誰も寄せ付けず無為な時間を過ごす日々。
何もしたくない…誰にも会いたくない…自分の殻に閉じ篭り幸せな想い出だけで生きていけたなら…
ジュリアスへの恐怖とオスカーの眼差しが痛くて、今まで以上に出仕を避けるようになったものの、どうしても出向かねばならぬ事がある。
あの日執務室で陵辱されて以来、ジュリアスが手出ししない事を考えると少しの安心感をもって聖殿へ向かう。
あれも私をいたぶる事にようやく飽きたのか?
尤も陵辱されずとも、執務怠慢だと非難は、免れないであろうが…
重い足取りで静寂な廊下を通り過ぎた時、窓越しに見たくないものを見てしまった。
庭先で微笑交わす祝福された恋人達。
こんな情景を目にしたくなかったからこそ、避け続けていたものを…
その姿をいつになれば平静に受け止められるのだろうか?
それともそのような日は、永久に来ないのか?
オスカー…私は、いまだにおまえを愛している…求め続けている。
己が招いた結末なのに、滑稽なほど足掻き続けている。
ジュリアスが聞いたならば、冷笑を浴びせるであろうな…
「痛っ!」
不意に腕が痺れるほど強く掴まれた。振り返れば、いつの間に傍にいたのか恐ろしいほど鋭い視線で睨みつけるジュリアス。
「放せ! 腕が…」
「幾日も出仕せぬと思えば、来たら来たで昔の男を未練がましく見ているのか? いい加減に諦めの悪い」
嘲笑う表情と口調に頬に血が上る。ジュリアスの言う事は、本当だからこそ言い返しもできない。
「これから陛下の元へ向かう。だから放せ」
陛下の名を出せばすんなり事が運ぶかと、話を逸らすように用向きを伝える。だが、掴まれた腕の強さは、変わらない。
「陛下は、所用でおられぬ。間もなく帰って来られよう」
「ならば、執務室で待つことにする」
言外に放せと言ったが、ジュリアスは、唇の端を歪め笑みを浮かべ低く囁いた。
「では、待つ間の時間潰しに付き合ってやろう」
「いらぬ世話だ! 放せ!」
ジュリアスの意図を理解すると、腕から逃れようと身を捩る。更に力を込められ指先の感覚が麻痺しそうだ…
滅多に人が通らないと言え、昼間の廊下で壁に抑えつけられ貪るように口づけられる。
たかが口づけ一つで心と裏腹に身体が反応を示し始めた。優しさの微塵もない乱暴で一方的なものなのに…
「最近可愛がってやっておらぬゆえ、飢えているのでないか? そなたは、オスカーでなくとも男なら良いでのないか? 自分の欲を満たす相手ならばな」
ジュリアスは、唇を離すと喉奥で残忍な笑みと台詞を洩らす。
『違う!』と叫びたいのに、衣越しに身体を這う指先が、押し付けられる雄の熱さが吐息を出させる。
裾を割り直接忍びこむ指に息が荒くなる。焦らされる感覚に泣きたくなるような快感を味わい、縋りつくようにジュリアスの背に腕を回した。
もう…どうでもいい。この混沌とした熱さを思いを切り裂いてくれ。
いつ誰が来るかもしれない緊張感真昼の廊下での情事は、感覚の強さを刺激する。叫びそうになる声を呑み込み、縋りついたジュリアスの背に爪を立てた。
まるで私の醜態を楽しむように動きが激しさを増し、堪えきれず噛みしめた唇の隙間から喘ぎが洩れる。打ちつけられるがままに、腰が揺れ動き快楽の涙を零した。
ジュリアスの楔が欲望を放つ共に、反りかえった身体をそのまま突き放される。背中が壁にぶつかり、支えのないまま床に崩れ落ちた。
荒い息を整えるのが精一杯の自分と違い、ジュリアスは息一つ乱れた様子もなく身支度を軽く整える。
「そろそろ陛下のお戻りの時間だ。行って来るがいい」
「この…姿でか…?」
「そなたが勝手に乱れただけであろう? 余程飢えていたらしいな」
侮蔑の色を交えた人を見下した視線から顔を背ける事しか出来ない。自分の有り様を思い起こせば、何を言っても無意味であろう…
何事もなかったかのように平然と踵を返し掛けたジュリアスが、振り向きざま冷ややかに言葉を投げた。
「明日より執務へ来るようにしろ。そなたの方代わりにも飽きたぞ。来ぬなら毎夜犯してやろうか? それを望むなら部屋に篭っている事だ」
+++
この日以来、休む事なく出仕を始めた。ジュリアスに抱かれる屈辱よりも、注がれる視線が私を卑屈にさせる。
『これ以上惨めな思いをしたくない』
その一心で歯を食い縛る思いで聖殿へ執務室へと向かった。
毎朝会うオスカーにつらい思いを抱く以上に、心と身体を萎縮させる突き刺さる紺碧の視線が気に掛かる。無様な姿を見せぬようにと背筋を伸ばし、真正面からの視線にも耐え無表情を装う。
隙を見せれば、嘲笑られる種になる…強がりだと知られているだろうが、私なりの些細な抵抗を繰り返す。そのうちに徐々に気を張らずとも自然に振舞えるようになった。擬態が身についたようだ。
時折見掛けるオスカーとアンジェリークの幸せそうな笑みには、やはり痛みを味わうものの以前ほどの絶望感に襲われることはない。
見慣れた風景の一つとして捉えているのだろうか?
オスカーとの日々が夢であったかのように、現実感が薄れてゆく。このまま忘れ去ることができたなら…
森の湖の木陰でぼんやりと思考に耽っていた時、アンジェリークの笑い声が聞こえた。次いでオスカーの甘く囁く声。
かつて私に傾けた愛の言葉を彼女に語り、私の存在に気付かない二人は、口づけを交わした。
反射的に瞳を閉じて視界を塞ぐ。
慣れてきたと思ったのは、錯覚だったのか?
目の前で愛を確かめ合う姿に息苦しい動悸と眩暈が押し寄せた。
まだ駄目だ…耐えられない…苦しい…不規則な呼吸を鎮めるように胸元を片手で鷲掴み、肩で浅い息を何度も吐く。
だが、上手く空気を吸い込む事が出来ず、益々息苦しさが圧倒する。
救いを求め瞳を開くと霞が掛かったように白い中、立ち去る二人の姿を捉えた。
オスカー…助けてくれ…
心の中で呼び掛けても振り向かない。
もう私の声が聞こえないのか?
遠ざかる意識の端で、差し伸べられた温かな腕を感じた。
そして、触れるのを躊躇うほどの光が身体を優しく包み込み、哀しいような切ない声が響く。
「私を求めよ…いつでもそなたの傍にいる。いつまでも待っていてやるゆえ、いつかこの手を掴め」
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