最近、電話で交わすお姉ちゃんとの会話の中に『景吾様』っていう単語が増えてきた事に、私は気付いてた。
そう、気付いてた。
お姉ちゃんは鈍ちんだから、多分、今の自分の気持ちを理解してない。
けど、私はすぐに解っちゃった。
お姉ちゃん、『景吾様』が好きだ。
それに気付いちゃったから、私は『景吾様』の話を聞くたびに不機嫌になった。
お姉ちゃんに色々言ったよ。
「いい人の振りしてお姉ちゃんを騙してるんだよ」とか、「いつか目の色を変えてあいつと同じ事をするつもりなんだよ」とか。
でもお姉ちゃんは「そんな事ないよ。景吾様はとても優しいのよ」とか、「とっても紳士なのよ」とか、そう言い返すの。
『景吾様』を庇って……。
そんな状況に無性に腹が立った。

私、、13歳。
中学二年生。
姉の名前は、15歳。
中卒で就職。
両親は私達が小学生の時に事故で他界。
お姉ちゃんは私を大学に行かせたいって、自分の高校進学蹴って就職しちゃった。
その就職先の雇い主が『景吾様』なの。
お姉ちゃんは住み込みで『景吾様』の屋敷で働いてる。
私は児童福祉施設に居るから、離れ離れ。
寂しい気持ちを抑えつつ、私は時々掛かってくるお姉ちゃんからの電話をとても楽しみにしていた。

そんな、お姉ちゃんからの電話の中で日に日に増えてくるのが『景吾様』の話。
そして気付いた、お姉ちゃんの気持ち。
ねぇ、出会ってそんなに日はないよ?
一月も経ってないのにどうして恋ができるの?
ねぇ、どうして男の人を信用できるの?
男の人なんて、あいつと同じ生き物なんだよ?

私には根強い男性不信がある。
それは、私やお姉ちゃんの過去から来るもの。
おかしな話だよね。
当の被害者であるお姉ちゃんは、そんな事全くなかったかのように、男の人とも普通に話してる。
でも、私は男の人が嫌いで、声を聞くのも近くに居るのも大嫌い。
気持ち悪くなるの。
あのときの事を思い出すから。
お姉ちゃんは、もう克服しちゃってるのかな。
でも、多分ね。
お姉ちゃんは根っからの正直者でお人よしで、父がいつも言っていた「人を裏切るより裏切られる方がいい」って言葉を鵜呑みにしてるからってのもあると思う。
お姉ちゃんは誰でも信じるし、誰にでも近づく、仲良くなる。
見た目も可愛いし、仔犬系って誰かが言ってたけど、そのとおりだと思う。
私みたいに裏切られたら?って考えない。
だから、あの時の事がなかったかのように振舞えるんだ。
未だに、心の傷として抱えているのに……。

それはお姉ちゃんの強さなんだろうね。
 

ある日私はお姉ちゃんに、仕事先の慰安旅行に一緒に行こうと誘われた。
五月の大型連休を使って、二泊三日で温泉旅行なんだって。
例の『景吾様』も一緒なんだってさ。
何よ、また『景吾様』って。
うん、いいよって返事はしたけど、正直、気乗りしない。
お姉ちゃんと一緒に居られる時間が出来るから、慰安旅行に行く事は別にかまわないんだ。
けどさ。
あの、『景吾様』ってのが居るのが気に入らないんだ。
ホント、やだやだ。
 

 

 

*

それから時間は過ぎて、慰安旅行の日になった。
朝から、私を迎えにお姉ちゃんが施設にやってくる。
久しぶりに、施設の先生や友達に挨拶したりしてたお姉ちゃん。
それから、私はおねえちゃんに連れられて、『景吾様』のお屋敷に行くことになったんだ。

お金持ちだってのは知ってたけどさ。
住み込みの使用人を雇ってるって話も、知ってたけどさ。
若干25歳で何でこんなにデカイ屋敷建ててる訳?
後からおねえちゃんに聞いたけど、実家はもっとでかいんだって。
そういえば、跡部財閥とかの御曹司だって言ってたっけ。
金持ちのボンボンってやつ?
やっぱ、そういう奴って何しでかすかわかんないし、信用できないよ。
更に、『景吾様』の顔を見て、更に信用出来なさが倍増。
なに、あの甘いマスク。
女を泣かせてきた顔だわ。
しかも何?
泣きボクロって!
日本人離れした顔立ちにブラウンの髪と青い眼。
優しげな笑顔で私達のところへやってくる。
お姉ちゃんってば面食い?
あ、そういえばお姉ちゃんの初恋の忍足先生もイケメンだったな。
………やっぱ、お姉ちゃん面食いだ。
って、そんな事はどうでもいいわ。
やっぱムカつく。
「あ、景吾様」
そう言って『景吾様』を見るお姉ちゃんの顔が輝いてる。
やめてよ。
どうしてそんな顔するの?
、あの人が景吾様だよ。優しそうな人でしょう?ちゃんとご挨拶してね」
お姉ちゃんは私にそう耳打ちすると『景吾様』に向き直った。
何が、優しそうな人でしょう?だよ。
上っ面だけかもしれないじゃん!
「この子が妹のです」
『景吾様』にお姉ちゃんが私を紹介する。
仕方がないから、挨拶だけはしとく。
「はじめまして、姉がお世話になってます」
すると『景吾様』は私の態度に少し戸惑ったようだけれど「はじめまして…。俺は跡部景吾。こちらこそ、君のお姉さんにはお世話になってるよ」と言葉を返した。
何が『お世話になってるよ』よ。
お世話するのがお姉ちゃんの仕事なんだから当たり前でしょ。
お決まりの返事返さないでよね。
「でしょうね」
私はそう言って鼻で笑ってやった。
それでも『景吾様』は表情を変えなかったけれど。
表情を変えたのはお姉ちゃんのほう。
「コラ、!目上の人に生意気な口を聞くのはやめなさいっ!」
珍しく声を大きくして私を叱ってくる。
また、『景吾様』に肩入れするんだ、お姉ちゃんは。
「はいはい」と私は肩を竦めたけど、態度を変えるつもりなんてなかった。
「すみません、景吾様。根はいい子なんですけど、ちょっと…その、男性不信なところがあって…」
その言葉は、私を守るための言葉だってすぐに解った。
けど、男性不信になったのは誰のせいだと思ってるのよ!
そんな身勝手な怒りが湧き上がって、私は思わず声を荒げていた。
「あんな事があって、男性不信になってないお姉ちゃんのほうが……っ」
おかしい。
そう言おうとして私は口を噤んだ。
お姉ちゃんの顔が悲しそうにゆがんでる。
しまった。
心にもない事を言っちゃった。
どうしよう、お姉ちゃんを傷つけた。
「ごめん」って謝るべきなのに、どうして言葉が出てこないの?

そうこうしている内に、車に乗るように指示されて、私はお姉ちゃんと一緒の車に乗る事に。
また、その車も高級車。
まったく、どんだけお金の無駄遣いしてんのかしら!
今、お姉ちゃんの顔に悲しい表情はもうないけど、それでもとても気まずい気分だった。
車は2台あった。
その車のどちらかに乗らなきゃいけないみたい。
車に乗ろうとしたとき、『景吾様』がお姉ちゃんを呼んだ。
馴れ馴れしく、「」って呼び捨てで。
何、コイツ、お姉ちゃんと同じ車に乗って並んで座ろうって考えてんの?
冗談じゃないわよ。
なんでお姉ちゃんの隣に座らせてやんなきゃいけないわけ?
私はお姉ちゃんと『景吾様』の間に腰を下ろして、引き離してやったわよ。
そこで私はまたまた気が付いた。
今度は『景吾様』の気持ちに。
ホント、なんで私ってこういう系の勘が冴えてるの?
『景吾様』もお姉ちゃんの事好きらしい。
………ロリコンなのかよ!
そう気付いたら、無性にムカついてきた。
なんなのよ。
お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなのに。
なんでこんな奴に取られなきゃなんないのよ。
ムカつく。
ムカつく、ムカつく!
私の不快指数は200%の大台を超えて、車が旅館に到着した後まで続いた。
ただただ、ムカついて腹を立ていて、お姉ちゃんはそんな様子の私を困ったように見つめていた。

そして、車を降りてすぐ、私は事を起こしてしまう。
長い間座りっぱなしだったから、その開放感でお姉ちゃんが大きく背伸びをしていた。
私も、ちょっと背伸びしてたけど。
そんなお姉ちゃんの様子を『景吾様』が見詰めてたの。
そして、お姉ちゃんに近づいてその手を伸ばす。
その瞬間、私の中にあった怒りは一気に爆発した。
「お姉ちゃんに触らないでよ!」
私は『景吾様』の手を叩き払って怒鳴る。
私はお姉ちゃんを『景吾様』から守るように背中の後ろに隠した。

やめて!
お姉ちゃんを連れて行かないで!
のお姉ちゃんなの。
から奪わないで!

、やめなさい!」
お姉ちゃんが、いつもよりも強い口調で私を叱ったけど、そんなの気にしない。
『景吾様』が驚いたように私を見てる。
コイツは敵だ。
私からお姉ちゃんを奪ってく。
大ッ嫌い。
大ッ嫌いだ!

けど、私が起こした騒ぎのせいで、お姉ちゃんはこの後、『景吾様』達に頭を下げる事になっちゃった。

それは、一緒に来ていた夫婦にその場を収められて、旅館に入った後の事。
私は相変わらず、さっきの怒りが収まらなくて、宛がわれた部屋の隅っこで膝を抱えて座り込んだ。
部屋に入ってから、お姉ちゃんに怒られるかなって、ちょっとだけ思ってた。
けど、お姉ちゃんは何も言わないで。
荷物をクローゼットに片付けて私に声を掛けた。
、私ちょっと出掛けてくる。帰ってきたら、一緒に温泉に行こうね」
そしてお姉ちゃんは部屋から出て行った。
お姉ちゃん『景吾様』に謝りに行ったのかな。
騒ぎにしちゃったから、一緒に来たあの夫婦にも謝りにいくのかな。
たぶんそう。
でも、『景吾様』に謝りにいくのは、なんかムカつく……。

けど、そこで、私は気が付いた。
私の怒りの元凶にあるものが男性不信ではないって事に。
確かに、男の人は嫌いだけど、でも、この怒りは嫌悪感からじゃない。
全く別のもの。

嫉妬。

私、嫉妬してるんだ。
『景吾様』に。
そうだ。
お姉ちゃんの一番で居られなくなるのが怖くて。
嫉妬して、取られるのが怖くて。
なにそれ。
なんて子供染みた感情なの?
そのせいで、私、お姉ちゃんを困らせちゃったんだ……。
私って、最低……。

そう考えたら、いてもたっても居られなくなって、私はお姉ちゃんに内緒で部屋から飛び出した。

大自然に囲まれた、知らない土地。
迷子になる事はないみたい。
だって一本道だもん。
大きな谷沿いに道路があるの。
その道を少し進んだ先に、つり橋があった。
私はそのつり橋の途中で、橋の桟に両肘を乗せて両腕を組んで寄りかかり下を眺める。
ボーっと、谷底を眺めてた。
どうしよう。
謝ったほうがいいのかな。
私もお姉ちゃんみたいに。
そんな事を考えていた時だった
「そんな所で何してる?」
そんな聞き覚えのある声は私の耳に届いた。

私はビクリと体を震わせて、その声が聞こえた方に視線を向ける。
声の主は『景吾様』だった。
「…なんで…居るの……」
なんで、『景吾様』がここに居るのか、理由が解らなかった。
けどすぐに『景吾様』が答えてくれた。
「俺の部屋からお前が旅館から出て行く姿が見えたんでな。気になって追いかけてきた」
なんか偉そうな言葉遣いなんだけど…。
そういえば、『景吾様』は俺様な所もあるってお姉ちゃんが言ってたっけ。
「そうなんだ」
そっけない言葉だけを返して、私は谷底に視線を戻した。
はお前が出かけた事を知ってんのか?」
そんな『景吾様』の言葉に、私はどうしてか正直に「黙って出てきた」と返事を返す。
が俺に謝りにきたぜ。妹が失礼をしましたってな」
更に『景吾様』がそんな事を言っててくる。
お姉ちゃんがこの人に、あの人のよさそうな夫婦に頭を下げている姿が脳裏によぎる。
私のせいで……。
「………解ってるよ………」
そう言ったとき、私の両の目からは涙があふれ出ていて、それを『景吾様』に見られるのがイヤで、組んだままの腕に顔を突っ伏した。
「何時だって、お姉ちゃんはそうだもの。何時でも私を庇って、大事にして。自分のことなんかそっちのけで、私の事しか考えなくて」
お姉ちゃんの一番は私だった。
どんな時でも、私はお姉ちゃんに一番大切にされてた。
「私よりも頭がよくて、勉強が出来て…。知ってる?お姉ちゃん中学の頃の試験で一位から転落した事一度もないんだよ」
そんなお姉ちゃんが、私の一番だった。
大切なお姉ちゃんだった。
「なかでも英語が得意で、大好きなイギリスの推理小説を原書で読んじゃうし……。もっと勉強すれば、翻訳の仕事にだって就けるって進路指導の先生が言ってたんだ」
お姉ちゃんが高校進学を蹴った時、進路指導の先生がどうにかお姉ちゃんを説得してくれって、私に頼んできたの。
あの時は大変だったなと、思い出して大きなため息が出た。
「なのにお姉ちゃんは、私を大学に行かせるんだって、進学断って就職して……。私みたいな脳筋なんかより、お姉ちゃんが大学に行くべきなのに……」
自分の事は二の次。
優しいお姉ちゃん。
大好きなお姉ちゃん。
そしては突っ伏していた頭を上げる。
ああ、目の前がかすんで見えないな…。
「お姉ちゃんは何時だって私の事ばっかり。あいつにあんな事されたって、それでも、が傷付かないで済むならそれで良いって……」

あの日の事は忘れなられない。
あいつに組み敷かれて、苦しそうな顔をしたお姉ちゃんの顔。
あの日初めて、お姉ちゃんがどれだけ辛い思いをしていたのか知った。
お姉ちゃんは、私を守ろうとしてた。
私があいつに乱暴されないように。
自分を犠牲にして、私を守ってくれた。
でも、私だっておねえちゃんを守りたかった。
あいつから、守ってやりたかったの。
私が犠牲になっても良かったんだ。
お姉ちゃんが苦しまないなら、それでよかったの。

私は再び谷底に視線を落とす。
「どうして、私はお姉ちゃんの妹に生まれたんだろう…。私がお姉ちゃんだったら良かったのに……。そしたら、私がお姉ちゃんを守ってあげられたのに……」
無力な私。
お姉ちゃんを守れなかった私。
そのくせ、お姉ちゃんの一番で居ようとするずるい私……。
お姉ちゃんを取られると思ったら怒って嫉妬して……。
「私が一番嫌いなのは私だ。お姉ちゃんを守れない私だ。お姉ちゃんに守られてばかりの私だ……」
お姉ちゃんに依存している私だ……。
「私なんか大嫌いだ……」
ああ、大ッ嫌いだ、私なんか。
嫌いで嫌いで、たまらないよ。
そんな時だった。
『景吾様』が私に問いをかけてくる。
「あいつって…誰だ?あんな事って……一体 の身に何があったんだ?」
そんな事、他人にいえる訳がないでしょ。
お姉ちゃんだって、知られたくないだろうから。
「………言えない………」
私がそう言葉を返すと、「そうか…」と、『景吾様』はその言葉だけで話を打ち切る。
この人は、これ以上私に何も聞かないつもりだって事をすぐさま気が付いた。
が心配する、部屋に戻るぞ」
強引な言い方をする人だな。
この位 強引な人のほうが、ボケボケしたところのあるお姉ちゃんにはちょうどいいのかも……。
って、何で私『景吾様』を認めてんの?!
まだ、『景吾様』の本性は解んないじゃないか!
悪い奴かもしれないじゃんか!
そんな奴と一緒に帰れるか!
「もう少し、ここに居る。泣いたままじゃ、お姉ちゃん余計に心配するから」
私はそうもっともらしい理由を『景吾様』に返した。
「もうとっくに心配されてるみたいだぜ」
『景吾様』がそう言ったと同時に「!」と言うお姉ちゃんの声。

「もう、部屋に返ったら居ないんだもん、心配したのよ、?」
橋の上に居る私の傍まで近寄ってきたお姉ちゃんが言う。
ホントに心配そうな顔だ。
「すみません、景吾様…、がご迷惑を……」
更にお姉ちゃんは『景吾様』に謝ってる。
「いや、は何も俺に迷惑を掛けてないから、謝る必要はないぜ」
『景吾様』はそう言うと、颯爽とこの場を去っていった。
………気障な奴だな!
やっぱ、ムカつく。
やっぱ嫌い!
 

その後、つり橋の上で、私はお姉ちゃんと話した。
騒がせた事を謝りに行こうかなって。
私の子供染みた嫉妬で、せっかくの旅行を台無しにしちゃったかもしれないし。
お姉ちゃんは皆、気にしてないって言ってくれてたって言った。
けど、これは、誠意の問題よね。
捻くれ娘だって自覚してるけど、こういう時はちゃんと謝れる子よ。
何よりこれは、お姉ちゃんのためでもあるし……。

私だって、お姉ちゃんの為なら何でもしたいんだ。
お姉ちゃんより、強くはないけど。
お姉ちゃんのように、柔軟に生きてゆけないけれど……。
でも、それでも……。

 

私はお姉ちゃんを守りたいの……。

 

 

 

 

その為には、もっと大人にならなきゃなぁ……。
頑張ろう、私。

   


<あとがき>
はい、妹視点。
ドロドロですねぇ。
シスコンですねぇ。
ドロドロしすぎだよねぇ……。

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