室内に漂うむせ込むような悪しきサクリア…濃密な気配に思わず口元を覆う。
暗闇に目を慣らしていくうちに、正面の祭壇に人が横たわっているのに気付いた。
あれは……
「オスカー!!」
駆け寄ろうとするが祭壇に近付くにつれ、身体が足が思うように動かなくなっていく。
サクリアの影響なのか…まるで鉛を付けられているようではないか…足が重い……
それでも一歩一歩踏みしめるように、オスカーの元へ歩きつづける。
後もう少し…もうすぐおまえに触れる事ができる……
だが、祭壇を目前にして膝を突く。ここまで来て……進めぬのか!?
荒く息を吐きながら力の限りその名を呼んだ。
「オスカー!私はここだ!目覚めてくれ!オスカー!」
声に呼応したかのように、オスカーが身動ぎ私に視線を向ける。
「よかった…気が付い…!!オ…スカー…?」
ほっとしたのもつかの間、私を見る恋人は、オスカーであってオスカーではなかった。
氷のような冷めた瞳で嘲笑を浮かべ、ゆっくりと起き上がると祭壇から降り立つ。
『闇の守護聖のお出ましか…クラヴィスと言ったな…』
紛れもないオスカーの声…だが、その声には慣れ親しんだ優しい響きの欠片もない。
身体に憑依されたか…おまえが易々と死屍たる者に屈するはずがない!
強さを司るおまえともあろう者が…何故だ…何かあったのか…
『闇の守護聖に問う。まだ宇宙は、シュラムの消滅を望んでいないか?闇のサクリアは求められていないか?そうすべく人々を狂わせてやっているのだがな』
この者の望みは、シュラムの消滅?それが目的で炎のサクリアを歪ませ、人に悪しきサクリアを送ったのか…失意や憎しみでただ荒れ狂っていたわけでないのだな。
だが、何故に惑星までを滅ぼそうとしているのか…
「おまえの憎しみの対象は、すでにこの世に存在せぬ。何故…シュラムの消滅までを望む?」
『さすがだな…村の記憶を読んだか。ならば教えてやろう。奴らが死んでもその血を受け継ぐ者が生きている!
奴らが踏みしめた大地も空気も存在している!何よりも奴らを生み出したこのシュラムが許せない!』
激しい感情が、風となり吹き荒れた。飛ばされぬように床に置いた手に力を込め、その場に踏みとどまる。
あの者達に関わる全てを否定するのか…あまりにも深すぎる憎悪…
「子孫に、罪はなかろう?彼らは、何も知らぬのだ。大地や空気も、太古の昔からここにあるものだ…」
『それがどうした?俺の幸せを破壊した奴らの血が生きている!俺達の子供は、失われたのに!
全てを道連れに惑星ごと滅んでしまうがいい!宇宙も消滅を許したからこそ、俺に力を与えたのだ!』
あの少女が身ごもっていた?彼は、二人の愛する者を失ったのか……
描いていたであろう幸福な家庭…崩された未来…
否…不幸が訪れなくば…彼は炎の守護聖として召喚されたはず…
どちらにしろ…彼は失っていたのではないか?…その事実を知らぬのだな…
「宇宙は、悪しきことに力など与えぬ」
『では、俺のこの力は何だと言うのだ!?おまえ達のサクリアまでも感じる事ができる…変化さえ可能なこの力を!』
告げれば二重の絶望を与えるやもしれぬ……
人としての幸せを奪い取られ…守護聖として生きなければならなかったのだから…
宇宙が死を望んだ炎の守護聖とは……
彼一人か…それともオスカーの身体ごと封じねばならぬのか……
答えぬ私を誤解したのか、口元を歪ませ皮肉げな笑みを見せる。
『宇宙が俺に力を与えたことが気に入らないようだな。しかし…シュラムは、滅びゆく運命であったのだ!俺のこの手で!』
運命…だと?私は、認めぬ!彼の魂だけを浄化させ、オスカーを取り戻してみせる!
立ち上がると彼を見据えた。
「何故、憑依した?」
『大した理由などない。器がある方が便利かと思っただけの事。だが何故か、この男の中にいる方が力を使いやすい』
それは、おまえが炎の守護聖の力をもっているからだ…炎のサクリアを使うことなど容易かろう…
「離れるがいい…おまえごときに御せる相手ではない!」
『この男を過信しているようだな。呆気ないほど簡単に屈したぞ…炎の守護聖ともあろう者が情けない限りだ』
オスカーを嘲笑うなど許さぬ!怒りが込み上げるが相手の挑発に乗ってはならぬと、自分を戒め拳を握り締め耐える。
私の成すべき事は、怒りをぶつけることでなく、この魂を救う事なのだから…
彼を救う事は、オスカーを…シュラムを救う事に繋がるのだ。
気持ちを落ち着けるように、呼吸を整えると問い掛けた。
余程の事がない限り…オスカーが負けるはずがない……声が震える。
「……オスカーに何をした?」
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