景吾様のお屋敷で働く事にも、大分慣れてきた。
私のお仕事は景吾様の身の回りのお世話。
朝、景吾様を起こして、ベッドの天蓋や部屋のカーテンを開いたりとか。
で、景吾様が仕事に出かけた後は、景吾様のお部屋のお掃除とかするの。
その後は沢木さん夫妻とゆったりと家事仕事。
あ、でも庭の手入れは通いの庭師さんだし、食事を作るのもやっぱり通いのシェフさん。
私達がやっているのはお掃除とか洗濯とか。
洗濯はそれ程時間の掛かるものじゃないんだけど、お屋敷が大きいから、お掃除は結構大変。
そして、景吾様が早く帰ってきたなら夜中10時まで景吾様のお世話。
景吾様は忙しいと帰りが10時以降になる事があるの。
そういう時は、昼間できなかった雑用をこなして、時間になったら部屋に戻る。
前にも言ったけど、景吾様のお屋敷では、一つ屋根の下で暮らしてるの。
沢木さん、清音さん夫妻もね。
とはいえ、寝泊りしているお部屋は景吾様のお部屋から随分遠い場所だよ。

お優しい景吾様とは、随分と仲良くなった。
お互い、読書が趣味って事があったから、余計に仲良くなるのが早かったんだ。
ちょっと、俺様っぽい性格なんだけど、それでも優しい人。
優しくてかっこよくて…。
お嫁さんになる人は幸せになるだろうね、なんて思ったり。

でね、景吾様は私の入れたコーヒーを美味しいって飲んでくれるの。
時々、ご褒美にお菓子をくれるのよ。
ありがとうございますってお礼を言うと、景吾様はニコニコと笑って私の頭を撫でてくる。
この扱いは景吾様だけじゃなくて沢木さんや清音さんもそうなんだよね……。
前に忍足先生にも言われたんだよなぁ。
は頭を撫でてやりたくなる子やなぁ…って。
友達にも言われたっけ、は犬系だって。
つまり、私って犬扱いされてるって事だよね。
優しくされるのは嬉しいから、いいけど…。

そんな日々の生活を、私はちょくちょく妹のに話をしていた。
とは離れて暮らしているので、電話で…だけど。
でもねぇ…。
ったら、私が景吾様の話をすると露骨に嫌な素振りを見せるの。
あの子には強い男性不信があるから、仕方ないとは思うんだけど…。
その、男性不信の理由には私が大きく関わっているのよね……。
でも、には解って欲しいんだ。
世の中の男の人全てがあの人みたいな人じゃないって。
私を、あの人から助け出してくれたのも、やっぱり男の人だったんだもの。
だから、だからね、
何も見ようとしないで、決め付けてしまわないで。
そう思って、不信感を顕にしているに景吾様の話をした。
…結局、の機嫌を損ねるだけで、何の進展もしなかったんだけどね…。

そして、ある日の事。
私は慰安旅行の話を聞いた。
それは、五月の大型連休を利用したもので、とある温泉街へ二泊三日で出かけようと言う話だった。
しかも、も一緒に連れて行っていいって。
費用は全部景吾様持ちらしくて、だから余計に遠慮したかったけど、強制参加って言われちゃって…。
せっかくだから、お言葉に甘える事にした。
その分、これからいっぱい頑張って働くの。
それに、いい機会だとも思ったんだ。
ほら、が景吾様をあまり良く思っては居なかったから、実際の景吾様の人となりを見てもらえば…。
の男性不信を少しでもやわらげられるんじゃないかって、そう思ったの。
 

 

そして、時は過ぎて慰安旅行の日。
私は児童福祉施設へを迎えに行った。
もちろん、施設の先生や友達に挨拶もちゃんとしたよ。
それから、 をつれて景吾様のお屋敷へ。
、景吾様のお屋敷をみて凄く驚いてたな。
でも、景吾様のご実家はもっと大きかったんだよって教えたら、もっと驚いてたわ。

旅行先へは2台の車で行くらしい。
車も運転手さんも雇った人たちらしいんだけど……。
凄く高級そうな車だったんだよねぇ…。
そんな車に乗る日が来るなんて、思っても見なかったよ。
と二人でいる所に、景吾様がやってくる。
優しげな笑みを浮かべて。
でも、 ったら相変わらず不機嫌で……。
、あの人が景吾様だよ。優しそうな人でしょう?ちゃんとご挨拶してね」
私はにそう耳打ちをする。
そして、景吾様に向き直ってを紹介した。
も、渋々ながら「はじめまして、姉がお世話になってます」といって自己紹介をしてくれたから、少しはほっとしてたんだけど……。
「はじめまして…。俺は跡部景吾。こちらこそ、君のお姉さんにはお世話になってるよ」
景吾様はの不機嫌な様子にすぐに気付いたみたいで、困惑気味だった。
あああ、もう……。
どうして、そんな態度とるのよぉ…。
しかも、ったら、鼻で笑って「でしょうね」って言葉を返したの。
つまり、私に世話になるのは当たり前でしょう、それが仕事なんだからってそう言う意味合いなの。
だから、何てこと言うの!
「コラ、!目上の人に生意気な口を聞くのはやめなさいっ!」
私は思わず大きな声でを窘める。
こんなに大きな声出したの久しぶりだな。
最近、殆どそんな事なかたから…って、どうでもいい話ね。
景吾様は怒った様子はなかったけど、ムッとしたんじゃないかな…。
どうしよう。
ったらね、私が叱ったのに、「はいはい」って肩を竦めただけで、何にも反省してない。
ああ、もう、困った子だよぉ。
とにかく、景吾様にはフォローを入れなきゃ…。
「すみません、景吾様。根はいい子なんですけど、ちょっと…その、男性不信なところがあって…」
と、私が景吾様にそう言ったときだった。
「あんな事があって、男性不信になってないお姉ちゃんのほうが……っ」
が激昂したように言おうとして、すぐに口を噤んだ。
そして、しまったという表情になる。

あんな事があって、男性不信になってないお姉ちゃんのほうがおかしい。

はそう言おうとしたんだ。
すぐに解った。
それは私があの日々を忘れてしまったかのように笑っているからだろうか。
違うのに。
あの辛い日々は忘れてない。
けれど、過去に囚われてちゃ、前に進めないもの。
どうして、はそれに気付いてくれないんだろう。
……気付かせられない私が、姉失格なんだろうね……。
とても悲しかった。
せっかくの旅行なのに、こんなんじゃ楽しめないかも……。
に景吾様を見て欲しくて、男の人が皆あの人みたいな人間じゃないって知って欲しくてをつれてきたけど…間違いだったのかな?

微妙な雰囲気のまま、車に乗って出掛ける事になった。
私は景吾様に呼ばれ、景吾様と同じ車に乗る事に。
後部座席では、景吾様と私の間を割るように、が座ってる。
ムッツリと不機嫌顔で。
どうしたものかしら、この子のこの様子……。
景吾様、気分悪くされてないかな……。
目的地に到着したら、謝った方がいいよね……。

そんなこんなで、車は目的地の旅館に到着した。
 

 

車から降りた私は、長い車移動で凝り固まった体を解そうと大きく背伸びをする。
さて、これからの機嫌をどう取り繕うか……。
せっかくの慰安旅行なのに、景吾様や沢木さん夫妻が楽しめないのは困るし……。
そんな事を考えていた時だった。
「お姉ちゃんに触らないでよ!」
の怒声とパシンという乾いた音が私の耳に飛び込んだ。
気が付けば、目の前にはが居て、その向こうには景吾様が。
景吾様は驚いた顔のまま、手を摩っている。
もしかして、ったら景吾様の手を叩いた?
なんで?
しかもは景吾様を射殺しそうなくらい睨んでる。
、やめなさい!」
私はまた大きな声でを叱った。
けれど、はいう事を聞いてくれない。
ああ、どうしたらいいのこの状況。
なんとか、沢木さん夫婦がこの場をうまく収めて旅館へと入り、各々の部屋へと入ることになったのだけれど……。
困ったな。
は、部屋に入るなりその隅っこで膝を抱えて座り込んでしまった。
温泉に入って一息つけば少しはリラックスして不機嫌も直るかな?
とりあえず、荷物をクローゼットに片付けて、景吾様や沢木さん夫妻に謝罪に行こう。
、私ちょっと出掛けてくる。帰ってきたら、一緒に温泉に行こうね」
私はにそう声を掛けると、部屋から出て行った。

一番最初に向かったのは、景吾様のお部屋。
の不機嫌の一番迷惑を被ったのは景吾様だし……。
ああ、景吾様、怒ってないかな。
せっかく景吾様が企画してくれた慰安旅行を台無しにしちゃって……。
いくら優しい景吾様でも、これはいくらなんでも、怒るよね……。
私は不安を抱えたまま、扉をノックし、向こうの景吾様に声を掛ける。
景吾様はすぐに入室を許可してくれた。
私はドアを開け、景吾様のお部屋へ入る。
私とに宛がわれていた部屋よりも少し広めのお部屋。
その窓際にあるカウチに、景吾様は座っていた。
私は景吾様の傍まで近づくと、その場で正座をして頭を下げた。
「妹が大変失礼な事をしてしまって、申し訳ありませんでした」と言う言葉と共に…。
もう、誠心誠意謝るしかないよね。
妹のやったことの責任は、姉の私の責任でもあるんだし。
「頭を上げろ、
景吾様が私に言う。
けど、頭を上げられなかった。
申し訳なさでいっぱいで。
あの子があんなふうになってしまったのは、私のせいだもの。
だから、申し訳なくて…。
申し訳なくて……。
…、もういいから……」
景吾様の声がもう一度振ってくる。
とても優しい声だ。
でもやっぱり、頭を上げられない。
すると、景吾様がため息をついたように感じた。
頭を上げてなかったから、そんな音が聞えただけ。
そしてキシリというカウチの軋む音がして、少しだけ視界が暗くなった。
更に、私の両肩に乗せられる優しい掌の感触。
景吾様が私の前に居て、私の肩を掴んだのだと解る。
景吾様は掴んでいた私の肩を強く押す。
そうすれば、私は否が応にも頭を上げざるおえなくなる。
見上げた景吾様の目は、何故だか悲しそうに見えた。
「本当に…ごめんなさい……」
私はもう一度、景吾様に謝った。
すると景吾様は私の頭を撫でて言う。
「俺は怒ってないから、そんな顔するな。見てるこっちまで辛くなっちまうだろ」
優しい言葉だった。
景吾様が悲しそうな目なのは、私が悲しい顔をしてるから?
何処までも優しい景吾様の気持ちに、嬉しくなって…けど、まだまだ申し訳ない気持ちは強いから、私は小さく微笑んだ。
私が再び「すみません…」と景吾様に謝ると、景吾様は「俺がもう良いと言っているんだから、もう良い。気にするな。これは命令だ」と、とても強い口調で私に言う。
私は「はい」と素直に頷いた。
「ただ、一つ聞きたい事がある。答えられる範囲でかまわないから答えてくれ」
なんとなく、察しは付いた。
景吾様の聞きたい事は。
私は無言で頷いた。
言えるだろうか。
正直、不安だった。
景吾様は私の前に腰を下ろして視線を合わせてから、疑問をぶつけてくる。

が言った、あんな事ってのは…一体何なんだ?それが、の男性不信の元凶なんだろう?」
ほらやっぱり。
景吾様は気になってたんだ。
当たり前よね
気付くよね。
言えるかな。
あの日々の事を…あの人の事を……。
 

『可愛いなぁ、…。体つきも随分と大人になって……』
荒々しい、それで居て生臭い息と共に紡がれる言葉。
体中を這い回るあの気持ち悪い感触。
何よりも、私の中に埋められた苦痛以外のなんでもないひどく熱を帯びた杭。
それは、恋人同士が愛を深める為の行為の筈なのに。
私とあの人との間には、これっぽっちの愛情もないのに。
なにより、あの人は、私の体を性欲処理に使っているだけ。
あの人だけを悦ばせる行為。
私にとっては、苦痛の行為。
でも、嫌だと拒否すれば、に矛先が行く。
あの人はそういう人。
気に入らなければ殴るの。
しかも、を。
私がやったことで気に入らないなら、私を殴ればいいのに。
を殴るの。
それが一番効果的である事を、知っているから……。
だから、私はを守るために自分の体を差し出した。
私が我慢していれば、が守れるんだもの。
でも…それが……。

『この、泥棒ネコ!子供の癖に、人の亭主を寝取るなんて、いい度胸してるわね!』
違うの。
私はあの人に無理やり……。
『言い訳なんて聞きたくないわ、恩知らず!』
やめて、叔母さんっ!
には関係ない事なの。
には何もしないで!
『連帯責任よ!いつも言ってるでしょう!』
いや、やめてっ!
叔母さん、を傷つけないで!
お願いだから…。
お願いだからっ!
叔母さんっ!
 

?」
そう景吾様に声を掛けられて、はっと我に返った。
いけない、過去の記憶に囚われちゃってたんだ……。
どうしよう…、言って…いいのかな?
迷っている私を、景吾様は気遣ってくれたんだと思う。
「どうしても言えないなら、答えなくて良い。ごめんな、お前を困らせちまったみてぇだ」
景吾様はそう言うと、また、私の頭を優しく撫でてくれた。
その手のやさしい感触にほっとして、私は再び「ごめんなさい」と呟いた。
やっぱり、言えないんだ。
あの日々の事は、まだ…。
自分で思っているよりも、深く深く癒えない傷のままで……。
この二年、沢山の人たちに癒されてきたけれど、まだ…まだダメなんだね………。
だから、の心の傷さえ癒してあげられないのかな…。
ああ……。
あれから、心は随分強くなったと思ったのに……。
私はまだ、弱い子供のままなんだ……。
 

 

 

その後、景吾様は私に気を使ってくれて、話題を別のものに変えて少しだけおしゃべりをした。
私のお気に入りのカーディガンの話だったの。
フードにウサ耳が付いてて…。
確かにヘタレてるウサ耳だけど、触覚はひどいよね…。
でも、そんな風に私の心を解してくれる景吾様に、心から感謝をした。
そして、私は景吾様の部屋を後にして、今度は沢木さん夫妻の部屋へ。
やっぱり、沢木さん夫妻も謝らないでって、気にしてないからって、言ってくれた。
優しい人たち。
そんな人たちに出会えた事は、私にとって何よりの幸せだった。

それから、私はが待っているであろう部屋に戻った。
けれどは部屋に居ない。
……何処に行っちゃったの?
帰ってきたら温泉行こうって言っておいたのに……。
あの子、もしかして思いつめちゃったのかな。
ひねくれているようで、実は真っ直ぐな性格の子だから、自分がやったこと後悔して……。
どこかで泣いてるのかもしれないわ。
だって、あの子泣き虫なんだもの。
一人ぼっちで泣いてたら……。
探しに行こう。
そう思って私は再び部屋から出て行った。

旅館の仲居さんに、の特徴を伝えて見かけなかったか聞いて回った。
数人目の仲居さんから、が外へ出て行った事を聞きく。
その言葉を頼りにを捜すために外へと出て行った。
仲居さんに聞いたとおりの道筋を真っ直ぐ行くと、暫く先に谷に掛けられたつり橋が見えた。
そのつり橋の上にの姿が。
景吾様の姿も橋の袂に。
けど、の方が心配だったから、景吾様を通り越して先ずはのところに。
そして、景吾様に謝った。
なんだか、今日は謝ってばかりだね。
でも、景吾様は何も気にしてないって様子で
「いや、は何も俺に迷惑を掛けてないから、謝る必要はないぜ」
そう言って、颯爽と居なくなってしまった。

その姿が、ものすごくかっこよくてドキッとしちゃったのは……ナイショにしておこう……。
 

それから、は沢木さん夫妻に謝罪に行くと言い出した。
沢木さん夫妻は気にしてないようだと伝えたけれど、これは誠意の問題だもん…だって。
ほらね、は実はいい子なんだ。

………でもね、景吾様だけには謝った様子はないんだよねぇ……。
あの後、表立って騒ぎは起こさなかったけど、景吾様だけには風当たりが強かった……。
仕方のないことかもしれないけど……。
 

  


<あとがき>
えー、ヒロインの過去が垣間見れました。
私って、何でこんなにヒロインに重たい過去背負わすんだろうねぇ……。
ギャグを書きたいのに、どうしてもシリアスになるのは、こういう傾向のせいだと、解っちゃ居るけどやめられない。
あ、ちなみに。
ヘタレウサ耳フードのカーディガンって、ホントにあるんですよ。
今は売ってるか知りませんがね。
十年位前ですか…友達が着てました。
めっちゃ可愛かった。
服も、友達もw
超ベビーフェイスな友人でして…w
友達はどちらかと言えばペンギン系ですがね。

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