目の前で落ちて行く橋をなす術もなく見つめた。この距離では、崖を飛び越える事も魔法も届かない!
子供達の絶叫が木霊する。モンスターの群れを前にして、逃げる事も出来ず助けを求め続ける。
「くそー! 何とかならねえのかよ!」「迂回路を探せ!」「頑張るんだ! 必ず助けるから!」
苛立ちの声、指示や励ましが飛び交う中、俺は、動けなかった。助ける為に動きたい。だが、俺が見ていない時に何かあれば……俺は、クラヴィス様から目が離せないでいた。
クラヴィス様は、背後に子供達を庇うように、立ちはだかっている。俺は、考えてはならない事を思ってしまう。
子供達など庇わずに、自分の身だけを守って欲しい! 俺の為に!
そんな愚かな事が出来るはずがないと言うのに俺は、クラヴィス様のためなら、仲間の命が懸かっていようとも、いくらでも自分勝手になれる。
いよいよ、モンスターの攻撃が始まった。同時に、漆黒の龍が現る。
クラヴィス様の召喚魔法が、一気にモンスターを一掃した!
「やったー!」「やる時はやるじゃねか!」
口々に歓声が上がる。俺は、ホッと一息つきながらも、クラヴィス様の体が心配だった。かなり消耗しておられた…召喚する体力などなかったはず。恐らく今のが、最後だろう。次は……ない。
何名かが、迂回路を探しに行ったが俺は、何故かこの場を離れては、いけない気がして、クラヴィス様を見守る事にした。
クラヴィス様が子供達に話し掛けている。しばらくすると、空中を飛んでいた龍が、クラヴィス様達の近くに舞い降り、マルセルとティムカが龍に乗った。
「どうして、クラヴィスは、乗らないの?」
「龍に乗れば、呪文を唱える手が使えないからでしょう」
「そっか。しがみついていないと落ちるものね」
オリヴィエとルヴァの会話が聞こえる。今、クラヴィス様は、たった一人だ。さっきから、この嫌な気分は、何だ!? 不安に押しつぶされそうだ!
あれは? クラヴィス様の背後に! 一匹のモンスターが!
「クラヴィス様! 危ない!」
俺の声は、聞こえたはずなのに、クラヴィス様は、呪文をやめない。呪文が途切れたら、龍が暴走する可能性があるからだろう。
クラヴィス様の身体が刃のような風攻撃のたびに揺らぐ。遠目にも、血飛沫が見える。
「やめろ! やめてくれ! クラヴィス様!」
俺に翼があったなら、今すぐに、助けに行けるのに! 俺は、愛する人が傷ついていくのを見るしか出来ないのか!
二人を乗せた龍が着地した。クラヴィス様は、それを見届けたように地に倒れた。
「クラヴィス様!」
咄嗟に、崖を飛び越えようとした俺に、気づいたヴィクトールとオリヴィエが、体ごとぶつかり押し止める。
「馬鹿な事をしないでよ! 無理に決まってるじゃない!」
「オスカー様! やめてください!」
「このまま、クラヴィス様を見殺しなどできるか! 邪魔をするな!」
「あんたの方が先に死んじゃうわよ!」
「あの方が死んでいくのを見るよりましだ!」
「馬鹿!!」
オリヴィエが俺の頬を思い切り叩く。目に涙を浮かべながら。
「あんただけが苦しいんじゃないわよ! そりゃ、一番つらいだろうけど…でも、だからこそ、クラヴィスを助ける努力をしないなんて許さないんだから!」
「そうです! 何か手立てがあるはずです!」
この状況で何ができると言うんだ?クラヴィス様は、動かない。微弱なサクリアしか感じない。
モンスターは、警戒したのか一時、攻撃を中断している。
「オスカー様、ごめんなさい。僕達だけが……」
駆け寄ってきたマルセルとティムカが、俺に詫びながら泣き出した。
おまえ達が悪いわけじゃない。だが、今の俺には、慰めやいたわりの言葉が浮かんでこない…すまない。
「うわあー! 龍が!」
ランディの悲鳴に目を向けると、クラヴィス様という手綱を失った龍が、暴れだそうとしていた。
「危険だ! 離れろ!」
ジュリアス様の指示を受け、皆が避難して行くのを人事のように見ていた。
今にも、飛び立とうとする龍。この龍に乗る事が出来れば! クラヴィス様を助けに行ける! 咄嗟に浮かんだ考えを実行すべき、俺は、龍の元へ走った。
「オスカー!? 危ないわよ!」「オスカー様!」
口々に俺を止めようとする声を無視して、俺は、龍に近付いた。
「漆黒の龍よ! 頼む! 俺をクラヴィス様の所へ運んでくれ!」
龍は、俺を威嚇するように唸り声を上げる。
「クラヴィス様!!」
リュミエールの悲鳴。振り返ると、モンスターが、クラヴィス様への攻撃を再開しようとしていた。
「クラヴィス様ー!」
お願いですから、クラヴィス様、起きて下さい! 起きて逃げて下さい!
モンスターの攻撃が当るその瞬間、クラヴィス様の体を淡い光が覆った。
「先見の宝珠!」
いつの間にか、意識を取り戻していたらしい、メルの防御魔法だった。
特殊な力を持つメルならば、この距離でも魔法は可能なのか?
「早く! 今の内に龍さんを説得して…長くはもたないから」
メルは、言い終えると再び、気を失った。かなりの負担覚悟で、力を出し切ってくれたのか? ありがとうメル。
俺は、龍に向き直った。
「頼む! 俺を乗せてくれ! クラヴィス様は、俺の命より大切な方なんだ! 俺の命なら、いくらでもくれてやるから俺をあの方の所へ!」
「龍さん、お願い! オスカー様を乗せてあげて!」
「おい! 龍! クラヴィスは、てめえのご主人様だろうが! そのご主人様がピンチなんだぞ! とっとと、このおっさんを乗せやがれ!」
「わたくしからも、お願い致します。どうか!」
次々と他の仲間も龍に懇願する。ありがとう、マルセル、ゼフェル、リュミエール…ありがとう、皆。
俺達の願いが通じたのか、暴れていた龍がやがて大人しくなり、俺に乗れと言わんばかりに、低い姿勢をとった。
「感謝する!」
俺は、龍に飛び乗った。
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