| それは初夏の頃のこと。
俺は古くからのテニス仲間を家に呼んでガーデンパーティを開く事にした。
それは昔から、俺や仲間たちの都合が合う時によく開いていたもの。
大学を卒業し、社会に出てからは年に一度か二度程度しか出来なくなってしまったが……。
テラスで、通いの庭師ご自慢の庭を眺めながら、昔話に耽るのが楽しいんだ。
あぁ、そうそう。
今回のパーティは、新居で初のガーデンパーティだ。
更に、テニス仲間たちにをお披露目する事にもなる。
未来の花嫁の顔を、奴らにはしっかりと覚えて貰わなきゃな。
しかし、一つだけ心配な事があるな……。
可愛いに惚れちまう奴がいるかもしれねぇんだ。
変な気を起こさないように、しっかり見張っとこう。
沢木夫妻にも、頼んでおいた方がいいよな。
のガードはしっかり固めとかねぇと………。
まぁ、仮に仲間の誰かがに惚れたっつっても、渡す気は更々ねぇけどな。
そんなこんなで時は過ぎ、パーティの日となった。
梅雨に突入する前の快晴は、パーティにもってこいの天気だ。
テラスには朝から沢木夫妻やがパーティ用にテーブルやなんだをセッティング。
パーティの始まる昼頃になれば、出張の三ツ星シェフが作った料理がテーブルの上に所狭しと並んだ。
パーティの時間になると、時間に律義な一つ年下の後輩二人がそろってやって来た。
「お久しぶりです」
「跡部さん、ご無沙汰してます」
パーティ会場となったテラスで待ち構えていた俺に、二人がそう挨拶してくる。
は清音と共に、俺の後ろに控えて、沢木は客人の案内係に玄関にいる。
因みに、最初の言葉が日吉若で次が鳳長太郎だ。
そして、その二人を皮切りに、次々にテニス仲間たちがテラスへと到着する。
そうなると、我が家はいつも以上に賑やかに。
それもそうだ。
日吉、鳳に、芥川慈郎、宍戸亮、滝萩之介、樺地崇弘、そして向日岳人の八名が、パーティに参加している。
後一人、忍足侑士が来る予定なのだが、仕事の都合で少し遅れると連絡があった。
だから、なんの問題もない。
大人数になれば賑やかになるのは当然。
まぁ、騒がしい奴が二人いるから余計にそうなんだろうがな。
騒がしい奴の一人、慈郎はパーティの給仕を務めるを一目見るなり、おおはしゃぎでに構い始めた。
「年は幾つなの?」だとか、「働き者だね、偉いね」だとか言いながら、にまとわりつきやがって。
すぐにの仕事の邪魔をするなと、引き離したぜ。
例え慈郎がに惚れたと言っても俺は譲らんぞ、絶対に譲らん。
は俺様の花嫁になるんだからな!
そんなこんながありながらも、パーティの時間は流れる。
パーティの一番の話題は、やはりの事だった。
こんなに可愛い娘だからな、皆が気にするのも無理はない。
俺は皆に、一体どういう経緯で家に来たのか、を交えて話をしていた。
そんな時。
遅刻の忍足がテラスにやって来た。
その背後に清音がいるので、清音が連れて来たのだろう。
「遅いぞ、侑士。お前の分の料理まで食っちおうと思ったくらいだぜ」
向日が、そんな冗談を言って忍足を出迎える。
「食いもんの怨みは怖いで、岳人」
忍足も冗談で返しながら、パーティの席へとやって来た。
これで漸く、招待した仲間達が揃った訳だ。
忍足にも、の事を紹介しようと、そう思った矢先。
「忍足先生!」
驚いた様子のの声がした。
「、自分なんでここに…?」
忍足も驚いたような顔でにそんな事を問う。
……なんだ?
顔見知り…なのか?
先生…、確かに忍足は保険医をやってるし、そう思えば、矛盾はないな。
「春から、ここで働かせて頂いてるんです」
驚きから回復したが、即座にそう答える。
そして、控えていた俺の後ろから忍足のほうへ。
「そうか…、なんや縁やなぁ…」
近付いてきたに向けて、忍足は言う。
も、にこりと笑ってそうですね、と頷く。
と、その時。
「侑士、ちゃんの先生だったのか?!」
そんな大きな声がする。
向日が言ったのだ。
「正確には、が前 通うとった中学の保健医やってん」
忍足はそう言って向日の言葉に答えた。
も、その言葉にうんうんと頷いている。
「お久しぶりです、忍足先生」
はそう言うと、忍足に頭を下げる。
「あぁ、久しぶり、元気そうやな」
忍足もそうに言葉を返してニコリと微笑む。
そんな忍足を見上げるもニコニコと笑顔だ。
………ん?
心なしか、の頬が朱い気がするぞ…。
きっ、気のせい……だよな?
俺の目の錯覚だ!
そうに決まってるっっっ!!
そんな俺の心中など誰も知らずに話が進んでいる。
慈郎達が、先程俺が話していたについての話を、忍足に聞かせているようだ。
「妹ちゃんを大学にか…。そうかぁ…」
話を聞いた忍足は関心したように頷いている。
「はい!の為に、一生懸命働いてお金を貯めてる所です」
はその言葉に、胸を張って頷く。
そんなの見て、忍足は「しっかり働きや」と言うと小さく微笑んだ。
は、はい!と元気に言葉を返すと、忍足に一礼をしてからパーティの給仕の仕事へ戻った。
給仕として働いているは、空いた食器を片付けるべく、それらの乗った銀のカートを押してテラスから屋敷へと戻ってゆく。
そんなの後ろ姿を見ながら、忍足は呟く。
「二年前から、ちっとも変わってへん娘やな……」
すると慈郎がその言葉に反応する。
「変わってないって、どういう事?」
「妹の為に…って所、二年前とちっとも変わってへん」
忍足は慈郎の言葉にそう返した。
「昔から、妹思いの良いお姉さんだったんですね、ちゃん」
話を聞いていた鳳が、そんな言葉を挟む。
「そうやな…」と、忍足は頷いた。
その時、少しだけ忍足の瞳が揺らいだような気がした。
それから、時間は過ぎ、パーティはお開きになる。
玄関で、帰ってゆく皆を見送るのは、当然の事だろう。
や沢木夫妻も一緒にな。
その時、忍足がを呼んだ。
どうやら、の携帯番号を知りたかったらしい。
…俺は心の広い男だ。
にとって先生である忍足と携帯番号を交換しても、妬いたりはしない。
……妬いたりなんてしてねぇっ!
少し気に入らないだけだ!
すると、その様子を見ていた慈郎が騒ぎ出す。
「忍足ばっかりズルイ!ちゃん、俺とも交換しよ!」
つか、何で慈郎まで便乗しての携帯番号知ろうとしてやがるんだ!
さすがにそれは断固拒否だ!
許さん!
と、俺が口に出そうとしたその時だった。
「慈郎……、俺は理由があってと番号交換したんや。自分みたいに、遊び半分とちゃうんやで」
忍足が慈郎をたしなめるように言う。
「理由って?」
慈郎が怪訝そうに忍足に視線を向けて問いかける。
「それは、俺と二人だけの話やから、教えられへん」
すると慈郎はつまらなそうな顔をしたが、それ以上は突っ込む事をしなかった。
「ま、いーや。 携帯番号は、また今度ね」
そういってあっけなく引き下がる。
忍足の表情から、何かあると慈郎は察したのだろう。
ボケているようで、勘が鋭いのが慈郎だからな。
慈郎と同じく俺も、忍足の表情から感じた事がある。
忍足はについて、何かを知っている筈だと…。
の過去の何かを忍足は知っている。
慰安旅行の時、俺が垣間見た達姉妹の心の闇。
忍足を通じて、知ることは出来るだろうか?
俺は知りたい。
の心に陰を落とすものを……。
その事を問えば、忍足は答えてくれるだろうか……?
いや、どうやってでも聞き出さなければ。
そうでなければ、俺がに近づく術はない。
そんな気がした。
*
パーティの日の夜。
その夜に俺は忍足を、とあるホテルの一室に呼び出した。
半ば強引に。
俺は早く知りたかったのだ。
のその心に巣食う闇の正体を。
に不信がられないように、仕事の都合で出かけると、背広姿で家を出た。
「無理やりこんな所に呼び出して、なんやの? まさか自分、危ない道に目覚めたとか言わんやろな。俺は嫌やで、俺には可愛い奥さんがおんねんからな!」
忍足はそんな下らない事をぼやいたが、それが心からの言葉ではない事には容易に気付ける。
そして、忍足も気付いている。
俺がコイツをこんな場所に呼び出した理由を………。
「馬鹿な話はいい、座れ忍足」
俺はそう言って、忍足を促す。
因みに俺は、部屋の窓際にある椅子に腰を下ろしている。
目の前にはテーブルと、その向こうにもう一つの椅子。
テーブルの上には、ブランデーのボトルと二つのブランデーグラス、それに酒のツマミの盛られた器。
忍足が向かいの席に座ったのを確認すると、俺はブランデーのボトルを手に取った。
二つのグラスにブランデーを注ぎ、一つを忍足に差し出し、もう一つは自分の手元に残す。
そしてお互いに、そのグラスを持ち上げ、グラスを合わせる事のない、何の音も言葉もない乾杯をした。
「こんな酒で俺を酔わせても、俺が何かを出すとは限らんで」
ブランデーを一口含んだ後、忍足は言葉を紡ぐ。
「跡部、自分 の過去を知りたいて思て俺を呼び出したな? ご丁寧に、他の誰にも聞かれんような場所まで用意して」
更に忍足はそう言うと、俺の瞳を見つめた。
何かを、探っているような視線だった。
俺はその視線から眼を反らさず、小さく頷いてみせる。
「なんでの過去を知りたがる?素行調査やったら、心配ないで。昔から、気立ても頭もええ娘や。一つも変わってへん。俺が保証する」
忍足はそう言うが、違う。
素行調査なんて、そんなもんならとっくに興信所を使ってる。
「そんなもんじゃない」
俺はすぐさま言葉を返した。
忍足には、俺の想いを理解して貰わなきゃならねぇ。
だったら、語ればいい。
俺の、への想いを、総て。
「俺はを愛してる。 だから、アイツの過去について知りたい。 アイツには、何か辛い過去がある。その過去は、未だにの心に闇として残っている。その事に気付きはしたが、過去そのものは、解らない。 俺は総てを知り、をその闇から解放してやりたいんだ」
俺の紡ぎだした言葉に、忍足は驚いているようだ。
目を見開いて、俺を見つめている。
「本気で言うとるんか、跡部…」
忍足が驚きの表情のまま言う。
「この俺が嘘を吐いているように見えるか?」
俺は忍足に真剣な眼差しを向けたまま言葉を返す。
本気である事が伝わるように…。
すると忍足は、小さく息を吐いた。
「慈郎の言う通りやったんや…」
ポツリと忍足が呟いた言葉に、俺は思わず小首を傾げる。
何故、ここで慈郎の話が出るのか解らなかったのだ。
そんな俺に気付いた忍足は、今度は小さく笑って口を開く。
「今日のパーティの帰り道に、慈郎が言うたんや。 跡部はにマジで惚れとる……ってな。 まさかと思て、笑って聞き流したけど………、ホンマやったんやな…。 跡部、自分本気でに惚れとるんやな?」
その忍足の言葉に、俺は「ああ」と、力強く頷く。
「本気でを闇から解放してやりたいと、思てるんやな?」
更なる言葉にも、俺は同じく力強く頷いた。
すると忍足は、視線を手にしたブランデーのラスに落とすと、それを一口 口に含んだ。
そして、ブランデーを飲み下し、忍足は顔を上げて再び俺に視線を戻す。
「跡部、の過去に何かあると知ったんは、なんでや?」
俺に視線を向けたまま、忍足は問う。
この問いに、嘘を吐く必要などない。
俺は、ゴールデン・ウィークの慰安旅行での出来事を忍足に語って聞かせた。
男性不信なの妹、。
そのの不可解な言葉。
それについてに問うた時の、彼女の暗い表情。
話を聞き終えた忍足は「成程な」と納得したようで。
「の妹の男性不信は、そうあって当然の事や。かて、一時期はそうやったからな…。そんくらい、は苦しんだ……、苦しめられた……」
忍足は、そう言葉を紡ぎ始める。俺はその言葉を黙って聞いていた。
*
「に出会ったんは、俺が赴任した中学での事…。 は、学校内で一番 成績優秀な生徒として、教職員の皆に受けのいい生徒やった」
忍足は、思い出すように言葉を紡ぐ。
「けど、俺はある日ふと…気付いてしもたんや…」
「…何に…だ?」
思わせ振りな忍足の言葉に、俺は思わず問う。
「が男性教師に対して、一定の距離をとる事に…」
忍足はすぐにそう答える。
「俺にかてそうやった。おおっぴらに脅えたり…なんて事はなかったんやけどな…。注意深く見れば見るほど、が男性不信である事が解ってきた。で、俺はに近づいて内情を探ったって訳や。けど、も隠し事が上手でなぁ。何かを隠してるような…そんな様子はすぐさま見て取れたんやけど、それが一体何なのか…っちゅーんは片鱗すら見せてくれへんかった」
忍足からの言葉は、俺にはとても信じられない事だった。
俺の知るは、決して俺に対して一定の距離をとる事はなかったし、不信であるような素振りも見せていないのだ。
抜群の洞察力を誇る俺の眼力<インサイト>ですら、に男性不信があるという様子など、見えてはいなかった。
「俺は色々と考えた挙句、虐待を疑い始めた。それが一番 の男性不信に一番近いと思ったんや」
忍足は更に言葉を続ける。
しかし、忍足が何故そんな結論に至ったのか、俺にははなはだ疑問だ。
その答えは、すぐさま忍足の言葉として出てくるのだが…。
「は幼い頃に両親を亡くして、叔母夫婦に世話になっとったって話やった。男性不信ならその叔父っちゅーんが、に何かやっとるんちゃうか…ってな。 簡単な構図やけど、それが一番納得のいく理由やった」
忍足の話を聞いて、俺は思わず小首を傾げた。
「叔母…夫婦?」
から、叔母夫婦と暮らしていた話なんて聞いていないぞ…。
「ん、跡部…知らんのか? は両親を亡くしてから叔母夫婦に引き取られて育ったんや。 二年前までは……」
「…俺は両親を亡くしてからずっと施設で育ったとばかり……。 違ったのか……?」
俺はそう思い込んでいた。
はずっと施設に居たのだと。
沢木夫妻も同じく思い込んでるかも知れねぇな。
知ってたなら、何かしら俺に情報を流す筈だ。
勝手な先入観で、そう思い込んで、に何も聞かなかった。
だから、もあえて何も言わなかったのかもしれないな……。
「は母方の叔母夫婦……つまり、の母親の妹夫婦引き取られた。 で、二年前にその叔母夫婦から引き離されて施設に入ったんや」
忍足の語る言葉で、大体の事は読めてきた……。
「その理由が、虐待…だったのか?」
俺は忍足を見据えて言った。
「せや、虐待………」
頷く忍足。
そして、俺から視線を反らし、うつむくと、手元にあるブランデーグラスをぐっと握り締める。
忍足その力が強いのか、グラスがミシリと軋んだ。
忍足の様子をいぶかしく感じて、俺は忍足の顔を伺う。
黒い前髪に隠れている忍足のその瞳に、怒りが宿っている。
がどれ程の苦痛を強いられたのだろうか…。
今でも、忍足のが怒りを感じるほど、それほど酷いものだったのだろう。
どちらかといえば、温厚な忍足が未だに怒りを露にする、その虐待……。
「……叔父からの………性的虐待……。俺の勘は当たりやったんや」
その言葉を聞いて、がどれ程大きく深い心の傷を負っているのかが解った。
「は、両親を亡くして引き取られて間もない頃から、叔父との肉体関係を強要されとったらしいんや……」
忍足の言葉を聞きつつ、から聞いた彼女の身の上を思い出す。
は、確か10歳の頃に両親を亡くしていた。
つまり、は10歳の頃から、義理の叔父に肉体関係を強要されていた事になる。
初潮も未だだったかもしれない。
性のなんたるかも、セックスがどんなものかもしらないかもしれない、そんな年頃の子供であったのに…。
「拒めば、妹の方に矛先が行く。 そうならんように、は叔父に自分の体を差し出しとったんや…。 妹を守る為に……たった一人で、辛い仕打ちに耐えとった……」
忍足は更に続ける。
その話を聞けば、が男性不信になった事も頷ける。
当たり前だ。
大切な姉を凌辱されて、男性不信にならない筈がない。
そして、そんな姉を守る事も出来ず、は苦しんだんだろう。
慰安旅行の時、が吐露した言葉の理由が、今解った。
そして、が俺に謝りにきたあの時、どんな思案に捕われて居たのかも…。
叔父から肉体関係を強要されていたなんて、言える筈ねぇよな。
だからも男性不信に陥ったんだな…。
そうならば、なるほどと頷ける。
が…、今はそうでない。
その理由は…?
俺が考えていた事に、忍足は気付いたのだろう。
少し苦笑して言葉を紡ぐ。
「自分で言うんもおかしいとは思うけど…。が男性不信から立ち直れたんは俺の存在があったから…やろな。 あん時、虐待に気付いたんは俺一人。他の誰も、が虐待されとるなんて知らんかった。 俺がを闇から救ったことが、今、が男性不信から立ち直った理由やと思う…。 自惚れかも知れんけどな」
しかし俺は、忍足のその言葉は自惚れでもなんでもないと思った。
が、忍足を慕っているのは、自分を闇から救ってくれたと感謝しているからで。
忍足が居たから、は世の中には虐待を強いた叔父のような男ばかりではないと、気付けた。
傷つけられても、臆病にならず信じ続けられる強さを忍足と出会う事で手に入れたのかもしれない……。
だが、だからといって、肉体と精神と、同時につけられた大きな傷が癒えるには時間が浅すぎる。
解放されて、たったの二年。
その二年間をどうが暮らしたのか解らないが……。
苦しい過去を心の底に封印して、今まで生きてきた可能性はないとはいえないな……。
しかし、一つ疑問がある。
血を分けた姉の娘に、夫がそんな虐待を強いて、叔母は何も言わなかったのか?
「……達の叔母は、叔父からへの性虐待について知ってたのか?」
俺は疑問をそのまま口にした。
「知らんかったようやな」
忍足が即答する。
「けど、それを知った時、あの叔母は何を考えたんかを自分の亭主を寝取った泥棒ネコ呼ばわりしよった…。 子供のが、他人の亭主寝取るような思考なんてもてる訳がないやろ……。ホンマ、アホな女やったで…」
なんて叔母だ。
あんなに気の優しいが人の亭主寝取る訳ねえだろ。
ちょっと考えれば解る事じゃねぇか。
腹が立つぜ。
「俺は、を説得した。 どんな理由があれ、虐待なんて許される事やないって。 然るべき場所で真実を話せば虐待から解放される。妹の為にも、そうせなアカンって……」
そうだな。
俺が忍足と同じ立場だったとしても、同じように行動したぜ。
俺は忍足の言葉を聞きつつそう思った。
「やられていた事が事やったし、叔父に随分脅されとったらしくて、は真実を話すことを躊躇しとった。特に、叔父が妹に手をだす事を怖がっとった。 けど、ちゃんと話せば、自分も妹も、叔父に手を出されんような場所に遠ざけてくれる。安心してええから…ってそう説得して……」
「それで、叔母夫婦と離れて施設へ…か…」
忍足の言葉を途中で遮り、言った俺の言葉に、忍足は黙って頷いた。
「叔母夫婦と引き離すっちゅー目的で、遠くにある施設に入ったは転校。 俺も俺での一件で騒ぎ起こしたんが学校に嫌がられて、転勤させれてな。 で、俺自身の身の回りもゴタゴタになってもて、連絡する暇もなくなって……。そんで…」
今日、久しぶりに再会した訳だな。
忍足の話を聞いて、二人がこの二年接点がなかった理由にも俺は納得できた。
「久しぶりに再会して思た。 は、変わってへん。身長は幾らか伸びたみたいやけど…」
相変わらず、考え方が妹中心な所が…と、忍足は悲しげな瞳をした。
パーティの時に見かけた時と同じ悲しげな瞳。
「妹を守るんが……、妹を幸せにするんがにとって一番大事な事。 だから、自分より妹を……。未だにの思考は変わってへん」
忍足の言葉に、俺は納得出来る。
が、その成績の優秀さから勧められた高校進学を蹴り、俺の家で働いている事が何よりの証拠だ。
にとって、先ず優先なのは。
自分の事は二の次 三の次。
「でも、それはええ事なんやろか……?
にとって…の妹にとって……」
そして忍足は小さくため息を吐く。
のやっている事。
それは、自己犠牲。
の為にと、は自分の総てを犠牲にしている。
忍足は、それが正しい事なのか?と、疑問を感じているのだ。
確かに、自分を犠牲にし、他者を守るその精神は、美しく見えなくはない。
だが、違う。
自己犠牲は決して美しいものではないと、俺は思うのだ。
忍足も、そうだろう。
だって、そうだろう?
自己犠牲ってのは、この世で一番残酷な優しさなのだから……。
「確かに、のその想いは、にとって苦痛になっている。 慰安旅行の時のの様子を見れば、一目瞭然なほどな」
「せやろな。 の気持ちが解らん訳やないけど……」
俺の言葉に、忍足は頷いた。
確かに、たった一人の家族であるを守りたいという、の気持ちは俺にだって解る。
大事な妹、だから守りたい。
そう思う気持ちは確かに解る……が……。
「叔母夫婦と共に暮らした日々が、にそうさせている。 虐待されていた頃は、自分が犠牲になれば、は大丈夫だ…。今は、自分が働けば、は高校に、大学に行ける……」
「多分、は妹の気持ちに気付いてないやろな。 自分がやったことは全て妹の為になる…、そう妄信してるんやろ」
そう忍足と話し合いながら、の新しい姿が見えてくる。
真っ直ぐさ故に自分の間違いに気づいていない事も。
「跡部…、の心の傷もそうやけどな、の妹への間違った愛情の注ぎ方ちゅーんも、あん娘の心の闇やと思うねん」
忍足は言う。
「そうだな…」と、俺も納得できて頷く。
「自分に出来るか? の心の傷を癒す事。の妹への間違った愛情の注ぎ方を正すこと……」
忍足が俺の目をじっと見詰めて言葉を紡ぐ。
俺に…出来るか?だと……?
「忍足、お前 俺様を誰だと思ってやがる?」
俺は忍足を見詰め返して言う。
この俺を誰だと思ってやがる?
すると忍足はふっと口元を緩めた。
「ああ、堪忍。 どんな事でも遣り遂げる、不可能すらも可能にする男、跡部景吾…やったな」
過去を思い出したかのように忍足は言う。
「そういうことだ。 のことは、俺に任せておけ」
俺は胸を張って言った。
俺は有言実行人間。
口にした事は絶対にやりとおす。
を心の闇から解放してやる。
絶対に……。
「…頼んだで、跡部……」
安心しろ、忍足。
俺が、絶対にを救ってみせるから……。
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<コメント>
ヒロインの過去の詳細を跡部が知りました。
かなりハード。
ハード……orz |