「オスカー、これをクラヴィスに飲ませてください。増血剤です」
俺は、ルヴァから錠剤と水を受け取ると、クラヴィス様の上半身起こし、俺の胸にもたれさせた。指で錠剤をクラヴィス様の舌の奥まで入れ、口移しで水を流し込むと反射的にコクリと嚥下する。唇からしたたる飲み損ねた水を指で拭いながら、傷の消え去った顔を見つめた。青白い顔色ではあるが、呼吸が楽になっておられる…よかった。
「では、ヴィクトール達の見つけた別荘へ向かうとしよう。オスカー歩けるか?」
「はい。ご心配なく」
ジュリアス様の問いに、俺は平然と答えた。が、正直…魔法で腕の怪我は、癒えたもののさすがに体力は戻らない。だが弱音は吐きたくなかった。
「クラヴィス様は、わたくしがお運びいたしましょうか?」
「俺が運ぶ! おまえの気持ちは、ありがたいがな」
リュミエールの申し出は、俺を気遣っての事と分かっているが、俺以外の人間がクラヴィス様に触れる事は、許せなかった。
「体力には、自信がある。大丈夫だ」
俺は、クラヴィス様を背中に背負い歩き始めた。龍がいればよかったのだが、元の空間に帰ったらしく、いつの間にか姿を消していた。
アンジェリークを抱くヴィクトールを先頭に俺が倒れないかと不安なのか、両隣にジュリアス様とリュミエールが後ろにルヴァが付き、万が一に備えていた。
何度か転倒しそうになり、その度にジュリアス様達に支えられ、疲れた体に鞭を打ち、歩き続けた。
見かねたリュミエールが交替を何度も申し出る。最後には、ジュリアス様の交替命令が出たが、それでも俺は、首を縦に振らなかった。自分でも呆れる強情さだが俺は、クラヴィス様を離したくなかった。自分の手で休ませて差し上げるまでが俺の役目だと感じていた。独占欲と言われればそれまでだがな。
別荘までの2時間程の行程を終えると、すでに、オリヴィエ達が中を整え、待ち構えていた。日当たりのいい部屋に案内され、ベッドにクラヴィス様を寝かせる。
「オスカー、これをクラヴィスに」
オリヴィエが着替えと濡れタオルを俺に渡す。
「あんたの事だから、自分でやらなきゃ、気が済まないでしょう?」
「当然だな。すまん」
「どういたしまして」
クラヴィス様の裂かれた衣類を脱がす。血を拭い去りさりながら、傷が残されていないかを確認し、寝衣に着替えさせた。この間、クラヴィス様が意識を取り戻す気配は、なかった。
「早く、目を覚まして下さい」
俺は、クラヴィス様に口づけ、手を握りしめながらいつしか意識を失っていた。
+++
目が覚めると、俺は、ベッドに寝かされていた。横を向くと隣のベッドには…
「クラヴィス様!」
俺は、起き上がろうとして、体の痛みにうめいた。どこと言わず、体全体がだるくて節々が痛い。痛む体を押して起き上がり、ふらつきながら、クラヴィス様の側に行き、頬に触れる。温かさが伝わり、安堵した。
「よかった」
扉の開く音に、振り返るとルヴァとオリヴィエが入って来た。二人は、俺を見ると嬉しそうに笑いかける。
「気が付きましたか? あなたは、一日意識不明だったんですよ」
「あんたってば、クラヴィスの手を握ったまま離さないから、はがすのに苦労したのよ」
オリヴィエの台詞に苦笑してしまう。
「他の連中は?」
「のんびり、休養してるわよ。休めるうちに休まないとね」
俺は頷きながら、ふと、ルヴァの手にあるものに目をやった。それに、ルヴァが気付き俺に差し出す。
「クラヴィスに薬と栄養剤を飲まして頂けますか?」
「あんたが眠ってるから、飲ませられなかったのよね。だから、あんたが気がつくのを待ってたのよ」
「そりゃ、俺以外には、出来ないことだな」
「もっとも、あんたの目覚めがこれ以上遅かったら、私がやってあげようと思ってたけど〜」
「おい! 確かに…まあ…クラヴィス様の事を思えば仕方ないが」
理解出来ても、納得は、出来ないぜ。間に合って良かった
しかし、三日が過ぎても目醒めてないとは…クラヴィス様……
ルヴァは、心配ないと言うが眠り続ける様を見ていると、このまま目覚めがないのではと不安になる。
入れ替わり立ち代り、他の連中が見舞いに来ては、クラヴィス様に話し掛けて、行く。皆も内心、不安なのだろう。夜になって、オリヴィエがやって来た。窓の外を見ながら、呟くように話す。
「こんなに綺麗な星空なのに、月だけが出てないのよ。クラヴィスが眠ってから一度も見てない。なんだかさ、クラヴィスが起きるのを待ってるみたいだと思わない? 月を愛でる闇を司る者が寝ちゃってるから、添い寝でもしてるみたいね」
「添い寝なら、俺一人で十分だがな」
「情緒のない奴!」
オリヴィエが笑いながら部屋を出た。俺は、窓から月のない夜空を見上げた。
月が出た時、クラヴィス様も目覚めて下さるのだろうか? 埒もない…オリヴィエに感化されたか。
カーテンを閉めようとした時、不意に夜空に淡い輝きが増した。
突然現れた見事な満月を呆然と見つめる。振り返るとクラヴィス様が微かに身動きされた。駆け寄ると、クラヴィス様の瞼が眩しげに開かれ、紫水晶の瞳が俺を捉えた。
「オスカー」
擦れた声で俺の名を呼ぶ愛しい人。
「おはようございます」
俺の声が震える。喜びを抑えきれない。俺の顔に触れるクラヴィス様の手を握りしめ、唇を這わせた。
「あなたが目覚めると信じていましたが、不安でした」
「…おまえの声が……聞こえた。だから」
クラヴィス様の言葉を遮るように、俺が口づけると、答えるように手が背中に回される。
俺の腕の中に戻ってきたことを確かめるように、クラヴィス様を強く抱きしめた。
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