闇の果てに



『永遠にあなたを愛します』と誓ったのは、いつだっただろう。
 偽りでなくあの時、本気でそう思った。
 あなた以外に愛せる人などいるはずもない、と信じていた。
 永遠などないと言い放つあの方に、信じて欲しくて何度も繰り返し愛を告げた日々。
 言葉が返されなくても…愛されていると信じていた。
 それなのに!あんなにも手酷い裏切りの言葉が語られるなんて
 俺は、もうあなたを愛せない…あなたとは違う人と歩んでいきます。


『永遠にあなたを愛しています』とあの者が告げる。
 本気だとわかっていたが…その気持ちがいつまでも続くはずがない感じていた。
 人の心は、移ろっていくものだ。
 誰も愛さないと誓った私が、何度も愛を囁くあの者に惹かれていったように。
 だが、やはり…永遠などなかった。
 否、私がそうさせてしまったのだ。
 信じ切れなかった私が愚かであっただけ。
 今は…ただ…おまえの幸せを願おう。




「あっ……ああ……オスカー…」
「クラヴィス様…」

 オスカーの貪欲な熱く激しい求めに、慣らされた身体が否応なしに応えていく。激しい喘ぎ、熱い吐息がやがて…全身をおおうけだるい甘さに脱力していった。


 オスカーの胸に抱かれ、一人でないことをぼんやりと感じる。
 誰かと共にあるなど考えもしなかった。
 愛を…人を…信じる事など出来なくなった私の心を…オスカーの一途な想いが溶かしていく。
 …人のぬくもりが…心地よい……

「クラヴィス様、愛しています」
「……そうか…」

 行為のあとに必ず伝えられるオスカーの想い…だが、その気持ちに素直に応えられない自分。

「まったくつれない方だ…俺達がこうなってから幾度目の夜を迎えるか、ご存知ですか?」

 恨みがましい口調で責めながら、オスカーの瞳は、優しい笑みを浮かべている。

「おまえは、そのようなことを…一々覚えているのか?」
「もちろん!あなたとの逢瀬ですよ?俺が覚えていないはずがないでしょう?」
「…オスカー…」

 呆れたように苦笑を洩らす私にオスカーは、口づける。『愛しています』と何度も囁きながら。

 私も愛している…心の中でしか答えることができないが…
 口に出してしまえば、すべてをおまえに委ねてしまいそうだ。
 きっと、おまえは、受け止めてくれるだろう。
 だが、いつまで?おまえの心が離れた時、私は、今度こそ闇に己を見失うだろう。

「愛しています。あなただけを…」

 私を強く抱きしめる腕に身を委ねれば、オスカーの鼓動とぬくもりは、不思議なほど安心感を与えてくれる。
 そのぬくもりに包まれて、眠りに落ちていった。


 深い眠りは、急激に訪れた胸騒ぎに覚醒を余儀なくされる。
 何なのだ?
 隣を見遣るとオスカーは、安らかな寝息を立てている。
 起さぬように、そっと寝台を抜け出し、星々の声を聴くためにベランダへと向かった。

 間もなく夜明けを迎える空に、ひときわ煌めく一つの星。
 今、誰かが生まれた…生命の誕生…まぶしい光…新たなる時代の予兆…
 いづれ…この新しい命と出会う時間(とき)が来る。
 そう……星は、告げた…
 喜ばしいはずなのに、喪失感が漂うのは何故だ?
 この星と出会うとき…私は、何かを失うのか?いったい何を?


「クラヴィス様?どうされました?」

 背後からの声と共に、オスカーにふわりと抱きしめられる。

「星を…いや、何でもない」
「星?あの一際輝いているやつですか?」

 あの星を見せてはならない!何故かそう思い…咄嗟に口を濁したがオスカーは、聞き逃さずに空を見上げた。

「美しい…心が惹かれますね。何と言う星ですか?」
「知らぬ。生まれたばかりの…無垢なるものだ」

 平静を装いながら、心が悲鳴を上げる。あの星を…私以外を見るな!

「実は、急に目が覚めました。何かに呼ばれたような…こんなことは、初めてですよ。ひょっとして、あの星に呼ばれたのかもしれない」
「…呼ばれた?」

 肩越しに振り返ってもオスカーは、魅入られたように星を見つめつづける。

「ええ。何て言えばいいのか…あの星を見ていると幸せを感じます。心が浮き立つようなそれでいて神聖な気分…妙ですね」

 自分でも説明のつかない感情に戸惑ったように、苦笑を洩らすおまえを呆然と見つめる。
 私が胸騒ぎと喪失感に苛まれているのに…おまえは、あの星に幸せを覚えるのか?

 私が…失うものは……

「不思議な星だ。見れば見るほど惹かれていきます。きっと俺に幸せをもたらしてくれるのでしょうね。 俺の幸せはあなたと共にある。だから、あなたも幸せになりますよ。俺がいるのですから…愛しています」

 おまえの口づけは…温かい…なのに…私の心は……近く訪れるであろう星との出会いに恐怖を抱き凍っていく。

 星よ…私から……愛する者を奪わないでくれ………




 あの夜以来、欠かさずあの星を見つめる日々。
 日を追うごとにその輝きは増すばかり。
 そして、まるで比例するように頻発する地震、安定しない天候、枯れ果てようとする大地。
 これらは、均衡の崩壊を意味する。すなわち…女王の力の衰え……
 では、新たなる時代の予兆と感じたあの星の意味は?


「クラヴィス!そなた、私の話を聞いているのか!?」

 ジュリアスの怒鳴り声にはっと顔を上げると、他の守護聖の視線が私に注がれていた。
 今は、会議の最中であったな…思考に入り込みすぎていたか…

「その顔では、聞いていなかったようだな」

 剣呑な表情を浮かべるジュリアスの隣で、オスカーが心配げな瞳で私を見つめている。

「宇宙に関わる重大な話をしているのだぞ!そなたの態度は」
「ジュリアス様!お話の続きを…」

 ジュリアスの非難から私を庇うように、オスカーが口を挟んだ。ジュリアスは、オスカーに鋭い視線を向ける。

「オスカー…そなたは……まあよい」

 ジュリアスは、何かを言いかけたが時間の無駄とでも考えたのであろう。周囲に視線を向けながら本題を告げた。

「陛下は、早急に女王試験を行うことを決断された」

「女王試験!?」「女王陛下が交代されるのか!?」

 口々にざわめく周囲…大半の者が初めて立ち会う女王交代と神聖なる試験に、戸惑を隠せないようだ。

「静粛に!本来は、二人の候補を聖地に召喚し、現女王が見極め指名するものだが、今回は、違う。女王候補に惑星の育成を行わせ競わせることで、優劣を決めることになった。よって、我ら守護聖のサクリアも必要とされる。我らの新たなる女王を選ぶ試験だ。女王候補に協力し、厳粛な気持ちで試験に臨むように。以上だ」

 ジュリアスは、会議の終了を告げるように立ち上がり、私を一瞥する。

「クラヴィス、今までのような職務怠慢な態度は、控えるように」

 一言言い残し、オスカーを従え部屋を出た。オスカーは、私を気にするように何度か振り返ったようだが… 私は、その姿を追うことなく椅子に深く座りなおし両肘をつく。

「…女王試験…か」

 女王の交代…新しい時代の到来…星が……来る………
 私からオスカーを奪う者。新たなる時代の統率者が…だが、女王に恋は禁忌のはず。
 時代を担う者と守護聖では、成就できぬ運命…かつての私と…彼女のように……
 もしかすると…私は、失わずにすむのだろうか?



 ほどなく二人の女王候補が聖地に召喚された。名門貴族の流れを汲むロザリアと
 そして…金の髪の女王候補アンジェリーク。
 全身から強い輝きを放つ澄んだ瞳の少女…
 一目でわかった…あの夜に生まれた星だと……


 寝台の枕に背をもたせ、ぼんやりと宙を見つめていると、扉が開き、入浴を済ませたオスカーが姿を現す。

「何を考えておいでですか?」
「別に…」

 オスカーは、私の隣に座ると肩を抱き寄せた。

「昼間、あの金の髪のお嬢ちゃんを熱心に見ておいでのようでしたが…妬けますね。まさか…気に入ったとか?」
「戯れ言を申すな…女王になるやもしれぬ娘に興味などない」

 そう…おまえを奪う者など…気に入るはずがない…

「…おまえは…どうなのだ?気になるか?」

 運命に結ばれているおまえと彼女なら、惹かれあうものがあってもおかしくない。探るように問い掛けてみた。

「そうですね。俺としては、もう少し育ってくれた方がいいですね。尤も俺には、あなた以外見えませんが」
「…そうか」

 あっさりと否定するオスカーの嘘偽りのない瞳に安堵を覚える。

「安心しましたか?」
「…何にだ?」

 見透かされたのかと動揺する心を隠した私の答えに、オスカーは、肩を竦め苦笑を浮かべた。

「俺の浮気を心配して下されたのかと思って喜んだのに…」
「馬鹿なことを…」
「俺にとっては、馬鹿な事ではないのですが…」

 一瞬陰ったオスカーの瞳。小さく吐かれたため息。
 その名を呼ぼうとしたが、深い口づけが遮った。

 オスカーは、口づけながら引き込むように私を押し倒す。
 息が苦しくなる頃、ようやく唇が離れ、真摯な瞳が私を見つめる。

「愛しています。あなただけを」

 私の返事を待つような沈黙…だが返らない答えに、オスカーは淋しげな表情で目を伏せた。
 …愛している…おまえを愛している……心の中で何度も答えてもオスカーには…届かない。
 言葉にすれば…おまえは…行かぬのだろうか?





 女王試験が始まった。
 女王候補達は、それぞれの大陸に我らのサクリアを使い育成していく。
 生まれながらの女王候補と言われるだけあり、ロザリアが的確に順調に育成を進めているのに対し、何の教育も受けていないアンジェリークは、圧倒的に不利な立場にあった。
 しかし、逆境の中でも笑顔を絶やさず、前向きな行動力で懸命に努力する姿に、オスカーを始め他の守護聖達は、好意を持ち積極的に協力をするようになっている。あの気難しいジュリアスでさえ、物怖じしない彼女の態度に、一目置いていた。

 誰からも好かれる天性の明るさと優しさを備えた彼女の周りには、人が、光が溢れ笑顔と笑い声が絶えない。
 いつしか、彼女の大陸は、めまぐるしい発展を遂げていた。


 オスカーは、アンジェリークを励まし、時には気分転換にと公園に連れ出している。その事をオスカー自身から聞かされ…私は、やりきれない想いを持て余す。

「金の髪のお嬢ちゃんは、見ていて飽きませんよ。次に何をしてくれるのかハラハラさせてくれると同時に、ワクワクさせてくれますね」
「どこか放っておけないような、見守っていたいような、そんな気持ちになります。さすが女王のサクリアと言ったところですか」

 日を追うごとに増えていくアンジェリークの話題をおまえは、嬉しそうに楽しそうに私に告げる。

 それを私がどのような想いで聞いているかなど知る由もない。
 運命は、変えられぬのか…


「最近、オスカー様とアンジェリークって仲がいいよね」
「守備範囲外だって言ってたわりには、しゅっちゅう一緒にいるのを見かけるよな」
「結局、女なら誰でもいいんじゃないのか?アンジェリークだってまんざらでもなさそうだしな」

 聖殿の中庭で交わされる年少者達の会話が耳に入る。
 オスカーとアンジェリークの仲の良さは、今や知らぬ者はいまい。それほど二人は親密になっていた。
 アンジェリークがオスカーに恋をしていることは、誰の目にも明らかだ。
 オスカーに微笑まれ、共にいれば、惹かれぬ女性はいないだろう。

 運命に導かれたように二人の仲は、急速に距離が縮まっていく。
 だからと言って、オスカーが私の元に訪れなくなったわけでもない。
 以前と同じように私の部屋へ泊まっている。だが、話す内容は、金の髪の女王候補のことばかり。

 オスカー…おまえは、気付いているのだろうか?
 おまえの口から出るのは、アンジェリークのことだけで…私への愛を囁いていないことに。
 おまえの心を占めるのは、もはや…あの女王候補だけなのか?
 いつおまえは、己の心を知るのだろう?その時、おまえはどうする?私に誓った愛を…
 早すぎる心変わりをおまえは、どう受けとめるのか。
 おまえから別れを告げられたら……私は…どうなるのだろう……


「こんにちは!クラヴィス様」

 夕刻、散策に出かけた先で会いたくもない者に声を掛けられた。

「…おまえか」
「はい!アンジェリークです。お散歩ですか?ご一緒してもいいですか?」
「…好きにしろ」

 私の闇を恐れぬ真っ直ぐな瞳で見つめる金の髪の女王候補に断る理由を見つけられず、同行を許してしまう。
 しばらく無言で歩いていたアンジェリークが不意に足を止める。訝しげに振り返ると、思い詰めた表情で私を見ている。

「あの…お聞きしたい事があります」
「なんだ?」
「女王は、恋をしていけないって…本当ですか?」
「……何故そのような事を聞く?」

 聞かずとも理由などわかっていながら問い掛けた。オスカーを想って…それ以外ありはしないだろう。

「クラヴィス様は、長く守護聖をお努めになってらっしゃるから…その理由をご存知かと思って」
「本当だ。女王は、宇宙を導く者…全てに均等に愛を捧げねばならぬ。誰か一人を重要視してはならぬのだ」

 だから…おまえが女王を目指すならば、その想いを捨てろ…心の中で付け足した。
 私の答えにしばらく考え込んでいたアンジェリークが顔を上げる。

「今までの女王陛下は、誰一人として恋人をもってらっしゃらないのでしょうか?」
「それを聞いておまえは、どうする?」

 口篭もる態度におまえの心が手に取るようにわかるようだ…女王になってもオスカーとの未来があるのかを探したいのであろう…

「…おまえは、誰かを愛しているのか?」
「はい」

 恥ずかしげに、だが躊躇いなく答えた瞳の強さに敗北を感じる。
 星の運命は…私から愛する者を奪う。
 そして、オスカーは、己の真の幸せを見出すのか………


NEXT

BACK NEXT

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル