桃色処方箋 後編(そんな男、この世にいるわけがねえ……) 「あっ……?」 挿入途中の薬を突然引き抜かれ、アティの声に動揺の色が混ざる。 もうすぐ終わるはずではなかったのか?そんな戸惑いの視線をカイルに向けるが、当の彼は。 「あ~、駄目だ。上手く入らねえ。力入れすぎなんじゃねえか?アティ」 大げさにため息をつき、カイルは気だるげに目を伏せる。 「後ろに意識を集中しすぎなんだよ。これだと、入れたとしてもすぐに薬が出ちまうぜ」 「で、でも。意識しなくても勝手にお尻に力が入っちゃうんですけど……」 早くこの恥ずかしい状況に終止符を打ちたい。 身を強張らせ、潤んだ眼差しでカイルを見つめるアティの瞳は確実にそう訴えかけていた。 嗅覚を凝らせば、自身から漏れる女の匂いが鼻腔を突く。 ――濡れている。 その事実に彼女自身が気づいてしまった今、早く本来の目的を済ませたいという焦燥感に駆られずにはいられなかった。 「それじゃあ私、どうすればいいんですか……?」 「そうだなあ……」 困惑気味に尋ねるアティを見つめる彼の瞳は、なぜかこの状況を楽しんでいるようにすら窺える。 「だったら、こうすりゃいいんじゃないか?」 ――カイルの言葉が終わるよりも早く、彼女の中を鈍い衝撃が貫いた。 「ひっ……!?」 少し荒れ気味で、硬く長いその物体の感触は間違いなくカイルの指だ。 しかし、その挿入場所は今必要とするべき部分とはまったく関係のない――。 「カ、カイルさんっ!そこ、お尻じゃありませんからぁっ!!」 押し込んだ指をぐるりと回し、内側の粘膜を撫でるように引き抜けば、そこからはとろりとした愛液が溢れ出た。 突然女性器への愛撫を始めたカイルに、熱に侵されたアティの体は一層火照っていく。 状況を理解できないままカイルの手から逃れようと体を揺さぶるが、例によって抵抗もむなしく押さえつけられてしまった。 「後ろにばっかり意識がいっちまうから、上手くいかねえんだよな。こうやって……前の方にも刺激を与えてやらねえと」 「やっ……、一体前と後ろにどういう関係が……あぁっ!」 久方振りに物体を受け入れた膣内は、指一本の刺激さえ手放す事を名残惜しむように締め付ける。 熱を帯びたアティの体はその膣内さえもが熱さを増し、カイルの指にとろけるような快感を与えた。 「そりゃあ、関係大有りだろ?」 能天気に答えるカイルの口調とは裏腹に、膣肉を擦る指の数は二本へと増える。 引き抜くたびに、まるで指へ絡むように吸い付く肉襞の感触をより楽しもうと、貪欲に攻め立てる。 「こっちに神経が集中すれば、後ろの守りがお留守になって入れやすくなるって寸法さ」 我ながら強引な理由をこじつけるものだとカイルは内心苦笑しながら、更に空いている手をアティの茂みの中へと進めていく。 硬くしこった淫核に指の腹で軽く刺激を与えながら、陰唇の淵から溢れ出る愛液へと舌を這わせた。 ざらついた舌先が膣口を舐め上げる感覚。 アティの奥底から快楽とも羞恥心ともつかない感情がとめどなく湧き上がり、身震いとともに肌が粟立つ。 「んふっ……ふ、はぁ……っ」 初めは歯を食いしばっていたアティだが、徐々に閉ざしていた唇は力を無くしていく。 やがて呼吸は甘い喘ぎへと変化し、強張らせていた体は敏感な箇所を攻められるたびにその身を艶やかにしならせ始めていた。 ――いつもなら、アティは愛撫を受けてもそれほど快感を態度に出す事はない。 しばらくカイルと交わる機会がなかった事が原因か、全身をまとう熱に浮かされてなのか、その体は一つ一つの感覚に素直に反応を返していく。 (な……何だか、わけが分からなくなってきちゃいました……) ナップや島の子供達との学校生活や、島での戦いの事ばかりを頭に巡らせ、自分自身の事は何もかも後回しに考えていたアティ。 こうして一人の女性としてカイルに触れられていた事が随分と前のように思える。 太ももを伝い続ける愛液は、溜め込んでいた欲望がそのまま形となって溢れているような気さえした。 「アティ……大丈夫か?」 一段と荒々しくなる彼女の呼吸に、カイルは行為を中断する。 ……さすがにこのまま愛撫ばかりを続けていては、アティの熱を下げる事もままならない。 しかし彼の問いに反し、アティは無言で首を振った。 「平気、です。だからカイルさん……あの、もっと色んな所を触ってくれませんか?」 そう言いながら、アティは自身の服をおもむろにたくし上げていく。 うつ伏せの状態で強引にブラジャーをめくり上げると――ぶるん、と彼女の豊満な乳房が大胆にこぼれ出た。 「お、おいっ……!?」 突然の彼女の行動にカイルは動揺するも、今はそれどころではない。 その弾力で、今なお弾むように揺れ動く二つの乳房。 頂点に色付く突起は彼に触れられる事を望むように、小さめの形ながら精一杯に勃ちあがっていた。 「お願い……気持ちよく、して欲しいんです」 「あ、ああ」 片手で膣肉を味わいながら、カイルはもう一方の手を彼女の乳房へと伸ばしていく。 うつ伏せの体勢が原因か、乳房はいつも以上の重量感を持ちながらカイルの手にずっしりと収まった。 大きく吸い付くような瑞々しさと柔らかさに対し、手の平の中心でこりこりと転がる硬い乳首の感触は、アンバランスさがあいまって心地よい。 乳首を指の腹で優しく押し潰しながら乳房を荒々しく揉みしだけば、一際甘い嬌声がアティの喉から漏れ出した。 「はぁっ、あっ……!カイルさ……気持ちいいっ……」 膣口から溢れる愛液がカイルの指を伝い、シーツに跡を残す。 彼女の下半身に位置する場所には、愛液の小さな水溜まりまでができている始末だった。 ここまで乱れるアティを目にする事はカイルも初めてで、その様子には多少の困惑さえうかがえる。 ……しかし、彼の下半身はこの状況にも素直な反応を見せていたのだが。 (さすがに……ちょっとキツくなってきたな) 閉ざされたズボンの中で、彼のいきり立つ一部が内側から押し上げている。 思うように立ち上がることのできないそれは、狭い空間で張り詰める事で痛みさえ感じた。 まるで解放を求めるようにファスナー部分に向けて頭を突き出し、カイルに欲望のたぎりを伝える。 (このままの状態でしまい込んでるのは、ある意味拷問に近いぜ……) だからといって今のアティに舌や指で愛撫をしていても、性器の挿入も可能なほどの体力があるかは分からない。 舌先でアティの淫核を弄びながら、カイルは一つの結論へと辿り着いた。 「アティ。……しばらくの間、振り向かないでくれよ」 「えっ?」 「ほら、振り向いたらお仕置きだぜ」 淫核を前歯で甘噛みし、悲鳴にも似た嬌声がアティの喉から吐き出される。 そのまま声を上げといてくれと心の中で願いながら、カイルは音を立てないようにベルトを外し、ファスナーを下ろした。 途端に――ぐん、と頭を持ち上げて屹立する肉塊が中から顔を出す。 先端から滲む雫は女を求めるように濡れ光っているが、その願望は彼自身によって却下されていた。 (自分で処理するしかねえよな。……バレないように) 手元に落ちていた濡れタオルを掴み、脈打つそれを包み込む。 この際プライドは捨てよう。そう心の中でつぶやきながら、カイルはタオル越しに性器を握る指に力を込めた。 ……が。 「カイルさん……私、このままだとおかしくなっちゃいそうなんですけど……」 肌を朱に染め、全身で大きく呼吸を繰り返しながらアティがつぶやく。 確かに彼女の秘所は愛液が滴るほどに濡れそぼり、淫核は限界を伝えるように充血している。 最初より明らかに大開きとなっている脚は、より強い快楽が欲しいと嘆願しているようにさえ見えた。 「もう、充分ほぐれてますから……。早く、くださいっ」 うつ伏せの体勢のまま、アティは自身の秘所へと手を伸ばす。 ……その光景を目の当たりにし、自身の性器を握るカイルの手はぴたりと静止していた。 「そんなに俺に……して欲しいのか?」 カイルの言葉に、アティは頬を染めたまま何度も頷く。 「お願いですっ……。カイルさんにして貰わないと、私……いけない、から」 彼女が言葉を発するたびに、曝け出された膣口はひくひくと痙攣する。 「――な」 今の言葉は何かの聞き間違いか? 普段のアティからはまず聞く事のできないような大胆な言葉に、カイルの手からタオルが落ちる。 膨張する性器が、またしても大きさを増した気がした。 「いかせて欲しいのか?アティ……」 じらすように濡れた股を指で撫で上げ、カイルは彼女の耳元に唇を寄せた。 「い、いきたいからっ……お願いです、早く、入れてっ……!」 早く、入れて……。 あまりにも魅惑的なその言葉を、カイルは頭の中で何度も反芻させていた。 久しい性行為というものは、清楚な人間をもここまで淫らにさせるのか。 ――入れたい。この煮えたぎるほどに熱くいきり立った肉塊を、彼女の体内に潜り込ませたい。 はやる気持ちを押さえながら、カイルはあくまで冷静を装い、言葉を続けた。 「お願いする時は、もっと心を込めて言って貰わなきゃなあ?……お前のどこに、どうして欲しいんだ?」 快楽に潤んだアティの瞳が伏せられ、呼吸する小さな喉がゴクリと音を立てる。 しばらくためらいを見せたのち、アティは自らの股を大きく開くと、カイルの眼前へとより高く突き出した。 「お願いします。私の……お尻に入れてください」 その言葉にカイルは満足げに頷くと、アティの腰を力強く抱え込む。 「へえ。後ろがいいとは、アティも意外な事を言うもんだな」 「…………え?」 彼女の顔が一瞬呆けたように見えたのは気のせいだったのだろうか。 後ろの蕾へと、反り立った男性器があてがわれた瞬間――何かを言いかけたアティの声が。 「いいぃっ!?やっ、カイルさっ……きゃあああっ!!」 くびれた亀頭が挿入を妨げたのもつかの間。 もっとも膨らんだ所で押し広げられた蕾は、それ以降の竿部分をみるみる内に飲み込んでいく。 性器を締め付ける内壁に抵抗感はあるものの、彼女の腰を引き寄せながら根元まで一気に貫いてみせた。 「くっ……!すげぇ締まり具合だな、アティ……」 貫いた彼女の蕾は、女性器に勝るとも劣らない快感でカイルを締め付ける。 やや窮屈ともいえる内部だが、久々の行為を満喫できる彼にとってはそれさえもより強い快楽を引き起こす引き金となっていた。 「カ、カイル、さんっ!私が入れて欲しいのは、そっちじゃ……!」 押し広げられた蕾に彼を咥え込んだまま、息も絶え絶えにアティが叫ぶ。 先ほどまでは恍惚とした表情を浮かべながら彼を求めていたはずだが、今の彼女の顔はなぜか青ざめているようにすら窺えた。 「なんだ、前のほうが良かったのか?さっきは『お尻に入れて』って言ってたじゃねえか」 「お、お尻に入れて欲しいとは言いましたけど!でもそれはっ……」 「なら問題ないよな」 「えっ、違……ああぁっ!!」 ようやく欲望の解放を見出せた今のカイルには、愛しい恋人の言葉も馬の耳に念仏らしい。 自身を包み込む彼女の体内の温もりは心身ともに溶けるほど心地よく、繰り返される蕾への挿入速度は徐々に速まっていく。 「はんっ、あぁっ!……カイルさぁ……んふぁっ!こんな事、してる場合じゃっ」 体内を深く貫かれる衝撃にアティの言葉には嬌声が混じり、続きを口にする事を阻むようにカイルは休みなく攻め立てる。 アティは何かを否定するように首を振りながらも、体内を貪る彼の肉塊にただ成す術もなく従っていた。 しかし、それは強引な彼の行為に対する諦めの結果ではなく――。 「行儀わりいな、アティ。後ろの口でこんなに俺の事を美味そうに咥え込んでるってのに、こっちの口までヨダレ垂らしまくってるぜ」 「ひ、ぅっ……」 カイルは中指で陰唇の淵を撫でながら、すくい取った愛液をアティの眼前へと掲げた。 てらてらと光りながら糸を引く様は、彼女が間違いなく快楽を得ている事を証明している。 頬を染めながら言葉を失うアティだが、その無言は再びカイルの動きによって打ち破られた。 「ひあぁっ!?ちょっとっ、あんまり乱暴に……っ!!」 「仕方ねえよ、ラストスパートだからなっ!久し振りなんだし、最後の最後までたっぷり楽しませてくれ……よっ」 肉の擦れ合う音が一際激しく鼓膜を侵し、アティの蕾は痛みとも快楽とも分からない感覚に痺れる。 行為によってすっかり綻んだそこにカイルの性器が突き沈められた瞬間――彼の口から小さく声が漏れた。 アティの体内を、熱いものが満たしていく感覚。 どれほどの量を彼女の中に放ったのか、蕾から性器を引き抜くと同時に、白濁した体液が太ももの内側をとろとろと流れ落ちていった。 (あ……カイルさんのが、いっぱい……) まるでおもらしをしてしまったような感覚と、カイルが体内で果てたという事実が耐えようのない恥ずかしさを生み出し、アティは思わず目を伏せる。 しばらくして流出は治まったものの、内部に残る分はまだ零れ出ていた。 アティが俯いて覗き込めば、綻んだ蕾から蛇口の水滴のように体液が滴っている。 「凄い……。こんなに、出るものなんですね」 「んっ……。最後の夜から、一度も抜いてなかったからなぁ……」 長期間溜めに溜め込んだ欲望を一気に解放したのだ。途端に全身を疲労感がどっと襲い、カイルはそのままベッドに寝転んだ。 うつ伏せのままのアティを抱き寄せれば、朱を帯びた肌はじっとりと濡れている。 その感触に再び頭をもたげた下半身を何とか制し、カイルは行為の余韻に浸りながら瞳を閉ざした――が。 「……あの、いつになったら入れてくれるんですか……?」 カイルの腕の中でアティがつぶやいた一言に、彼の目蓋がぱちりと開いた。 先ほどの行為の激しさで、彼女はすっかり体力を消耗してしまっているはずだ。 そんな彼女が口にするとは思えないその言葉に、カイルは思わず身を起こす。 「おいおい、さっきあれだけやったってのに、まだ余裕あるってのか!?」 見れば、アティは髪を乱したままぐったりと横たわっている。 もう一度カイルに抱かれる体力が残っているようには到底見えないのだが。 「『早くいきたい』からって、さっきから言ってるじゃないですかっ」 「え?ああ、結構頑張ったつもりなんだが、いけなかったのか。わりいな。じゃあもう一回――」 「……座薬」 アティへと伸びかけた彼の手が、「その言葉」にぴたりと止まる。 ……なんだろう。何か忘れている気がする。 そう思いつつ首を傾げながらカイルは苦笑を浮かべた。 見下ろしたアティの顔はなぜか引きつり、優しい曲線を描いた眉は険しく歪んでいる。 「…………あ」 ――瞬間、カイルの背中を冷たいものが伝い落ちていった。 「これじゃあ、いつまでたっても学校に――いけないんですけど」 「いや、悪かった。本当にすまなかった。忘れてたわけじゃねえんだけどよ、なんつうか、ホラ、えっと」 「……もう終わった事だからいいです。薬はちゃんと入れて貰いましたし」 体を拭き、パジャマとシーツを取り替えれば、横たわるアティの姿がその場にぽつりとあるだけだった。 まるで最初から何もなかったと思えるほど綺麗なベッドメイキング。 アティの視線を背後に受けながら必死で片付けたカイル自身、その見事な手際に感心せずにはいられなかった。 「でもよ、お前に熱出してるにも関わらず無理させちまったし……。いい加減俺の暴走癖も治さなきゃな」 タオルを絞り、アティの額に静かに置く。 その手を彼女の熱い頬に当てれば、じわりと染み込む冷たさにアティの口元が緩んだ。 「そうですね。治してくれれば嬉しいですけど、カイルさんの暴走にはもう慣れちゃったかも」 「うっ……」 勢いに任せて誰かを押し倒したり、無実の罪でアティにとんでもないお仕置きをしてみたり――確かにカイルは今まで、思い返せば数え切れないほど暴走の限りを尽くしている。 むしろ慣れなければやってられない、というのが彼女の本音なのかもしれない。 苦い表情で目を伏せるカイルに、アティは思わず込み上げる笑いを押さえた。 「でも、今回はそんな所に助けられたかもしれません」 「え?」 「今日もカイルさんのせいで体は随分疲れちゃいましたけど……その分、心は軽くなったかも」 学校の事で毎日を追われながら、持ち前の性分で集落の手伝いなどにも精を出してしまうアティ。 もちろん戦いの時においても自らが先頭となって敵に立ち向かわなければならない。 そうやって誰かのためにばかり身を削り、自分が心から願う事は何もできないまま過ぎていく日々を、彼女はここ最近毎日のように過ごしていた。 「学校で子供達の勉強を見たり、集落の人達とお喋りしながらお手伝いする事だって凄く楽しいですよ?でも……そうやって私は、今まで自分の都合は何もかも後回しにしちゃってた」 愛しい人と共に居られる時間を削ってでも、誰かを助けたいと思う気持ち。 それも自分の望みであるというにも関わらず、アティは無意識にそんな日常に疲労を感じずにはいられなかった。 「だから、カイルさんとこうやって二人きりになれて、それで……久し振りにその、恋人らしい事もできたから。……何だか気持ちが楽になっちゃいました」 そう言って赤らんだ顔に微笑を浮かべる。 彼女の頬の赤らみは、疲労の熱がもたらしたものだけではない気がした。 「アティ……」 入れる場所は間違っていた気もするが、それでもカイルが長い欲望の沈黙を経てようやく彼女を抱けた事は間違いない。 ……しかし、一つだけカイルには納得できない事があった。 学校の子供達や島の人達を想うアティ。 そしてようやく自身の望みも叶えられた彼女の表情は、とても満ち足りた様子で輝いているのだが。 「――だけどな」 こんっ。 「…………ったい、です。カイルさん……」 眼前に小さな火花が飛び、アティはその痛みにわけが分からず頭を押さえる。 頭上には拳をかかげたカイルがむくれるように、彼女を見下ろしていた。 「他人の事を気にかけるのはお前の性分だし、いい所だ。そんなお前が幸せそうな顔してるのも俺は嬉しい。……だが」 「だが?」 ひくひくと引きつるカイルの口元がなぜか妙に気になってしまう。 「その過程で……『俺の気持ち』を一度たりとも汲んでくれてない気がするんだが」 「…………あっ!」 (忘れてたのかよ……) 周囲の人間に気を遣うあまり、自分のプライベートがおろそかになるという事は――つまり、恋人であるカイルへの気持ちも必然的におろそかになるという事で。 がっくりとうな垂れるカイルに、アティは狼狽しながら手をバタつかせる。 「ち、違いますよ!カイルさんの事を気にしてなかったんじゃなくって、そのっ、私にとって身近な存在すぎてすっかり忘れ……じゃなくって!」 喋れば喋るほど墓穴を掘るアティの姿に、カイルは思わず苦笑を浮かべた。 確かにアティが、「仲間」としていつも自分を想ってくれている事は分かっている。 他人を優先しながら、彼女自身の都合を後回しにしつつ「恋人」の気持ちも汲むなんて、そんな器用なマネができる訳がない事も。 それでもやっぱり「恋人」として、毎日ほんの少しでもいいから自分に接して欲しいと思うのは……身勝手な考えだろうか。 そんな事を考えながら、カイルはいまだに苦悩するアティの髪の毛をくしゃくしゃと撫でつける。 「お前のモノの考え方を変えさせる権利なんて俺にはねえし、これからもお前のやりたいようにやればいいと思う。……だけどよ」 彼の言葉が途切れたかと思った瞬間――その顔が間近に迫った。 ふっ……と、吐息とともに重なる温もり。 「カイル……さん?」 ――唇の感触。 ようやく彼に唇を奪われたのだという事に気づき、アティは紅潮する顔を慌てて押さえ込んだ。 その様子にカイルまでもが赤面しながら、視線を逸らして言葉を続ける。 「こうやって、ちょっと触れ合うくらいなら忙しくても毎日できるだろ?大体、付き合いながら一緒に生活もしてるってのに、キスさえご無沙汰って……寂しいんだよ」 「う……、はい」 「……それに、これからは俺もお前の仕事を手伝うよ。モグラ退治でも、スバル達の遊び相手でも、学校の事でも何でも手伝ってやる!」 また今日のように疲労で体調を崩されては心配でかなわない。 ――ふと視線を机に向ければ、生徒達が解いたらしき解答用紙が何枚か散らばっていた。 「へえ、テストか。答えの一覧はこれだな。……俺が全部採点しといてやろうか?」 「だ、ダメです!あの子達の勉強の成果は、一番最初に私が見たいんですからぁ!」 カイルが手にした解答用紙の束を慌てて奪い取り、アティは必死の形相で腕の中にそれを抱え込む。 再びカイルが手を伸ばすと、彼女は「子供達の成果」をくしゃくしゃに抱き締めながらベッドへと潜り込んだ。 「おいおい……そうやって無理すると、可愛い生徒達が余計に心配するって事忘れてねえか」 「でもっ……」 胸に挟まれた解答用紙に思わず嫉妬しつつも、カイルはこちらを警戒しながら見つめるアティにため息をつく。 教師として子供達を愛する彼女の気持ちは分かるのだが、その持ち前の思考で、結局何もかもを抱え込まれては意味がない。 しばらく腕を組みながら考えを巡らせ――彼は一つの案を思いついた。。 「――お邪魔するぜ、アティ」 突然布団をめくり上げられ、解答用紙を抱き締めて丸まったアティの姿が彼の前に露わとなる。 その隣りに寝転ぶように入り込むと、カイルは答えの書かれた紙を彼女の前へと差し出した。 「一緒に採点すればいいじゃねえか。俺が答えを読み上げて、お前が確認して、お前の指示通りに俺が解答用紙にチェックする。それで問題ないだろ?」 「う……うーん。それなら……」 確かにこの状態で赤ペンを走らせるのは辛い気もする。 それなら自分で解答を確認しながらカイルに採点をして貰ったほうがいいだろう。 それに……。 「心配すんなって!採点しながらお前の看病もちゃんとこなしてやるさ。こうやって、すぐそばでな」 まるで子供をあやすように、彼の大きな手がアティの髪を優しく撫でる。 アティがカイルの満面の笑みを前に――その存在をそばに感じながら、彼の好意を断れるはずがないのだ。 こうして彼が隣りに寄り添ってくれる事。 もう何日ぶりかも覚えていないくらいに久し振りで、彼女にとっては何よりも嬉しい、今この時。 「――そうですね。カイルさんが、私のそばにいてくれるなら」 せっかくの特別休暇なのだから。 それならば、誰よりも大切な人と過ごしていたい。 布団の中でカイルの温もりを感じながら、アティの口元には柔らかい笑みがこぼれていた。 「アニキ、ちゃんと先生の看病してるのかな」 厨房でお粥を作りながら、ソノラが隣りのスカーレルに向けてふとつぶやく。 彼はというと、リンゴを手慣れた様子で切りながら、苦笑まじりに虚空を見上げた。 「どうかしらねえ。あの子の事だから、また調子に乗ってセンセに妙な事してなきゃいいけど」 「ヘンな事したって、結局最後は仲良くやってるんだよ。あの二人は……」 大げさに肩をすくめ、ソノラは脳裏に浮かんだ桃色の光景に口元を引きつらせる。 「今も甘~い看病の一時を楽しんでるんだろーね」と、鍋をかき混ぜながらそう口にした。 「コラ。そういう事を言うもんじゃないの。カイルはともかく、センセは大変なんだから」 「じょ、冗談だってば……あっ、可愛い!」 視線をスカーレルに向けた時、ソノラの瞳に小さな「ウサギ」が飛び込んだ。 ……といってもスカーレルの手の中にある、赤い皮でウサギの耳をかたどったリンゴの事なのだが。 まな板の上に並んだそれを輝く瞳で見つめるソノラに、スカーレルは得意げに笑みを浮かべた。 「ふふっ、可愛いウサギさんでしょ?果樹園で貰った甘い蜜入りのリンゴ、せっかくだからセンセに食べて元気になって貰おうと思ってね」 センセに――という言葉に、ソノラは落胆したような面持ちで唇を尖らせる。 子供っぽい所は相変わらずだと心の中で思いながら、そんな所も可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みというやつだろうか。 スカーレルは一切れのリンゴを手に取ると、彼女の口元へと運んでいった。 「仕方ないわね。じゃあこれだけ」 「やったあ!……って、んぐっ!?」 ソノラの口へと押し込んだのは、切り分けた中でも一番大きな物だった。 予想外の大きさのリンゴを入れられ、半分ほど口から突き出した状態でまごつく少女をスカーレルは面白くて仕方がないというように眺めている。 「あっははは!さすがの大食いのソノラも、それは一口じゃいけないみたいね?」 「ひょっ……、ふかーえう!」 とっさに口元へ手を伸ばすソノラだが――その手はスカーレルによって押さえ込まれてしまった。 噛み砕く事もできない状態で両手までふさがれ、彼の子供じみたイタズラに眉をしかめた時。 「――じゃあ、せっかくだからアタシも半分」 掴まれていた手が解放され――彼の腕がソノラの腰へするりと回される。 鼻腔をくすぐる香水の匂い。 突然の抱擁に混乱しながら彼女がスカーレルを見上げると同時に。 「んっ……うぅっ!?」 リンゴを咥えたままの唇に彼の顔が近づき、やがてそれを覆うようにソノラへと彼の唇が重ねられる。 わけが分からず頬を紅潮させ、硬直するソノラ。 しかし――繋がった口内の「しゃりっ」という音に、その思考は現実へと引き戻された。 「うん。甘くて美味しいわね。このリンゴ」 「……へ」 しゃりしゃりと膨らんだ頬を上下させるスカーレル。 気がつけば、彼女が咥えていたリンゴはその半分がかじり取られていた。 「すっ、スカーレル!!い、いきなり何っ何なの!?」 腕の中で頬を染めたままもがくソノラに、リンゴを飲み下した彼は平然とした笑顔で答える。 「リンゴを食べるのが大変そうだったから、手伝ってあげただけよ?」 「なっ……」 絶対に嘘だ。 思わず心の中でそう突っ込みかけたが……自身の体を包み込むスカーレルの優しい腕に、ソノラはただその身を火照らせるばかりであった。 「……ここはバカップルな海賊船ですね」 そんな二人を廊下の影からヤードが眺めていたことなど、誰も知る由はない。 「センセ、調子はどう?」 お粥とリンゴを手に二人が向かった先は、もちろんアティの部屋だ。 スカーレルが声をかけるも、室内では二人の会話する声が絶え間なく続いてる。 もしかしてお邪魔かしら?と隣りのソノラに無言で目配せするが、ソノラはその口元にイタズラじみた薄い笑みを浮かべていた。 「いーのいーの。いきなり入ってビックリさせちゃえ。……せんせーいっ!!気分はどおっ?」 「ちょ、ソノラッ」 彼の制止も聞かずにソノラがドアを勢いよく開け放つ。 他人には見せられないような光景が待ち構えていたらどうするんだと内心焦るスカーレルにも構わず、ソノラは嬉々として室内へと飛び込んでいった。 ――すると。 「あ、スカーレルにソノラじゃありませんか」 そこには眼鏡をかけたアティと、隣りに腰掛けて苦悶の表情を浮かべるカイルの姿があった。 彼女らの周囲に散らばっているのは……学校で使っている、アティお手製の教科書だ。 「なあ……アティ。俺やっぱ、学校関係の手伝いはやめとくよ」 「ですから!これは私の為にして貰ってる事じゃないんですよ?カイルさんの為にですね……」 真剣な眼差しでくどくどと言葉を続ける彼女に、カイルは時折視線を逸らしては重いため息を吐いている。 何事かと歩み寄ったスカーレル達に、アティは苦い表情で一枚の問題用紙を差し出した。 ソノラはそれを受け取り、内容を読み上げる。 「えーと、『X+8=14』?」 「カイルさんが……「先に答えを書いてたら、問題にならないだろ」って……」 「…………」 「他にもこの重力の問題とか、字の読み方とか……」 アティが次々に差し出す問題用紙には、ナップくらいの歳の子供なら容易に解けそうな内容の問題が連なっていた。 しかし、その回答のことごとくに赤ペンで厳しいチェックが入っている。 回答者の名前の欄には――カイルの文字が。 それらを目にし、スカーレル達の喉がごくりと音を立てた。 「た、確かにアニキは海に関する知識は人一倍凄いけど、普通の勉強はからっきしだったからね……」 だが、それを差し引いてもこの結果はあまりに凄惨極まりないものだ。 「――カイルさん。学校で皆と一緒にお勉強しましょう!」 「いいぃッ!?」 あの妖精さんやらワンコやらが集まる青空教室に、海賊カイル一家の頭領が共に勉強を……。 不気味で奇怪としか思えない状況を想像し、カイルは青ざめながら身を引く。 「カイルさん……」 「うっ……!」 ……ぎゅっ。と、アティの柔らかな手が彼の手を包み込む。 「将来きっとこのお勉強が役立つ日が来るはずですから!……それに、カイルさんが学校に来てくれれば、一緒にいられる時間も増えますし」 ――アティと、一緒に。 問題が分からない時は手を添えて貰いながら一緒に黒板に解答を書いたり、休憩時間にはナップやスバルによる「先生スカートめくり」に協力……いや、阻止したり。 しばらくすれば自分も先生となって、マルルゥ辺りに「夫婦先生さん」なんてまとめて呼ばれるようになったりして……。 「やる」 「そうこなくっちゃ!頑張りましょうね、カイルさん!」 突然即答したカイルに訝しげな視線を送る部外者が二人いるが、彼にとってそんな事はどうでもいい。 勉強するという大義名分があれば、愛しいアティのそばにずっといられるのだから。 それに――。 (アイツが一人で必死になってる時に、恋人の俺がぐうたらしてるワケにはいかねえもんな) 少しでも、より多くの時間をアティとともに過ごしたい。 そうして彼女の負う負担を、少しでも軽くしてあげたいから。 (勉強自体はやっぱり苦手だが――たまにはこういうのもいいか) アティの笑顔を見つめながら、カイルは一人、力強く頷くのであった。 ――後日。 荒野にて、とある海賊が悪行召喚獣を相手に異常なまでの暴れぶりを見せる事態が発生する。 リーダーであるアティは、すっかりベンチを温める役割へと変更されていたらしい。 おまけに、その男の拳による「モグラ叩き」は畑全体を揺るがすほどの衝撃を与え、それ以降芋畑がモグラに荒らされる事はなくなったとか。 そして――。 「アティ。今夜……いいか?」 「カイルさん……」 夜中、アティの部屋を訪れたカイルの手に抱えられているのは……一冊のノートと、一本のワイン。 「……はいっ!お勉強の復習ですね?」 勉強に励み、お互いの部屋を行き来する二人の姿を仲間達が毎晩見かけるとか、見かけないとか。 おわり 前へ | 目次 |
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