「なんて事を…」
の為に宛がわれた私室に、沢木と二人きりになったとたん、は叱られた。
部屋に据え付けられているソファーに座ったを、沢木はその目の前に彼女を見下ろす形で立っている。
だから余計に威圧感が増す。
「……ご…ごめんなさい……。カチンとなって、つい……」
は慌てて沢木に謝る。
「おかしな事にならなければ良いのですが……」
沢木は大きなため息と共にそう言葉を紡いだ。
「……すみません……」
はもう一度謝罪をし、しゅんと肩を落とした。
それにしても、跡部景吾があれほどすんなりと自分の言葉を撤回した事に、は戸惑いを覚えていた。
逆ギレされて嫌われるならわかる。
自分の妻になる女性に対して人形だなんだと発言したのだ、跡部景吾という男は顔はよくても性格は悪そうだと、は感じたのだが……。
「ともかく、正体がばれぬよう、細心の注意を払って景吾様と対面してくださいね」
沢木にそう言われ、は肩を落としたまま「はい」と返事を返し俯いた。
「そんなに肩を落さないで下さい…。 きつく言ってしまいましたが、これは、あなたの為でもあるのですから…」
俯いてしまったを見た沢木が、少し困ったような顔で言葉を紡ぐ。
沢木の言葉の意図する事がわからず、は顔を上げて彼に視線を向ける。
「失敗すれば、あなたの妹さんの医療費は手に入りません。手術だって出来なくなるんです……」
そう沢木に言われて、そうだ…とも納得できた。
失敗すれば、の臍帯血移植が出来なくなる。
の為にも、替え玉の仕事をやり遂げなければ……。
の心の変化に気づいたのだろう。沢木が更に言葉を紡ぐ。
「たった三ヶ月です…。私も出来る限りのお手伝いをします。ですから、頑張って下さい」
はその言葉に、無言で頷いた。
それからすぐ、沢木はこの屋敷についての説明を聞きに行くと、部屋から出て行ってしまい、 は部屋に一人取り残される事になる。
一人用のプライベートルームであるというこの部屋。
は立ち上がり、部屋をぐるりと見回した。
それにしても、この広さはあまりに非常識ではないかと、は思う。
の座っているソファーは数人位で掛けられる大きさの物であるし、ミニシアターでも開けるのではないかと思うくらいの大きさのテレビもある。
壁には白い鹿の剥製や作者のわからない絵画。
大きな出窓にはやはり高級そうなカーテンが掛けられている。
冷たいフローリングで出来た床には、一目で解る高級なペルシャ絨毯まで敷かれていた。
更に、部屋の隅に二箇所のドア。両開きの二枚ドアと、片開きの普通のドアだった。
気になったので、はソファーから離れ、その内の一つ、片開きのドアを開けてみた。
するとそこは、バスルームのようで。
洗面台、脱衣所、浴室、トイレとその中で全てが別々の部屋として作られていた。
やはり、それらを構成している家具や素材も全て高級そうな物ばかり。
にしても、プライベートルームにバスルームがあるとは……。
この屋敷は広いので、いちいちトイレだ風呂だと、部屋から出て行ったりきたりするのは面倒だろう。
冬のお風呂は風邪をひいてしまうかも知れないから、この位はあって当たり前なのかもしれないと
は考えた。
はこの屋敷に冬まで居ることはないのでないので、関係ないことではあるのだけれど…。
そして は、バスルームからもといた部屋に戻り、今度は両開きの二枚ドアの方へ。
ドアを開けてその向こうへと足を進めた。
そこは、どうやらベッドルームであるらしい。
一人で眠るには大きすぎるのではないかと思うくらいの大きさの、所謂キングサイズと呼ばれる大きさのベッド。しかも、天蓋付き。
ベッドルームを見回すと、またドアを見つけて は思わず小首をかしげる。
興味を惹かれたので、そのドアを開けてみた。
すると、目の前に現れたのは沢山のクローゼット。
おそらく、そこは衣服を保管する部屋なのだろう。
小さな探検を終えたは驚きを隠せない。
私室一つに、バスルームやベッドルームだけならまだしも、衣装ルームまであるとは……。
一体この部屋でいくらのお金がつぎ込まれているのかと、 は思わず思案してしまった。
衣装ルームから一旦ベッドルームに戻ると、やはり目に入るのは大きな大きな天蓋つきのベッド。
も乙女の端くれ。
そのようなベッドに夢を馳せたりしていた事があったのだ。
ならば興味を持たないはずが無い。
は、ゆっくりとベッドに近づく。そして、綺麗にメイクされたベッドの端にそっと手を置いてみる。
掌に、柔らかな布の感触。
更に力を入れて押してみると、程よく利いたスプリングがの手を押し戻してきた。
こんなベッドに眠る事が出来るのか…と考えると、少しだけ横になって見たいという誘惑がふつふつと沸いてくる。
今、沢木もいない、この部屋にはだけ。
ちょっと横になるくらい…そんな考えが頭に浮かび、はそっとベッドの上へと上る。
肌に気持ちいいシーツの感触、程よい硬さのスプリング。
枕はとても大きく柔らかそうだ。
は四つん這いの状態で、枕元まで近づく。
そして、枕にそっと頭を乗せて横になる。すると、手足だけに感じていた布の感触が体全体で感じられるようになった。
気持ちの良いベッドの感触を感じながら、は思う。
こんなベッドに妹のと一緒に眠れたならばどんなに良いだろうかと。
いや、何時か妹の病気が治り二人で暮らすようになったならば、こんなベッドが置けるような家に住めるように沢山働こう。
そして、こんなベッドを買って、二人で眠るのだ。
きっと、も嬉しいだろう。
何時か…必ず……。
*
一方、リビングにいた跡部であったが、 に扮したがリビングを出ていった後、跡部自身の私室へと戻る。
跡部がこの屋敷にやってきたのは、半月ほど前。
以前は跡部の本家の屋敷に暮らしていたのだが、夫婦の新居にと作られたこの屋敷に移り住む事となった。
私室の広さも、以前住まっていた屋敷の物とほぼ変わらず、多少の違いはあるものの家具配置も全て以前のまま。
跡部は、プライベートルームの中央に配置されているソファーに座り、暫し趣味の読書に耽る。
この部屋には跡部以外誰もいない。
すると、ドアがノックする音が聞え、跡部の世話係である使用人の清音の声が聞えた。
入室を許可すると、ドアが開き使用人の清音が部屋の中へと小さな足音を立てながら入ってくる。
「様が私室の方で落ち着かれたご様子ですが…、これからのご予定はいかがなさいましょう。 様の昼食は、ご自宅の方でお済ませになられたそうですので、アフタヌーンティをご一緒されますか?」
清音がソファーに座って本に目を落としている跡部に向かって言う。
「……そうだな。そうしてくれ」
跡部は清音に視線を向ける事無く言葉を返す。
「リビングにお茶のご用意をいたしますが、よろしいですか?」
更にそんな問いを跡部に掛ける清音。
「かまわねぇ」
跡部はその言葉にもそっけない返答を返す。
しかし清音は気にする事も無く、「かしこまりました」と頭を下げると、部屋から去ってゆく。
跡部はその様子を気にかける事もなく、本を読み耽るのだった。
それから、間もなくの後、再び清音が跡部の私室を訪れる。
アフタヌーンティの準備が出来たらしい。
跡部はリビングへ向かおうとし、私室から外へ出る。が、ふと思いついたように清音に問う。
「はもうリビングにいるのか?」
跡部の問いに清音は頭を横に振る。
「いいえ。今からわたくしがお呼びしようと思っていた所です」
ちなみに、の私室は、跡部の私室の廊下を挟んで向こう側にある。
清音は先ず跡部にアフタヌーンティの準備を知らせ、その後に…なのだが…に知らせようと考えていたらしい。
どうやら、彼女の世話係である沢木という男が、現在この屋敷の仕来りやなんだといったものの説明を受けていて、不在であるらしく、清音が彼女を呼び出す役になったようだ。
「……先にリビングに行っていろ」
跡部が清音に言う。
何故ですか?と言わんばかりの視線を跡部に向ける清音。
すると跡部は口の端を持ち上げてにやりと笑った。
「可愛い花嫁さんのご機嫌伺いだよ」
そう言って、跡部はの私室へと向かう。
清音はそんな跡部の背中を見てクスリと笑うと、彼女も跡部に背を向けリビングへと続く廊下を歩いていった。
の私室の目の前に立つと、跡部はノックもなしにドアを開く。
実は、この家の部屋のドアには、鍵が付いていない。
使用人が部屋を行き来する事の多いこの邸宅では、ドアに鍵をつける事が不便となるのでつけてはいないのだ。
ドアを開けた途端、視界に広がるのはプライベートルーム。
しかし、この部屋の何処にも跡部の花嫁となる娘の姿は無い。
跡部は思わず小首をかしげた。
バスルームにでも行っているのか、それともベッドルームにいるのか。
とりあえず跡部はベッドルームへと向かうことにした。
跡部の足は無駄足にはならなかったようで。
ベッドルームの中央に据えつけられたベッドの上に横たわる娘の姿。
布団はおろか、ブランケットすら掛けずに眠っている彼女の姿を見て、跡部は思わず小さく笑ってしまった。
そんなに眠かったのだろうか。
それにしても、初夏とはいえ雨が降り気温の低いこの時期に、この無防備さはどうだろう。
跡部は、そっと足音を立てないようにベッドへと近づいてゆく。
そして、ベッドサイドから、眠り姫の様子を伺う。いまだ夢の中にいる彼女は、すやすやと寝息をたてている。
腰まで伸びた長い黒髪が白いシーツに流れるように散り、彼女が身動ぎをしたり寝相を変えたりするとその形を変えた。
若草色のワンピースの袖やスカートの裾から伸びる、しなやかで柔らかそうな四肢。
初対面の時も感じたが、彼女は美しい容姿をしているけれど、18歳だというわりに幾分か若く…いや、あどけなく見える。
眠っているとその傾向が強く現れ、まだまだ彼女は幼い少女のように跡部には思えた。
実際、は18歳ではなく、16歳。
高校で言えばまだ二年生位の年齢で、幼い少女のようなのではなく、幼い少女なのだ。
とはいえ、跡部がそのような事を知っている訳が無いのだけれど…。
ベッドですやすや眠る花嫁は、未だ眼を覚ます気配が無い。
そんな彼女を見て湧き上がってきたのは悪戯心。
26の大人だというのに、こういう性分はなかなか治らないらしい。
跡部はにやりと笑みを浮かべると、そっとできるだけ音を立てないようにベッドの上へと上った。
キシキシと、跡部が彼女に近づくたびにベッドの軋む音がする。
しかし、相変わらず夢の中の彼女。
跡部はゆっくりと彼女の上に圧し掛かった。
体重を掛けないように片方の手を付いて体を浮かせ、もう片方の手で耳元にかかる彼女の髪の毛を書き上げて耳を露出させてやる。
指先で、彼女の耳をなぞる。
すると彼女がぴくりと身じろぐ。しかし、眼を覚ます気配は無い。
跡部はその様子に目を細めて笑むと、彼女の後頭部に片手を髪の毛に差し込むように添えて、自分の顔を彼女の耳元へと近づける。
耳たぶに口付けしたり、唇で耳たぶを食んでみたり。
「ん…ぅ…」
彼女が微かに鼻にかかったような吐息を吐く。
彼の行為に反応したのだろうか。
そんな彼女の反応に気をよくした跡部は、ちろりと赤い舌を唇から覗かせ、耳たぶを軽く舐めてみる。
すると彼女が「ぅん…」という悩ましげな吐息で反応した。
彼女の様子がますます気に入った跡部は、耳たぶだけではなく、耳全体をその唇で、舌先で愛撫を始める。
はぁ…と、が甘いと息まで吐くようになってきた。
そして、足をもぞもぞと動かす。
耳を舐めたり食んだり、耳穴に舌を差し込んだりと、そんな悪戯を施していた跡部だったが、次第にそれだけでは飽き足らなくなってくる。
跡部は、彼女の耳元で動かしていた唇を下へ…、彼女の頬を通り過ぎて首筋へと移動させる。
更に彼女の後頭部に回していた片手を、今度は彼女のすらりとした足に伸ばした。
柔らかな脹脛を軽く撫でて、膝に触れ、今度は太股の裏に指先を這わせる。
すると彼女はくすぐったそうにして、跡部の愛撫から逃れようと足を動かす。
しかし、逃れる事など出来なくて。
跡部はの足に触れるのを指先だけではなく掌全体で触れるようにした。
そして太股の裏から内股まで、ゆっくりと撫で上げるように手を這わせてゆく。
「ぁ…」
そんな甘い声彼女の口から零れる。
跡部の唇は、彼女の首筋を縦横無尽に滑らせたまま。
だからこそ余計に、彼女は可愛らしく反応を返す。
跡部はゆっくりと、の内股にあった手を彼女の中心へと近づけてゆくのだった。
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