景吾さんに娘共々遊園地へ連れて行ってもらってから、暫く経ったある日の事だった。
晩御飯を食べ終わり、片付けをしている最中の事。
携帯のメール着信音がなった。
私は、片づけを終わらせた後、携帯電話のメールを開く。
その文面はこの様なものだった。

 

【From】跡部景吾
【Subject】無題

来週の金曜の夜、を預けて出掛けられるか?
―――END―――

 

……何これ……?
どうしてそんなメールなの?

 

【To】跡部景吾
【Subject】RE:

どうなさったんですか?
―――END―――

 

私はそう返信を返す。
するとすぐ、今度は携帯電話が鳴った。
着信ディスプレイには【跡部景吾】の文字。
……どうしたのかしら?
私は不思議に思いながらも通話ボタンを押した。

『はい、ですが……』
私がそう言葉を放つとすぐ『俺だ』と返事が返ってくる。
『あの、来週金曜の夜……何かあるんですか?』
私はすぐさま本題に入る。
『跡部財閥傘下企業の創立記念パーティーがある』
『はぁ……それがどうされたんですか?』
『俺の婚約者としてそのパーティに出席してくれ』
『婚約者としてですか………』
景吾さんの最後の言葉に引っ掛かりを覚える。
ん?婚約者?
婚約者って……。
結婚を約束した相手ってことだよね……。
てぇ……。

『婚約者ぁぁぁぁ???』

私は思わず、電話口で叫んでいた。
テレビを見ていたが驚いて私を見ている。
けれど、私はそんな事気にしてなんていられない。
だって…、婚約者って……。
婚約者ってぇ……。
と、混乱している私に景吾さんは言う。
『婚約者っつっても、ふりだけだっての。勘違いすんなよバーカ』
なんだ…ふりか……、びっくりした。
でも、バカって言わなくてもいいじゃないか!
なんて、心で思ってても言い返せないのよねぇ…。
なんてったって、私の働き先の社長さんですから……。
『どうして、婚約者のふりした人が必要なんです?』
私は疑問に思って問いかける。
『そのパーティに、何かにつけて俺に女を紹介したがる遠縁の小父が出席するんだよ』
……んと、なんとなく景吾さんが言いたい事がわかるぞ。
『そういうの、うぜぇからな。婚約者がいるって、直々に紹介して釘刺しときてぇんだ』
なるほどね……。
『お話はわかりました…。でも……何で私にそんな役目を?』
私は更に疑問を景吾さんに向ける。
『丁度よさそうな奴がお前しか思いつかなかったんだよ』
景吾さんの返答はそんなものだった。
丁度って……。
子持ちで三十路前の私がなんで景吾さんの婚約者役に思い立つのかわかんないよ。
『で、出来るのか、出来ねぇのか、はっきりしろ』
そう答えを急かす景吾さん。
景吾さん…どうしてそんなに強引なんですか……。
いきなり言われて即答なんて無理ですよ。
『スミマセン、今すぐはお答えできません。を預かってもらえるかどうか、あたってみますから暫く待っててください』
私がそう言うと、景吾さんは『ああ』と言葉短にそう答えると、ぷつりと通話を切った。

……どうしよう……。
を預けられるかどうかの以前に、何で私が景吾さんの婚約者役しなきゃならないんだろうか…。
そっちのほうが、どうしようなのよ。
何で……で思い出す。
前に言ったっけ、私、景吾さんに。
私に出来る事なら何でもするって!
景吾さんに色々お世話になったからお礼するって!
それで私に連絡してきたのね!
なんだ、そういうことか…。
そういうことなら、お手伝いしなきゃね。
は……両親のところに預けられるかしら?
私は携帯電話のメモリから、実家への電話番号を呼び出し通話ボタンを押した。

『はい、でございます』
数度の呼び出し音の後、聞きなれた女性の声。
母だ。
『あ、母さん?私、だけど…』
私がそう言うと母は『?こんな時間にどうしたの?』と問うてくる。
『あのね……来週金曜の夜、を預かってもらいたいんだけど……出来る?』
『来週の金曜?構わないけど……どうしたの?』
を預かる事に了承はもらえたけれど、疑問をもたれて問いかけられた。
『ちょっと、知り合いの手伝い…しなきゃいけなくてね……』
嘘は言って無い。
景吾さんのお手伝いだもん。
『そう……、解ったわ。ちゃんを保育園に迎えには行くの?』
母は納得したようだ。
更に具体的な事を問うてくる。
『うーん、保育園に迎えに行くのも母さんに頼めるかな?忙しいかもしれないから……』
私がそう言うと母は、『解ったわ』と返事をくれた。
『なら、次の日は…保育園も貴方の仕事も休みね。朝に迎えに来るのかしら?』
母のその問いに『うん、その予定』と私は答える。
『解った。久しぶりにちゃんと一緒に過ごせるのね、楽しみにしてるわ』
そう言った母の声は嬉しそうだ。
久しぶりにが両親の家にお泊りするからだろうね。
『それじゃ、よろしくね。あと、父さんによろしく言っといて』
私がそう言うと『解ったわ』と母は答えてくれて、お互い同時に通話を切った。

さて、景吾さんに連絡……。
あれ、メールと電話どっちがいいかな?
……詳しいスケジュール聞かないといけないから、電話にしてみるか。
私は携帯電話のメモリから景吾さんの電話番号を呼び出して、通話ボタンを押した。

数度の呼び出し音の後、景吾さんが携帯に出る。
『あの、景吾さん…ですか?…です』
私の言葉に景吾さんは『ああ』と言葉を返す。
『来週の金曜、大丈夫です。両親の家にを預かってもらえますから……』
『そうか……。ならその日、勤務が終わったら会社の地下駐車場で待ってろ』
『え…、でも準備とかは……』
『必要なものはこちらで揃える』
『はぁ……。あ、でもせめて駅前にしませんか?会社の人に変な勘ぐりされたら……』
『………』
『??どうされました?よく聞えなかったんですけど……』
『いや、なんでもねぇよ。駅前でいいんだな?』
『はい。でも、本当に用意とかは……』
『いらねぇっつってんだろ。同じ事何度も言わすなっ』
『あ、はいっ!スミマセンっ!』
『それじゃ、来週金曜にな』
『はい!』
そしてまた、景吾さんが先に通話ボタンを切った。

うーん、ホントに用意いらないのかなぁ……。
とりあえず、フォーマルっぽいワンピースとかメイク道具とか持っていっとこ。
そう思案している私に、声が掛かる。
「ママぁ、だれと おはなち だったにょぉ?」
の声だった。
「ん、ちょっと…ね……。そんな事より、じぃじとばぁばの所にお泊りする事になったからねぇ」
私は軽く言葉を濁し、更に話題を変えての興味を別のところへ向けさせる。
「じぃじとばぁばのとこよ?いちゅ?」
は私の思惑通り祖父母の家へのお泊りに気持ちが向いた。
「来週の金曜日」
私はを抱き上げて、壁にかけられたカレンダーの前に立つ。
そして、「この日よ」と約束の日を指差す。
「今日はこの日だから、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10日寝たら…だね。楽しみねぇ」
私がそう言うとは理解しているのかわからないがこくりと頷き「たのちみねぇ」と笑った。

 

そして、日にちは過ぎて約束の金曜日。
仕事を終えて、タイムカードを切ったら、駅へ即行。
駅前で一人待っていたら、人のよさそうな男性に声をかけられる。
様ですね?景吾様のお言いつけでお迎えにあがりました」
「あ、はい…」と私はその男性の後をついてゆくことにした。

男性は大きな黒塗りの車まで私を案内。
後部座席の扉を開き、乗るように促す。
私はそれに従って、車に乗り込んだ。
すると、そこには景吾さんもいた。
景吾さんは私に視線を向けると「よぉ」という。
「あ、こんばんは…」と私は言葉を返す。
「随分な荷物だな」
私の持っている荷物を見て景吾さんがそんな事を言った。
「あ、一応…ワンピースとか持ってきたんですけど……」
すると景吾さんの眉が不機嫌そうにゆがむ。
あ…怒らせた……?
「お前………」
そう言って私を睨む景吾さん。
私は思わず身を縮こませる。
「まぁ、いい……。行くぞ」
景吾さんは小さくため息をついてそう言うと、車の運転手さんに車を出すよう指示。
車が動き出した。
は、元気か?」
不意に景吾さんがそう問いかけてくる。
「ええ、元気ですよ。最近、成長して少し重くなったみたい」
私の返事に、景吾さんは「そうか」と言う。
「また、会いてぇな」
更にそんな事も景吾さんは言った。
も、また会いたいと言ってます。お暇なときに会ってあげてくださいますか?」
私がそう言うと、景吾さんは「ああ…」と言って微笑んだ。

車に乗せられてつれて来られたのは高級ホテル。
え?
もう会場にいくの?
「ここでお前の用意すんだよ。会場は別だ」
私の心を見透かしたかのような景吾さんの言葉。
この人、なんでこんなに勘がいいのかなぁ。
「前にも言ったろ、お前は考えてる事が顔に出るからわかり易いってな」
あう、また見透かされた……。
「まぁいい、時間もそんなにねぇし、行くぞ」
そして、私は景吾さんに連れられてホテルへと入っていった。

ここって、確実にスイート中のスイートルームじゃないかな……。
景吾さんに連れられて入ったホテルの一室。
ホテルのスイートルームに泊まった経験のある私でも驚くような豪奢な部屋。
ていうかね……。
部屋の中に更に部屋が分けられてるよ……?
宛ら高級マンションのようだ。
一泊何十万の世界だと思う。
その部屋に、数人の女性。
あれ、この人たちってもしかして……メイドさんってやつですかね?
「奥で準備をして来い。……連れて行け」
景吾さんが言う。
前の言葉は私への、後の言葉はメイドさんへの言葉。
私はメイドさんに連れられて、奥の部屋へと向かって行った。

「お荷物はお預かりいたします」
メイドさんの一人が、私の荷物を受け取ってそう言った。
「あ、はい…」
私はそれだけしか返事が返せない。
「こちらが、お着替えになるドレスです」
別のメイドさんが何処からともなくドレスを持ってきて私に見せる。
ビスチェタイプ、マーメードラインの派手な装飾の少ない薄桃色のドレス。
ショールも付いてる。
見た目の光沢感から察するに、確実にシルクで出来てると思われる代物。
更にドレス用の下着まで用意されていて……。
ていうか、このドレス、サイズ大丈夫なんですかね?
そんな事を考えていると、メイドさんにシャワーを浴びるよう指示された。
私はその指示に従ってシャワーを浴び、脱衣所に用意されていた下着一式……ショーツまで用意されてたよ……に着替えた。
下着姿を知らない人に見せるのは微妙に恥ずかしかったけれど仕方ない。
脱衣所を出た私を待ち構えていたメイドさんたち。
私はメイドさんにドレッサーの前の椅子に座らされた。
「先ずはメイクから始めますね」とそう言われ、メイドさんの一人が私の濡れた髪を乾かし始める。
もう、されるがままになるしかないのだろうと腹をくくった私は、「お願いします」とだけ返事を返した。

所要時間……1時間半。
肩までの長さの髪は結い上げられ、少しだけ遊ばせた首筋から流れる髪にコテを当ててふわりと巻き髪風。
シンプルな髪飾りで飾り付けられて、いつもと違う私の髪型。
更に顔にはしっかりとメイクが施された。
胸元が広く開いたドレスなのだけれど、胸のサイズがあってなくて苦しかったり。
それはメイドさんがてきぱきと寸法直しをしてくれて、事なきを得たけど。
その時のメイドさんの言葉には驚いた。
「景吾様が目測を誤るなんて珍しいですわねぇ」って……。
もしかして、このドレスのサイズは景吾さんの目測でサイズ用意されたの?
っていうか、体にフィットするタイプのこのドレス、胸元以外はサイズぴったりなんだよね……。
なに、あの人は女性の3サイズを目測で当てられるんですか?
目測誤るのが珍しいって、あの人の目は一体どういう目になっているんでしょうか……。
よう解らん。
まぁ、突っ込みたい事だらけだけど、今回は何も言わないでおこう。
身に付けたのはドレスだけじゃない。
首もとにはダイヤをあしらったネックレス、耳元にも同じくダイヤをあしらったイヤリング。
ねぇ、これだけで一体何十万なんでしょうか……。
下手すると、ん百万単位なんじゃ……。
偽者の婚約者作り上げるのにここまでしますか……。
お金持ちってやる事が凄いよね……。

そして、準備の整った私は、景吾さんの待つ部屋へと移動した。
景吾さんはソファーに座り本を読みふけっている。
彼の格好を見てみると、先ほどとは違う。
景吾さんもパーティーへの身支度を整えていたようだ。
様の準備が整いましてございます」
一緒に居たメイドさんが景吾さんに言う。
すると景吾さんは読んでいた本を閉じ、目の前のコーヒーテーブルに放り出すとソファーから立ち上がる。
彼の視線が、私に向けられた。
私の姿を暫くの間眺めて、景吾さんは満足そうな顔をする。
「こっちへ来い、
景吾さんが、私に向かって右手を差し出した。
私はそれに従って彼のもとへと歩み寄り、彼の差し出した右手に自分の左手を重ねる。
すると景吾さんが左の手を、自分のスーツのポケットに差し込む。
そして、ポケットから引き出された左手に、ダイヤのついた指輪が握られていた。
私は思わず彼の右手に重ねていた左手を引こうとする。
けれど、彼の右手に左手を握り締められて、動きを止められた。
「お前は俺の婚約者としてパーティに出席するんだ。婚約指輪ぐらいはめてねぇと不自然だろうが」
そう景吾さんに言われて、確かにそうだと納得。
そして、景吾さんが、左手に持った指輪を私の左手に近づけてくる。
私の左の薬指に、そっと差し込まれるそれ。
「これで、お前は俺の婚約者だ」
景吾さんはそう言うと、私の左の手の甲にそっと口付けを落とす。
まるで…本当にプロポーズされたような錯覚に陥る。
あくまで、私は偽の婚約者だというのに。
そうよ、これはすべてまがい物。
今夜一晩だけの幻だわ。
シンデレラみたいなものね。
子持ちのシンデレラなんて、笑えちゃうけど。
「では、今夜一晩だけ…私は貴方の婚約者です」
私はにっこりと笑ってそう言った。










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