昼下がり。昼食を終え、一番に眠気が訪れる時刻。クラヴィスは、いつものように寝椅子に横になり、午睡を貪ろうとしていた。
今まさに、眠りの扉を潜ろうとした時…
「クラヴィスは、いるか!?」
突然、扉が開け放たれ、けたたましい声と共に、ジュリアスが乱入。クラヴィスの午睡の予定が見事に崩された。
「何なのだ!?騒々しい!」
いつもなら、この台詞は、目の前の男がよく使う言葉。
クラヴィスは、大切な時間を邪魔され、不機嫌この上なかった。
眉間に怒りの皺を寄せ、ジロリと睨みつける。
「そなた、また、眠っていたのか? つくづく、惰眠を好むのだな」
その好みを邪魔したのは誰だ!内心で毒吐きながら、呆れ口調のジュリアスに挑みかかるように、怒鳴りつけた。
「私の事などよい! 用件は!」
本来クラヴィスは、大声を出したり、ましてや人を怒鳴る事は、皆無だったが、ジュリアスに対してだけは、遠慮がなかった。幼い頃よりの付き合いと言う事もあるが、何よりも情を交わした相手である。
「しかし、そなたの寝起きは、いつ見ても」
「最悪だと言いたいのであろう! 私の事は、よいと何度も言わせるな!」
言葉を遮り、苛々した口調でクラヴィスは、またもや怒鳴ったがジュリアスは、一向に意に介した様子もなく、ニヤリと笑った。
「いや、そうではなく…そそるものがあると思ってな」
「その乱れた髪と言い、気怠げな風情と言い」
その台詞にクラヴィスは、嫌な予感を感じ、慌てて危険であろう寝椅子から飛び起きた。ジュリアスが一歩近付く度に、壁際に後退る。
「おまえは、用があって来たのであろう? さっさと済ませては、どうだ?」
「ぜひとも、そなたに聞きたい事があったのだが…何故、逃げる?」
「気のせいだ。早く言え!」
「気のせいとは、思えぬがな?」
「いいから、そこで言え! わざわざ、近付く事もあるまい!」
「そう、逃げられると…追い詰めたくなるではないか」
獲物を追い詰める狩人のように、目を輝かすジュリアスに、クラヴィスの背筋に冷たい汗が流れた。
「執務の話であろう? 急がなくてもよいのか?」
クラヴィスは、ジュリアスの気を逸らすように、職務の事で訪室したであろう事を、思い出せようとした。
「執務? 私が聞きたいのは、個人的なことだが?」
「何だ? 珍しいではないか?」
ジュリアスは、愁いを帯びた眼差しで、クラヴィスを見つめた。
「極めて、憂慮すべき事なのだが。近頃、そなたが私を避けているように、思えてならぬ。ただの思い過ごしかと思ったが、今のそなたを見て確信した。何故だ?」
「……それは」
夜のジュリアスがしつこいからだ。毎晩のように3回も4回も付き合っていたら、身体がもたない。と素直に言うべきだろうかと、クラヴィスは、悩んだ。
律儀なジュリアスは、館を訪問する時、それがクラヴィスの意志を無視していようが、必ずその旨を告げていた。だから、会わないように極力避けていたのだが。
「クラヴィス…何故、答えない?他に想う相手が出来たのか?」
ジュリアスの問いかけに、クラヴィスは、首を振った。それは、ない。昼の小言ばかりでうんざりするジュリアスも、夜の激しく自分を求めるジュリアスも嫌いではない。だから、困るのだ。
「考え込まなければならぬような事なのか?」
間近に聞こえる声にクラヴィスが顔を上げると、ジュリアスが真正面に立っていた。クラヴィスの体を挟むように、両側の壁に手をつけている。
いつの間に……考え込み過ぎた。逃げられぬではないか。
「正直に言ってよいのだぞ?責めはせぬ」
ジュリアスは、諭すように優しく話す。が、台詞を目と口元が裏切っていた。
肯定でもしようものなら、どのような目に合わされることやら……怖いぞ。
クラヴィスは、後々を考え、正直に話す事にした。
「つまり…だな。夜の事なのだが…その……もう少し減らしてくれないか?」
「多いとは、思わぬが? 普通であろう? そなたは、人並みの体力がない故、つらいのかも知れぬな」
私が気を失うまでするのが普通であるものか! 以前は、人並みの体力位は、あった。おまえと関係を持ってから、なくなったのだ!
「そのような事で、悩んでいたのか? こういう事は、二人の問題なのだから、何故もっと早く言わぬ?」
「おまえに話しても、無駄かと思っていた」
クラヴィスは、ジュリアスがすんなりと受け入れた事に驚いた。こんな事ならもっと早くに言えば良かった。
しかし、クラヴィスがホッとしたのもつかの間だった。
「わかった。夜の回数を減らして、そなたを休ませてやろう。減らした分は、昼間に補えば良い事だし」
ジュリアスの言葉にクラヴィスは、一瞬絶句した。
あれを一々、補う必要があるのか? それも昼間に!
「それでは、同じ事ではないか! 私の負担を減らせと言っているのだ!」
「私の方が体力は、使っているのだぞ?」
好きで体力を使っているおまえと、一緒にするな! クラヴィスは、内心で叫びながら、自分を抱き寄せようとするジュリアスの手を、必死でかわそうとしたが
、ジュリアスは、クラヴィスの抵抗を軽く退けると腰を抱き寄せる。
「ジュリアス! 神聖な執務室で事に及ぶな!」
「その神聖な場所で、居眠りばかりしている者に言われたくないが?」
「第一真昼だ!」
「そなたの部屋は、昼も夜も変わらぬではないか」
「その気にならぬ」
クラヴィスは、無駄と知りながらも言葉で抵抗しつつ、腰に回されたジュリアスの腕を外そうと足掻く。
「私に任せろ。そなたの全てを知り尽くしているのだ。すぐにその気にさせてやろう。逃げ回ったそなたが悪い。淋しかったぞ」
ジュリアスは、クラヴィスを強引に抱き上げると、耳元に甘く囁いた。
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