が出かけてすぐ、俺は携帯を手に取った。
以前この家のメイドをしていた女を呼び出すためだ。
女といっても中年越えているのだが……。
俺が物心ついた頃から身の回りの世話をしている女だった。
が家事全般を引き受けた今は、実家の方でメイドをしている。
すぐに向かわせますとメイド頭が電話口で返答。
30分もすればここに到着する事だろう。

「パパ〜、だれとおあなちぃ?」
リビングのソファーに座って電話をしている俺をじっと見詰めていたがそう問うてくる。
「メイドを呼んだんだ」と俺が帰せばはメイドが何なのか知らないらしく「めぇど???」と小首をかしげた。
「来たら解る」
の可愛らしい様子に笑みを浮かべながら俺がそう返事をするが、どうも解らないらしい。
「めぇどってにゃに?」
そんな問いをしながら俺の膝の上によじ登ってくる。
「ママの代わりに掃除したり、洗濯したり、飯作ったりするのがメイドだ」
膝によじ登ってきたを抱きとめながら、俺はメイドについて簡単な説明をしてやった。
「ママのかわい?」とがまた聞いてくる。
その顔が不安そうな顔に見えるのは俺のみ間違いじゃない筈だ。
「ママの代わりっつっても、ママが居なくなるわけじゃねぇぞ。ママは明日の夜にはちゃんと帰ってくる。それまで、ママの仕事の代わりをするのがメイドだ。ママが帰ってきたらメイドは居なくなる」
俺の言葉に、はほっとしたような顔。
……が帰ってこないのではないかと…そう勘違いしたのだろうか……。
「大丈夫だ。ママがお前を置いていなくなる筈ねぇだろ。ちょっと用事で出かけてるだけで帰ってくるから心配するな」
を抱きしめる腕に力を込め、空いている手でその頭を撫でてやりながら俺は言葉をつむぐ。
そうすれば、安心したようで、はにっこりと笑った。

その後は俺の膝から居り、リビングの隅にあるおもちゃ箱を探り始める。
おもちゃ箱からお気に入りらしい着せ替え人形を取り出し、ぶつぶつなにやら言いながらそれで遊び始めた。
こういう光景を見るのは初めてではない。
が、何時見ても微笑ましいものだなと思う。
が人形遊びに興じている間、俺はその様子を視線の隅に捉えつつ、雑誌を読むことにした。
定期購読で家に送られてくるテニス雑誌。
何時でも最新の雑誌を見ることが出来るが、ここ暫く分読む暇がなくて溜まっていた。
それをリビングにある本棚から取り出し、再びソファーに座って読みふける。
暫くすると、が人形をおもちゃ箱に片付けて、今度は本棚へと向かった。
ちゃんと片づけが出来るあたり、しつけのよさが伺える。
が向かった本棚は、俺が雑誌を出した本棚と同じもの。
その下部にはの絵本がはいっているのだ。
の絵本は数が少なく、本棚の1スペースはスカスカだ。
そういえば、おもちゃは色々と買い与えたが、絵本はあまり買い与えていない。
そろそろ、文字やら何やらをおぼえさせてもいい頃だし……。
後で、本屋にでも連れて行くか…。
俺がそう思案している所に、が1冊の絵本を手にやって来た。
「パパ〜、こえ〜」と本を俺の前に差し出してくる
読んで欲しいらしい。
俺が絵本を受け取ると、は俺の膝によじ登ってくる。
俺の膝の上は、のお気に入りらしく、俺がこうやってソファーに座っていると、寄ってきては膝の上によじ登ってくるのだ。
よじ登った状態では、対面した状態になるので、は体制を変えて俺の胸元に背中を預ける状態にする。
俺の膝の上に落ち着くと、満足そうに笑う
本当に、可愛くてたまらない娘だ。
血の繋がりがなくても、は俺にとって可愛い娘だ。
愛しさが募り、の後頭部にキスを贈る。
すると、はさらにはちきれんばかりの笑顔で俺を見上げるのだ。
俺の頬がこれ以上ないほど緩んでしまうのは、仕方ない事だろう?

一通り俺が絵本を読んでやると、はその絵本を持って俺の膝の上から降りる。
そして、再び本棚に向かい、手に持っていた絵本を片付けて別の絵本を持って俺の元へ戻ってきた。
また、先ほどと同じように俺の膝の上に座り、俺に絵本を読んで欲しいとねだる。
俺は再びに絵本を読んでやることに。
一冊、絵本を読み終わる度に、は俺の膝から降りて絵本を本棚にとりに行く。
もちろん読み終わった本は本棚に片付けて。
そんな事を繰り返すくらいなら、読みたい本を一気に持ってきて読み終えてから全て片付ければいいのではないかと思うんだが……。
そうしつけられているからか、それとも、そこまで頭が回らないのか解らないが、同じ事を繰り返す
コレは突っ込んだ方がいいのか?

3冊目くらいの絵本を読んでいた途中、チャイムが鳴った。
おそらくメイドだろう。
絵本をに持たせたまま、を膝からソファーに下ろし、ソファーから俺は立ち上がる。
キッチンにあるインターフォンを取る為にリビングを出て行こうとすると、がその後ろを着いてきた。
インターフォンを取り、チャイムを鳴らした人物が誰かを確認すると、やはりメイドで。
オートロックの鍵を開けてやれば程なくして、今度は玄関口のチャイムが鳴らされる。
俺が玄関口へ向かえば、その後をがついてきて、まるでカルガモの子のようで可愛らしい。
玄関を開け放ってやればにこやかな笑みを浮かべる俺の見知ったメイドの顔がそこにある。
「お久しぶりです、景吾坊ちゃま」とそう言いながら頭を下げるメイド。
「いい加減、坊ちゃまは止めろ。もう23なんだぞ、ガキ扱いするんじゃねぇ」
相変わらず、坊ちゃま呼びをするメイドにそう言い放つと「それもそうですね、気をつけます」とメイドはそう言って玄関ホールへと入ってくる。
「お久しぶりですね、お嬢様」
俺の後ろからメイドを見上げているに気付き、メイドはそう言ってにこりと笑みを贈る。
は覚えていないようで一瞬首をひねったけれど、にこりと笑って「こんちゃ〜」とメイドに向かって手を振った。

メイドに家事を任せて、俺はをつれてリビングへと戻る。
そういえば、に絵本を読み聞かせていた途中だったな。
リビングのソファーに座り、膝の上にを乗せてやれば、は嬉しそうに手から離すことをしなかった絵本を広げる。
絵本の続きを読み終わると、再びは俺の膝から降りて本棚に手持ちの絵本を片付け新しい絵本を取り出す。
また、俺の元へ戻ってきて俺に絵本を手渡し、膝の上に乗ってくる。
が持ってきたその本は、今までのものとは違い、イラストではなく写真が中心のものだった。
沢山の種類の電車の写真が載った絵本。―――絵本と言っていいものかと思ったが、絵本という表記はなされている―――
見るからに古ぼけており、ほんの裏表紙には「かわたけしんじ」とマジックで書かれているのを見ると、お下がりか何かで貰ったものだろうと推測が出来た。
こんな物を家においておくのはなんとなく気に食わなかったが、が気に入っている本であるなら下手に捨てては、悲しませてしまうかもしれない。
この本に飽きたころあいを見計らって、に捨てさせよう。
そう思いながら、に本を読み聞かせてやる。
するとは写真に写っている電車をおもむろに指差して言う。
、こえ のいたい!」
電車に乗りたいと、そう言うのだ。
しかもそれは、山手線の電車だった。
「これに乗りたいのか?」
俺がそう問うと、はにっこり笑って大きく頷く。
のおねだりに、俺はかなり弱い。
俺の甘さに、が閉口するくらいだ。
だが仕方ないだろう?
俺はが可愛くて可愛くて仕方がないんだ。
どろどろに甘やかしてやりたくなる。
「今から行くか?」
そう俺が問えば、は「うん!」と大きな声で返事をした。

そして、俺はを電車に乗せてやる事に。
ついでに、絵本もいくらか買ってやろう。
そう思いながら、衣裳部屋で外出用の服に着替える。
別に今のままで外出できない格好ではないのだが、ホームウェアはホームウェアと区別をつけたいので、着替えるのだ。
も、着替えさせることにする。
用の服があるクローゼットを開けてやれば、は自分のお気に入りであるらしいワンピースを引っ張り出す。
着替えるのも、自分でやろうとする。
首元を凹凸スナップで留める仕組みのなので、まだまだ不器用な3歳児でも一人で着替えが出来る代物。
着替えは自身が出来るところまでやらせてから、それから手伝う方がいいとが言っていた。
だから俺は黙ってその様子を見守ってやる。
「んちょ、んちょ」とそんな事をぶつぶつ言いながら、もたもたとではあるがワンピースを着ている
頑張る姿を見るのは好きだ。
「できた!」とが顔をぱっと明るくして俺を見る。
俺は軽くワンピースの乱れを正してやり、その後クローゼットの扉を閉めた。
着替え終わった服は、脱衣かごの中。
メイドがそれを回収して洗濯でもするだろう。

を連れて外出するなら、何かしら持ってゆくものがあるだろうか……。
を伴って、外出したときの事を思い出す。
は大きなバッグに色々詰めて外出している様子だが……。
まぁ、何か必要なものがあれば、その時買えば良いな。
そう思い直すと、俺は財布だけをズボンのポケットに突っ込んだ。
そして、をトイレに連れて行き用を足させてやる。
出掛ける前に、に必ずやらせている事。
こうしておけば、暫くはトイレに行きたがる事はなくなる。

そして全ての前準備を終わらせ、俺はを連れて玄関先に向かった。
玄関口で、にサンダルを履かせてやっていると、メイドが見送りにやってくる。
「お帰りは何時ごろに?」とメイドが問う。
「夕方には戻る。昼は外で食うつもりだから、用意する必要はない」
俺はそう言葉を返すと、「いってらっしゃいませ」とメイドが頭を下げるのを視線の端に捕らえながら、を連れて玄関を出た。







back/next

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル