船上パーティだなんて……凄いわね……。

支度を終えて、ホテルを出て、連れて行かれた先は港だった。
港の桟橋に停泊している豪奢な船がパーティー会場だという。
パーティというものの経験がなかった訳ではないが、こういうのは初めてだった。

こういう場は数年ぶりだ。
少し落ち着かないのだが、おどおどしている訳にもいかない。
今、私は跡部景吾という男性の婚約者を演じているのだから。
そんな女性がおどおどなんて、出来ないでしょ?
しゃんと背筋を伸ばして、景吾さんの隣に立つ。
景吾さんの手が、私の腰に回されているのが、実はとても恥ずかしい。
けれど、それも出来るだけ顔には出さないように気をつけよう。
身なりのよい人々が集う場所。
皆、一般庶民とはかけ離れた世界の人々。
秘書という職についていた時代は、彼らの近くに居たことはあったけれど……。
でも、私は結局庶民なのだし、雲の上の存在なのだと思っている。
、行くぞ」
景吾さんが私を促すように言う。
私は「はい」と頷いて彼の誘導に従った。

景吾さんとともに向かったのは、背の低い小太りな中年男性の所。
「お久しぶりです」
景吾さんがその男性ににっこりと微笑みながら言う。
「おお、景吾君、久しぶりだね。随分と活躍していると噂を聞いているよ」
中年男性はにこにこと笑みながらそんな言葉を返してくる。
「いえ、まだまだ未熟者です」
景吾さんがそんな風に謙遜したような言葉をつむぐ。
「そう、謙遜しなくてもいいじゃないか。父君はたいそうご自慢なさっているよ。………所で…連れの女性は、どなたかな?」
話題が一気に私のもとへ。
中年男性が私の顔を見る。
私はにっこりと微笑んだ。
「ああ、ご紹介します。フィアンセのです」
景吾さんにそう紹介され、私は中年男性に深々とお辞儀をし「お初にお目にかかります、と申します」と自身の紹介をする。
中年男性の顔が一瞬歪んだ様な気がした。
「おお、これは素敵な方だね。それにしても景吾君、君もとうとう身を固める決心をしたんだねぇ」
にっこりと笑みを作って中年男性が言う。
「ええ。小父さんには大変ご心配をおかけしました」
そんな景吾さんの言葉で思い出す。
―――そのパーティに、何かにつけて俺に女を紹介したがる遠縁の小父が出席するんだよ―――
あ、もしかしてこの人がその小父さんなのかしら?
「いやいや、いい人が見つかったのなら一安心だ。して、式は何時の予定だね?」
相変わらずにこやかに、中年男性は言葉をつむぐ。
「詳しくはまだ……。なにぶん僕が多忙なもので、には申し訳ないが暫く先になりそうです」
景吾さんってすごいなぁ……。
すらすらと突っ込みにくい返答返せるんだもん。
私も結構2枚舌だけど、彼もかなりの2枚舌だね。
「そうか…、式の日取りが決まったら教えておくれよ。必ず出席させてもらうからね」
中年男性はそう言うと「では、私はもう行くよ」と私たちの前から去ってゆく。
そんな中年男性のもとに、綺麗な女性がやってきて、なにやらひそひそと話をしながら…、人ごみの奥へと消えていった。
「やっぱり、女用意してやがったな……」
中年男性が去った後、私をパーティーホールの隅までつれて移動した後、景吾さんがぽつりと言う。
「あ…例の遠縁の小父様というのは……」
「あいつだ」
私の問いに、景吾さんは即答。
やっぱりそうだったんだ。
私、景吾さんの役にたてたかな?
「これでお役に立てました?」
私は景吾さんに問う。
「ああ」と景吾さんは言った。
でも、なんだろう…景吾さん微妙に表情が険しいような……。
なんで?
「どうかされました?」
私は怪訝に思って問う。
「……別に……。あいさつ回りはあの狸だけじゃねぇんだ、いくぞ」
景吾さんはそう言うと、私の肩に手を回して促す。
私はそれに従って歩き始めた。

たくさんの人たちに、私は景吾さんの婚約者として紹介された。
……でも……いいのかなぁ……。
実はニセモノでした…ってばれたら、景吾さんの立場とか…やばいんじゃないの?
そんな事を考えていると、不安になる。
「どうした、?」
景吾さんが不意に私を呼ぶ。
「顔色が悪い」
そうも言われた。
「少し飲みすぎて酔ったのかもしれません…。すこし外に出て風に当たってきます」
私はそう言って、彼から離れ、パーティー会場から外へと出てゆく事に。
そんな私の姿を、見詰めていたのが景吾さんだけではなかったなんて…気付いてもいなかった。

 

船の甲板には、誰もいない。
薄暗いその場所には誰も出てゆきたくないのだろうか。
船の縁の手すりに体をもたれ掛けさせ、真っ暗な海を見やる。
遠くには、街の光。
綺麗だなと思った。
「海から眺める夜景ってのも、いいもんだな」
不意に、男の声が背後から聞えた。
私は驚いて振り返る。
「久しぶり、
見覚えのある男だった。
出来る事ならば、二度と会いたくない男だった。
だって、彼は……。
「……コウ……」
私は思わず彼の名を呼んだ。
彼の名は浦川コウ。
数年前、別れた恋人。
………の、父親………。
もちろん、の存在を彼は知らないのだけれど。
その筈……。
「お互い、大出世だな」
コウが、そんな事を言いながら私の隣へとやってきた。
私は何も言わず、彼から顔を背ける。
「俺はとある会社の取締役にまで上り詰めた。そして、お前は跡部財閥御曹司の婚約者……」
彼は知らない。
私が、景吾さんの偽りの婚約者である事を……。
「俺達、別れて正解だったな」
フッと笑う声が聞える。
私は相変わらず、彼から顔を背けたままだ。
「言いたい事はそれだけ?なら、私は戻るわ」
この男の傍になんて居たくない。
自分の出世のために、私を捨てた。
捨てたなんて人聞きの悪い言い方かもしれないけど。
数年間付き合っていた私ではなく、社長令嬢という肩書きのある女性を選んで結婚したんだもの、そう言われてもおかしくは無いでしょ。
私は彼から離れようと歩き始める。
……っていうんだってな。可愛い名前じゃないか」
コウのその言葉が、私の足を止めた。
なんで…なんで……。
私は慌てて振り返り、コウの顔を見る。
コウは薄く笑っているようだった。
「知ってたよ、お前が妊娠した事。でも、騒ぎになって俺の出世がおじゃんなんて困るからな。お前も、何も言ってこなかったし好都合だった」
そんな彼の言葉に、頭に血が上る。
「そう、でしょうね。今だって困るんじゃないの?実は隠し子がいました…なんて体裁悪いものね」
思い切り皮肉を込めて、私はコウに言い放った。
「体裁、悪いのはお前も同じじゃないのか?他の男との子供がいるのに、跡部の御曹司と婚約してるんだからな」
私の皮肉を気にする事もなく、コウはそう言ってのける。
「貴方には関係の無いことよ」
「関係あるさ。理由はともあれ、俺の子供だろ?」
「私が妊娠している事を知ってて…、でも私が黙っている事をいい事に、自分の好都合な縁談を進めて結婚したアンタに、子供の事をとやかく言う資格なんて無いじゃないっ」
「お前が妊娠した事を告げれば、破談にだって出来た筈だ。それをしなかったのはお前だろ?」
「それはっ……」
どうにか、彼との会話を終わらせようとしたのだけれど、言いくるめられて言葉が続かない。
「まぁ、今更昔の事を穿り返してもしょうがないな。今の事を話そうか」
コウがそんな事を言う。
「何よ…」
私はそう言って身構える。
を俺達夫婦の娘にくれ」
なに?
何を言っているのこの男は?
突然、何故そんな事を言ってくるの?
「いきなり何を言い出すの?」
私は思わずそう言ってコウを見やった。
「先月の事だ……。俺の妻が流産してしまってね…。運の悪い事に、二度と子供の産めない体になってしまったんだ……」
「……それは…お気の毒ね……」
「だが…お前は違うだろう?健康な体で、跡部の御曹司の子だって産める」
彼の、言いたい事の意味が解った。
でも……、冗談じゃない。
なんで、自分の都合だけで他人を動かすような男に娘を渡さなきゃいけないの。
「今更、私が を渡すと思っているの?」
「邪魔になるだろう?彼は の存在を知っているのかい?」
「知っているわ…だから……」
「いずれ、彼との子が出来れば、彼だって血の繋がった子の方が可愛くなるに決まってる。そうなったら、辛い思いをするのは だろ」
「それは……」
「だが、俺達は違う。もう、子は望めない…。だから、 を大事に育ててやれる……」
ああ、どうしよう。
私は景吾さんの本当の婚約者ではない。
そのことを伝えてしまおうか。
偽りの存在であると……。
ううん、駄目。
それを知っても、逆に片親より両親がいるほうがいいと言い出すだろう。
どうしよう……。
この男の言っている言葉は本気だ。
数年間付き合っていたからわかる。
でも、こんな自分勝手な男に、 を奪われてしまうの?
私の大切な娘なのに………。
「だから、 を俺達に……」
コウが更に言葉をつむいだそのときだった。
「断る」
そんな言葉が男性の声でつむがれた。
コウの声ではない。
私は驚いてその声の主に視線を向ける。
声の主は、景吾さん。
でも……どうして……。
「それはどういう事ですか、跡部景吾さん?」
コウが景吾さんに視線を向けて言う。
「てめぇに はわたさねぇっつってんだよ」
景吾さんが低い声で言葉をつむぐ。
でも、どうしてそんな事を言うの?
「何故です?連れ子なんて邪魔でしょう?特に貴方は跡部財閥を背負って立つ身だ、子持ちの女と結婚したとあっては醜聞もいい所だ」
コウが景吾さんを見詰めながら言う。
「言いたい奴には言わせておけばいいんだよ。いちいち気にする必要なんざねぇ」
景吾さんは怖じる事無く言葉を返す。
「でも、いないに越した事は無いんじゃありませんか?どうせ が貴方の子を産めばその子の方が可愛くなるでしょうし…。平等に愛せるのですか?」
コウもコウで怯まない。
「当然だ。今でも実の娘だと思っているからな」
景吾さんが言う。
その言葉にドキリとする。
だって…なんでそんな事を言うのかわからないから。
「てめぇみたいなクズよりも、俺のほうが の父親として相応しい」
「クズ…だと……」
景吾さんの言葉に、コウの顔が不機嫌に歪む。
しかし、気にした様子もなく景吾さんはゆっくりとコウのもとへと近づいてゆく。
「女一人孕ませておいて、責任も取らずに他の女と結婚して…。お前、結婚相手との子供、産まれてたらこのまま も無視してるつもりだったんだろ?」
そう言いながら、コウに近づいてゆく景吾さん。
コウは、言い返す言葉が無いのか喉を唸らせるだけ。
「そんな事を平然と出来る奴を、クズと言わずなんて言えばいいんだ、アーン?」
そして、景吾さんの手がコウの胸倉を掴み挙げる。
はわたさねぇ。少しでもちょっかい出してみろ、徹底的にぶっ潰す。覚悟しとけ…」
低く、冷たく言い放つ景吾さん。
コウの顔が蒼白になって行くのが解る。
それほど恐ろしい顔をしているのか…景吾さんの顔は私からは死角になっていて解らない。
それ以上に…。
今の景吾さんの気持ちも…解らない……。
解らない……。
私のために言ってくれた事なの?
を守る為に言ってくれた事なの?
でも、私は貴方の本当の婚約者じゃない。
私は貴方と結婚するわけじゃない。
それなのに、そんな事を言ってしまっていいの?
コウの事だから、それを種に彼の醜聞を広めてしまうかもしれないわ。
なのに…。
を渡さないとか自分の方が の父親として相応しいとか……。
何より… を実の娘だと思ってるなんて……そんな言葉言ってしまって……。
大丈夫なの?
ねぇ……、景吾さん?

「おい、何をボーっとしてる、。行くぞ」
そう言われて、思考が現実に戻ってくる。
気が付けば、景吾さんはコウの目の前ではなくて、私の目の前だ。
コウは、まだ蒼い顔のまま立ち尽くしている。
「こい」と景吾さんが私の肩を強引に抱いて歩く事を促す。
私は何も言えず、ただそれに従うしかなかった。
そのまま、パーティー会場につれてゆかれてしまったから、私は彼の言葉の真意を聞くことが出来なかった。
彼の気持ちが、解らない。
どうして?
どうして?と心の中が混乱してる。
人前では、一応繕って笑顔を見せてはいるけれど、でも混乱したままの思考回路は、ずっと続いていた。












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