ACT 2
光己は不動産屋を巡り、翌日には駅徒歩20分で6万の1DKアパートを契約した。
荷物はスーツケースひとつ分。
家具は最低限で、とりあえず100均に行き買いそろえた。
買い物を終え、再びフェアリーズカフェに訪れる。
バイト情報誌をチェックしながらブルーマウンテンを口に含んだ。
光己はとりあえずバイトを探すことにしたのだ。
普通選ぶなら高時給とかなんだろうな…。
光己は悩みつつ、ふと店内の従業員をみまわした。
カフェの接客もいいなぁ。
特にいい雰囲気なんだよね、この店。
そう思い情報誌の接客業の欄をチェックしていった。
会計を終えて出口に向かうと、バイト募集の張り紙が目にとまる。
なんだ、ここで働けるじゃん。
光己は携帯にメモを取ると、軽い足取りで帰路についた。
一週間後、光己は面接をクリアしフェアリーズカフェで働く事になった。
面接は、なんとあのバリスタだった。
店長(マスターと呼ぶらしい)で名前は板倉誠士(いたくら せいじ)という名前だ。
仕事内容はウェイターと、ケーキや焼き菓子の販売。
初日は覚えることが多く、銀のトレーに乗せて運ぶのが難しく苦戦していた。
そして次の日には筋肉痛になっていた。
さすがに3ヶ月経つと慣れてきたが。
その間、光己に友達もできた。
初めて店に来た時に会ったウェイトレスとは気があい、名前で呼びあう仲になっていた。
「弥生、今日のまかない何か知ってる?」
光己はコンビニとまかないを半々に利用していた。
「真柴さんがCセットっていってたわよ?」
小柄でショートカットの髪がサラサラゆれる。
今時珍しい黒髪が清楚で好感が持てる。
「ピタパンのテリヤキチキンサンドだね。
真柴さんにお願いしてこよっと。サンキュ〜!」
弥生と別れ、厨房にむかう。
厨房スタッフはチーフ・佐々木を筆頭に真柴、都築の3人で切り盛りしている。
チーフ佐々木は40才くらいで、正統派パティシエ。
綺麗と評判のケーキを作る。
真柴は20代後半くらいだ。
何でも器用に作れるが、今はケーキよりフードを主に作っている。
都築は専門学校を卒業し、すぐ就職してまだ2年目。
二十歳の光己と年が近い22才。
雑用的仕事がメインだ。
「真柴さ〜ん!
まかないお願いします。」
中から厨房に声をかけ、できるまでフロアに行こうとすると
外に通じる裏口のドアが開いた。
ああ、入荷だ。
裏口の近くには倉庫があり、食材以外は廊下で検品する。
「やぁ吉村くん、だいぶ慣れてきたみたいだね。」
配送の青年が気さくに声をかけてくる。
「気を抜くと失敗しそうでコワいけど、やっと周りを見る余裕ができたから
楽しんで仕事してますよ。」
答えながらも伝票を壁に当て、数に丸をつけていく。
配送の青年はそんな光己に見とれていた。
吉村君はスタイルいいし、特に細い腰から尻のラインが凄く魅力的なんだよなぁ。
などと内心思いながら。
「今度、休み合わせて遊びにいかない?」
「へっ!?」
思わず光己は聞き返していた。
再度、配送の青年が言いかけた時、光己の背後で「お疲れ様です」と耳慣れた声がした。
「吉村、代わるから休憩行っていいぞ。」
マスターが素早く伝票を奪う。
無駄話してたから怒ったのかな?
光己は内心焦るが、言われた通りにした。
「じゃあお言葉に甘えて。」
ぺこりと頭を下げて厨房に行った。
「お、吉村。できてるぞ。
お前は痩せの大食いだから、大盛にしてやったからな。
感謝しろよ!」
笑いながら真柴はトレーを渡した。
「わぁ、ありがとう!嬉しいなぁ。」
光己は満面の笑みで休憩室に向かった。
厨房では光己の話題で盛り上がっていた。
「客には王子様とか言われてんのに、あの顔!
あいつ、絶対飯でつれる!」
真柴の言いように厨房全体に笑いがおきた。
光己が休憩室に行くと、板倉がすでに弁当を食べ始めていた。
「あれ?マスターも休憩だったんだ!?
さっきはありがとうございました。」
光己は板倉の向かいの席に着く。
「ああ。すぐ終わったからいい。
…いつも誘われるのか?」
板倉は表情の読みにくい顔で問う。
「あの人に誘われたのは初めてですね。」
光己の言い様に板倉はため息をつく。
吉村光己は黙っていれば美少年の部類に入る。
男にしては小柄で165センチの身長。
色白で細い体つき。
しかし中身は危機感がない、とぼけた空気をまとう人物だった。
フロアにいる時は雰囲気が変わり、背筋をのばして給仕をする姿は優雅ですらある。
女性客は光己をプリンスと愛称をつけ、通ってくるようになったほどだ。
だがストーカーまがいな輩や、男性客にまで熱い視線を向けられる様に
板倉は不安を感じていた。
一人暮らしの光己が心配なのだ。
そんな板倉の心情はつゆ知らず、光己はのんびりした声をだす。
「マスターのお弁当って毎回手作りだけど、奥さんすごいね!」
光己はどこか羨ましそうに尋ねた。
板倉は一瞬表情をなくしたのち、小さくつぶやいた。
「自作だ。」
途端に光己の目が光る。
「マスターの作った卵焼き食べたいなぁ〜。だめ?」
首を傾げ、上目遣いのポーズがよく似合う。
こんな姿が可愛く見えるのはどうなんだ?
板倉は仕方なく卵焼きを光己に食べさせてやる。
「うまっ!!え?なんでプロな味なの!?」
光己の表情は忙しく動く。
「実家が料亭をやっているからな。」
板倉は淡々と箸を動かす。
中学生から店の手伝いを始め、高校を卒業するまで祖父に店の味をたたき込まれていた。
だが板倉は、和食より洋食に興味があった。
母方の叔父が東京でイタリア料理の店をやっているつてで、上京して就職したのだ。
跡継ぎは兄がいるから問題ない。
「オレ、小さい時に母親が家出したからあんまり家庭料理ってわかんないけど
マスターの味は温かみがあっていいね。」
光己は子供みたいな笑顔で言う。
「…たまに味見して感想を聞かせてくれ。」
板倉は親鳥の気持ちで言う。
光己は楽しみにしてます、と嬉しそうに笑った。
美味しい物は人の心を癒やしてくれる。
光己の心も少しづつ癒えているのかもしれない。
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