それは偶然から始まった。
サニーの支配人室から借りていた本を返そうと思い、訪れただけに過ぎない。
夜は遅かったが、読んでいるうちに夢中になってそんな時間になることなど珍しくもなかった。
ラチェットもまだいるだろうかとドアを開ける。
明かりはついているがラチェットの姿はない。
もう帰ったのだろうかと思いながら奥のドアに向かおうとしてうっすらドアが開いているのに気付いた。
中から漏れるラチェットの声。
そっちに居るのか、と思い足を向けて止まる。
扉の奥からから漏れる声が、潤みを帯びているのに気付いたからだ。
「…あっ…ああ…」
思わず眉を顰める。
見ずとも、それがどのような状況であるかわからないほど野暮じゃない。
立ち去ろうと、思った。
何も見なかった、気付かなかったフリをしてここから去ればいい。
僕には関係ないのだから。
「サニー…」
甘えるように男の名を呼ぶラチェットの声。こんな彼女の声は、聞いた事がなかった。
僕には関係ない。
唾を飲み込む。
自分が女としての成長を止めたのは既に何年も昔。
理由も分からず第二次性徴手前で成長が止まり、外見は子供のまま精神だけが成熟していった。
当然『そういう経験』はない。
…それ以前に、人を好きになることすらなかった。
好きになったところで未来など望めない。
子供のようなこの身体を何処の誰が抱きたいなどと思うだろう。
自分が男でも僕よりラチェットの方が抱きたいと思う。
だが。
閉じた瞳の裏に一人の男の姿が浮かぶ。
大河新次郎。
彼に会って、自分は変わってしまった。
真っ直ぐな彼に恋して…愚かにも抱いて欲しいとすら、思ってしまう自分に気付いてしまった。
気持ちを伝える事なんて出来ない。
男でもなく女にもなりきれない身体を持った人間の想いなど嬉しいと思うわけがない。
まして抱いて欲しいなどと大それた夢だ。
そっと扉の奥を覗く。
睦みあう一組の男女。
二人とも、よく見知った顔のはずなのに何故か他人のように見えるのは漂う空気のせいか。
その姿を見ながら、下着の中に手を入れて自分の秘所に触れる。
…濡れている。
「…んっ…」
喉の奥で、かすかな声が漏れた。
身体は子供のようでもきちんと女としての反応を示す自分が嫌だった。
「……はっ…ぁ」
中に指を入れると湿った壁が指に絡みつく。
こうやって自分を慰める術を覚えたのがいつかは忘れた。
「んっ…んん…」
男を知らなくても自分で昇りつめる事など容易い。
瞼の裏で自分に触れるのは大河。
僕の名前を呼んで、彼が僕の内部を掻き回す。
…例え、現実がどうであろうとも想像の中で僕を抱く大河を思い描くだけで身体が熱くなる。
いつもとは違う、視覚と聴覚による興奮も相まって『その時』はすぐに訪れ、全身が大きく震えた。
「…んっ!……はぁっ…はぁっ…」
力が抜け、ぺたんと床に膝をつく。
後に残るのは虚しさだけ。
自分は、一体何をしているのだろう…。
中の二人も達したらしい。
はっとして、急いでその場から立ち去る。
急ぐあまり、その場に本を置き去りにしたのに気付いたのはエレベーターの中でだった。
自分のミスに唇を噛みしめたがもう遅い。
今更戻ったら、二人と鉢合わせする可能性が高いのだ。
それに、上気した自分の顔など見られたくない。
諦めてシアターを後にする。
頬を掠める夜風がいつもより冷たく感じた。


翌日、テラスに居たところをサニーに声をかけられた。
「やぁ、昴。貸した本は読んだかい?」
「……ああ、読んだよ」
あくまで表面上は冷静を保ちつつ心の中では冷や汗ものだった。
「そう、どうだった?」
「面白かったよ。勉強になった」
サニーが次に言い出すであろう言葉は予測できた。
必死に頭を働かせて先に言い訳を考える。
「ところで、本は何処に?」
「……昨日の夜に返したはずだけれど、君とラチェットが奥の部屋で話し合い中みたいだったからラチェットの机に」
…下手な嘘だ。
だが、考えても良い言い訳が思い浮かばなかった。
「ああ、やっぱり返しに来たのか。いや、読み終えたんだったら良かったよ。つかぬ事を聞いたね、では失礼」
「……ああ」
去っていく後姿を苦々しげに見つめる。
言いたい事を言外に匂わせるだけで口に出さないのはサニーらしい。
だが、それだけの事で終わるはずだった。
上司同士の秘密の情事をうっかり盗み見ただけにすぎない。
とやかく言うつもりなどないしばらそうとも思わない。
…僕には関係ない。

状況が変わったのはクリスマスを越えてからだった。
ラチェットと大河がデートの約束をしていた事実を知ったときには頭が真っ白になった。
思えば、見舞いにいったときの大河とラチェットの様子がおかしかったのはそれだったのか。
……何故、ラチェット……!!
喉元に競りあがる叫びを唾と一緒に飲み込む。
自分の想いが叶わなくても、大河が誰のものにもならなければそれで良かった。
でもそんなのは無理な話。
隊員達も大河にほのかな恋愛感情のようなものを持っているのは見ていてわかる。
だから、彼が誰を選んでも素直に祝福しようと思っていた。
どちらも大切な仲間だから。
だが、何故ラチェットなのだ。
ジェミニでもサジータでもリカでもダイアナでもいい。
ラチェット以外だったら…!
サニーとラチェットの情事が思い出される。
どうして、何故…という疑問が頭をぐるぐる巡った。
二人は恋人同士ではなかったのか?
「…ぅ…」
吐き気がこみ上げてきて口元を押さえる。
片思いでもいいと思っていた。そんなのは嘘だ。
本当は自分を選んで欲しい。
悲しいのか良く分からない涙が、自分の瞳から流れた。

信長を倒して紐育に平和が訪れた。
二人の仲は目に見えて親密になっている。
最後の戦いのとき、ラチェットは命を削ってまでスターで大河のために安土に乗り込んだ。
…敵わない。
そう思った。
だから、祝福しようと思った。
サニーとラチェットの仲がどうであれ、大河は幸せそうだ。
彼が幸せならばそれでいい。
そう言い聞かせても募りに募った想いはそう簡単に消せない。
そんな時、大河とラチェットが二人でラチェットの別荘に出かけた。
……泊りがけで。
そこで二人が何をしているのか、想像しただけで胸が締め付けられる。
「……っ!」
掻き毟るように掴んだ自分の胸の平坦さが、悔しかった。

「昴さん、おはようございます」
別荘から帰ってきた大河は特に変わった様子はなかった。
…そんなことはない。
ずっと見ていたから分かる。
彼のあどけない顔がほんの少し男らしい大人びた顔つきになっていた。
ラチェットが、そう変えたのか…。
「昴さん?」
挨拶を返さない僕を見て大河が首を傾げる。
「どうしたんですか?具合でも悪いんですか?顔色が悪いですよ…」
彼がそう言って僕の腕を掴む。

この腕が、指が、ラチェットに、触れて。

「触るな……!」
嫌悪感に咄嗟に腕を振り払う。
「昴さん…」
びっくりしたような大河の顔。
「やあやあ、遅くなって悪かったね」
そこへ重たい空気を吹き飛ばすかのような陽気なサニーの声が聞こえてきた。
「昴、待ち合わせの時間に遅れたからって大河くんに八つ当たりするのは失礼だろう」
「なっ……」
腕をつかまれ、呆然とサニーを見上げる。
何を言っているのだ、この男は。
「すまないね、大河くん。ボクが遅れたばかりに。昴の代わりにボクが謝るから水に流してくれない?ね、この通り」
「い、いえ…ぼくは気にしてません。昴さん、サニーさん、ぼくはもう行きますから、それじゃあ…」
そう言って大河はぺこりと頭を下げて走り去っていく。
後に残されたのは僕と、サニーサイドだけ。
「……大河くんのことになると冷静でいられないところは前から変わらないね、昴。だが、彼が可哀想だよ」
嘲笑うかのような笑みに、カッとなり腕を振りほどく。
「君には関係ない…!」
「まぁまぁ、とにかく彼と顔を合わせたくないだろうから今日は帰ったほうがいい。送るよ」
「…必要ない。自分一人で帰れる」
大河と顔を合わせたくないのは事実だったので、そこは否定せずにサニーの送るという言葉だけを断る。
「サジータ!昴の具合が悪いから今日の稽古は昴抜きでやってくれないか。ボクはちょっと送ってくるよ」
だが、サニーは僕の言葉を無視して近くを通りかかったサジータにそう言うなり僕を引き摺るようにして歩き出す。
「ちょ…離せ!」
「キミを送り届けたらね」
「……」

タクシーに乗ってあっという間にホテルに到着する。
「お帰りなさいませ、九条様。…それに、サニーサイド様も」
「やぁウォルター。ちょっと昴と話があるからお邪魔するよ」
「…どうぞごゆっくり」
サニーは強い力で僕の腕を掴んだまま強引に部屋まで連れて行く。
「さて、着いたね。悪かったね、キミがちゃんと帰るか心配でさ」
「……じゃあ僕は失礼する」
部屋の鍵を開けて中に入ろうとすると、サニーが僕の耳元でこう囁いた。
熱い吐息と共に。
「…慰めてあげようか」
反射的に振り返ると彼はにこやかに微笑んでいた。
「一人で居たくないんじゃない?淋しくて、たまらないだろう?」
「そんなこと…、っ…!」
唇が重なり、舌が口内に入ってくる。
「……っ…」
舌で歯茎をなぞられ、口内を舐めあげられて背筋が震えた。
味わうように吸われると、突き放そうとした手の力が抜ける。
そして最後に僕の唇の輪郭を縁取るように舐めて、サニーの顔が離れた。
いつの間にか閉じていた瞼を開くと、目の前にはさっきと同じ微笑を浮かべるサニーの顔。
「こんな感じにね。…どうする?キミが嫌ならボクは大人しくこの場から去るけど」
そう言いつつ腰に手を回してくるサニーを見上げる。

一瞬前の感覚と以前見た二人の情事が思い出されて好奇にかられそうな自分を押し留める。
今ならまだ間に合う。
この腕を振り払えばいい。
叶わぬ想いを他の男で紛らわせるなんて馬鹿げている。
断る、と口を開きかけた瞬間だった。

「昴だって興味がないわけじゃないだろう?…ボクとラチェットのセックスを見た感想はどうだった?」
「!!」
頭から冷水を浴びせられたような衝撃が走る。
「やっぱり図星か。昴らしくもないね、覗きの証拠を残していくなんてさ。そんなに驚いた?」
それとも、とサニーは言う。
「…もしかしてオナニーでもしてた?」
「……っ!」
きっ、と睨みつけても彼の表情は変わらない。
「いいね、その表情。昔の昴みたいでゾクゾクする。ボクは最近の穏やかな昴より昔の氷みたいな昴の方が好きだったんだよね」
「…そんな事は聞いていない」
「で、どうするんだい?これから。一人でする?二人でする?」
その言い方にカチンときた。
「……僕が断ったらキミはどうするんだい?」
「普通にシアターに帰って仕事をするだけだよ。まぁ、夜にはキミの想像でもして淋しく寝るだけで」
「そんな想像をされるのは真っ平ご免だ…」
「じゃあ昴が相手をしてくれるのかい?」
「…僕を抱きたいなんて物好きだね、君は…」
返事の代わりにサニーからすっと逃れて部屋の中へ入る。
頭だけを振り向かせ、彼に呟いた。
「入ってくるならさっさとしてくれないか。僕の気が変わらないうちに」
「…女王様はその気になってくれたのかい?じゃあ追い出されないうちにそうするよ」
サニーが後ろ手にカチャリと鍵をかける。
もう、戻れない…とその音を聞きながらぼんやりと思った。

鍵をかけるなり近づいてきたサニーの唇が噛み付くように僕の唇を奪い、手が無遠慮に服の隙間から素肌に触れた。
「サニーサイド…せめて、ベッドルームに…」
「ここでいいさ。早くしないと昴の気が変わっちゃうんだろう?」
「そういう意味じゃな…あぁ…」
ネクタイが解かれ、スーツもシャツも脱がされて薄い胸があらわになる。
先端に舌が触れて、身体がびくりと震えた。
「んっ…ラチェットと違って、女らしい身体じゃなくてすまないね…」
「何?そんな事を気にしているのかい?そんなもの人好き好きだろう。それに問題は感度だしね」
ぎゅ、っとつままれる。
「ひゃ…はぁっ…!」
「その点、昴は問題なさそうだね」
サニーはからかうように笑う。
「こっちは?キミは男の経験はあるのかい?昴」
ズボンと下着も下ろされて、ソファに仰向けに横たわるような形で座らされる。
指が恥部に触れて、その感触に鳥肌がたった。
自分よりも太くてがっしりとした、男の指。
「……」
嘘をついたところでばれるのはわかっている。
顔を見ながら言うのは嫌だったので、視線を背けながら小さな声で呟く。
「ないよ……そういうのが嫌だったら、帰ってくれて構わない」
「そんなことないさ。…光栄だな、昴の初めての相手に選んでもらえるとは」
サニーは嬉しそうに言うと、そこへ顔を埋める。
「や……汚…い…」
「そんなことないよ。とても綺麗だ」
いつも自分の指が触れている場所に、熱い舌とやや骨ばった指が触れて無意識に身を捩る。
他人に見られるどころか触れられているのだと思うと恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
「あ、ぁっ……いや…だ…見ないでくれ…」
「いや?ここは嬉しそうだよ。昴の中から、どんどん溢れてくる…ほら」
すくうように指で蜜を絡められ、見せられて、羞恥に顔が染まる。
「そ…そんなの見せるな!」
「ああ、また溢れてきたな。昴、もしかして言葉で虐められるのが好きなのかい?」
サニーは喉の奥でくくっと笑い、少し強めに僕の核を吸う。
背筋がぞくぞくするような痺れが走ってサニーの肩に乗せられた自分の足がびくんと跳ねた。
「…ひぁっ!そ、そんなに強く吸った、ら………」
「指と違う感触はどう?いつもと違う刺激でおもしろいんじゃないかい」
割り込むようにして舌が自分の中に入ってくる。
「や…やだ…っ……あ…ぁん…」
否定しようとしても湧き上がる快感は抑えきれない。
弓のように自分の身体が仰け反って、むしろサニーの顔に自分のそこを擦り付けるような姿勢になってしまう。
気持ちいい…。
自分でするよりも、ずっと。
「気持ちいい?昴」
ちらりと僕の顔を見て問うサニーに、かすかに顎を引きこくりと頷く。
「こっちとどっちが良い?」
舌が引っ込められて、代わりに指がゆっくりと沈み込んでいく。
くいっ、と指を曲げられて、内部を擦られるうちにいつも自分が一番感じる場所に行き当たり甲高い声が漏れる。
「はぁっ!…ダメ、そこは……」
「ああ、昴はここが感じるのか」
サニーはにやりと笑うと指を二本に増やしそこを集中的に責めてくる。
自分でしているのと変わらないはずなのに、違う感覚。
いつもよりちょっと乱暴で、だけどその分、快感も強くて。
「あっ…あっ……あぁっ…」
「本当、昴は感じやすいんだねぇ。いつもこんな風に自分でしてたの?…抱かれる自分を想像してさ」
サニーの顔が近づき、耳元で囁く。
舌が耳の縁をなぞるように舐め、今までされたことのない刺激に身を縮める。
指の動きが早まって、震えが我慢できないほど大きくなっていた。
「イっていいよ。イきたいんだろう?いつもはなんて言いながらイってるの?……ボクに教えてくれないか、昴」
「あ…あぁ……っ…たい…が…大河ぁ…大河っ!!」
瞼を閉じると、自分を抱く大河の姿が思い浮かんで。
目の前に居るのがサニーサイドだという事も忘れて彼にしがみつきながら叫ぶ。
大河の名前を呼びながら、いつもと同じ最後が訪れた。
そして力の抜けた身体を抱きしめて、サニーは僕に呟く。
「お疲れ様、昴。でもまだ終わりじゃないよ」

「……!」
その言葉と、自分から離れたサニーが服を脱ぐ音に先の行為を想像して身体が強張る。
あっという間に服を脱ぎ終えたらしい、慣れているというかなんというか。
「こっちでもキミをイかせてあげられるといいんだけどな。痛いだろうから、力抜いてね」
サニーは微笑みながら自分の肩に僕の足を乗せて入り口に自分を宛がう。
ふと、足を包んだままの靴下が見えて脱いでなかったことに今更気付いたがどうでも良かった。
「……っ」
直接は見えないが指とも舌とも違う、それよりも存在感のある昂りを感じて、今更ながら恐怖が走る。
サニーも気付いたのか、困ったように笑うと僕の太ももに軽くキスをしてすぅーっと舐めた。
「はっ…うっ……」
「力、抜いて…昴」
目を瞑りながら息を吐く。
「そうそう、いい子だ」
指で押し広げられたそこに、ゆっくりと、太くて固いものが侵入してくる。
「あ…ぁ…ん、くぅっ…!」
指や舌とは比べ物にならない圧迫感。
裂けるような感触と傷口を広げられるような痛みに涙が滲んだ。
「……奥まで入ったよ」
サニーに言われて目を開ける。
内股に、熱い何かが滴る感触がした。
「…本当に?」
思わず聞き返す。
こんなにすんなり入るとは思ってもいなかった。
「ああ。どうだい?他人と一つになった気分は」
「よく、わからない……」
もっと凄いものかと思っていたのに、最奥まで入った感触はじんじんした痛みだけで、思ったほど実感が湧かなかった。
不思議な感覚。
「ははっ、最初はそんなものだよ。…ああ、知ってる?オナニーで慣れてると、あんまり痛くないんだって」
「なっ……!」
「そう恥ずかしがらないでよ。どうせなら痛いより、気持ちいいほうがいいでしょう」
そう言ってサニーがゆっくり動き出す。
「あっ……はぁっ…ん…」
「昴の中がどんなだか言ってあげようか?凄く温かくて、きつくて、どろどろで、気持ちいいよ……」
噛みしめるように言われて耳が染まった。
「そ、そんなこと…言わなくてもいい…」
恥ずかしくて顔を背ける。
「…恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。本当の事なんだし」
「恥ずかしいに決まっている…けれど、本当の本当に?」
「ああ、気を抜いたらボクがイきそうだよ。気持ちよすぎて。だから、そんなに締め付けないでくれよ、昴」
「そう言われても…意識しているつもりは…」
よくわからない。
でも、恥ずかしいけど、少しだけ嬉しかった。
こんな子供みたいな身体の自分でも、と。
本当は怖くて仕方がなかった。
破瓜の痛みも、他人と一つになることも、自分の身体が男を悦ばせられるのかも。
サニーは表面上はどうであれ、僕の不安を読んだかのように僕の欲しい言葉を紡ぐ。
まるで心を解きほぐすように。
けれど、気遣われるほどつい今しがたの発言を思い出し、罪悪感に苛まれる。
「さっきは…すまなかった…」
「ん?何がだい?」
「…大河の名前を、口走って……僕とこうしているのは…君なのに…」
気にしないでいい、ボクが聞きたがったんだし…とサニーは笑う。
「それに、キミが誰を思ってボクに抱かれようがキミの勝手さ。他人の頭の中なんて誰にも支配出来やしない」
「けれど…君に対して失礼だ。僕は……」
反論はキスで遮られる。
しばし舌を絡ませ合うと、彼は唇の端に苦笑を浮かべた。
「昴は真面目だねぇ。言っただろう?キミを慰めてあげると。だから、呼びたければいくらでも呼ぶがいいさ」
「……もう呼ばない」
「まぁ、こうして繋がってる時くらいはボクの名前を呼んでくれたほうが嬉しいけどね」
あくまで僕の身体を気遣いながら、サニーは緩やかに挿入を繰り返す。
「…サニーサイド…もっと、動いてもいいよ。僕は…平気だから……」
知らず、そんな言葉が口から出た。
「ん?物足りないかい?あんまり動いたら昴が痛いだろうと思ったんだけど」
「違う…そうじゃない。そうじゃないけど…」
「もしかしてボクに気を使ってるのかい?」
「……」
自分でもそういうつもりはなかったが、そうなるのだろうか。
「ははっ、ボクなら気遣わなくても平気だよ。こうして昴の中に入ってるだけで十分気持ちいいからね」
「あ、あんまり…そういうことばかり言わないでくれ……あ、ぅっ…」
やっぱり動かれる度に下半身に痛みが走る。
でも痛みの中に時折、かすかな快楽を感じる瞬間がある。
「昴が好きなここなら少しは気持ちいいかな?」
サニーがそう言って僕の腰に手を回し少し持ち上げると、言葉の通り一部分を擦られた。
「ひ…あっ……!」
身体がびくんと震える。
「やっぱりここが気持ちいいのか。じゃあたっぷり可愛がってあげるよ、昴の一番感じるところを」
「あっ……はっ…はぁ…くっ…」
かすかだった快楽が、そこばかりを刺激されて徐々に強くなっていく。
痛みを上回るほどに。
「…い…ぁっ…サニーサイド…!」
「そんなに締め付けて…気持ちいいのかい?昴」
「あうっ!!」
身体ごと揺すぶられるような激しい抽挿に、頭の中まで揺さぶられているような気分だった。
「やばいなぁ…昴をイかせるまで我慢するつもりだったんだけど……そろそろボクも限界だよ」
耳元に感じるサニーの息遣いも荒い。
「サニー…構わない…僕の、中に……」
「…それは、まずいだろう、昴」
「いいんだ……どうせ、僕は…女になりきれない。だから、せめて…」
『昴だって興味がないわけじゃないだろう?』
サニーの言葉が脳裏に甦る。
…身体は変わらなくても、精神が成熟すればおのずとそういう方面への興味も湧いてくる。
こんな身体なのに。
でも、恋をして抱いて欲しいと思った大河はラチェットのものになってしまった。
残されたのはこの身を狂おしく包む欲求だけ。
「今だけでも、僕が女であることを…感じさせてくれ……!!」
心の底から起こる叫びに、ああ自分は女になりたかったのか…と思う。
男でも女でも関係ない…本当にそう思っていた。
その前に一人の人間であり、もし大河が女であったとしても好きになっていたかもしれない。
大河にプチミントの格好をさせてミッドタウンを連れまわした記憶が思い出される。
……大河が女であっても僕は好きになったか自分を試す為に。
けれど、男である大河は、女であるラチェットと相思相愛になってしまった。
大河がラチェットに惹かれたのを身体のせいにするつもりはない。
彼女は性格も魅力的な女性なのは自分でも思う。
だけど、ラチェットのしなやかな肢体を見るたびに自分の貧弱な身体が疎ましくて。
こんな自分は一生誰かに抱かれる事もないままかと思っていた。
だから、サニーがどんな風に考えて自分を抱いているのかなんてどうでもいい。
ただ、僕を抱いて。
それだけで、いい。
身体は女にはなれなくても、せめて今だけでも。
「僕が…君に……抱かれた証を…僕の中に、遺してくれ!!」
自分でも愚かな考えだと思う。
でも、そうすれば満たされるような気がした。
満たされない心が。
「昴……」
「こんな恥ずかしいこと…言わせないでくれ…」
自分でも勝手な事を言っているのはわかっていたが、叫んでから恥ずかしくなる。
「…いいよ、じゃあ昴のお望みどおりキミの中に、キミが欲しがってるものを出してあげよう」
「あ…あっ…サニーサイド…」
薄く目を開き、サニーの一挙一動を追う。
「…出すよ、昴……」
自分の中に感じるサニーの分身が今までとは違う動きを何度か繰り返し、やがてサニーが深く息を吐いた。
「これで、満足かい?昴」
その言葉に、僕は静かに目を閉じた。

「…シアターに戻るのかい?」
「ああ、いつまでも留守にしていたらラチェットに怒られるからね」
ぐったりとした僕をバスルームへ連れて行き、血や汗で汚れた身体を簡単に清めるとサニーはさっさと服を着る。
「昴はゆっくり休んでいるといい。…しばらくは動くのも辛いだろう?」
「確かにね……」
破瓜による下半身の鈍い痛みは今なお取れない。これは今日中は無理かもしれない。
「じゃあボクは戻るから。楽しかったよ、昴」
「サニーサイド……!」
服の裾を掴む。
「……ありがとう」
「キミが礼を言う必要はないよ、昴。ボクだって楽しかったしね」
僕の言葉にやや驚いたのか、サニーは僕に向き直ると手を取って軽く口付ける。
「何なら、いつでもボクの屋敷に来ても構わないよ。慰めて欲しければ、ね」
「そ、そういう意味じゃ…!」
「ははは、冗談だよ。じゃあボクは行くよ。ゆっくりおやすみ、昴」
ドアが閉まる音を感じてのろのろと起き上がる。
ベッドの上に横になると、疲れからかすぐに睡魔に襲われた。


…翌日。
「おはよう、大河」
「あ…昴さん、おはようございます」
昨日の事があったせいか、大河はちょっと緊張した面持ちで僕に答える。
「昨日は悪かったね、ちょっと気が立っていたんだ」
「いえ、ぼくは本当に気にしていませんから」
「ラチェットとの休日はどうだった?楽しかったかい?」
微笑みながら訪ねると大河はちょっと口ごもってから小さな声で呟いた。
「はい…楽しかったです」
「それは良かった。…ラチェットは僕にとっても欧州星組時代からの仲間だから幸せになってほしいしね」
「す、昴さん!ぼくは別に…」
「隠す必要はないよ。僕は、君とラチェットはお似合いだと思うよ」
嘘がスラスラと出る自分。
「……ありがとうございます」
ちょっと照れたようにうつむく大河。
「ラチェットを不幸にしたら…今度は僕が決闘を挑んでしまうかもしれないな」
「そ…そんなことのないように、頑張ります!」
僕の言葉に慌てて手を振る。
そんな仕草も好きだった。
全部、自分のものにしたかった。
「じゃあ、呼び止めて悪かったね。仕事の準備があるんだろう、いっていいよ」
「あ、はい。失礼します、昴さん」
いつもながら律儀に頭を下げて去っていく大河の背中を見送る。
壁の影からぱちぱちと拍手が聞こえた。
そちらに目をやると予想通りの人物がこちらを見て笑っている。
「……見事な演技だね。キミが今被ってる能面はさしずめ『愛しい男の恋愛を応援する仲間』といったところかな」
「…覗き見とはいい趣味だね、サニーサイド。僕を笑いたいなら好きにすればいい」
「笑う気なんてないよ。ただ、頑張った昴にご褒美でもあげようかと思って」
腰を引き寄せられて、唇が重なった。
「……っ」
熱い舌が滑り込んで堪能するかのように僕の口内を舐め回すと、最後に軽く唇を噛まれて顔が離れた。
「…何故これが『ご褒美』なんだ。誰かに見られたらどうするつもりだ」
睨みつけてもサニーの表情は変わらぬ笑みを浮かべたまま。
「見られたら見られたでいいじゃない。ヤっちゃった仲なんだから」
「ば、馬鹿…!そういうことをこんな所で言うな…」
「昴はボクが嫌い?」
顔を覗き込まれる。
「昴は言った…嫌いとか、好きとか、そういう問題じゃないだろう…と」
「答えてくれないと、離してあげないよ」
いくら人気のない廊下とはいえ、いつ誰が通りかかるかもわからない。
こんな所を誰かに見られるのは嫌だ。
「嫌いじゃないよ…嫌いな男に抱かれる趣味はない」
「ははっ、その答えなら少しは自信を持ってもいいのかな。まぁ、今はその答えで満足だよ」
サニーの身体が離れる。
「もう一度相手をしてくれたら好きにさせる自信はあるんだけどね。じゃ、また」
僕の髪の一房を摘み、軽くキスをするとサニーは軽やかな足取りで去っていく。
頬に触れると、キスのせいか少しだけ熱かった。






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