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カイとリヨンが部屋を出るのを見送りながら、セイレンはどうにか心を

落ち着ける。


「シンラ、辛そうだな。

傷が痛むだろう?熱も高いようだな。」

セイレンは優しくシンラの額に触れた。

シンラはセイレンがいつもの様に接してくれる事に安堵した。

「これぐらいの傷は大丈夫です。

 ただ熱を出す事があまり無かったので、それが少々堪えます。」

「そうだな。こういう時は身体を冷やすと良くない。

 私に遠慮せず寝台に寝ていたほうがいい。」

セイレンはシンラを横抱きに抱えあげた。

身体の弱いセイレンが自分を抱え上げる事が出来ようとは。

シンラは驚き、そして早る鼓動に戸惑う。

密着することでセイレンの身体には適度に筋肉がついている事がわかった。

普段は着痩せしているせいで気づかなかったのだ。

セイレンは寝台にそっとシンラを横たえ、上掛けをかけた。

「セイレン様、ありがとうございます。」

シンラは近頃よく見せる、柔らかい笑みで言った。

セイレンはこの笑みが一番気に入っている。

「シンラ、警備の任に就いてから里帰りをしていないだろう?

 これを機会に休暇をとってユイや家族のもとに顔をだしたらどうだ?」

セイレンはシンラを大事に思っているからこそ、こんな時は家族のもとで

休養してほしいと考えた。

真面目なシンラは一度も長期の休暇をとっていないのだ。

「…私を解任するのですか?」

悲痛な瞳でシンラが言い放った。

その瞳にセイレンの鼓動がひときわ大きく跳ね上がる。

「そんなつもりは無い。本心を言えば、ずっと私のもとに居て欲しいくらいだ。

 だが、あまりにもシンラを独占するのも良くないだろう?」

二人の距離が近づけば自分はさらに求めてしまう。

セイレンは自分の中の欲望を日に日に抑える事が出来なくなりつつあった。

金色の瞳が熱を持ってシンラを射抜く。

シンラはセイレンといる事が嫌では無くなっていた。

最初は落ち着かない感覚があったが、慣れてしまうと逆に会えないと落ち着かない。

だからこうして見舞いに来てくれて嬉しいと思う。

全てを捧げてもいいほど忠誠を誓っている。

ふと、シンラは悟った。

自分はセイレンに恋しているのだと。

「帰りません。セイレン様の近くにいたいのです。

 いけないでしょうか?」

シンラはセイレンを見つめ返した。

友として裏切る行為になったとしても、気づいてしまった自分の気持ちは変えられない。

セイレンはシンラの様子に何かが弾けた。

熱のためか潤んだ瞳。上気した熱い身体。

友だなどと、シンラの警戒心を解くための嘘なのだ。

ただ傍にいて欲しくて、だが会うたびにシンラへの想いは募っていく。

突然、シンラはセイレンに口づけられ、抱き込まれた。

「すまぬ。抵抗できないのをいい事にこのような事を。

 だが、どうにもならない。

 この胸を開いて見せてやりたいくらい、お前の事しか考えられないのだ。」

いつも落ち着いた雰囲気のセイレンしか知らないシンラは驚き

そして、こんなにも想われていた事に深い幸福感を覚えた。

傷ついていない左手をセイレンの背中にまわしセイレンの胸に

頬をよせると、シンラは静かにこたえた。

「セイレン様、私も同じ想いです。」

セイレンは驚いたようにシンラの顔を覗き込むと心の底から嬉しそうな笑みを見せ

再びシンラに口づけた。

ゆっくりと輪郭をなぞるように、優しく。

シンラはうっとりとセイレンから与えられる淡い快感に酔った。





セイレンが兵舎の扉から出ると、月が美しく辺りを照らしていた。

「以外と早いお帰りですね。」

扉の横にカイがたたずんでいた。

「相手は怪我人だぞ。何が出来るというのだ。」

セイレンはそう云うや、さっさと歩きはじめた。

カイは黙って後に従った。

何か照れるような事があったのは明白。

セイレンはとても幸せそうに歩いている。

カイはセイレンの幸福が続くように夜空の月に祈った。





翌日、シンラの見舞いに王が自ら出向いた事で臣達がやむなく

シンラを王宮内に移すことを承諾した。

セイレンがシンラの元に通いやすいように。

こうして二人の短い蜜月が始まった。




第一部  完

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                           (2006.428 加執・修正)