俺は、龍から飛び降りると、淡い光に包まれたクラヴィス様を抱き起こした。
「クラヴィス様!!」
露出していた顔面は、あまりの無残さに顔を背けたくなるほどの無数の裂傷と流血。衣はズタズタに切り裂かれ、全身からも血が流れ出している。
血を含んだ衣が重い、地面には血溜りができていた。生きている事が奇跡だった。
モンスターが迫る気配に、再びクラヴィス様を横たえると、振り向きざま、剣を抜き、切り裂く。
「よくも! クラヴィス様を!」
返り血を浴びながら、その体が粉々になるまで、何度も剣を突き刺した。元が人であろうと俺には、関係ない!
「オスカー! クラヴィスを!」
オリヴィエの声に我に返った。憎しみに捕らわれすぎた。クラヴィス様の治療を優先しなければ!
回復魔法を唱えながら、顔の血を手で拭い去る。蒼白な顔色、紫色の唇、出血で体温が奪われ冷たい肌、
血液と共に冷汗が流れている、触れてもわからないくらい脈が弱く、速い。出血性のショック症状を起こしていた。
早急な止血と輸血が必要だが、俺程度の回復魔法では、全身の止血ができない。それに、こんな森の奥では、輸血も困難だ。
助けられないのか!? 絶望が俺を襲う。駄目だ! 諦めるな!
「あなたを死なせはしない」
俺は、少しでもクラヴィス様の体を温めたくて、マントで覆った。
龍を呼ぼうとした時、けたたましい奇声と地響きが聞こえて来た。モンスターの第二波だった。何て数だ…優に50は超える。
今から、龍を呼んでも敵の速さに間に合わない。それに龍は、自らの意志で攻撃できない。攻撃させる呪文が必要だが使えるのは、クラヴィス様だけ。
異常を察した崖向こうから、逃げろと聞こえる。だがどこへ? 逃げ場所なんてありはしないのに。
俺は、クラヴィス様を胸に抱きしめた。呼吸がさらに、微弱になっている。治療が遅れる事は、死を意味する。
クラヴィス様を包んでいた光が弱まり、やがて、消えていった。魔法の時間切れか…これで、俺達を守るものはない。
俺は、クラヴィス様の冷たい唇に接吻する。
「とりあえず、足掻いてみますが……死ぬ時は、一緒です。あなたを一人で逝かせたりしませんから」
俺は、背後にクラヴィス様を守るように剣を構えた。
「来い! 炎の守護聖オスカーが相手だ!」
クラヴィス様の血の匂いに惹かれるのか、モンスターは俺の背後に回ろうとするが、そうはさせない!魔法を使う奴や飛行型がいないのが救いだった。直接攻撃ならば、防ぎ様もある。果てしなく続くモンスターの攻撃を避けながら、反撃する。
いつの間に斬られたのか、腕から血が流れているが痛みすら感じない。
すでに、剣を持つ腕の感覚がなくなっていた。体が思うように動かない。
戦闘本能だけで、敵の動きを読み、斬りつける。
腕から、流れ出た血が手から剣を滑り落とした。
「しまった!」
背後に回られた! 俺は、敵の攻撃からクラヴィス様を守るように覆い被さった。
来るはずの攻撃がない? 暖かな空気が満ち始める。顔を上げ、周囲を見回すと次々とモンスターが倒れ人間に戻っていく。
アンジェリークの洗脳を解く魔法―解放の祈り―
「オスカー! 大丈夫か!?」「オスカー様、お怪我は!?」「クラヴィス様は、ご無事ですか!?」
ジュリアス様、マルセル、ティムカ、セイラン、リュミエールやルヴァまでが走り寄って来る。どうやら、迂回路を見つけたようだ。
一番後ろから、ヴィクトールに抱かれたアンジェリークが…自分で歩く事も出来ない程なのに俺達を救ってくれたのか……まさに、天使だな。
「クラヴィス様、心中しそこねましたね」
俺は、クラヴィス様に接吻ようと頬に手を添え、異常に気付いた。呼吸が止まって……いる。
「嘘……でしょう? クラヴィス様? クラヴィス様!!」
俺は、反射的に落ちた剣を拾い上げ、自分に向けた。
「オスカー!」「オスカー様!」
剣が俺を突き刺す前に、セイランのリボンが俺の剣を絡め盗る。俺は、セイランを睨みつけた。
「返せ! 約束したんだ! 一人で逝かせないと!」
「後を追うなんて、美しくないと思いませんか? まだ、間に合うかもしれないのに?何の為にこのメンバーが来たと思っているんです? やるだけやって、無駄だったらお返ししますよ。宇宙の危機も女王陛下も見捨てて死ねばいい!」
セイランの辛辣な台詞。クラヴィス様を愛した時から俺には、守護聖の資格などなかった。陛下よりも宇宙よりも俺には、クラヴィス様の方が大切なんだ。
「セイラン、もうよい」
ジュリアス様がクラヴィス様の側に膝を付き、そっと顔に触れる。
「馬鹿者が…似合わぬ無茶をするからだ。どこまでも、手間を掛けさせる奴だ」
ジュリアス様の責める言葉と裏腹な、やさしく悲しみのこもった口調。
「ジュリアス! 時間が惜しいです。早く魔法を! クラヴィスを呼び戻すのです!」
ルヴァの言葉にジュリアス様が頷くと、クラヴィス様を囲むように皆が集まる。
「クラヴィス様…なんて惨い」「ごめんなさい、クラヴィス様……」
「リュミエール、マルセル、ティムカ、嘆くのは、後だ! すぐに復活の祈りを! 残りの者は、クラヴィスが蘇生した後直ちに、癒しの祈りを!」
まず、リュミエール達の蘇生魔法がかけられた。俺は、祈るような気持ちで見つめる。
「成功です!」
リュミエール達が喜びの涙を流す。続いて、ジュリアス様達の回復魔法が一斉にかけられた。
蘇生したクラヴィス様の体からは、新たな出血が…
「駄目だ。血が止まらない」「諦めてはなりません」「死なせはせん!」
不意にアンジェリークが、ヴィクトールに抱かれ、クラヴィス様の側に来る。
「アンジェリーク!」
顔色の悪さに、皆の心配気な表情となるがアンジェリークは、地に降ろされながらにっこりと微笑んだ。
「いま、無理をしなければ後悔しますから」
アンジェリークが入った事により、魔法力が上昇する。クラヴィス様の出血が止まり、見る間に傷が消え去っていった。
「もう、大丈夫です」
アンジェリークが俺に微笑む。その瞳には、女王としての威厳と慈しみが込められていた。
「ありがとう」
一言に俺の感謝の思いをありったけ込め、アンジェリークが立ち上がろうとするのに、手を差し伸べた。
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