我が手に在りし[3]
我が手に在りし
3
次元回廊を抜け、朝の光に覆われた『シュラム』へと降り立つ。
大地に一歩踏み出した瞬間に、重苦しい空気に苛まれた。
血の匂いが大気に充満している…
そして、真紅に彩られた大地の悲鳴が聴こえる。
太古より見守り続けた人々の無益な争いに、哀しみ、嗚咽を洩らす声が…
だからこそ…宇宙が消滅を望んだか……
オスカー…何処にいる?私におまえの居場所を知らせてくれ…
神経を研ぎ澄まし、炎のサクリアを捜し求める。
迫り来るのは、何もかもを破壊してしまいたい衝動、凶暴さ残忍さ…力でねじ伏せようとする歪んだ強さ…
炎のサクリアの変調…
心弱気者ならば…この力の影響を受け、本来の自分を見失い、悪しき変貌を余儀なくされているだろう。
無事な者とて…変貌した者達の被害を受け、無傷ではいられまい。
それゆえの血の匂いか……
早々に修復してやらねば、血で血を洗う魔の星と化すだろう。
オスカー…おまえのサクリアは…何処にある?
さらに、神経を集中させ、本来のサクリアを求めた。
変調を来たしたサクリアの中に、清廉で強靭な力強さを、微かに感じることができる。
オスカーがこの変調を堰き止めようとしているのか?
だが、オスカーのサクリアは、歪んだ力に遮られ、はっきりと追う事ができぬ。
ならば、最も邪悪な源は、どこだ?その場所に、オスカーがいるはず。
「…見つけた。あの山か?」
遠くに見える深き森を抜けた先にそびえ立つ山々、そこから最も濃い歪みを放っている。
「……遠いな…」
あそこまで歩かねばならぬ事を思うと、ため息がでる。
研究院は、各惑星に配置されている。行けば、何らかの乗り物を手に入れる事も可能だが、変貌しているであろう街中にあることを思えば、巻き込まれる危険を冒せない。
「オスカー…酒くらいでは、この労力に値せぬぞ…」
いまだ会う事の叶わぬ相手に、つい愚痴が出る自分に苦笑しながらも、聖地から持ち運んだ非常用の鞄を背に負うと、森に向かい歩き始める。
夕闇が迫る頃、森の入り口に辿り着いた。
闇の中を森で過ごす事は、危険に他ならぬ。何処か休める場所は……
周囲を見渡すと、大型の獣が冬ごもりに使っていたらしい洞穴が、目に入る。
中を覗き、しばらく使われた形跡がない事に安堵すると、一夜の宿に借り受ける事に決めた。
簡単な食事を済ませると、昼間の疲れからかすぐに眠気が襲う。
そのまま硬い岩肌に身体を横たえると、いつしか深い眠りに落ちていた。
『……ス様……クラ…ス様…クラヴィ…ス様……』
誰かが…私を…呼んでいる?
閉じようとする瞼を無理に開かせると、焚き火の向こうに何者かの気配…
立ち上がると、目前に血塗れのオスカーが横たわっていた。
「オスカー!」
駆け寄り、触れようとした途端に、砂のように崩れ去っていくオスカーの身体…
残されたものは、骨の残骸…砂塵を握りしめ、呆然とその名を呟く。
「オ…スカー……」
『クラヴィス様…来て下さったのですね…』
その声に、ハッと顔を上げると、透明な身体を宙に浮き上がらせたオスカーの姿が…
耳にではなく、直接頭に響き渡る思念……
「オスカー!」
『ですが、もう手遅れです!何故なら、あなたは、サクリアを送ってしまわれたから…俺を殺したのは、あなただ!あれほど愛し合った俺達なのに…あなたは、俺を殺してしまった!』
怒りと哀しみに縁取られた声で、私を責めるオスカー…
『俺を憐れだと思うならば、俺を愛しているのなら、一緒に死んで下さい…さあ…俺のクラヴィス様…』
オスカーの差し伸べた手を凝視するうちに、笑いが込み上げた。
声も立てずに喉元で一通り笑い終えると、オスカーを静かに見つめる。
「すまぬが、おまえと一緒に死んでやるわけにはいかぬ。何故なら!おまえは、私のオスカーではないからだ!」
『俺がオスカーでない?では、誰だと?』
「知らぬな。名もなきものよ…おまえは、オスカーを知らぬな。あの者は、私が手を下したとしても、決して私を責めぬ!逆に私を労わるであろう…そういう男だ。私が愛するオスカーはな」
このような戯れ言に私が乗せられるとでも思ったか!私を謀るのに最も愛しい者の姿を具現するとは!
胸の奥から怒りが込み上げる。
「おまえ如きがオスカーの姿を真似るな!不愉快だ!消え去るがいい!」
私の言葉が終ると同時に、宙にあったオスカーの姿が、音もなく掻き消えていく。
消えゆく姿を見つめながら、思わず溢れそうになった涙を抑えるように、唇を噛みしめた。
…おまえに会いたい…本当のおまえに……
…おまえの声が聴きたい…私の名を呼んでくれ…
…『愛してる』と…私を抱きしめてくれ…
『クラヴィス様…愛しています…いつでもお傍に俺がいる事を忘れないで下さい……』
私の心に住むおまえが、語りかけてくれる。
そうであったな…いつでもどのような時でも…おまえは…私の傍にいる…
オスカー…おまえを想う時、何処からともなく力が湧いてくるようだ。
私がおまえを感じ取る事ができるように、おまえも私を感じているはず…
何処からか見守り、力を与えてくれている…そう思いたい…
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