次の日の朝、体内時計のおかげでいつもと同じ時間に起床した
  正直、早起きすぎるのだが、このサイクルは崩すと、三ヵ月後の自分に支障をきたしそうなので、起きる時間は必ずこの時間と決めている。
 
  ベッドから起き出したは、ベッドを整え始める。
  天蓋を柱に纏めて括り付け、シーツの皺を丁寧に伸ばす。枕を整えれば、また寝る前と同じ状態のベッドになる。
  それが終わったら、はシャワーを浴びる事に。
  朝はシャワー、夜は入浴。随分と贅沢な事だ。
  以前のは、水道費やガス費だなんだの節約をする為に、朝にシャワーを浴びるだけの生活だったのだから、余計に贅沢に思える。

 シャワーを浴びて、服を着替える。
  外を見れば、雲は少ない。今日は晴れるのかも知れない。
  たまには、朝の散歩でも…。
  はそう考え付くと、私室から出てゆくのだった。

 涼しい早朝の庭を、行くところも決めずに歩き回る。
  都心にある屋敷のものとは思えないほど、広い庭。
  けれどは、昨日この庭先で右往左往していたので、迷うという事はなかった。
  実は昨日、部屋の掃除や、跡部の弁当作りの他に、この庭の草むしりや清掃と言った仕事を、は手伝っていたからだ。
  もちろん、使用人たちにはたいそう驚かれたのだけれど、遊んでいることがあまり好きではなかったは、強引に頼み込んでまんまと仕事を手に入れた。
  そんなの姿を見て、沢木が苦笑していたのは、言うまでもない。

 暫く、庭先を散策する。
  見事に咲き誇るアジサイのほかにも、アイリスも美しい。
  はしばし、花の美しさに見とれるのだった。

 それから、は屋敷へと戻ることにした。
  端々から、物音が聞こえてくるので、使用人たちが目を覚まして仕事を始めたのだろうと思った。
  何か手伝う事はないだろうか、そう考えて一人廊下を歩く。
  すると、の耳にガシャンガシャンという機械音が届いた。
  それは、使用人たちが立てる物音とは異質なもので。
  なんとなく、は気になってしまった。
  定期的に、一定のリズムを刻むかのように聞えるその音。
  音を聞いているうちに、はその音源に興味を抱いた。
  何の音で、誰が鳴らしているのか……。
  湧き出した好奇心を抑えることが出来ず、はその音がするであろう方向に足を向けた。

 屋敷の一階にある部屋から、相変わらず機械音は聞えていて。
  はそこに何かがあると、そう考えた。

 一体何の音なんだろう……。

 そんな事を頭の隅で考え、まるで探検をするような気分になったは、心臓を高鳴らせ目の前にあったドアをそっと開いた。

 ドアは音もなく開く。
  この屋敷の部屋の殆どは、鍵という物が付いていない。だから、簡単にドアは開いてくれる。
  これで、鍵がかかっていたならば、ミステリーのようになるのだが……それはないようだ。

 ドアが開けば、機械音は大きくなる。
  相変わらずその音は、一定のリズムを保ってなり続けていた。
  部屋の中にこっそりと入ったは、音の大本を探して辺りを見回す。
  するとそこには、沢山の種類の筋トレマシーンが。
  すごい…と、は思わず圧倒されてしまう。
  しかし、すぐに気を持ち直して、音の聞える方向に視線を向けた。
  そこには、筋トレマシーンで一心不乱に体を鍛えている男の姿が。

 それが誰だか、はすぐ解った。トレードマークの茶色の髪が見えたからだ。
  跡部景吾。
  こんな早朝から、何故こんな所でこんな事をしているのか……。
  には皆目見当も付かなかった。

 体中に汗を滴らせ、身に纏っているノースリーブのシャツは濡れて体に纏わりついている位だ。
  一体どれだけの運動を彼はしていたのだろうか。
  それは解らないだったが他にわかった事がある。
  跡部がとても鍛え上げられた体の持ち主であるという事が。
  出会って二日だが、多少 彼は筋肉の付がいい…という位はわかっていた。
  けれど、彼をまともに見る事をしていなかった事もあり、これほどまでであるとは、知らなかった。
  そのような体を、一朝一夕で作り上げる事などできるはずがない。
  一体どのくらいの時間をかけて、その体を作り上げたのだろうか……。
  は、彼がただ見た目だけの男ではないのだと、痛感したような気がした。

 不意に、跡部が手を止めた。
  そうすれば、筋トレマシーンから聞えていた音も消える。
  彼は立ち上がると、近くの椅子らしき物に掛けられていたタオルに手を伸ばす。
  それを首にかけ、顔にかかる汗を拭っている様子を、は眺めているしかできなかった。

「アーン?」
  跡部が、彼女の存在に気付きそんな言葉と共に彼女に視線を向けた。
  何時の間に、彼女はそこに居たのだろうか。
  筋肉トレーニングに集中していたおかげで、把握する事は出来なかった。
「……何時から…居たんだよ。こんな朝っぱらから…」
  突然の彼女の出現に、何故だか狼狽している事に気付かれぬよう、平静を保ちながら跡部は言う。
  そして、先ほどまでタオルが掛かっていた椅子に座り、椅子の脚もとに置かれているスポーツドリンクの入ったペットボトルを手に取ってそれを一口 口に含んだ。
「あ…朝っぱらからなのは、あなただって同じじゃない」
  は思う。
  何故、彼はこれほど朝早くからこんな所でこんなことをしているのかと。
  彼が帰宅したのは、昨晩の遅い時間ではないのか?が眠るまで、帰ってきた兆しがなかったのだから。
  それに、沢木の話では、跡部は最近酷く忙しくて帰りが夜半らしいのだ。
「昨日…遅かったんじゃ…?」
  は思わずと問う。
「…まあな…。 だが、俺は4時間眠れれば体力は回復する。で、ちなみに筋トレは、俺の日課だ」
  跡部はの問いにすぐさま答えてくれた。しかも、ここで何をしているのかという理由まで添えて。
「…毎日、忙しいんでしょ? それなのに朝からこんな疲れる事してて、平気なの?」
  話を聞いたは、思わずそういった。
  日々、多忙ならば、早起きをしたとしてもゆったりと体を休めていたいだろうに…。
「どっかのひ弱なお嬢様と違って、俺は体の鍛え方が違うんでな」
  跡部は揶揄を含ませての言葉に答える。
  そんな彼の物言いには、もカチンとなってしまう。
「私だって、朝から…」
  そう言いかけただったが、はっとなって言葉を飲み込んだ。
  私だって朝から晩までずっと働いてたんだから体力には自信があるのよ!
  は思わずそう言いかけたのだ。
  この世の中に、朝から晩まで働きづめなお金持ちのお嬢様なんていない。
  お金持ちなら、多少のバイトはしていても、朝から晩までなんて事はない筈だ。
「朝から…なんだよ?」
  しかし、跡部はの言いかけたその言葉に、食いついてきてしまった。
「な…なんでもない、こっちの話」
  はあわててそういい繕う。
「言いかけてやめるなよ、気持ち悪いな…」
  跡部がそういいながらを呆れたような視線で見やる。
  けれど、がその言葉を再び口にするわけにはいかない。
  それはすなわち、仕事の失敗を意味するのだから。
「なんでもないったら、なんでもないの!
そんな事より、筋トレってあなたの趣味なの?」
  は言葉を濁しつつ、話題を変えるために話題を変える。
  その事に、跡部は不快そうに眉を顰めたが、突っ込む事はしなかった。
「趣味っつったら趣味に近い事かもな。 学生時代から欠かさずやってる事で、逆に、やらないほうが調子が狂うんだよ」
  跡部のその言葉に、はへぇと声を漏らす。
  そして、ふと思いついたその言葉を口にした。
「ねぇ、何かスポーツやってたりする?」
  それは、なんとなく勘で思ったことだった。
「……昔…テニスをやってた。 けど、やめた」
  一拍置いて、跡部は答える。
「どうして…?」
  跡部の言葉が気になり、は思わず問う。
  すると跡部は眉をしかめた。
  効かれたくなかった事だったのだろうか。
  はそう思った。
「あ…、ごめんなさい。 言いたくない事なら、無理に言わなくていいから…」
  あわててそう言って跡部に謝罪する。
「親父との約束だったんだよ」
  跡部がそんな事を言ったので、は驚いて目を見張った。
「とある大会で、優勝できたらプロの道に行かせてやる。だが、優勝できなかったらテニスはやめろってな…」
  更に、跡部が言葉を重ねる。
  それが、彼がテニスを止めた経緯なのだろう。
「プロに…なりたかったの?」
  の言葉に、跡部は「ああ」と答えると、大きくため息をついた。
「ガキの頃から、テニスが好きで、テニス三昧やってた。 仲間がいて、ライバルがいて…、楽しかったな…」
  今ほどの柵もなく、好きなテニスに熱中できた日々。
  それはもう、帰ってこない日々。

「…未練あるの?」
  跡部の様子を見て、は言った。
  けれど、跡部は頭を横に振る。
  跡部に、未練などまったくなかった。
「あの時、俺は大会優勝に向けて、出来うる限りの努力をした。 妥協も一切ない、努力を…トレーニングを……。 そして、試合では全力で戦った」
  過去の自分が重ねた努力で得たものは、今でも自分の中に息衝いているのだから……。
  最後の試合は、最高のプレイが出来た。
  悔いることのない、最高の試合になった。
  だから、コートを去るときも、ジャージを脱ぐ時も、テニスラケットをしまった時さえも、悲しいとも思わなかった。
  最高の試合で幕を閉じる事が出来たのは、今までの努力があったからこそ。
  努力を怠っていたのならば、あれほどまですがすがしい最後にはならなかったはずだ。
  おそらく、父も、そう考えて条件を出したのだろうと、跡部は思う。
  跡部が優勝していたならば、プロへの道へ進ませてくれていただろう。
  父は、約束を違える事はしない人だと跡部は知っていた。
  無理やりテニスを取り上げられるのと違い、自分の思い通りに努力した結果であれば、未練もほとんどないだろうと、父はそう考えたに違いない。
  父の行動の理由が解るぶん、余計に未練らしい未練を跡部は感じてはいなかった。

 一生懸命の結果を、受け止めて存在している跡部という男性を、はとても尊敬できる人だと思った。
  世の中には、結果を受け止めきれずに腐ってゆく人間のほうが多い。
  だから余計に、彼の言葉は清々しいような気がする。
「見直しちゃったな。 あなたって、とても素敵な人だね」
  はそういうと、にっこりと跡部に微笑む。
  花が咲いたような…可憐な笑顔。
  跡部にはそう思えた。

 と、その時だ。
  部屋のドアをノックする音が響く。
  そして、ドアを開けてやってきたのは清音だった。
  清音が部屋へ入ってくる。
「失礼いたします…、あら、様」
  部屋に入るなり、がそこにいたことに気付き、清音は驚いた顔をした。
  けれど、すぐに笑顔になり、「おはようございます」と、朝の挨拶をにする。
  も「おはようございます」と清音に頭を下げて、ふと、思い出す。
  跡部と朝の挨拶を交わしていない。
  さすがにそれはあまりに不躾だ。
  は、そう考えると跡部に視線を向けて言葉を紡ぐ。
「あの…遅くなったけど…、おはようございます…」
  そう言って跡部に頭を下げる
  跡部は面食らい、戸惑うものの、それでも彼女のその言葉に何も返さないわけにも行かない。
「ああ…おはよう」
  遅いながらも、そんな挨拶を交わす。
  そんな二人の様子を見て、清音はふっと微笑えんだ。

 それからすぐ、は部屋へ戻ろうと考えた。
  もうそろそろ、沢木が私室へやってきているのではないかと、思ったからだ。
「それじゃ…」
  はそういうと、部屋から出て行こうとする。
  そんな彼女の様子を見ていた跡部が、はっと思い出したように立ち上がる。
  そして、「まて、」とを引きとどめた。
  ドアの手前では立ち止まり、跡部に視線を向けて何事かと小首をかしげた。「昨日の昼…、ありがとな、美味かった」
  その言葉は、昨日が作った弁当を指していたと、すぐに気付いた。
「喜んでもらえてよかった。 あなたの作った夕食も、美味しかったよ」
  はにっこりと微笑んで、跡部にそう言葉を返すと、ドアを開けて部屋から出てゆく。

 そして、部屋に取り残された跡部と清音。
  清音は、跡部の顔を見てくすくすと笑い始める。
  その理由が、跡部にはすぐに解った。
  体感して、解るからだ。
  昨晩と同じように…、いや、昨晩よりも、自分の顔が熱い。
  顔どころか、耳までも。

 彼女の笑顔が、跡部には赤面してしまうほど可愛いものに思えたのだ。

 相変わらず笑っている清音に「笑うな!」と一喝するものの、朱い顔のままでは、迫力も何もない。
  跡部は椅子の傍から、イライラと筋トレマシーンへ移動する。
  そして、何も言わずに筋トレを開始し始めた。

 部屋に、くすくすと笑う清音の笑い声と、跡部の使う筋トレマシーンの音だけが暫くの間響いていた。





<コメント> ……つまらない話になってしまった…。しくしくしく……;;
改訂せずにいればよかったのかなぁ…。でもなぁ……。
ホントにごめんなさい;;

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