闇の果てに
-第二部-


「痛っ!」

 不意に訪れた身体の衝撃に目を見開いた。目の前でジュリアスが濡れた衣装を脱いでいる。
 いつの間にか邸内に自分の寝台に寝かされ…正確には、放り投げられていた。
 いったい…あれから、どれほどの時間が経ったのであろうか?
 髪や衣装にまとわりつく雨の雫がシーツを濡らしていく。
 何も考えたくない…ただぼんやりと天井を見つめ続けた。

「そなたの無気力さに拍車が掛かったな」

 忌々しそうにジュリアスが話し掛けるが、答える気力も意志もない。
 私のことなど…放っておいてくれ……
 寝台の軋む音…ジュリアスが寝台に上がったのか?
 視線を移すのも億劫だ…

「そうやって心を閉ざし何も見ぬつもりか?生憎と私がいる限り、そのような事はさせぬ」

 衣装を脱ぎ捨てたジュリアスが、覆い被さってくるのを他人事のように見つめていた。

 唇を塞がれ、舌が差し込まれ、呼吸が出来ないほどの深い接吻。
 無視したいのに、何も感じたくないのに…息苦しさが現実に引き戻そうとする。
 身体を押しのけようと、もがいても力で敵わない。
 苦しい…頭が朦朧とした頃、ようやく唇が離され、大きく咳き込み、酸素を求めた。

 喘ぐように何度も咳き込む私を意に介した様子もなく、ジュリアスは、私の衣装を剥ぎ取っていく。
 何が起こっているのか認識出来ない。しようとしないだけか…必死で現実から目を逸らそうとした。
 私を引き戻すな!このまま闇に沈ませてくれ……誰も私の心に触れるな…瞳を閉じて全てを拒絶する…

 不意に激しく頬を叩かれ思わず瞳を開けた。ジュリアスが冷徹な瞳で見下ろしている。

「何も見ぬならその瞳をこじ開けてやろう。感じぬなら感じさせてやろう。肉体の痛みを無視することは、早々できぬからな」

 言い終えると同時に、両脚を開かれ、何の準備もなくジュリアスの怒張が身体を貫いた。

「!!ああーー」

 気の遠くなるような痛みに悲鳴が止まらない。
 突きつけられた痛みが、一気に現実へと覚醒させた。
 繋がれた部分の鋭い痛みと滑り…血が流れを感じる。
 オスカーならば、こんな抱き方はしない。いつでも優しく、私を愛してくれた…助けて…オスカー……

「オスカー!オスカー!」
「幾度呼んだところでオスカーは、来ぬ。あの者は、すでにそなたのものではないのだ!諦めるのだな」

 ジュリアスが私を揺さぶりながら、冷たく言い放つ。
 わかっている!だからと言って、何故おまえが…このようなことを……

「何故、私をこのような目に合わすのだ?それほど私が憎いのか?」
「そなたがそう感じるのならば、そうなのであろうな」

 感情の読み取れない表情…私の全てがおまえを苛立たせるのか?だから、憎い?では、庭で見せたおまえの優しさは、何だったのだ?同情?

 思考は、不意の激しい突き上げに停止する。

「ひっ!あっ…ああ!」
「何も考えるな!今は、この痛みだけを追え。それだけが…」
「痛っ…あああーーー」

 ジュリアスの台詞は、痛みに泣く自分の悲鳴に掻き消された。
 痛い…苦しい……それだけしかもう…脳裏に浮かばない……

 ジュリアスの手や指が、私の胸を…勃ち上がったものに濃い愛撫を与え…痛みから快感へと変貌する。身悶えせずには、いられない疼きに忘れていた己を取り戻してしまう。
 あのまま…何も分からなければよかったのに……
 …この見苦しい痴態を意識せずにはいられない…
 上げたくない声を上げさせられ、激しい動きに翻弄され、ジュリアスを抱きしめるようにしがみつく自分。

 私が思考に捕まりかければ、ジュリアスが容赦なく深く抉る。

「う…はぁ……」
「クラヴィス…何も考えるな!私だけを感じていろ!もっと乱れろ!」
「あぁ…ああ…」

 今、私を支配するのは、痛みでなくジュリアスのもたらす快楽…
 その狂いそうな甘い感覚に心を乱され、オスカー以外の手に堕ちた己が忌まわしくて…意識を手放したいのに……
 その度に…許さないとばかりに、突き上げられる。

 何度もジュリアスを受け入れた疲れきった身体は、人形のようにされるがままに力なく揺らぐだけ…

「もう…いや……だ」

 掠れた声を絞り出す…朦朧とする中でジュリアスの声が囁くように響く。

「………………………」

 嘘だ…そのような事…信じられぬ……おまえは…何を言っている?


「………………………」

 私の望みは……

「………………………」

 おまえが…叶えてくれると言うのか?本当に?

「………………………」

 ならば…約束してくれ…その約束…違えるな……

 意識を手放す最後の瞬間、ジュリアスの優しい微笑を見た気がした。
 おまえでもそのように笑えるのだな……

+++

「起きろ!クラヴィス!起きぬか!」

 聞き慣れた声に覚醒を促される。ジュリアスの声?ここは、私の寝室では?
 重い瞼を無理に開かせば、目前に身支度を整えるジュリアスの後姿が…髪の合間から見えるその背中には、赤い数本の線…爪の跡?

「痛っ!」

 身体を起こしかけ、鋭い痛みに小さくうめく。この疲労と痛みは何なのだ…
 身覚えのある…だが、しばらく遠ざかっていた身体の痛み…まさか…
 昨夜の記憶が途中から、ジュリアスの前で醜態を晒した後からが曖昧ではっきりとしない。

 だが、所々にジュリアスの体温ともたらした痛みを思い出す。
 陵辱された現実に、信じられない…信じたくない…唇を噛みしめ…ジュリアスの背中を見つめた。

 光たるおまえが私を更なる闇に突き落とすのか!

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