俺は、クラヴィス様を見つめ返事を待った。どのような答えであろうと受け入れる覚悟は、出来ている。
「何故、部屋を替わろうとした?」
少しの間を置き、クラヴィス様は、返事の変わりに静かに問い掛けた。
「お分かりになりませんか?俺は男です。好きな相手と二人きりで、自分を抑える自信がありませんでした」
「そうか…よかった」
クラヴィス様が微かに微笑まれる。が…どういう意味があるのだろう?
「何がよかったんです?」
「おまえは、私と同室と聞いてから浮かない顔だったからな…嫌われているのかと思った」
「誤解です!」
「今聞いた。だから、よかったと言っている」
俺は、返事に困った。結局俺の告白は、どうなったんだろう?はぐらかされている?
返事もしたくないと言ったところか。口を聞いてくださっているだけ、有難いと思わなければな。
嫌なら嫌ではっきりと、言ってくださる方が良かったが、仕方ない。ここに居てもつらいだけだ…部屋を替わってもらうとするか。
俺は、荷物を取りに行く為に立ち上がった。
「どこへ行く?」
クラヴィス様が怪訝な表情で、俺を呼び止める。
この方は、振られた相手と一緒にいるのがつらい事や、
惚れた相手に欲情する男の本能って奴を理解できないのか?
「ですから、部屋を替わりに」
「何故?」
「説明はしたかと?」
「聞いたが…私は、かまわぬが?」
「俺がかまいます!あなたは、自分が危険だとお分かりにならないんですか!?」
クラヴィス様の認識のなさに、つい俺は、大声を上げてしまう。
「別に危険ではなかろう?」
クラヴィス様は、不思議そうな表情で俺を見る。長年、俗世を離れていると感覚が麻痺されてしまうのか?
「大いに危険です! 俺は、聖人君子ではありません。あなたを目の前にして…」
「私がかまわぬのにか?」
この方の言い方は、まるで襲ってもかまわないと了解得たような気がする。俺の思い込みだろうが…
それにしても会話が噛みあってないな。本当に理解されていないのだろうか?
一人躍起になってるのが馬鹿々しくなって、俺は、ソファーに座りなおした。一気に疲れが全身を襲う。やはり、はっきりと振られた方が良さそうだ。
「クラヴィス様、先程の返事を聞かせて頂けますか?」
「…言ったつもりだが?」
クラヴィス様の言葉に呆然とする。聞き逃したか? 俺は、さっきまでの疲労感漂う会話を思い出す。
嫌われていなくて良かったとは、言われたがあれがそうなのか? その後、かまわないと何度も言われたのは…俺の思い込みではなかった!?
クラヴィス様に走り寄った。
「クラヴィス様!」
「なんだ?」
「要するに俺の気持ちを受け入れて頂けたと…理解してよろしいのでしょうか?」
「そのつもりだが?」
クラヴィス様が呆れたように、俺を見る。俺の頭の中は、うれしいが信じられない気持ちで一杯だった。
「本当に?」
「おまえは、疑り深い」
念を押す俺に、クラヴィス様が苦笑を洩らす。しかし、受け入れて頂けると思わなかった。
「何故とお聞きしてもよろしいですか?」
「簡単な事だ。おまえが好きだ…それ以外に何がある?」
クラヴィス様が俺を…俺と同じ気持ちを持たれていたなんて。
「おまえは、私と同じように心に闇を持ちながら、その闇を切り裂き光へと力強く歩いて行く。
おまえが己の闇を克服する様を見ていくうちに、その強さに惹かれたのかも知れぬな。
おまえと話すと心が落ち着き、励まされていくようだった」
俺はクラヴィス様に立ち直って頂きたくて、その努力をして頂きたい一心だった。通じていたんだ…
聡明なこの方は、俺の気持ちを感じていたのではないか?ふと湧いた疑問を確認する。
「俺の気持ちを?」
「知っていた。だが離れて生きていかねばならぬのに、通じあうのはつらすぎる。おまえも言わぬし…」
「俺も同じでしたから」
「会えると思わなかったおまえに会えて、これでも喜んでいたのだが…おまえは……」
クラヴィス様のため息混じりの非難の声。俺は、苦笑いするしかない。
「すみません。自制心に自信がなかったもので」
「そのようなもの…もう……必要なかろう?」
クラヴィス様が微笑み、誘うように俺の首に腕を回す。俺は、クラヴィス様の細い腰を引き寄せるように抱きしめ、耳元に囁いた。
「後悔されませんか?」
「…おまえは?」
「もっと早くに伝えればよかったと、後悔していますよ」
「…きっと私達には、必要な時間だったと…思えばいい」
俺は、頷くと愛しい人に想いを込めて口づけた。
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