「クラヴィス!執務に遅れると言っている!早くしろ!」
ジュリアスは、着替えを終えると振り返り、常と変わらない物言いで私を見下ろす。
そして、無言で睨みつける私に、皮肉げな笑みを見せた。
「どうした?立てぬのか?手加減などしなかったかからな。だが、執務を休む事は、許さぬ。陛下より重要な報告がもたらされるのだから…わかっているな?」
重要な報告…新たなる女王と補佐官の誕生…
昨夜のオスカーとの別れを思い出す。自分の愚かさで失った恋人……
聖殿へ行けば…あの二人を見る事になるのか…
私に耐えられるだろうか?幸せな恋人になってしまった彼らの姿に…
「クラヴィス!」
ジュリアスの声に、いつの間にかうつむいていた顔を上げると、顎を捕まれ貪るような口づけを与えられた。
覆い被さりながら、ジュリアスの指が痛みと残滓の残る奥に這わされる。
顔を振りもがき、抗議の声を上げた。
「ジュリアス!離してくれ!」
「何だ?まだ、足りぬのであろう?」
ジュリアスは、喉の奥で笑いながら、指を痛みに痺れる奥へ奥へと入り込ませる。痛みに身体が竦む。
「もう…いたぶるな…」
「いたぶる?それは、心外だ。そなたも充分によがったではないか?忘れたのか?自ら腰を振り、ねだった事も?そなたが私を離さなかったのだぞ?」
耳朶を甘噛みしながら、囁くジュリアスに言葉で犯される。
何故、こんな思いをせねばならぬのか…
「忘れたならば、思い出させてやろう」
快楽も何もない…ただ……受け入れ犯されるだけの器と化した…
何故…こんな事になっているのか…わからぬ…
ジュリアスと何があったと言うのだ…
思い出せるのは、苛まれた痛みだけ…
今も咽び泣きながら、『離してくれ』『許して』と懇願する……
「思わぬ時間を割いてしまったな。遅れてもかまわぬが、必ず来い」
乱れた着衣を整えるとジュリアスは、動けぬ私を置いて部屋を出た。
指一本動かしたくない…気だるい…だが、陛下の謁見を欠席するわけにはいかぬ。
身体中の悲鳴を無視して、起き上がると壁を伝い歩きながら浴室へと向った。
冷たい水を浴びながら、身体に残る残滓を洗い流す。
ふと鏡を見るとひしめくような紅い跡…泣き腫らし赤く染まった目…
自分の哀れな姿に、涸れることの知らぬ涙が頬を伝った。
決して許さぬ!ジュリアス…おまえだけは…
軋む身体を引きずるように、聖殿へ向った。
私が遅れる事など慣れきった他の者からは、冷やかな視線を浴びるだけで、掛けられる言葉もない。
陛下の両翼に立つ私をオスカーは、一度も見ようとしなかった。
告げられた新たな女王と補佐官の誕生に沸き返る室内。
事情を知った他の守護聖からのひやかしにオスカーとアンジェリークは、互いを見つめ照れくさそうに笑みを浮かべる。
二人を見るのは、つらい、苦しい、息が詰まる…喘ぐように何度も深い呼吸を繰り返す。
何も感じなければこの息苦しさもないであろうに…感情などいらぬ…
無表情を装い単調な祝福の言葉を掛けると、祝宴を辞退してその場を後にした。
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新たな宇宙への移動、即位式を終え以前の生活が始まる。
オスカーと過ごす前の独りきりの時間…
報告書を手にジュリアスの執務室を開けると同時に、退室しようとしたオスカーと正面から向き合った。
驚きと動揺に身体が硬直してしまう。
私を認めた途端…彼の瞳は、青白い炎を思い起こさせる冷たい色を浮かべた。
許されていないのだな…私を憎んでいる…
当たり前か。そのように仕向けたのは、私自身なのだから…
知らず溢れそうになる涙を隠すように、無言で脇を通り過ぎ後ろ手に扉を閉めた。
躊躇なく遠ざかる足音に思わず振り返り、見えるはずのない姿を目が追っていく。
「クラヴィス!」
鋭い声に、我に返るとジュリアスの元へ歩み報告書を差し出した。
「渡したぞ…」
「確かに受け取った」
ジュリアスは、私の未練を嘲笑うような表情を浮かべると、腕を掴み引き寄せる。
「ジュリアス!」
「黙っていろ」
机に倒され、覆い被さる身体を懸命に払い除けようともがいてもびくともしない。
「離せ!執務中だ」
「その通りだ。だから、手早く済ませてしまおう」
「このような所で、正気か!?」
「時間がないのだ。無駄な抵抗などやめておけ」
衣装を捲くられ下肢だけが露にされる。
口づけも愛撫もないジュリアスの欲望を満足させるだけの虚しい器。
光に堕とされていく孤独な闇を救う手は、何処かにあるのか
…それとも……
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