「手を繋いで」第4節

気怠い体を引きずるようにしてバスルームを出る。
体を拭き、髪を拭い・・・バスタオルを巻き付ける。下着は付けない。
そのままキッチンに戻る。兄さんのいるキッチンへ。
兄さんはTVの前の椅子に、背中を向けて座っている。
振り向いて。
どんな反応をしてくれるのか、見たい。
照れたり恥ずかしがったり困惑したり誤魔化そうとしたりする兄さんが、見たい。
・・・反応次第では、バスタオルとりますからね、兄さん。
でも兄さんは振り向かない。
椅子に背もたれ、首を傾げたままTVを見ている。
TVではアナウンサーが淡々とニュースを告げていた。
「兄さん・・・?」
そっと、兄さんの前に回る。
・・・寝てる。
私にこんな切ない、苦しい、やるせない思いをさせておいて、知らん顔で寝てる・・・
ちょっと憎らしくなって寝顔を見つめる・・・やっぱり、好き。

いつまでも寝顔を見ていたいけれど
このままでは二人とも湯冷めしてしまう。
「兄さん・・・起きて、兄さん」
声をかけるが、ぴくりとも動かない。
肩に触れ、そっと揺り動かす。
「兄さん、風邪をひくわよ・・・兄さん、起きて」
うっすらと兄さんの目が開く。
「・・・ん。ああ・・・すまん、寝てたか」
「ええ、可愛い寝顔で」
ぷい、と兄さんが顔を背ける。
「・・・とりあえず、お前何か着ろ」
「・・・はーい」
照れる兄さんは、やっぱり可愛い。
返事はしたけど、もうちょっといじめたくなる。
「・・・・えいっ!」「うわぁっ!?」
顔を背けたままの兄さんに飛びついて、頭を胸に抱きしめた。

予想に反して、兄さんは驚きはしたが抵抗はしてこない。
「・・・いつもと、逆だなぁ」
「・・・いつも?・・・きゃ!?」
兄さんが私の体に腕を回し、ぐい、と体を入れ替える。
攻守逆転。
私は兄さんの胸の中に抱き留められてしまった。
「いつもは、甘えん坊のお前を、俺がだっこしてる。こんな風にな」
「うん・・・なんとなく、わかる」
すごく落ち着くから。
「ねえ?・・・兄さん」
「ん?」
「私たちって・・・普通の兄妹・・・だった?」
「・・・普通ってのはどんなんで、普通じゃないのはどんななんだ」
たとえば。本当は血が繋がっていないとか、男女として愛し合っているとか。
でも、そんな答えは返ってこない。
「まあ・・・普通の兄妹、なんじゃないかな」

そう。それでも、いい。
こうして、貴方の腕に抱き留められていられるのなら。
「んー・・・そろそろ眠くないか?」
そう言われれば、安らいでいるせいか少し眠い。
「いろいろあって疲れただろ。正直、俺も疲れたしさ」
「うん・・・」
名残惜しいけれど、兄さんから離れる。
兄さんが椅子から立ち上がり、うーん、と伸びをすると
「じゃ、おやすみ」
自分の部屋に戻ろうとする。
声をかける。
「・・・兄さん?」
「なんだ?」
「一緒に・・・寝ても、いい?」
一瞬ためらった後、兄さんはため息を付いた。
「・・・パジャマは、着てこいよ」

狭いベッドの上で、兄さんとくっついて眠る。
ただ、目が冴えてなかなか眠れなかった。
もしもこのまま記憶が戻らなかったら、と考える。
今は、それすらもかまわないと思える。
こうして、二人でいられるなら、他のことなどどうでもいい。
「兄さん?・・・もう寝た?」
すー、すー、と寝息だけが答える。
暗くて顔は見えないけれど
確かにすぐ目の前で息づいている。
愛しい人。
そっと手探りで、兄さんの手を探す。
あの、大きくて力強く、暖かい手を。
やがて見つけだし、そっと握る。
ずっと。
このままで、いい。

目覚めは緩やか。
徐々にはっきりしていく意識。
・・・気がつくと、一緒に寝ていたはずの兄さんがいない。
急に不安になり、慌てて跳ね起きて部屋を飛び出す。
「おお、珍しい。土日はいつも昼まで寝てんのに」
・・・不安は一瞬で解消された。兄さんはもう着替えて、キッチンで何か作っている。
「・・・おはよう、兄さん」
「ん、おはよう。後ちょっとでできるけど、食べるか?」
別に食欲はなかった。ただ、一緒にいたいので首を縦に振る。
「うん・・・食べる」
「あいよー」
兄さんがフライパンを揺すってたてるじゅうじゅうという音に
突然ルルルルルル、と電話の呼び出し音が混ざった。
「おーい、電話出てくれー」
電話をとると、昨日聞いた元気な声が聞こえてくる。
「もしもし?三浦ですけどー?」

「おはよう、美保」
「おっはよー!何か思い出した?」
起きてから、記憶を思いだそうとしていなかった。
ちょっと考えたが・・・昨日得た情報以上のものは思い出せない。
「えーっと・・・ごめん、まだダメっぽい・・・」
「ああ、まあ気にしない気にしない!じゃ、今からそっち行くから」
「・・・え?・・・なんで?」
「やぁねぇ、昨日言ったでしょ?アタシが、ちゃんとサポートするって」
それは確かに聞いたけれど。
「・・・別に、朝からつきあってもらわなくても・・・」
「いいっていいって。もう、何遠慮してんのよー」
兄さんがキッチンで怒鳴る。
「誰からー?」
「あ・・・美保からー」
「三浦さん?朝飯食うか聞いてー!」
聞くまでもないような気がした。

昨晩に続き、三人で食事。
「お兄さん、料理うまいんですねー」
「そう?・・・まあ、こいつが来るまでは俺一人で自炊だったし」
「・・・アタシも一人暮らしだけど全然料理とかダメっす・・・」
少し賑やかな食事が終わると、美保が身を乗り出してくる。
「で、今日はどうするの?」
「・・・どう、って?」
「記憶を取り戻すんでしょー?一日ここにいたってしょうがないじゃん」
どっちかというと・・・家で兄さんとのんびりしていたいのだけど。
「あのね・・・焦ってもしょうがないんじゃない・・・かな」
「まあ・・・そりゃそうかもしんないけど。だからってずっとこのままって訳いかんでしょ」
私本人より美保の方が乗り気になっている。
「・・・兄さんはどう思う?」
「え、俺?・・・うーん・・・」
腕を組んで考え込もうとした矢先
兄さんがまたぴくっとして、ズボンのポケットから携帯をとりだした。

イヤな予感。
昨日も・・・携帯で呼び出されて、仕事に行ってしまった。
「俺だ・・・ああ・・・ちょっ・・・ちょっと待て」
話しながら席をたち、兄さんが部屋に引っ込んでいく。
・・・また、なの?
「・・・お兄さん、忙しいのね・・・」
「うん・・・」
それにしても、別にここで話したっていいと思うんだけど。
「お兄さんって、何してる人なんだっけ?」
「あ・・・」
それは・・・覚えていないしまだ聞いていなかった。
後で聞いておこう。
やがて、兄さんが苦虫を噛みつぶしたような顔で部屋から出てくる。
「悪い。ちょっと仕事の打ち合わせで・・・出かけるから」
イヤな予感、的中。
今日一日、部屋で兄さんとゴロゴロする計画はこうして潰えた。

「ホント、悪い!」
私と美保にさんざん頭を下げて、兄さんは慌ただしく出かけていった。
部屋に残される二人。
「で・・・状況変わったけど・・・どうする?」
美保と部屋で二人っきりで・・・いてもしょうがなさそうだった。
「しょうがないね・・・どこか、記憶が戻りそうな場所、うろつこうか」
「OK。まずは学校かな。日曜で人いなさそうだけど」
こうして、また二人でキャンパスへ。
「アタシと同じ授業のときはいいけど、全部同じってわけじゃないからねー」
そう言って、美保が学内を細かく案内してくれる。
「私、サークルとか入ってないの?」
「入ってないわね。バイトもしてないし・・・」
あまり・・・人付き合いのいいほうじゃなかったみたい。
「結構、人気あるんだけどねー。近寄る男はみんなバッサリ」
どうやら、彼氏とかもいないらしい。
ちょっと、安心した。

少し遅くなって、学食で昼食をとった。
日曜日だが、クラブ活動などで学校に来ているらしい学生の姿がちらほら見える。
結局、施設内を歩き回っても何も思い出さなかったし
見覚えのある顔にも出くわさなかった。
「はあ・・・無駄骨かー」
「・・・このあと、どうしようか」
「そうねー・・・いつもだと、授業終わると真っ直ぐ帰るか駅前うろうろするかね」
家に帰ってもしょうがなさそうだし・・・
「駅前ね・・・お気に入りの店とかあった?」
「うん、何軒かあるわよ。じゃ、その辺当たりますか」
喫茶店。ブティック。ファンシーショップ。
いくつかのお店に立ち寄り
そして何も思い出せないことに落胆していた。
「えーと・・・後はあそこかな」
「・・・どこ?」
「本屋。アンタ本好きだからよく行ってたのよ」

「うわー。大きいね、ここ」
美保に連れられて来たのは、5階建てビルが丸ごと書店という大型の本屋さんだった。
「ま、この辺じゃ一番でかいんじゃないかな」
「へー・・・私、どんな本読んでたのかな」
「授業に関係する本とか、学術書コーナーよく見てたわねー」
・・・真面目な学生だったらしい。
とりあえず四階の学術書コーナーに行ってみる。
・・・何も思い出せない。思い出せないが、目を引くコーナーがあった。
「なになに?」
「医学書。記憶喪失のこと調べようかなって」
「ああ、なるほど」
もっと早く・・・学校にいるとき思いつけば図書館が使えたのに。
大きな棚に並ぶ、よくわからない題名の背表紙の列を眺める。
「・・・美保?」
「・・・なに?」
「記憶喪失って・・・どんな本調べればいいのかな」

それらしい本を探し出すのに20分。
本の中から該当する記述を探し出すのに10分。
色々と難しい用語で書かれていた。
結局、30分かけてわかったことは
噛み砕いて言えば、脳にショックが与えられたことが原因でない
精神的なショックが原因の記憶喪失は
「放っておけば自然に記憶は戻る」
ということだった。
「・・・」
「・・・役たたねー」
「・・・帰ろうか」
なんとなく精神的に疲れてしまった。
これ、お医者さんに行っても同じ事言われるのかしら・・・
少し憂鬱になって本屋を出ると
携帯の呼び出し音が響く。私のではない。
美保がバッグからうるさく鳴っている携帯を取り出した。

「もしもし?ああ・・・なんだ、何?」
そっけない返事をしながらも、一瞬美保の表情がパッと明るくなる。
「うん、そう・・・絵美と一緒・・・ええ!?今から!?や、ちょ、ちょっと待って!」
「・・・誰?どうしたの?」
「あ・・・」
美保が通話口を手でふさいで苦笑いを浮かべる。
「いやー・・・アタシの・・・ほら、アレなんだけどさ」
「・・・彼氏?」
「うん・・・まあ・・・ね、ここから一人で帰れる?」
「ええ?」
「いやねー、今から、その・・・来ないかって・・・」
なるほど。まあ・・・女の友情よりは男の愛情よね。
「平気だと思うよ。駅まで戻って、学校を通ればすぐだから」
「ゴメン!終わったら電話するから!・・・もしもし?ああ、うん・・・今どこよ?」
さんざん頭を下げながら、どこか嬉しそうにして美保は行ってしまった。
私の携帯にも・・・兄さんからかかってこないかな・・・

一人、家路をたどる。
もう日は暮れはじめていて
舞い落ち始めた枯れ葉が歩道を風に吹き飛ばされていく。
寒い。
出かけていった兄さんの服装を思い出す。結構薄着だった。
きっと、兄さんも寒い思いをしているだろう。
早く帰って、暖かい物作って。
兄さんが帰るのを待とう。
財布の中身を確かめる。
夕食の材料分くらいは十分あった。
駅前の商店街で買い物して帰ろう。
そう思った矢先。思わず足が止まる。
向こうから
ひょろりと背の高い、背広姿で銀縁眼鏡をかけた男の人が
歩いてくる。
私をじっと見つめながら。

(第5節へ続く)

(Seena◆Rion/soCysさん 作)

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