例のごとく、あの遠縁の小父は女を引き連れてパーティーに顔を出していた。

を連れて出かけた船上パーティー。
ぴしゃりと背筋を伸ばし、俺の隣に立つ
なかなかじゃねぇの。
俺はの腰に手を回している。
体と体が密着し、の体温が近い。
と共に、例の遠縁の小父のもとへ挨拶へ向かう。

「お久しぶりです」
俺はにこりと笑みを作ってあの狸…遠縁の小父…に声を掛ける。
「おお、景吾君、久しぶりだね。随分と活躍していると噂を聞いているよ」
「いえ、まだまだ未熟者です」
ムナクソ悪いデブ狸と、お決まりの社交辞令を交わす。
「そう、謙遜しなくてもいいじゃないか。父君はたいそうご自慢なさっているよ。………所で…連れの女性は、どなたかな?」
狸は、に視線を向け問いかけてくる。
望むところだ。
「ああ、ご紹介します。フィアンセのです」
相変わらず、にこりと笑顔を作ったまま、を狸爺に紹介する。
「お初にお目にかかります、と申します」とがにっこりと笑みを作って頭を下げた。
狸の顔が歪んだ。
これで、この狸の野望は潰えたな。
コイツは、俺に自分のいきのかかった女を紹介して結婚させ、自分の立場を優位な場所に持ち上げようと画策している。
見え透いた、くだらない野望だ。
ま、この狸が紹介する女は、どの女も野心家ばかりで、反吐が出る奴ばかりだったな。
「おお、これは素敵な方だね。それにしても景吾君、君もとうとう身を固める決心をしたんだねぇ」
狸は平常心を保って言葉をつむいでいたものの、腸は煮えくり返っていた事だろうな。
寝耳に水…だっただろう。
俺が婚約したなんて話は、今まで何処からも出ていなかったのだから。
「ええ。小父さんには大変ご心配をおかけしました」
俺は皮肉を込めてそう言ってやった。
「いやいや、いい人が見つかったのなら一安心だ。して、式は何時の予定だね?」
少しは、疑っているな。
ま、この狸がそう聞いてくるであろう事は予測済みだし…。
「詳しくはまだ……。なにぶん僕が多忙なもので、には申し訳ないが暫く先になりそうです」
俺の口からすらすらとでてくる言葉。
俺が多忙である事は、事実だし。
嘘の中に、事実を混ぜると真実味を帯び、さらには嘘がばれにくくなる。
嘘をつくときの基本だな。
「そうか…、式の日取りが決まったら教えておくれよ。必ず出席させてもらうからね」
おそらくこの狸はまだまだ俺との関係を疑るだろうが…。
そのうち本物の関係になるんだ。
疑られようとどうでもいい。
結婚式にこの狸を呼ぶ気も、更々ないな。
「では、私はもう行くよ」と狸はそう言うと俺達の前から立ち去ってゆく。
その狸のもとに、女が一人やってきて、狸とひそひそ言葉を交わしている。
あれが、今回紹介するつもりの女か……。
見覚えがあるな。
何処だったかの会社の役員秘書じゃなかったか…。
狸が俺達のもとを去った後、俺はを連れて、パーティーホールの隅へと場所を移動する事にした。
「やっぱり、女用意してやがったな……」
ぽつりと、言ったその言葉に、がすぐに反応する。
「あ…例の遠縁の小父様というのは……」
そんなの問いに、「あいつだ」と俺は即答。
するとが「これでお役に立てました?」と俺に問うてくる。
「ああ」と俺は返事をするが…。
複雑な気分になるな……。
役に立つ…とか、なんだかを道具にしたみたいだ。
フ……バカだな俺。
………今まで散々、女を道具にしてきたくせに……女を道具だなんて思っていたのに。
一気に考え方が変わっちまったな。
に出会って、俺は随分と変わったようだ。
「どうかされました?」
が、不思議そうに俺を見上げている。
「……別に……。あいさつ回りはあの狸だけじゃねぇんだ、いくぞ」
俺はそう言葉を返し、再びパーティーホール中央へと、を連れて戻っていった。

を婚約者として引き連れて、あいさつ回り。
こういうのは慣れているとはいえ、めんどくせぇよな……。
そうこうしていると、の様子が変わる。
顔色、悪くなってんな……。
まぁ、理由は解る。
は自分が偽りの婚約者であると思い込んでいる。
だから、これが嘘だと誰かに知れたら、俺の立場は悪くなるのでは…。
そんな事でも考えているのだろう。
まったく、余計な心配だってのにな。
偽りは真実に変わるんだからよ。
「どうした、? 顔色が悪い」
俺がそう言うと、「少し飲みすぎて酔ったのかもしれません…。すこし外に出て風に当たってきます」と返事を返す。
……うそつけ…。
お前、アルコールに殆ど手を伸ばしてなかったろ。
俺の返答も待たず、は俺のもとから離れてゆく。
さて、どうやって落ち着かせれば良いか…。
は細かい事をいちいち気にしすぎるからな……。
少し、風に当たらせて落ち着いた頃に、声かけてやるか…。
俺は、黙っての後姿を見送る事にした。
が、パーティーホールから出てゆく。
それを見届けると、俺は踵を返しパーティーホール中央の人ごみに視線を向けようとした。

その時。
視線の隅で、一人の男の動きを捉えた。
まるで、の後を追って外へ出て行くような……。
そんな動きをした男。
気のせいだと思った。
この会場に、の知り合いが居る訳がないと……。
だが、そうとも言い切れないよな……。
気のせいだったら、それでいい。
俺は、パーティーホールを出て、を探しに行く事にした。

 

 

「俺達、別れて正解だったな」
「言いたい事はそれだけ?なら、私は戻るわ」
通路から、甲板へ出る為のドアの向こうから、男と女の声が聞えた。
男の声は聞いた事のない声だが、女の方は聞き覚えがある。
の声。
でも、いつも聞いている声とは違って、酷く冷たく醒めた印象がある。
別れて正解…とは、どういう事だ?
俺は、思わず物陰に身を潜めた。
……盗み聞きなんて、かっこ悪りぃ…。
そう思っても、物陰から出る事は出来なかった。
コツコツという足音。
おそらくのものだ。
こちらへ向かってきているのが解った。
しかし、その足音はぴたりと止まる。
男の、一言によって。
……っていうんだってな。可愛い名前じゃないか」
が、息を呑む声が聞えた。
なんで…の名前がここで出てくるんだ?
「知ってたよ、お前が妊娠した事。でも、騒ぎになって俺の出世がおじゃんなんて困るからな。お前も、何も言ってこなかったし好都合だった」
この男…、何を言っている?

が、妊娠した事を知っていた?
騒ぎになって、出世がおじゃんになるのは困る?
が何も言わなかったから好都合だった?

どういう事だよ…?
そもそも俺は、が何故シングルマザーになる事を決めたのか、知らない。
その内は聞くつもりだった事だったが…。
つまり……それは……。
そういう…事なのか?
の父親は……。

「そう、でしょうね。今だって困るんじゃないの?実は隠し子がいました…なんて体裁悪いものね」

のその言葉が、全てを決定付けた。
今、と会話を交わす男は、の父親。
つまり…、が以前愛していたであろう男。
こんな所で、こんな真実に出会うなんてな……。

「体裁、悪いのはお前も同じじゃないのか?他の男との子供がいるのに、跡部の御曹司と婚約してるんだからな」
「貴方には関係の無いことよ」
「関係あるさ。理由はともあれ、俺の子供だろ?」
「私が妊娠している事を知ってて…、でも私が黙っている事をいい事に、自分の好都合な縁談を進めて結婚したアンタに、子供の事をとやかく言う資格なんて無いじゃないっ」
「お前が妊娠した事を告げれば、破談にだって出来た筈だ。それをしなかったのはお前だろ?」
「それはっ……」
と、男との攻防のような会話が俺の耳に届いてくる。
そのやり取りで、なんとなく、この二人が何故別れたのか……解ってきた。
おそらく、この男はを捨てたのだ。
が、自分の子を妊娠している事を知っていながら……。
他の女と結婚した。
が、妊娠した事を何も告げずにいた事をいい事に………。

腸が煮えくり返る。
俺も、随分と酷い男ではあったと思うが……。
流石にこの男のとった行動は許しがたい。
俺だったら、きっちり責任は取る。
女を孕ませたのなら、それ相応の責任を背負うべきだろう。
その責任を背負わないようにする為に、俺は女と関係を持っても、決して女を孕さぬよう、注意に注意を重ねた。
……それに比べてこの男はなんだ?
なぜ、そこまで無責任で居られる?
を孕ませて、しかもがその子を産んだというのに……。
それを知っていて、何もしなかったなんて……。

俺の中に渦巻く怒りをよそに、二人の会話が続く。
「まぁ、今更昔の事を穿り返してもしょうがないな。今の事を話そうか」
「何よ…」
を俺達夫婦の娘にくれ」
男の言った言葉は、俺に怒りを更に上乗せした。
「いきなり何を言い出すの?」とが驚いた声を上げる。
「先月の事だ……。俺の妻が流産してしまってね…。運の悪い事に、二度と子供の産めない体になってしまったんだ……」
「……それは…お気の毒ね……」
気の毒な話だな。
その妻とやらは、こんなくだらない男に嫁いだのだから。
「だが…お前は違うだろう?健康な体で、跡部の御曹司の子だって産める」
「今更、私がを渡すと思っているの?」
が、どれだけを愛しているのか、俺は知っている。
渡すはずがないだろ。
「邪魔になるだろう?彼はの存在を知っているのかい?」
ああ、知っているさ。
を抱いたあの感覚だって、今でも腕に残ってる。
「知っているわ…だから……」
「いずれ、彼との子が出来れば、彼だって血の繋がった子の方が可愛くなるに決まってる。そうなったら、辛い思いをするのはだろ」
「それは……」
辛い思い?
にそんな思いなんかさせる気なんてない。
例え、俺に血の繋がった子が出来ても、絶対に贔屓なんてしねぇ。
「だが、俺達は違う。もう、子は望めない…。だから、を大事に育ててやれる……」
つまり、そう言う事かよ……。
コイツは、自分と妻の間に子が出来てたら……。
の存在を無視してたって…。
の事を放っておいたって…、そう言うことだろ?!
「だから、を俺達に……」

ふざけるな!!

「断る」
俺の喉から出た声は、随分と低い声だった。
腸は煮えくり返っているのに、声は醒めて冷たい。
が、驚いたように振り向いている。
そういえば俺は、何時の間に物陰から甲板まで出てきてたんだろうな。
記憶にねぇな。
「それはどういう事ですか、跡部景吾さん?」
どれだけ面の皮が厚いのか。
男は事も無げに言葉を返す。
「てめぇにはわたさねぇっつってんだよ」
お前みたいな男に、何でを渡さなきゃならねぇんだ。
「何故です?連れ子なんて邪魔でしょう?特に貴方は跡部財閥を背負って立つ身だ、子持ちの女と結婚したとあっては醜聞もいい所だ」
余裕たっぷりに、男が言う。
醜聞?
くだらねぇ。
「言いたい奴には言わせておけばいいんだよ。いちいち気にする必要なんざねぇ」
それでもウザい奴は潰すまでだ。
「でも、いないに越した事は無いんじゃありませんか?どうせが貴方の子を産めばその子の方が可愛くなるでしょうし…。平等に愛せるのですか?」
「当然だ。今でも実の娘だと思っているからな」
男の言葉に俺は即答した。
ああ、の事は娘だと思っているさ。
可愛い娘だと、そう思っているさ。
だから……だからこそ……。
「てめぇみたいなクズよりも、俺のほうがの父親として相応しい」
「クズ…だと……」
俺の言葉に男は顔を歪ませたが、全く気に掛からない。
俺はゆっくりと、男のもとに近づいた。
「女一人孕ませておいて、責任も取らずに他の女と結婚して…。お前、結婚相手との子供、産まれてたらこのままも無視してるつもりだったんだろ?」
近づきながら、男にそう言葉を掛ける。
男は返す言葉がないのか、ただ喉を唸らせるだけ。
この男のせいで、は苦労をしただろう。
だって、どれほど寂しい思いをしたのか知れない。
「そんな事を平然と出来る奴を、クズと言わずなんて言えばいいんだ、アーン?」
男の目の前まで立った俺は、その胸倉を掴み上げ、男を睨みつけた。
はわたさねぇ。少しでもちょっかい出してみろ、徹底的にぶっ潰す。覚悟しとけ…」
お前みたいな男が、の父親になるなんて許せる筈がねぇ…。
血が繋がっていても、お前なんかの父親なんかじゃねぇ…。
俺の言葉は本気だ。
跡部を敵に回したらどんな事になるか、この業界に生きる人間なら、誰でも知ってる事だ。
この男も、そうだろう。
男の顔から、血の気が引いてゆくのが眼に見えて解る。
数発殴りつけてやりたかったが…、こんな場所では騒ぎは起こせねぇし…。
俺は男を突き飛ばすように、その胸倉を解放した。
男が、よろよろと後退る。
その様子を見ることもせず、俺は踵を返してのもとへと…の目の前に立つ。
が、驚いたような表情をしたまま、固まっている。
おそらく、俺とあの男の会話が、を混乱させている原因だろう。
そんな事も構わず、俺はを連れてパーティーホールへと戻る。
はその顔に笑みが戻ってきていたものの、その端々でまだ混乱した様子を感じる事が出来た。







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