると置いたままのカードの束…ふと、一枚引き抜いた。
―吊るされた男―
意味は、『黙って死を待つ』『身動きが取れない』
おまえなのか?それとも……
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