「…おや、昴。来てくれたのかい」
何故、自分はこんな行動をしているのだろう。
夜に男の家に行くなんて。
まるで誘っているみたいだ。
「どうぞ、遠慮はいらないよ」
うつむいて、顔を見ないままに中に入る。
「何か飲むかい?それとも……」
僕の前を歩くサニーは陽気な声で言う。
だがその声が一段低くなり、くるりと振り向くと耳元で囁かれた。
「……ベッドへ行く?」
うつむいたまま目線だけを上げると、サニーと目があう。
言葉を発するために開きかけた口はキスで塞がれ、舌が絡まりあった。
掴まれた手首がそこだけ熱を持ったかのように熱い。
「…抵抗しないってことはボクの好きに解釈していいのかな?」
「なんとでも思えばいい……」
「じゃあ好きにさせて貰うよ。昴に、ベッドの上でダンスでも踊ってもらうとするか」
「……」
はしたなく声をあげて、髪を振り乱す自分。
そんな自分を嫌悪しながら、それでもやめられない。
慰めるだけなら自分だけでも出来るのに。
「あぁ…っ…サニーサイド…」
粘膜の擦れ合うだけのはずのその行為に何の意味があるのか。
意味なんてない。
なくてもいい。
こうしている時間だけは、全てが満たされて、全てを忘れられる気がしたから。
…サニーはちょっと変わった性癖の持ち主らしい。
思えば最初からあまり普通だとは思わなかったが、回数を重ねるごとに彼の性癖が見え隠れしていった。
ベッドの上で抱かれたのは最初だけ。
それが彼の私室になり、キッチンになり、和室になり、あげく連れ込まれたのは前にダイアナが居た部屋だった。
「サニーサイド…ここは…」
ベッドは元々あったらしい。家具はほとんどなくなっていたが、ベッドはそのままだった。
「ん?ダイアナの居た部屋だけどそれがどうかした?」
「こ、ここでする気なのか?」
「そうだよ」
少し埃っぽいベッドに寝かせられて服を脱がされていく。
「そうだよ、じゃなくて…ここはダイアナの部屋じゃないか。何だか、恥ずかしい…」
かすかに消毒液の混じったようなダイアナの匂いがする気がして、思わず身を捩る。
自分の仲間の居た部屋で抱かれるなんて。
「恥ずかしがる昴もいいな。でも、実はちょっと興奮してる?…もうこんなに濡れてるし」
「……やっ…ああ…」
サニーに触れられた場所は既に潤みを帯びていた。
…反論できないのが悔しい。
「ボクがそう言っただけでもっと濡れるんだから、昴はやっぱり言葉で虐められるのが好きなんだね」
「そ、そんなこと…ない」
覆いかぶさってくるサニーのスーツを掴んで必死に首を振る。
「ダイアナにばらしちゃおうか。自分の住んでた部屋でボクとキミがこんな事をしたって知ったら倒れちゃうかな」
「や…やめろ!」
彼女なら本当に倒れかねない。
「ああ…シーツまで染みてきたよ。想像しただけで濡れちゃうの?」
くちゅくちゅと音を立てて掻き回されながら耳元でそう言われるだけで頭の芯がぼうっとする。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
「や……サニーサイド…そんな事…言わないでくれ…はぁっ」
「本当はもっと言って欲しいんでしょう?ボクに虐められるのが大好きな、昴」
「ああっ…!いや…っ」
先端が宛がわれたのを感じて無意識に足を開く。
彼が挿れやすいように。
サニーはそんな僕の行動に気分を良くしたのか、遠慮なしにいきなり突き上げる。
目も眩むような快感に喉が仰け反った。
「相変わらずキミの中は気持ちいいなぁ…昴、キミも気持ちいいかい?」
「あっ、はあっ……サニーサイド…僕も…気持ち…いい…」
翌日、ダイアナに会うのは気まずかった。
「昴さん、ここの台詞の事なんですけど…」
彼女がそう言って僕に近づいて台本を指差す。
ベッドと同じかすかに消毒液の混じった匂いが鼻を掠める。
「…昴さん?聞いてます?」
「あ、ああ…すまない。それだったら……」
罪悪感に苛まれながら彼女の相手をしていると、こちらへ向かってくるサニーが見えた。
「やぁ、ダイアナに昴。舞台の打ち合わせかい?熱心だね。まぁ、ダイアナには手術後の復帰の舞台だから当たり前か」
「あ、おじさま。ええ、シェイクスピアの舞台がまた出来るなんて嬉しくて…ついはりきってしまって」
「ダイアナが喜んでくれるなら演目に選んだ甲斐があるよ。それにしても新しい部屋には不自由はないかい?」
帰りたくなったらいつでも帰ってきていいんだよ、とサニーは言う。
「キミの部屋もそのまま残してあるんだしね」
「……!」
明らかに自分に対する嫌がらせだ。
「ありがとうございます、でも…みなさんがよくしてくださいますから今の所は大丈夫です」
「そうかい。それなら良かった。じゃあ、邪魔をしてもいけないからボクは行くね。舞台を楽しみにしているよ」
手を振って去るサニーがちらりと振り返って僕を見る。
目線が合うとサニーは嬉しそうに微笑んだ。
…エスカレートしていく行動は止まらない。
次第にちょっと変わったでは済まなくなってきた要求を、何故拒めないのだろう。
拒まないのだろう。
……わからない。
「…んっ…ぁ…くぅっ……サニーサイド…」
テーブルに押し付けられるような姿勢のまま喘ぐ。
後ろ手に腕を捻って掴み、僕の自由を奪いながらのしかかるサニーの重みを感じて息が詰まった。
「たまにはこういうのもいいね。何だか、犯してるみたいだ」
背後から挿入したままのサニーが嬉しそうに呟く。
ここはサニーの屋敷の中庭。
徐々に激化する欲求はとうとうサニーの屋敷内を飛び出して、外で『事』に及ぶまでになっていた。
ダイアナの部屋だった場所の窓が開けられたまま、カーテンが風にたなびいている。
ちょっと散歩でもしようか、と言われて外に出たらこの有様。…鵜呑みにした自分が馬鹿だった。
「服が中途半端に着たままなのが余計リアルだよねぇ。昴もそう思わない?」
「……っ…」
ズボンと下着はおろされてはいるが、踵の部分で止まり、上半身に到ってはネクタイを緩めシャツのボタンを外されただけ。
…端から見たら何処をどう見ても強姦にしか見えないだろう。
「苦しい…せめて腕だけでも……離してくれ…」
裸の胸がテーブルにあたって冷たい。
「駄目だよ。今日はそういう『プレイ』なんだから」
「…あっ…あ、あ…いやっ…や…ぅぅ…」
「ボクが昴を犯して、さんざん弄ぶ。ボクがキミをどうしようと…ボクの勝手なんだから、さ」
サニーが激しく抽挿を繰り返しては、僕が達する手前でぴたりと止める。
さっきからこれの繰り返し。
もう何度焦らされたかわからない。
恥ずかしさと、焦らされるだけでイけないもどかしさで頭がおかしくなりそうだった。
自分で動こうにも腕は後ろ手に掴まれ、上半身はテーブルに押し付けられ、下半身は服がひっかかって身動きが取れない。
サニーの為すがまま。
「…でも、こんな事されても身体は嫌がってないみたいだよ?足に滴るほど濡れてるんだし」
太ももからふくらはぎに伝う自分から滴る蜜の存在は知っていたが、どうしようもない。
まるで音を聞かせるかのように大げさに出し入れされる度に、水音が耳に響く。
「い、や…っ!んん…ひぁ……」
「後ろからだと、丸見えなんだよね。よく見えるよ、出し入れしている所が」
「……っ!!」
その言葉に顔から火が出そうだった。
全身に鳥肌が立つ。
「あ、締まった。…興奮した?ボクに犯されてるのに感じてる、淫乱な、昴」
「いやっ……いやっ……!」
髪を振り乱しながら叫ぶ。
何が嫌なのかもわからなかった。
「ああ、そうそう。そうやって嫌がってくれると、よりリアリティ感じてボクも興奮するなぁ」
サニーの動きが激しさを増す。
「昴は自制心が強いからこんな屈辱的な状況でも我を忘れてくれないからね。ある意味立派だけどさ」
…サニーは僕をわかってない。
自制心?そんなものはとっくに吹き飛んでいる。
早くイきたい。
あとちょっとなのに。
もう少しでイけるのに。
そう感じる手前でやっぱり止められる。
「………あぁ…」
思わずため息のような声が漏れた。
「イけなくてじれったそうだね、昴」
僕の声が残念そうなのにサニーも気付いているのか考えを読まれてギクリとする。
「…何でもいい、早く終わらせてくれ…こんな事…」
「じゃあボクのお願いを聞いてくれるかい?」
「……何だ」
「…聞いてくれるの?くれないの?」
再び繰り返される挿入と、絶頂に達する直前で止められるもどかしさに涙が出てきた。
「はぁっ…ぅあ……だから、何だと聞いている……っ!」
「イエスかノーか答えてくれないならこのままキミをイかせずにボクだけイっちゃうよ?」
こんな状態のまま終わられるのかと思うとぞっとした。
サニーは本当にやりかねない所が怖い。
こんなに熱くなった身体を放り出されたら。
気が狂ってしまいそうだ。
「わ……かった…!イエスだ…だから、だから…!!」
イかせて、と叫ぶ自分の声が星の彼方から聞こえた。
「オーケイ。いいよ…じゃあイかせてあげよう。……愛しい、ボクの、昴」
その言葉が引き金になったのかはわからない。
だが、今までさんざん焦らされたせいだろうか。
ほどなく僕は長い悲鳴のような声をあげて、高みへと昇りつめた。
「…足元が暗いから気をつけて」
サニーが僕の手を握って先導しながら言う。
本当に足元程度しか見えない薄暗いシアター内部。
僕とサニーは中庭での『事』が済んだ後、深夜も近いシアターへとやってきていた。
……サニーのお願いは簡単だった。
『シアターの露天風呂に入りに行こう、今から』
既に深夜も近くなっていたが、サニーはウキウキだ。
車も使わず徒歩でシアターまで歩いていく。
「誰かにこんなところを見られたら…どうするつもりだ」
「こんな夜に誰も歩いてやしないよ。まぁ、見られたら見られたでいいじゃない」
「……」
知り合いに見られたら言い訳など出来ない。
どう見ても言い逃れの出来ない状況なのはわかっていた。
こんな夜に手を繋いで歩いているのだ。
頭では理解していても何故か手を振りほどけない。
熱が冷めた身体の中で握られた手が温かいだけだと自分を納得させる。
そして、あっという間にシアターに到着するとサニーが鍵を開けて、中に入った。
一応、非常灯がともってはいるが薄暗いシアターの内部。
サニーは後ろでカチャリと鍵をかける。
「これで、誰かに見つかることもない。二人きりだね」
その言葉に大した意味はないのだろうが、ドキリとした。
まるで、世界に二人きりになってしまったかのように。
「…何だか、秘密のデートでもしている気分でスリルあるよね。昴もそう思わないかい?」
時折、僕を振り向きながらサニーは進む。
「さぁ……どうなんだろうね…よく、わからない…」
つり橋効果、というものがある。
『つり橋を渡る興奮によって起きる』ドキドキを『恋愛による』ドキドキと勘違いするという奴だ。
…今の自分も似たようなものだろうか。
暗い中を手を握って二人きり。
しかもここは普段自分が働いているシアター。
誰かに見られたら言い逃れの出来ない状況。
……ドキドキしないはずがない。
けれど、これが恋愛でなんかないのはわかっている。
僕が好きなのは大河。
サニーも僕に恋愛感情なんてないだろう、というか彼が何を考えているのかはよくわからない。
不思議な気分だった。
このままずっと手を握って歩いていたい。
そんな錯覚すら覚える。
僕はどうしてしまったのだろう。
「さぁ、着いたよ。じゃ、一緒に入ろうか」
露天風呂に着き、手が離される。
ほんの少し淋しい気分になった自分が、信じられなかった。
「…っふ…っ…ん…」
汗と体液で汚れた身体を洗う間もなく、湯船の中に誘われて睦み合う。
湯気の漂う中を舌が絡まりあい、指が身体を這った。
冷めた熱はすぐに熱さを取り戻し、身体に火がつく。
もっと溶け合いたい。
一つになりたい。
何もかもを忘れるほど。
「ここも綺麗にしてあげないとね」
「…っ…や……はっ…ぁ…」
サニーの指が僕の内部を押し広げて、中を掻き回す。
「サニーサイド…お湯が…入っ、て…」
「まぁ、風呂の中だしねぇ」
「いや……そんなに広げないでくれ……」
足を閉じようとしても遮られる。
「どうして?恥ずかしがる事なんてないじゃないか。誰に見られるわけでもなし」
「そういう問題じゃない…お湯が、入る…」
「ははっ、後でボクが綺麗にしてあげるよ。あ、反対か。…汚してあげるよ」
「んんっ!!…あ…はぁ……う…」
卑猥な言葉を浴びせられるたびに身体が震えるのは、何故。
「ああ…とろとろ。湯船が昴の愛液で汚れちゃうね。後で掃除しないと駄目かな」
「…だから、湯船の、外で……」
「ん?何だい?よく聞こえないよ」
指が引き抜かれ、サニーは殊更大げさに手を当てて僕の口元へ耳を傾けた。
「湯船の外で…抱いて……」
「何で?ここでこうされるのは嫌い?」
「は…っ…あっ…んんんっ」
水の中のせいか、さほど慣らされてもいないのにするりと入ってしまう。
「どんな感じ?水の中って」
「んっ……なんか…よく、わからな…っ」
お湯と一緒にサニーが入ってくるのがわかるのに、何だか入っている気がしない。
サニーが動くたびにぱしゃぱしゃと跳ねるお湯の音で、自分のしている行為を自覚するほどに。
自分の身体が、サニーの身体が水と一緒になって溶けてしまったような。
湯の中から手を出す。
指先から滴る水滴。
それすらも自分の身体の一部のような気がする。
「どうしたんだい、昴。ぼーっとして。気持ちよくない?」
気持ち良いとかではなく、本当に溶けてしまいそうだった。
心も、身体も。
「違うよ…のぼせたのかな……頭がぼーっとする…」
湯の中から手を出しては水滴が滴る様を見て、また湯の中に手を入れては出す、を繰り返す僕を見てサニーが首を傾げた。
「まぁ、水の中だとあまり入ってる気がしないだろうからね。…でも、何だかいつもより一つになった気分がしない?」
「……そうかもしれない」
「けど、本当に昴がのぼせたら困るからさっきのお願いを聞いてあげるとするか」
サニーは繋がったまま僕の身体を抱き上げると露天風呂の淵に座らせる。
すっと引き抜かれては貫かれ、身体に痺れが走った。
「…んぁっ!あ、あ、あ…ああっ!」
している行為は同じなのに何故水の中でないだけでここまで強烈に存在を感じるのだろう。
「やっぱり昴は激しい方が好きなんだね…いきなり大声上げて善がってさ」
「はぁん…や…あっ…くぅっ!!」
「でもそんなキミも好きだよ、もっと喘いで…ボクを求めて……昴」
「はっ…サニーサイド…サニー…サニー…っ!!」
望まれたとおりに彼の名前を叫ぶ。
冷えていく身体の中で唯一熱い部分が収縮して、サニーから放射される熱を受け止めた。
「昴?今日はどうしたんだい?」
「……何が?」
「随分疲れてるみたいだからさ」
僕を背後から抱きしめたままサニーが笑う。
「そりゃあ…公演の後なんだから、疲れていて当たり前だろう…」
いつものようにサニーの家にやってきたものの、する気分ではなくサニーを無視して2階のテラスから星を眺めていた。
自分の部屋からも星は眺められるが、セントラルパーク内にあるこの屋敷からはより多くの星が見える。
辺りに鬱陶しい明かりがない分。
自分の気に入っていた工事現場も今や立派なビルが建ってしまった。
…人もモノも変わり行く。
変われないのは、自分だけ。
変わったと、思ったのに。
「何か、あった?大河くんのこと?」
「…っ」
その名前を出されて肩が震える。
「まぁ、言いたくなかったらいいけどね」
「…公演のあとでカフェに夕食を食べに行ったんだ」
ぽつりと話し出す。
「その帰りに、何気なく大河の家を見ようと思って…別に寄ろうとかいうわけじゃなく、見るだけで良かった」
独り言のように呟く。
サニーは何も言わず黙って聞いていた。
「部屋の明かりがついてなかったから、留守だと思って帰ろうとしたら…ラチェットのスポーツカーが遠めに見えて」
ごくり、と喉が鳴った。
思い出すだけで、目頭が熱くなる。
「何でだろう…咄嗟に隠れてしまった。案の定、ラチェットの車にはラチェットと大河が乗っていて…
会話の内容は聞こえなかったけど、二人は一言二言話し…別れ際にキスをして、大河は部屋に消えていった」
語尾が震える。
うつむくと、自分の黒い髪がはらりと顔にかかった。
「……恋人同士なんだから、当たり前なんだけど…いざ目の当たりにすると、結構堪えるものだね」
「そうか……」
サニーは僕の髪を顔から掃うと優しく口付ける。
いつものように舌は入れずに、触れるだけのキス。
「大河くんが、まだ好きかい?」
素直に頷く。
「まぁ、そう簡単に忘れられたら苦労しないよね」
「……忘れようと思うのに、忘れられない。厄介なものだね。こんなことなら好きにならなければ良かったかな」
「本当に?」
「…嘘だよ。彼に会えて良かったと思っている。彼に会えなければ、仲間の大切さも、わからなかっただろうから」
でも、と続ける。
「君は昔の僕の方が好きだったんだっけ?」
「ん〜…そうだったんだけどね。昔の冷たい昴も好きだったけど、今の穏やかに見えて本当は情熱的な昴もいいかな」
「僕が…情熱的?面白いアメリカン・ジョークだね」
くすりと笑う。
そんなんじゃない。
「ああ。今のキミは誰よりも綺麗だ、昴。叶わない恋に身をやつしているキミが好きだよ…」
サニーの頬が自分の頬に触れて、くすぐったさに肩を竦める。
「おだてても何も出ないよ」
「もう十分貰っているさ」
「ああ…でもいいな。誰かに好きだと言われるのも。もっと言ってくれないか……」
「好きだよ」
「もっと」
「大好きだ」
「もっと」
『昴さん、好きです』
目を閉じると、そう呟く大河の声が聞こえた気がした。
「……ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、そろそろ中に入ろうか。風が冷たくなってきたからね」
その夜のサニーは僕を抱こうとはせずに、ただ抱きしめたままベッドに横になった。
服越しに感じる人肌が心地よい。温かくて、落ち着く。
ただ抱き合っているだけなのに、身体ではなく心が満たされた気分になる。
昂っていた精神はいつの間にか嵐の後のように静かになり、僕はサニーにしがみつきながら深い眠りに落ちた…。
本当にサニーサイドという人間はわからない。
優しいのか、残酷なのか、真面目なのか、不真面目なのか。
…もしかしたら一生理解出来ないのかもしれない。
「ねぇ、昴。お願いがあるんだけど」
「……何だ」
珍しく普通にベッドの上で…と思ったらやはり裏があったらしい。
やれやれと思いながら視線を向けるといつものような曖昧な笑みのままサニーは言った。
指先の愛撫をやめないまま。
「普通にヤるのもつまらないからさ。ちょっと変わったことをしてみようと思うんだけど」
「…わざわざ回りくどい言い方をしなくていい。本題を言え」
「じゃあ直球に言うけど。ボクの前でオナニーしてくれない?昴」
「……は?」
耳を疑う。
今、彼はなんと言った。
「いやぁ、一度見てみたかったけど流石にそうそう言い出せないじゃない?昴は嫌がるだろうし」
「当たり前だ。断る」
にべもなく言う。
「どうしても?」
「当然だ」
何でそんなことをしなければいけないのか。
しかも人前で。
「いつもより興奮して楽しめるかもよ?」
「…そういう問題じゃない。第一、君が目の前にいるのに何でそんな事を…」
「だって興味あるじゃない」
「僕はない」
「昴は冷たいなぁ」
ため息をつく。
何で僕が悪者みたいな言い方をされなければならないのか。
「じゃあもう一つの方でいいか」
「え……?」
サニーはベッドの下に落ちていた僕のネクタイを拾うと僕の手首を縛りだす。
「な、何をする…!」
「いや、動かれると困るから縛ってるだけ」
「馬鹿…!やめろ」
あまりの手際の良さに逃れるタイミングを外した。
あっという間に手首の自由を奪われる。
逃げようとした足は彼の身体で押さえつけられた。
「…サニーサイド!何をするつもりだ!」
睨みつけながら言うと彼はベッドの下から何かを取り出した。
「……これでちょっと昴を虐めてみようかなぁと思って」
彼が取り出したのは書道などで使う筆だった。
わざわざ用意してあったとは何処から手に入れたのやら。日本かぶれのサニーらしいといえばらしいが。
…そういう問題ではない。
「本当は墨で字を書くためのだっけ?でも、こういう使い方もあるらしいね」
「ばっ…やめ…っ……はうぁっ!」
すーっと、胸から腹にかけて筆が伝う。
くすぐったさに鳥肌が立ち、喉から声が漏れた。
「ああ、思ったとおり良い声で鳴いてくれるなぁ。どう?こっちとかは」
「んっ…!」
首筋をなぞられ、頬をなぞられ、耳をなぞられた。
なぞられる度に、身体がびくびくと痙攣する。こそばゆい。
くすぐったさどころかこれでは拷問だ。
「あ、感じてる?濡れてきたね。まぁ、くすぐったさと気持ちよさなんて紙一重だしなぁ」
足を広げられ、秘部をじろじろと見つめられて頬が染まる。
「肌に少し触れたくらいでこんななら…ここだとどうなのかな」
「やっ…!いやだ!…やめ…はぁぁぁっ」
胸から腹を降りていった筆が、僕の恥部の手前で止まった。
「ここは、どう?」
陰核を筆がさする。
感じた事のない小刻みな刺激に無意識に足がじたばたと暴れた。
「やっ……だ、めっ!」
「そんなに暴れるほど興奮して…そんなに気持ち良かった?」
サニーは笑いながら僕を押さえつける。
「じゃあここだったらもっと凄いのかな…」
筆が更に下におりて、秘所に触れた。
「くぁっ…!…や、や…んはぁっ」
中心には一瞬触れただけで、周りを丹念に筆でなぞられる。
くすぐったさを通り越したもどかしさが喉元にこみ上げた。
「昴、いい加減気が変わった?このまま延々と筆で虐められるのとボクの前でオナニーするのとどっちが良い?」
「…っ…う…ぅっ…」
サニーはまだ諦めてなかったらしい。
「選ばせてあげるよ。…どうする?」
筆がするすると腕を、脇腹を、足を這う。
その度に身体中がざわつく。
…こんな事を延々と続けられたらおかしくなりそうだ。
どちらも嫌だったが、背に腹は変えられない。
「わかっ…た…わかったから…もう、こんなことは…やめてくれ…!」
「ん?オナニーしてくれるの?」
「……」
眼を瞑って頷く。
口に出すのは恥ずかしくて出来なかった。
「オーケイ。昴が素直に言う事を聞いてくれて嬉しいよ」
素直だって?と、サニーを無言で睨みつける。
「…そういう眼で見ても、ボクには効かないよ。むしろ、もっと見られたくてゾクゾクする」
…逆効果だったらしい。
「じゃあ、見ててあげるから…いつもみたいに、して?」
「……」
僕の手を拘束していた戒めを解くと、サニーは僕の足を開かせてそう言った。
「今日だけ、だからな…!」
「うん、流石に何度も見せてもらうのも悪いしね」
念を押す。
「……んっ」
サニーの視線を感じながら、自らの肉芽に手を伸ばす。
久しぶりに触れるそこは既に自分の予想以上に濡れていて、わざわざ奥から潤みを指に纏わせるまでもなかった。
指の腹で、そっとさする。
最初は一本、そして二本に。
動きも最初はゆっくり、だんだん早めて。
「っ……」
声を聞かれるのも恥ずかしくて、歯を食いしばって耐えていたらサニーに顎を掴まれた。
「ダメだよ、声も聞かせてくれなくちゃ」
掴まれて、その拍子に少しだけ開いた口の中に強引に指を入れられる。
爪が、舌先に触れた。
「…ふ…っ…ひゃ…ぅ…」
「さぁ、続きは?」
もうまともな思考なんて出来やしない。
早く達して、こんな事から解放されたかった。
「…ひぅ…あ……ぅ…」
口の中に入れられた指のせいか、言葉がまともな言葉にならない。
「ん…ふゅ……ふ…」
サニーとこういう関係になってからは、自分で自分を慰める事もなくなっていた。
元々そこまで性欲が強いわけではない。
久しぶりのせいだろうか、それともサニーに見られているせいだろうか。
以前だったらすぐにイけたはずなのに、イけない。
……意識を集中出来ない。
早くこんな事は終わらせたいのに。
次第に苛立ちが募り、ついには口の中のサニーの指を噛む。
ほとんど八つ当たりだった。
「……っ。痛いな、昴」
本気で痛かったらしい。サニーが眉を顰めて指を引っ込める。
緊張と羞恥と焦りでそろそろ苛立ちは頂点に達していた。
いつまでもこんな状況に甘んじるくらいなら開き直った方がマシだ。
「集中出来ない、邪魔だ」
睨みつけながらそう言い放つと、目を閉じ遠慮なく声を上げて行為に没頭する。
恥ずかしさなど、とうに捨てた。
「あっ……ああ…ん、んんっ…」
何も考えずに。
ただ、快楽だけを求めればいい。
以前みたいに。
…大河を、想像して?
「んっ……あっ!?」
更なる刺激を求めて自分の内部へ指を伸ばそうとした瞬間、指より太いものを挿入される感覚に目を開く。
「ああ、ごめん。昴を見ていたらつい興奮しちゃってね。ボクの事は気にしないでいいよ。どうぞ続けて」
気にするな、と言われても無理な話だが再び目を閉じて腫れ上がる突起に触れ、擦りあげる。
もう、どうなってもいい。
「あっ…あっ……ふ、ぁっ…」
僕の声と動きに合わせてサニーが挿入を繰り返す。
…変な気分だった。
一人でしているのか二人でしているのかわからない。
思わず浮いた腰にサニーが手を添える。
「はぁ…はぁっ……くっ……」
ようやく『終わり』が近づいてきた。
やっと解放される。
「あ、あ、あっ……くぅぅぅっ!!」
脳が痺れ、達したと思う暇もなく、今まで自分に触れていた手を痛いほど強く掴まれた。
「ありがとう、昴。とても良かったよ、いやらしくて。…ああ、ボクも興奮してるから、優しくしてあげられそうにないな」
今まで自分に合わせて押さえられていた動きが急に早まり、乱暴なほど激しく突き上げられる。
「っ……はっ…!…っ…ああっ!」
絶え間ない快感に喉が詰まり、開いた瞳に涙が溢れた。
苦しい。
気持ちいのか苦しいのかすらわからない。
結局…サニーが達するまでの間、僕は何度も絶頂の波に飲み込まれ、終わった後には喉がカラカラだった。
最後まで、大河の顔は頭に浮かばなかった。