………今……何時だろう……。
ボーっとする意識の中で、私はそんな事を思った。
朝……だよね……。
…まだ寝てるのかな……。
起きてたら、私を起こすものね……。
………。
ん……?
は実家に預けたんだっけ……。
じゃぁ、自分で起きなきゃ……。
そう思って私は重たい瞼を持ち上げる。
目の前に、綺麗な男の人の寝顔。
しかも、彼に抱きしめられた状態。
え?
えええええ?
て……えぇぇ?
思考停止、後パニック。
何でこの状況?
何でこの状況だっけ?
えと、えと、えと?
えーっとぉ……。
―――………。
あ……ああぁぁぁぁっ!
私…昨日の夜……景吾さんと………。
そうだ、私は彼と関係を結んでしまったんだった。
訳も解らない内に、彼に引き摺られてずるずると……。
成り行きで恋人でも無い人と体を繋ぐなんて、子供じゃあるまいし……。
今更そんな事を思っても後の祭りな訳で……。
一糸纏わぬ姿のままの自分。
ただ唯一、左手の薬指にあるダイヤの指輪だけが何故か残っていた。
なんでなのか、訳が解らないよ。
順を追って考えても、解らない。
なんでこんな事になったの?
何故?
昨日、パーティが終わって、私は景吾さんと供に再び支度をした時と同じホテルの同じ部屋へと帰ってきた。
ずっと、聞きたくて聞きたくてしょうがなかったけれど、聞けなかった事があるの。
パーティでの…あの船の甲板での事……。
ホテルの部屋へ戻ってきたとたん、私は思い切ってその事を問うことにした。
景吾さんはホテルの部屋に入るなり、スーツのジャケットを脱ぎ捨ててネクタイを取り去りシャツのボタンを幾つか外して、ソファーへとどっかりと腰を落ち着けた。
スーツのジャケットは待ち構えていたメイドさんがいそいそと片付けている。
私は景吾さんとは違い、何もする事無くホテルの入り口ドア付近に佇んでいる。
私は思い切って口を開いた。
「あの……景吾さん……」
景吾さんが首だけを動かして私を見る。
「今日の…甲板での事……、どうしてあんな事を言ったんですか?嘘だったってバレるのは時間の問題なのに…」
見え透いた嘘なのは解っている筈だ。
なのに……。
「ホント…お前って鈍いよなぁ……」
私の言葉に、景吾さんが返してきたのはそんなため息交じりの言葉だった。
「どういう…ことですか?」
彼の言葉の意味が解らず、私は小首をかしげる。
「……鈍すぎだろ……」
景吾さんの声は半ば呆れたようなもので。
そして、景吾さんは何故かぱちんと指を鳴らす。
すると、部屋の中にいたメイドさんが皆部屋の外へと出てゆく。
そうなれば、この部屋には私と景吾さんの二人だけに。
景吾さんが、ソファーから立ち上がり、私のもとへとゆっくりと近づいてくる。
なんとなく怖くなって私は後退り。
でも、暫くすれば部屋のドアに背中は行き止まってしまう。
その時には、もう景吾さんは私の目の前にいて、私の頭をはさむかのようにドアに両手をついた。
まるで、迫られているような構図。
………て、迫られてるの?
「あの……景吾さん……?」
なんでこんな状況になったのか解らない。
私はただ、船でのあの事を問いたかっただけなのに。
景吾さんが私を見つめている。
眼差しが怖いほど真剣で、目を逸らせない。
「船の上で、あの男に言った言葉が嘘だったと……お前は本気で思ってんのか?」
景吾さんがそんな事を言う。
どういう事なのかが解らない。
どうしてそんな事を言うの?
「だって…景吾さん…、私は…私は貴方の婚約者のふりをしてただけで…。本当に結婚するような仲じゃないでしょ?なのに、どうしてあの時の言葉が嘘で無いと思えますか?」
私の言葉を聞いて、景吾さんの眉が不機嫌そうに歪んだ。
どうしてそんな顔になるの?
婚約者のふりをしろと言ったのは貴方なのに。
どうしてだか解らない私は戸惑ったまま。
「今日のところは…偽りの…で終わらせるつもりだったんだけどな…。だが、やめた」
「それって、どういう事ですか?」
彼の言葉の真意がさっぱり解らなくて、私は問う。
「…鈍感すぎ……」
ため息のようにそう言った景吾さんの右手が、私の左頬に添えられる。
そして次の瞬間には、景吾さんの綺麗な顔が間近に迫っていた。
迫っていた、なんてものじゃない。
だって……私の唇は彼のそれに塞がれていたから。
突然の事で、私の頭の中は真っ白。
なんで、キスされてるの?
景吾さんの舌が私の口腔内に侵入してくる。
その感触で、私は我に戻った。
逃れようと頭を移動させようとするけれど、何時の間にやら景吾さんの左手までもが私の後頭部に回っていて、完全に固定されてしまってる。
彼の舌を中から追い出したくて、自分の口や舌を動かすけれど、逆効果。
舌を絡め取られて翻弄される。
景吾さんの舌は私の口腔を蹂躙していく。
「ん…くぅ……ふ…ん……」
ぴちゃぴちゃという水音と私の喘ぎ声だけが二人きりの部屋に木霊してる。
苦しいのもある。
けどそれ以上に別の感覚に支配されてゆくのがわかるの。
脳髄がしびれてゆく感覚。
景吾さんの舌に口腔内を弄られ、時折体がビクリと揺れる場所を刺激される。
下腹部が熱い。
じわりとショーツが湿り気を帯びてきた。
途中から足ががくがくと笑い始め、自力で立っているのも限界。
そんな時、電撃のようなモノが私の背筋を一気に通り過ぎた。
「ん…う…ぅぅ……」
体がビクビクと大きく震える。
私は、口付けだけで頂上まで押し上げられてしまったのだ。
景吾さんがやっと私を解放する。
私は、へなへなとその場に座り込み、項垂れた。
なんで、こんな事されてるの、私……。
景吾さんが私の目の前に膝を着き、俯いている私の顎を持ち上げる。
「キスだけでイっちまったな」
そう言って笑う景吾さん。
何でこんな事するのと聞きたいのに、先ほどの絶頂の余韻がそれを許さない。
景吾さんが、私の体を抱き上げる。
抵抗する気力がでない。
まだ、体は弛緩しきったまま。
抵抗を何もしない私を、景吾さんは奥にあるベッドルームへと運んでゆく。
これから、行き着く先が脳裏に掠める。
男と女が褥で繰り広げるものはたった一つ。
ベッドに押し倒されて、また深く口付けられる。
嫌だとも駄目だともいえない。
有無を言わさず強引に事を進め始める景吾さん。
景吾さんの唇が首筋を這う。
時折舌先で首筋を舐め上げられ、体がビクリと反応する。
行為に引き摺られているのが、頭で解っているのに、抵抗する手段が見つからない。
彼があまりに巧みすぎるから。
女の本能を煽る、唇、舌、指の動き。
こんな事は駄目だと思っても、彼にせめられて思考が一気に飲み込まれる。
気が付けば、身に付けていたものすべて…アクセサリーでさえも剥ぎ取られて、一糸纏わぬ姿にされて。
彼の頭は私の太股の間。
濡れぼそった私の秘部に景吾さんの男らしい指先がもう2本も差し込まれ、私の弱点をせめている。
それだけでなく、景吾さんの舌先は敏感に反応する粒をせめていて、私はただ嬌声を上げるしかできない。
「は…あ……あぁ………あぁぁぁっ」
口付けの時とは比べ物にならないほどの衝撃が背中を走る。
二度目の絶頂。
もう、何も考えられやしなかった。
ぼーっと焦点の合わない目の私の前で、景吾さんがやっと自身の纏っている服を脱ぐ。
何かスポーツでもしているのだろうか……。
鍛えられているのが一目でわかるほど、筋肉で覆われた体。
とはいえ、そんな体を見ても、思考回路の動かなくなった私はなにも感じない。
すべてを脱ぎ捨てた景吾さんがまた、私に覆いかぶさってくる。
私の秘部に宛がわれる固いソレ。
景吾さんの男たる象徴。
「い…つぅ……」
数年間、誰も通っていないその場所に彼が侵入してくる。
硬くなった其処は、濡れて馴らされている筈なのに、処女喪失の時の破瓜に似た痛みを感じる。
「きつ……、…力を抜け……」
景吾さんが眉をひそめ、そう促してくるが、余裕が無い。
すると、景吾さんは私にまた深く口付ける。
口付けに気をとられている隙に、景吾さんが私の奥まで到達した。
景吾さんの腰がゆっくりと動き出す。
唇は、まだ塞がれたまま。
上でも下でも繋がった状態であるから、自然と体が密着する。
動きづらい筈なのに、それでも景吾さんは私を突き上げて、再び私を高みへと誘う。
先ほどまで、シーツを握っていた私だったけれど、シーツでは心もとないような気持ちになって、彼の背中に両手を回した。
やっと、景吾さんが私の唇を解放する。
その代わり、腰の動きが激しくなった。
「は…ぁ……あ…んぅ」
解放された唇から次から次に零れ落ちてくる嬌声。
景吾さんが満足そうに笑ってる。
三度目の絶頂は、それから間もなく訪れた。
「あ…や……あぁっ…あーっ」
そんな高い声を上げて、私は上り詰めて果てる。
それから間もなく、景吾さんも眉をひそめ微かにくぐもった声とともに、私の胎内に精を放った。
そこで私は意識を手放した。
そして、次に眼を覚ましたのが朝。
思案を巡らせている私の目の前で、景吾さんが眼を覚ます。
「よぉ」と景吾さんが私の目を見て微笑む。
……何しれっと朝の挨拶してるんですか?
「なんだよ…?」
景吾さんが怪訝そうな表情。
「なんだよ…じゃないですよ……」
私は景吾さんをじろりと睨む。
「なんで…こんな事に…なるんですか…?」
おかしいじゃない、この状況。
なんで私は彼に抱かれてしまったのか。
「シたかったからに決まってんだろ」
彼からの返答はそんなものだった。
「なぁっ!」
何よそれ!
私はカチンとくる。
当然でしょ。
私は彼の腕に抱かれている状態でいるのに気づいて、それから逃げようと体を反転させた。
ところが、景吾さんに肩を掴まれて、再び彼の腕の中に引き戻される。
景吾さんが私の上にのしかかり、唇を重ねようと私の顔に自分の顔を近づけてきた。
「やっ」と私は顔を背けてそれから逃れようとするけれど、景吾さんに顎を掴まれて、あっけなく唇を奪われた。
深いものがくるのかと身構えたけれど、そうではなかった。
ただ、唇を重ねるだけのもの。
「無理やりで…悪かったな……」
私の唇を解放して景吾さんが言う。
「お前があまりに鈍いから……つい……な………」
「私が…鈍いって…。それになんですか、つい…て……」
彼の言葉に私の頭の疑問符は消えない。
そんな私を見て、景吾さんがフッと笑う。
「ずっと…好きだった。俺と、結婚してくれ」
真っ直ぐ私の目を見詰めて、景吾さんが言葉をつむいだ。
そんな言葉を聞いて、私の口から零れたのは、
「はぁ?」
という素っ頓狂なものだった。
それを聞いた景吾さん、先ほどまでの真摯な態度は何処へやら、不機嫌そうに眉をひそめる。
「……何でそんな色気のねぇ言葉が出てくるんだよ」
景吾さんにそんな事を言われてじろりと睨まれてしまう。
「だって…話がおかしい気がして……。だって、なんで…私に?て…結婚って……え?」
何か順序ちがくない?
告白もする前にそういう.行為してて、付き合ってもいないのに結婚してくれって言われて……。
「お前に惚れた。だから妻にしたい。の事も心配するな、娘として受け入れる用意はある」
景吾さんがそう言葉をつむいでくるけれど、私が混乱から回復する手立てにはならない。
「俺のモノになれ、」
景吾さんが言い放つ高圧的な言葉。
なれって……もう命令口調じゃないですか……。
「拒否権はないからな」
な ん で す と ? !
景吾さんが放った言葉に更にビックリ。
「拒否権無いって……もう、私は景吾さんと結婚するの決まってるってことですか?!」
私は思わず突っ込んだ。
「ああ、当然だろ」
また、しれっと景吾さんが言う。
どうしてそんな事が言えてしまうのこの人は!
「何が当然なんですか、ありえないでしょう?!」
「アーン、なんでありえねぇんだよ?」
私の言ってる事の方が正論の筈よ。
なのに、景吾さんはそう思わないの?
「だって…、こんな事言うのもなんですけど、私、景吾さんの事を好きだって訳じゃ……」
私に、彼への恋愛感情は皆無に等しいのに。
……少しは…あるかも…しれないけど………。
「これからなればいいだけだろ」
「いや、それにしたって順序違うから」
確かにこれから…ってのはあるんだけどね。
順序が違うでしょ。
私は思いっきり素で景吾さんに突っ込む。
「まぁ、先にヤっちまったしな」
さらりとそんな事を言う景吾さん。
なんなんですか、貴方は……もう……。
「だから、順序がおかしいんですよ……」
私は呆れたように言葉をつむぐ。
「順序なんてどうでもいいんじゃねぇ?行き着く先は同じなんだしよ」
「………どうしてそう思えるんですか?」
景吾さんの自信に満ちたその言葉に、私はそう返答を返す。
「俺様に惚れねぇ女はいねぇからな」
うわぁ……しれっと凄い事言ってのけちゃってるよぉ……。
「………自意識過剰………」
私はため息のように言う。
「フン、褒め言葉だな」
景吾さんはそう言って笑った。
「褒めて無いですっ!」
私は思いっきり大きな声で突っ込んだ。
でも、景吾さんは笑顔のままで。
「お前の両親に挨拶に行かなきゃな……。いきなりだが、今日は…両親、そろって居るんだよな?」
そんな事を言い出す。
「んな…なんで?」
私は驚いて目を丸くする。
「あーん?結婚するんだ、挨拶するのは当然だろ?」
何を当たり前な事を聞いているんだとばかりに景吾さんが言う。
いやいやいやいやいやいや。
そうでなくて……。
「俺ん所の両親は…来月頭に帰国するから、その時に…だな」
私の心中などお構い無しに、話を勝手に進めて行く景吾さん。
「ああ、の事なら安心しろ、ちゃんと話はしてある。お袋なんか、早く会いたいなんていってる位だから、すぐに打ち解けるだろうよ」
あの…景吾さん、しれっとものすごい発言してませんか?
「話って……あの……えと……?」
どう言葉にして質問していいのか解らず、私はどもってしまう。
「お前の話を両親にはしてあるんだよ。いずれ結婚する相手だって事も、を娘として迎えることもな」
はいぃぃぃぃぃぃ???
な、な、な、な、な、な、な、な、なななななぁぁぁぁぁ?????
「何、勝手にそんな話してるんですか?!だいたい、フラれるかもしれないって事、考えなかったんですか?!」
告白らしきものもない、付き合いらしい付き合いもしていない。
それなのに、何で両親に結婚する相手だって報告できるんですか?
「俺様の辞書に、『フラれる』なんて言葉はねぇんだよ」
景吾さんがそう言ってニヤリと笑った。
結局、強引な景吾さんに押し切られて、私は彼を両親に紹介する事になった。
もちろん、婚約者……として………。
後日、景吾さんのご両親にも紹介されてしまったし……。
なんか、もう、後戻りできない状況……。
………私、とんでもない人と縁を持っちゃったような気がするよ………。
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