我が手に在りし[4]

我が手に在りし


明け方に目覚めると、疲労に訴える身体を宥めながら、黙々と歩き続ける。
自然溢れた森の中だと言うのに、緑のもつ穏やかさも爽やかさも感じられない。
動物の鳴き声も小鳥のさえずりさえも聞こえず、息を潜めるような息遣い…
あるのは、よき友であったはずの人に対する恐怖、不安、絶望…
歪んだサクリアは、動物達には、影響していないようだな…人にだけなのか?

昼過ぎには、森を抜ける事ができた。
目前には、炎のサクリアの変調の源である山…

「私に登りきる事ができるのか…」

だが、行かねばオスカーを助ける事は叶わぬ。身体に鞭を打ち登りかけたその時、馬の蹄が聞こえた
山の麓から走り降りてくる体格のよい栗毛の馬…
私の傍で立ち止まると、甘えるように擦り寄ってくる。その体躯からは、懐かしささえ感じる炎のサクリアの祝福…

「おまえは、オスカーを知っているのか?」

馬は、問いに頷くように顔を摺り寄せる。

「オスカーの居場所を知っているか?知っているのであれば、私を連れて行ってくれぬか?」

乗れと言わんばかりに嘶く馬の背に飛び乗った。

「後は、任せる。頼むぞ」


夕闇迫る頃に辿り着いたのは、山の中腹の廃墟と化した村。
入り口で馬を降りると、一人中に進んでいく。
凄まじい残留思念が漂っている…
強い想い…誰かを愛する心と憎む心…それに自分を責めつづける悔恨……
様々な感情が渦巻いている。
村の中央にそびえる大樹に手を触れてみた。

「おまえならば知っておろう?この村で何が起こった?誰が嘆いているのだ?」

大樹の持つ記憶を感じ取る。

穏やかな村…善良な人々…幸せそうな恋人達…
突然の悲劇…山賊の襲撃……逃げ惑う人々…失われていく命…
泣き叫ぶ少女…数人に陵辱され…恋人の名を呼びつづける…
放置され呆然と佇む彼女の手が握りしめているのは…小刀…
そして…山を降りていたゆえ…ただ一人無事であった恋人が駆け寄ってくる…
彼女は…恋人の目前で…自らの命を絶ってしまった…亡骸を抱きしめる青年…
守り切れなかった…止められなかった…後悔…絶望…運命を呪う心…
復讐に燃えた青年は…山賊の隠れ家に行き…再びこの地に帰ることはなかった

「惨い事を……それにしても…信じられぬ…この青年は……このような事が…」

思わず大樹から手を離す。

「炎の守護聖になるべき者だった……」

大樹の記憶にある青年からは、清廉な炎のサクリアを感じた。
愛しい者を死に追いやった者達に、果たせなかった復讐…
強い憎しみの心と死の制裁を与えるべく強い力を欲し…死したため…
力の片鱗がサクリアを変調させていったのか……
憎しみの対象が人であったために…人にしか影響しなかったのであろうな…

人の想いとは、計り知れぬ威力をもつのだな。
一人の青年の魂が惑星を滅ぼそうとしているのだから……

「彼を救わねばならぬ。死した者に永遠の安らぎを与えてやらねば…」

村の何処かに青年の魂がある…オスカーもいる……
月の灯りだけを頼りに、悪しき源を目指して歩き始める。
ふと…私を呼ぶ声が聴こえた。姿亡き魂…救いを求める声…

「ああ…救ってやろう…安心して待つがよい…」

語りかけると、静かに消えていく。

ほどなく寂れた礼拝堂に行き着いた。
聖なる場所でありながら、禍禍しい力に覆われている。だが……

「オスカーのサクリアを感じる!」

いるのだな……オスカー…ようやく会える……
再会の喜びとこれから訪れるであろう戦いに、扉を持つ手が震う。
私は…負けぬ…この手で愛する者を救う…そして……運命を変えてみせよう……
ゆっくりと扉を開け放った。

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