「手を繋いで」 第3節

「え?銀縁眼鏡?・・・なにそれ?」
昼間、尾行されていたように感じたことを兄さんに話す。
「・・・わかった。鍵とチェーンかけて、ここにいて」
「・・・兄さん?・・・どこに・・・」
「様子を見てくる。三浦さん、そいつは・・・どの辺に?」
「・・・さっきは・・・そこの自販機のところで」
「わかった。俺以外、誰か来てもドアをあけないで。いい?」
兄さんがそっとドアを開け、猫のように足音も立てずにアパートの廊下を歩いていく。
やがて、夜の闇の中に溶けるように姿が見えなくなったところで
美保がドアを締め、鍵をかけながらつぶやく。
「いったい・・・なんなんだろう、あの人」
わからない。私にわかるわけがない。
わからないから、不安になる。怖い。
その、なんだかわからなくて怖いもののところへ・・・
兄さんは行ってしまった。一人っきりで。私をおいて。
「どいて、美保・・・私も行く。後をお願い」

美保が顔を強ばらせる。
「何言ってんのよ!?ここにいろって言われたでしょ!?」
「いいから、どいて」
美保がドアの前で両腕を広げて私を遮る。
「・・・どきなさいよ・・・兄さんが・・・兄さんが行っちゃったのよ!?」
「行かせないよ、行ったってしょうがないでしょ!?」
「そんなの、行かなきゃわかんないでしょ!?もし何かあったらどうするのよ!」
「何かあるような状況に、アンタが行ったって足手まといになるだけでしょ!?」
頭に上った血がぐるぐると巡る。
思考は沸騰したように熱くなり、真っ白に泡立ち、弾ける。
「・・・兄さんを・・・」
「ね、ここで待とう?大丈夫よ、そのうち・・・」
「・・・兄さんを傷つけるものは・・・許さない・・・たとえ何であっても・・・許さない・・・」
「・・・絵美・・・?」
「兄さんを・・・守る・・・邪魔するなら・・・貴方でも、許さない・・・」
美保が少し、後ずさった。

それでもまだ美保はドアの前から退こうとしない。
「そう・・・退いては、くれないのね・・・」
退かないのなら
退かしてしまうしかない。
手を美保に伸ばす。
かわいそうだけど、仕方がない。
兄さんのためだもの。
兄さんのところに行くためだもの。
「・・・絵美?何・・・」
「ごめんね、美保。でも、貴方も悪いのよ・・・」
その時だった。ドアの向こうから、声がする。
「おーい、帰ったぞー」
・・・兄さん?
美保を突き飛ばす。
「きゃっ!?」
ドアの覗き穴から見える人影は・・・兄さんだった。

大急ぎでチェーンと鍵を外し、ドアをあける。
「誰もいなかった・・・って、何やってたんだ二人揃って」
兄さんの言葉に我に返る。
ああ。美保に・・・なんて・・・酷いことを。
「ご・・・ごめん、美保」
「あ・・・あ、うん・・・何ともなくて・・・よかったじゃない・・・ね?」
「なんだあ?何かあったのか?」
「ああ、いえ、そのぅ・・・お兄さんが心配なんで、ドアのところで待ってたんですよ。それだけ」
美保は・・・黙っていることにしたらしい。
後でよく謝ろう・・・
「ふうん?ま、とにかく、さっきも言ったけどそれらしい奴はいなかったよ」
「そう、ですかー・・・ま、よく考えたら背広で銀縁眼鏡の人なんてよくいるもんね」
「まあ、ね・・・でも、ホントもう遅いし・・・帰り、送るよ」
「あ・・・」
美保がちら、と私の顔を伺う。
「うん・・・兄さん、美保を送っていってあげて・・・」

最後まで遠慮しながら、美保は兄さんに送られて帰ることになった。
玄関で二人を見送ると
私は一人、自分の部屋に戻る。
窓から外を見て、二人の姿を探す。
・・・美保の家がどっちか覚えてなくて、どの方角を見ればいいのかわからなかった。
誰もいない夜道を、ぼんやりと眺めていた。
・・・誰か歩いてくる。
派手な服装の・・・若い男の人。
何かを探すように、きょろきょろとしている。
2階の窓から見ている私には気づいていない。
だんだん近づいてきて・・・男の人の顔がわかるようになってくる。
・・・知ってる?
この顔に・・・見覚えがある!
記憶をなくしてから初めて、見たような顔に出会った。
誰?いや、誰でもいい。それはこれからわかればいい!
私は部屋を飛び出した。

夜の街をさっきの人を捜して走る。
・・・いた。追いついた。
背中に派手な刺繍をがされた紫の上着を来た男の人が
相変わらずきょろきょろしながら歩いている。
私は思いきって声をかける。
「あのっ!」
「・・・ああ?」
振り返ったその顔を見つめる。
頭は・・・パンチパーマ。薄い眉。鷲鼻の下に薄い口ひげ。
細い目をさらにすがめて、私を見ている。
・・・どう見ても、ヤクザっぽい人だった。
そして、どこかで見た覚えのある顔だった。
「・・・ぁんだよ?」
怖じ気づきながらも声を振り絞る。
「あの・・・どこかで、お会いしたことはありませんかっ!?」
「はあ?」

ちょっと呆れたような顔でヤクザさんが私を見る。
「何言ってんだネーちゃん?」
「お願いです、教えてください!私と・・・私と、どこかであってませんか?」
私の必死さが伝わったのか、ヤクザさんは真面目な顔になった。
「いや。知らねーな」
「そ・・・そう、ですか・・・」
おかしい。確かに、この顔に覚えがあるのに・・・
「・・・どういうことだよ?」
「え・・・ええっと・・・」
「こちとら気が立ってるんだ。妙な言いがかりつけると承知しねえよ?」
言葉が怒気を帯び始める。
「そ、そんなつもりは!」
今更ながら、相手がヤクザということが怖くなってくる。
「・・・待てよ?・・・ネーちゃん・・・俺の顔に見覚えがあんのか?」
「は、はい・・・実は・・・」
私は朝起きたら記憶喪失になっていたことを説明してみた。

「・・・それで、か・・・なるほどな。だが、俺はアンタに見覚えはねえ」
「す、すいません・・・」
頭を下げた私に、彼は近づいてくる。
「ひょっとして、なんだけどよ・・・アンタ、俺の兄貴を見てるんじゃねえか?」
「え・・・?・・・兄貴・・・お兄さん、ですか?」
「ああ。俺ぁ兄貴にそっくりなんでな」
改めて、彼の顔を見てみる。違う・・・のだろうか?
「その・・・お兄さんって、今どこに・・・」
彼の表情がこわばる。
「死んだよ」
「・・・え」
ぎり、と彼が歯を食いしばった。
「殺されたんだよ・・・昨日の夜、この近所の公園で」
それを聞いて、私の頭に小さなモノクロ写真のイメージが閃く。
思い出したんじゃない。
新聞に・・・夕刊に出ていた事件の被害者の顔だったんだ・・・

「ま、それで殺った奴を探して回ってるわけなんだけどよ」
「自分で・・・犯人を?」
「ああ。警察はヤクザもんが殺されたって真面目に捜査なんかしやしねえしな」
「新聞では・・・その、組同士の抗争じゃないかって・・・」
忌々しげにペッ、と彼が唾を吐く。
「適当な事書きやがる。今俺達の組にちょっかいかけてるようなとこはねーんだよ」
「それじゃ・・・誰が・・・」
「それがわかりゃ苦労はしねえんだけどな・・・なあ、アンタ怪しい奴ぁ見てねーかよ?」
怪しい奴。その言葉に、昼間の銀縁眼鏡の男の事を思い出した。
気のせいなのかもしれないけれど・・・
何か違和感を感じさせる人だったのは確かだ。
「あの・・・違うかもしれないけど・・・ちょっとだけ、心当たりが」
思い切って、告げてみると
彼の細い目が驚きで見開かれる。
「マジか!?何でもいい、教えてくれ!」

「銀縁眼鏡で・・・ひょろっと背の高い奴、か・・・ありがとよ、ネーちゃん!」
「あ、いえ・・・」
立ち去りかけて、くるりと彼が振り返る。
「っと、そうだ・・・悪いんだけどよ、何か気が付いたら連絡してくんねーかな?」
「え・・・あ、はい・・・」
ポケットから出した紙切れに、何か走り書きして手渡してくる。
「悪ぃな・・・俺、堂本ってんだ。これ、俺のケータイ番号な」
そう言って、今度は本当に立ち去っていく。
その背中に、何故だか自分でもわからないまま声をかけた。
「あの・・・」
彼が立ち止まり、また振り返る。
「ん?なんだ?」
「・・・あの・・・頑張って、くださいね」
彼・・・堂本さんは一瞬びっくりしたように私を見て
それから・・・顔をくしゃくしゃにしてうつむいた。
「誰も・・・組の者もそんなこたぁ言っちゃくれなかったぜ・・・ありがとよ・・・」

堂本さんと別れて、アパートに戻って、しばらくすると兄さんも戻ってきた。
「ふう・・・ただいまー」
「おかえりなさい・・・何もなかった?」
「ああ・・・取り越し苦労だったかもな」
「お風呂、沸いてるよ」
「ん。じゃ、先入る」
兄さんがお風呂に入っている間、ぼんやりとTVを見て過ごす。
さっきの・・・堂本さんのことを思い出す。
犯人を捜している、と言った。
見つけだしたら、どうするのだろう。
私の言ったことは、果たして正しい情報だったろうか。
無関係な人を巻き込むことになったのではないか。
いろいろな考えがぐるぐると頭の中を回っていくが
何も結論めいたものは導かれなかった。
悩んでいると、兄さんがお風呂から出てきた。
上半身、裸。パンツ1枚だった。

思わず、目を背ける。
「兄さん・・・何か着てください」
「え?・・・あ、ああ・・・すまん、いや、いつもこれぐらい・・・」
「記憶がない私には、恥ずかしいの」
「わかったわかった」
慌てて部屋に戻っていく。
・・・全然、私を女性として意識してはいない。
それは当たり前なのかもしれない。
兄妹としての記憶をなくした私の方がおかしいのかもしれない。
けれど
見知らぬ街を手を繋いで兄さんと歩いたとき
美保と親しげにする兄さんを見たとき
夜の闇に一人行ってしまった兄さんを追おうとしたとき
あのとき感じた思いは
今ならはっきりとわかる。
私は、兄さんを愛していた。

愛している。今でも。
兄と妹としてではない。その記憶は今の私にはない。
でも、きっと・・・私はずっと兄さんを愛していた。
夕食のときのソーセージの話題が思い浮かぶ。
好きなものは、記憶がなくなっても好きなままだった。
それと同じなのかもしれない。
記憶がなくなって、ただ愛だけが残った。残ってしまった。
むしろ、兄と妹として育った記憶がなくて
禁忌の意識がないぶん
私の気持ちは抑えがきかなくなっている。
それでも、私はこの感情を抑えなければならない。
兄と妹という禁忌は、現実にまだ存在しているのだから。
それに、兄さんにとっては、私は妹のまま。
・・・迷惑だろう、実の妹に恋されては。
「ふっ・・・」
自嘲気味に、一人笑った。

兄さんが部屋から出てくる。
「お前も、早く風呂入っちゃえよ・・・使い方、わかる?」
「大丈夫・・・だと思う。台所でも、ちゃんとわかったから」
パジャマ姿の兄さんに促されてバスルームへ。
湯船に浸かりながら、自分の体に触れてみる。
・・・この体に、触れた人はいるだろうか。
いないだろう。私の兄さんへの気持ちが確かならば。
兄さん以外には触れてほしくない。だから、誰もまだ触れてはいないはず。
でも。
もしも私たちが禁忌を犯していたら?
帰ってきたとき、兄さんは私にキスしようとはしなかった?
ひょっとしたら、ひょっとしたら・・・
さっきチラリと見た、兄さんの体が脳裏に浮かぶ。
思うほどに、考えるほどに・・・私は高まっていく。抑えられないほどに。
・・・指が動き始める。
やり方は、わかっていた。

手のひらをそっと胸にあてる。
そんなに大きくはないけど・・・十分だと思う、自分としては。
真ん中をくぼまると、そこに先端がすっぽりとはまる。
そのまま動かしていく。目をつぶり、兄さんの手を思い浮かべて。
「は・・・ぁっ・・・」
吐息が熱い。
ちゃぷ、ちゃぷと、湯船のお湯が揺れる。
手の動きはだんだん大きくなり、柔らかな半球が形をうねうねと変えていく。
手のひらに当たる蕾は固くなり、それをこね回すとまた固くなっていく。
妄想は止まらない。
兄さんは・・・そう、今私の胸を包み込んでいるのは兄さんの・・・
あの・・・大きくて暖かい手・・・ああ、兄さん・・・もっと・・・
私の期待通りに、兄さんの手が片方、滑らかなお腹をさすって降りていく。
ああ、そう・・・そこに・・・ください・・・
兄さんの指は・・・私の思うように蠢く。
じゃぷん、じゃぷんと、お湯が波打ち始めた。

お湯の中。
ゆらめく薄い茂みを指がかき分けていく。
やがて目指す場所にたどりつく、ぴったりと添えられる。
伸ばした指の中程が期待に震える芽を優しく押し包み
先端は、滑りを帯びたぬかるみの中へ・・・
「ぅあ・・・あ・・・に・・・い、さん・・・も・・・っと・・・動かし、て・・・」
ゆっくりとなぞるように動いていく。
先端がぬかるみの浅いところをかき混ぜる。
押さえつけられた芽が膨れ上がって
それがさらに圧迫感を増して刺激になっていく。
指が往復する度に私はのけぞり、お湯が波立つ。
「は、ぁっ・・・はぁっ・・・」
もう、頭の中は真っ白になりかけて
その真っ白な世界で
兄さんが笑う。兄さんが服を脱ぎ捨てる。兄さんが私を抱きしめる。
そして。指の動きにあわせて、兄さんが私を貫く。

「ふっ・・・!う、あぁっ!」
小さな叫びが漏れるのもかまわずに
花びらをかき分けた指は、さらに奥へと、恐る恐る蜜を探りに進む。
「はぁ・・・にい、さん・・・も、うっ!・・・」
蜜壷は熱く・・・すんなりと受け入れた。
何の抵抗もない。
「あ・・・は・・・」
そう。やっぱり、貴方がもう奪っていたのね、兄さん。
ううん、怒ってない・・・むしろ嬉しいわ・・・
さあ、もっと味わって・・・全部、兄さんにあげるから・・・
もう一本の指が進入し、居座っていた指と重なって
私を押し広げていく・・・
「あ・・・あ・・・あ、は・・・っ・・・」
そのまま、軽く折り曲げたり伸ばしたりして
中の肉の壁をこすり立てる。
勝手に腰が動いていた。

やがてそんな軽い刺激では物足りなくなってきた。
手のひらごと動かし、激しく往復させながら思う。
今、私をかき回しているのは・・・兄さんの熱い肉。
頭の中、兄さんの顔が歪む。そう、兄さんも・・・気持ちいいのね?
兄さんのソレを思い浮かべる。
容易に、その凶暴な形が脳裏に浮かんだ。
大きくて、熱くて、硬くて、ピクピクしてて・・・
それが、また自分に埋め込まれていく様を想像する。
兄さんが激しく腰を打ち付ける様を思い描く。
私の肉が、兄さんの肉にうがたれ、ひしゃげられ、ゆがみ
兄さんの肉を、私の肉が吸い込み、包み込み、とろかしていく。
大きくなりそうな声を必死にこらえる。
「〜〜〜〜〜っ!!!んっ!・・・ん、ん、ん、ぅんんんっ!」
ああ
もう
どうなっても、いい。

世界がばらけていく。
ばらけた世界の中で
一瞬だけ、私と兄さんだけが確かなものになる。
抱き合っていて、繋がっていて、結ばれている。
やがて世界と一緒にばらけていく。
なのに
私だけがそのままで
ばらけていく世界から、ばらけていく兄さんからとりのこされる。
体の熱が冷めていって
私は、湯船の中で浅ましく体をまさぐっている自分に気づく。
ああ
なんて、空しい、夢。
指を引き抜く。
湯船の中、全身から力が抜けていった。
ふらつきながら、湯船から出る。
ただ、空しさだけが残った。

(第4節へ続く)

(Seena◆Rion/soCysさん 作)

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