あなたとふたりで ~You are my color~世界は広いと初めて認識できた時、私の傍には貴方がいた。 私の白黒の世界に、鮮やかな色彩を与えてくれたのは貴方だった。 私はずっと貴方と一緒にいたい。 ―――それが、傲慢で脆い願いだと知っていても。 それでも貴方は私に夢を見続けさせてくれますか? 「…レット、クラレット!」 私の身体は誰かによって揺す振られる。 まだ夢の世界と現の世界の間を行き来している私は瞼をしばたかせながら、突っ伏していた机からゆっくりと身を起こした。 「――…はやと?」 まだ思考がはっきりとしないまま、私は彼の名を呼んだ。 彼は寝ぼけなまこの私に呆れているのか、軽くため息をついたあと、私の目の前で掌を振り意識が覚醒しているかどうか確かめているようだ。 ……今、何をしていたのだろう。 私はよほど寝ぼけているらしい。自分の瞳に映る人物がハヤトだということ以外はなかなか思い出せない。 周りは薄暗い――、どうやら自分の部屋であることは間違いない。 「…まだ眠たい? 夕食が出来たってリプレが言ってるけど、後にするか?」 彼はまだ寝ぼけている私を気遣っているのか、柔らかく優しい口調でそう訊ねてくれた。 ――そういえば、そうだった。ハヤトを元の世界に戻すために文献を調べていたら、疲れていつの間にか眠ってしまっていたんだ。 そう気がつくと、一気に私の意識は覚醒し首を横に振る。 「いえ、今頂きます…ごめんなさい、折角起こしてくれたのに寝ぼけていて」 「あ、いや、それはいいけど…大丈夫か? 最近疲れてるようだけど…」 「いいえ、そんなことありませんよ。貴方が心配するような無茶はしてませんから、安心してください」 心配そうに覗き込む彼。こんな些細なことで心配するなんて、お人よしの彼らしい――内心苦笑すると、頭を横に振って否定の意を伝えた。 たしかに彼の言うとおり、最近文献を調べるのに忙しく寝不足気味で疲労は溜まりやすくある。 だが、こんなつまらないことで彼を心配させるのも申し訳ないと思い、話を反らせた。 「無茶といえば、貴方の行動のほうがよっぽど無茶ですよ。いつもいつも私に心配ばかりかけて…、もう少し落ち着きを持ったらどうです?」 「…うげっ、やぶへびだったかなぁ」 私の皮肉に彼は苦笑を浮かべながら、手を差し伸べた。 「ほらっ、行こうぜ。クラレット。 折角のリプレの料理が冷めちまう」 「……は、はい」 優しく差し伸べられた手に私は手を伸ばす。思わず頬がかぁっと熱くなるような気がした。 それが何かは分からないが。 そのとき。 軽い頭痛と眩暈が襲い、私の身体はぐらりと揺れる。 ――世界が反転している。 ぼんやりとそんなことを考えながら、私は踏みとどまることもできず、身をそのまま重力に委ねた。 「クラレットッ、危ない!」 襲ってくる衝撃が思ったよりも軽かったことに気付くのに数秒。 不思議に思いふと視線をあげてみると、そこにはハヤトの顔がすぐ間近にあった。 いつもより真剣でいて心配そうな眼差しで私の顔を覗きこんでいる。 これまで何度か見てきた彼の表情。見慣れているはずなのに、どうしてか私の胸は熱くなった。 「はぁ…危なかったぁ…。本当に大丈夫なのかよ。 ―――クラレット…?」 だが、その原因が何であるか確認する前に、私の意識は再び闇へと溶け込んだ。 ――これは夢だろうか。 私は何も身に纏わないまま、白いシーツのベッドの上に身体を横たわらせていた。 そして周りを確認してみると、そこは見覚えのある部屋――ハヤトの部屋だった。 「やだ…っ!」 あまりに日常的な光景のなかで裸体を晒しているという羞恥に、慌てて身体にシーツを抱き寄せる。 「ど、どうして…?」 夢だと言うのに、意識ははっきりとしている。夢ならはやく覚めて、と焦りながら顔が火照っていくのが分かる。 ハヤトの部屋という場所がさらに私を焦りと羞恥に追い込んでいった。 これでもし、ハヤト本人でも出てきたら羞恥で私は死んでしまうかもしれない。 たとえ夢の存在だとはいえ、彼に自分の生まれたままの姿を見られるのは恥ずかしい。 だが、はたとそこで気付く。 私は彼にとって、そして彼にとって私とは何なんだろうかと。 また、どうして彼のことがこんなにも気になってしまうのだろうかと。 魔王降臨の召喚儀式を行ったあの日から全てははじまった。 その日まで父上の道具として生きてきた人形だった私と、知らぬ名も無き世界からリィンバウムへと喚び出された彼が出会ったその日。 お人好しで、直情、短慮な時もあるだけど、人一倍他人や召喚獣に思いやりの心を持つ彼との出逢い。 彼は私に様々なものを与えてくれた。 今では当たり前だと思えるものを何も知らなかった私に教えてくれ、彼との日々の生活は新鮮だった。 今でも彼といるだけで、ふんわりとした優しい気持ちになれる。 きっと、彼は私にとって必要不可欠な存在なのだろう。 ――それは恋と呼べるような感情ではない。 きっとそれはもっと醜悪で、妄執めいたものだと、自分でそう感じている。 私は彼を手放したくない。どんな手を使ってでも彼を守り抜きたい。 たとえ、この手を血濡れさせるとしても。 他の誰にも渡したくない。彼がいなければ、私はその生きる意味を失ってしまう。 ―――だから、私は彼を守り通す。 いつの間にかそんな考えや感情を持つようになっていた。 だが、彼にとっての私はどうなのだろうか。 彼らを欺き続けて一緒に生活してきた私が、彼に必要とされたいと願うのはおこがましいかもしれない。 ――だけど、許されるのなら。私は彼と共に同じ道を歩み続けていきたい。 むろん、その資格などないのかもしれないが。 そのとき、聞きなれた声が耳を通り抜ける。 「……クラレット」 「え、あ、は、はひゃとっ!?」 いつの間にか横で、私に身体を寄せていた彼の名を呼ぶ。 あまりにも唐突すぎて――夢だから仕方が無いのかもしれないが――、私の声は裏返ってしまっていた。 恥ずかしい。 恥ずかしすぎる。 彼もまた裸で、お互い向き合ったまま――しかも、ベッドの上で抱き合っているという状況は都合が良すぎると言うか、嬉しいと思う前にただひたすら恥ずかしかった。 じっと彼は私の瞳を見つめる。 それが熱の込められたものだと思うのはやはり都合が良すぎる夢のせいだろうか。 私もまた彼の瞳を見つめ返す。彼の顔は徐々に近づいてきて、そして――― 目を覚ました。 「―――あ、気付いた? …クラレット」 これは夢の続きなのだろうか。 夢の世界から覚醒したと思えば、同じように私の目の前に彼の顔があった。 もし誰かが彼の頭を少しでも下に押したら、唇がくっつきそうなほど近くに。 「……はやと?」 「よかったぁ…、急に倒れたから心配したんだぜ? ――…ったく、やっぱり体調悪いんだろ? ……クラレット?」 「―――…ひゃ、ひゃいっ!?」 間近にあるハヤトの顔を眺めていた私は、ハヤトの言葉にさえもぼけっとしていて答えを返すことができなかった。 おもわず、夢と同じように私の声は裏返ってしまい、かぁああっと顔が熱を持ち始めるのを自覚できた。 (こんな顔を近づけられたまま話されたら、夢の続きを想像しちゃうじゃないですかっ!) ハヤトには何かを意図しているわけではないことは分かっているのだが、 わざと私に意地悪をしているのではないかと疑ってしまうほどに、彼の顔は近かった。 だが、彼はそんな私の気持ちには全然気付いていないのか、そのまま私の顔を覗きこんで額に手を当てて熱を計る。 「本当に大丈夫か? なんだか少し熱っぽいし。 なんなら、今からセシルさんを呼んで体調を看て貰うけどさ…」 「い、いえ、ご心配なく! その、少し休めば…回復すると思いますので」 顔が熱っぽいのは貴方が顔を近づけるからです、という抗議なんて恥ずかしくてできるはずもなく、ぶんぶんと激しく首を横に振ってそれを否定した。 「でも、本当に無理はするなよ?」 「はい、ご迷惑をおかけしてすみません……」 意気消沈する。彼のために元の世界へと戻る方法を探しているというのに、そのことで彼に迷惑をかけているなんて本末転倒もいいところだ。 私は彼の役に立ちたくて、多少無理をしてでもこうして調査をしているというのに、この有様では自分が情けなく思えてきた。 「迷惑? クラレットも不思議なことを言うよなぁ…。別に迷惑なんてかかってないって。それにさ…、俺、本当にクラレットのことが大切だからさ。その…何かがあると心配になるんだよ」 「そうですか―――……え?」 彼は微かに頬を紅潮させ、戸惑いながらも、少し控えめの声でそう言った。思わず聞き逃すところだったが。 (私のことが大切…? まさか…、空耳に決まっています。ええ) 本当に私は疲れているようだ。彼が私のことを大切だなんて、そんなはずがない。 だって、私は彼、いや彼らを騙し続けてきた。私に大切にされる資格なんてあるはずがない。 ―――あってはいけないのだ。 私は無色の派閥の人間。どれだけ足掻いても、その事実だけは消せない。 そして、直接的にしろ間接的にしろ、父上の策謀の手助けをしていたのもまた事実。 ハヤトは気にしすぎだと言ってくれたが、私はそうは思えない。 この目で、バノッサやカノンの運命が父上に弄ばれたのを目撃しているからだ。 もし、あの時私が器として魔王召喚の儀式に成功していたとしたのなら、彼らは救われていたのかもしれない。 「もしも」の世界の話だから、それが正しいのか誤りなのかはわからない。 けれど、時々その「もしも」の世界を想像する。 もしも、私がハヤトと出会わなかったのなら、もっと違う結果が待っていたのではないかと。 「……大切なんだ、クラレットのことが」 (空耳もここまでくると重症ですね…近々セシルさんに看てもらわなくては) 「俺さ、クラレットが居たから今まで頑張れて来れたんだ」 (それにしても都合のいい空耳ですね。……こんな空耳もたまにはいいかもしれません) 「君がいなかったら、俺は、強くなれなかった。君がずっと支えてくれていたから――」 (にしても、しつこい空耳ですね…これではハヤトの話が聞こえないじゃないですか。折角二人きりなのに) 「…聞いてるのかよ、クラレット? 黙ってたら、独り言言ってるみたいで、恥ずかしいんだけど…」 (聞いてますよ。こんなに都合のいい空耳………―――って、え?) 私は慌てて身を起こし、はっとハヤトの顔をまじまじと眺めた。 それに驚いたのか、彼は顔を引っ込めて困惑したような表情を浮かべていた。 「……嘘」 「君に嘘を言ってどうするんだよ…あー、その、つまりだな…えーっと…」 ―――信じられない。 もし、さっきまでの空耳が事実だとしたなら。私は、私は感情を押さえきれなくなる。 彼は今更顔を真っ赤にさせて、唇をわなわなさせながら言葉の続きを紡いだ。 「お、俺は、君のことが好きっ…好きなんだっ!」 ―――…嘘? 嘘、嘘、嘘!? ありえない。理論的に考えてありえない。 可能性はゼロに等しい。この人は何を考えてこんなことを言っているの!? 「う、嘘…? だ、だってそんな、私…」 「だっ、だから! 嘘じゃないってば!! あー、もう! これで分かるだろッ!」 彼は私の手首を掴んで引き寄せると、抱きしめられ―――… (…―――これって…キス!?) 微かな瞬間ではあったが、彼の唇が私のそれと重なり合い、彼の温もりが少しだけだが伝わってきた。 驚いて顔を離し、彼の顔を見つめると、彼は非常に恥ずかしそうに視線を私から反らしていた。 「お、俺、これ、初めてなんだぜ…?」 これ、というのはキスのことだろう。つまりはファーストキス…もちろん私だって初めてだ。 「わ、私だってそうですっ! で、でも…っ! どうして私なんかを…?」 も、もしかしたら、ハヤトの気まぐれということもあるかもしれない。 そのときは、憤るがその前に尋ねておかなくてはならなかった。 落ち着こうとしながら、私は尋ねた。 「…『なんか』じゃないさ。クラレット『だから』だよ。この世界に来て何も知らない俺に、色々と教えてくれたのはクラレット、君だ。どんな時も呆れながらでも、俺を手助けてくれたのは君だ。辛い時だって、悲しい時だって、そして嬉しい時だって、君は傍にいてくれた。……いつからか、俺にとって君は必要な存在になっていたんだ。あー、そのっ、上手く言えないけど…兎に角っ! 俺には君が必要なんだ!」 気の毒になるくらいに顔を真っ赤にさせながら、彼は言葉を紡いでいた。 だが、突然の告白に私はその言葉に現実味を感じることができないでいた。 もしかしたら、さっきキスされたのも自分にとって都合のよい夢ではないのかと思ってしまう。 「け、けれど、そうだとしても―――…私はあなたを裏切っていました。私は、あなたに許してもらえる資格なんて…ましてや幸せになる権利なんかないんです」 ハヤトの告白が本当だとしても、私はそれを受け入れることはできない。 どれだけ彼が望んでいたとしても、私は受け入れてはいけないのだ。 私はただ彼を不幸せにしてしまうだけ。 今までだってそうだった。 無職の派閥の件は言うまでにも及ばず、私はいつも彼に守られてばかりで、足をひっぱっている。 彼は私が必要だと言ってくれるが、そんなわけがないと否定する。 きっとそれは彼が気遣ってくれているだけに過ぎない。 それにどれだけハヤトが許してしまうおうとも、私自身がハヤトを不幸にしてしまう自分が許せなかった。 ハヤトを欲していたのは私の心。だけど、それを認めてしまったら、きっと私はハヤトから離れられなくなってしまう。 どんな卑怯な手を使ってでも彼の心を束縛してしまうだろう。 ―――そんな女と一緒にいないほうが彼のためだろう。 そんなことを考えていた瞬間、ふわりと私の身体は彼によって抱き引き寄せられた。 「は、はやと……?」 思いがけない彼の温かみに戸惑った。 なぜだろう、彼に抱きしめられるだけで、 今までの不安や悲しみというのは吹き飛んでしまい、逆に安堵感を得ていた。 この人といるだけで、心が安らげてしまう。わからない、分からないけれど…… 「なんで、そんな悲しいことを言うんだよ…?」 ―――彼は私のために泣いてくれた。 「なんで、そんなにも自分を責めるんだよ!? フラットのみんながそんなこと気にしないのは君も知ってるだろ! 俺だってそうだぜ!? 俺は君がいるから今までやって来られた…これからも…ずっと君と一緒に居たいんだ」 ぽろぽろと涙を流しながら、彼は微笑った。 「……出来ることなら、一緒に俺の世界に来て欲しいんだ。それがいつのことになるかは分からないけれど…元の世界に戻るなら君と一緒に帰りたいんだ」 私のために笑って、泣いてくれる彼がそう言った。 もう、私の心は答えを出している。 「…はい! ダメだって言われても絶対について行きますから! 私の世界は貴方と共に、ずっとずっと…一緒に!」 彼の言葉のひとつひとつが私の心の闇を拭い去ってくれる。 それは夜明けの陽光のように、希望として心に広がっていく。 あなたと一緒にいれば、どれだけ深い闇にも負ける気がしない。 あなたと一緒ならばどこまでも行ける―――、きっと世界を超えることさえもできる。 くだらないことを考えるのは止めた。 ハヤトが望むなら、私はすべての罪を背負ってでも前に進むだろう。 罪を悔いるのではなく、未来(まえ)を向いて自分が彼のために、そして自分のためにできることを探そう―――。 彼はすべてを受け入れてくれる。 「ハヤト…ありがとうございます。私は…わ、たし、は……っ…! っく……ぁ、ふぁ、ぁあああああっっ!」 今まで溜まっていた感情が堰切ったかのように、泣き叫んだ。 彼にしがみついて、まるで幼子のようにその涙が枯れるまで彼の胸のなかで泣き続けた。 どれだけみっともないと思っていても、彼の前では止めることもできなかった。 でも彼は微笑むだけで、私の心を守ってくれるかのようにぎゅっと抱きしめてくれた。 こうして誰かに抱いてもらうなんて初めてかもしれない。 昔から派閥のためだけに"道具"として育てられてきた私に愛情なんてものは程遠いものだと思っていた。 けれど、目の前の彼は私を好きだといってくれ、こうして私の感情を受け止めてくれる。 どれだけ実の父親に認められなかった"愛情"という感情を、彼は―――。 「……クラレット、大丈夫か? 何なら、何か飲み物を運んでくるけど…」 「いえ、大丈夫です…ごめんなさい、みっともないところを見せちゃって」 鬱陶しく前に垂れてくる髪をかきあげながら、彼に謝るが気にしないと首を振った。 「むしろ、嬉しいぜ? なんだか頼られてるんだなぁっ…て。俺ってさ、一人っ子だったから、妹が出来たみたいで嬉しいよ」 「妹、ですか……はぁ…」 なんだか複雑な気分だ。もうちょっと、こう…女の子として意識してくれてもいいんじゃないかと思う。 好きだと告白してくれた後で妹と言われたら少しばかりショックだ。 よくよく考えてみれば、この人は私のことを女だと意識してくれているのだろうか。 もちろん、彼が好きだと言ってくれたその言葉には恋愛感情によるものだとは分かる。 だが、それがあまり態度に出ていないのは、彼といつも一緒にいる私だからこそ分かる。 ……前々から思っていたのだが、この人は鈍感ではないだろうか? こうして私の部屋でふたりきりというのに、そういう雰囲気が作られていない。 だけど、こんな彼だからこそ、私は惹かれたのだと思う。 惚れた弱みというものなのだろうか。そう思うとなぜかおかしくて、吹き出してしまった。 「……? どうしたんだよ、クラレット」 「いえ、なんでもありませんよ。ただあなたとこうしていられるだけで、私は幸せなんだなぁと思いまして」 その言葉の意図が分からなかったのか、彼は不思議そうに首を傾げてしまう。 「ヘンなクラレットだなぁ…] でも次の瞬間、私はとんでもない言葉を紡いでしまった。 「私は幸せです…だから、これから先も未来を歩いていけるよう…私に勇気を下さい。……ハヤト、私を抱いてください」 *****
「私は幸せです…だから、これから先も未来を歩いていけるよう…私に勇気を下さい。……ハヤト、私を抱いてください」 彼女はそう言ってから恥ずかしそうに気の毒なぐらいに顔を真っ赤にさせる。 そして、後悔したかのように顔を俯かせて、ハヤトの様子を伺っていた。 (だ、抱いてって……!? その、普通に抱きしめるんじゃ…ないんだよな…?) いくら色恋に疎いハヤトとはいえ、彼女の表情や今までの経緯からして普通の雰囲気ではないことぐらいは分かる。 「あ、あのさ、念のために聞くけど……俺でいいのか? そりゃあ、俺は嬉しいけどさ…」 「ええ、私は貴方ではないとダメなんです…それに、私は、初めてではないですから…」 俯き加減にそう話すクラレットの言葉にハヤトは耳を疑った。 初めてではない、その言葉に一瞬でさまざまな憶測が思い浮かぶが、 そこで追求するのではなく、じっと真剣な眼差しで顔を見つめて、続く言葉を待った。 「私は無職の派閥では…その言葉通り、"道具"でした。派閥兵の慰み者としてこの身を陵辱されたこともあれば、召喚獣の実験と称して彼らと交わらされることさえありました。父親にとってこの身体は"道具"以下でもそれ以上でもなかったんです。ですから、きっとこの身体は貴方の思うような綺麗なものではありません。………それでも、私の身体を抱いてくれますか?」 しばらく沈黙が続いた。 その間、クラレットは言い表せないほどの不安に襲われていた。 彼にこの身体を抱いて欲しいのは、ただの本能欲求から来るものだけではない。 もちろん、その欲求を否定するつもりではないが、それ以外に彼と繋がり少しでも自分のことを想って欲しいという気持ちの強さの表れだった。 昔から、周囲に彼女へ愛情を注ぐものは誰もいなかった。 ただいるのは、自分のことを"道具"としてしか見ない父親と、ただ命令だけを忠実にこなす派閥兵、そして今ではくだらないと思えるほどの"魔王の器"としてだけ揃えられた自分と血を同じくするは腹違いの異母兄弟たち。 そんな環境で誰も彼女に"愛情"という感情を注いでくれはしなかった。 だが、ハヤトはクラレットにその"愛情"を注いでくれた初めてのヒトだった。 いや、"愛情"だけではなく、ヒトとして生きるのに必要でクラレットには魅力的にさえ思えたすべての感情を与えてくれた。 彼と出会う前のクラレットは周りの者が評価するのと同様に、自身を人間だとは思っていなかった。 ただ、父の命令に従って生きるだけの"道具"―――、そう自身でも考えていた。 いや、諦めていたというべきだろうか。 なぜなら、本当は欲していたのだ。彼女は父の"愛情"を。だけれど、それは与えられなかった。 だから、ヒトとして生きる全てを諦め自ら世界を閉ざしていた。 けれども、そんな彼女にハヤトは意識してか否か、その扉を開いてくれた。 彼が見せてくれた世界――、それはクラレットという一人の少女が生きるその世界。 それは、彼女だけが持つ色彩の世界。 その"感情"と言う色を与えてくれたのは、他ならないハヤトであった。 それがいつだったかは分からない。 監視の対象として必要以上にハヤトと接することのなかったクラレットが、自我を持ち、彼女だけの世界で生きたいと思い始めたのは。 なぜ、今まで目を閉じていたのだろう。 世界はこんなにも鮮やかな色彩を持ち、輝いているというのに。 だからこそ、クラレットは恐れた。 こんなことを告白して、彼に蔑まされないだろうかと。彼から"愛情"を注がれないのであれば、私はどうすればいいのか。 いつの間にか彼と離れられなくなってしまった、私の世界はどうしてしまうのだろうか。 派閥での無機質なほどの環境には耐えられたというのに、今ではたった一人の青年の言葉と感情を恐れている。 それは彼が私に感情を与えてくれたからだろうか、と。 だが、クラレットのそんな不安は杞憂に終わってしまった。 「馬鹿じゃないのか、クラレット」 「ば、馬鹿ですって!?」 一大決心で告白したというのに、馬鹿とは酷い。 あっけらかんと言い放ったハヤトの言葉にしばらく呆然、そしてむくむくと反感が湧いてきたクラレットが何かを言おうとした瞬間、彼は言葉の続きを口にした。 「ああ、馬鹿だよ。大馬鹿。分からないんなら何回でも言ってやるぜ? バカバカバカバカ……」 「は、ハヤト!? いつも考えなしな行動をする貴方にバカだなんて言われたくありません! それに…わ、わたしだって…言おうかどうか迷ったのに…!」 ついには瞳を潤ませながら訴えてくるクラレットの様子に、少しだけ苦笑して謝るとハヤトは彼女の身体を抱き寄せた。 「ごめんな、クラレット」 「えっ……?」 「そりゃあ、これがクラレットにとって初めてじゃないのは悔しいし、そんな目に遭わせた連中だって憎い。今、ここにいたらぶん殴ってやりたいぐらいだぜ? でもさ、だからと言って、クラレットが汚れてるだなんて、俺はひとつも思ってない。だから、そんなに自分を貶めるなよ……クラレット」 「はや、と……」 どうしてこのヒトはこんなにも優しすぎるのだろうか。 そんなに優しくして貰ったら、期待してしまう―――… 「それを話してくれたってことは、俺を信じてくれたからなんだろう? ……だったらさ、もう気にするなよ。クラレットは俺のものだ。ほかの誰にも手を出させやしない。たとえ何があったとしても必ず君を助けてみせる」 強くそう宣言するハヤトは、それでも照れるのか、ぽりぽりと頬を掻いてそっぽを向いた。 だが、その代わりにぎゅっとクラレットの身体を抱きしめる力を強めた。 「ハヤト……っ」 嬉しさで彼女は何も考えられなかった。過去のしがらみも、それに対する苦悩も、すべてを忘れ、ただ頭にあったのは目の前にいる彼だけだった。 ハヤトは緊張のためかぎこちなくクラレットの手を引っ張って彼女のベッドへと誘った。 むろん、こういうことは初めてであり、緊張もそのせいであるが彼女をリードしなくてはならない、と心のどこかで思っていた。 そんなハヤトの様子がおかしくて、笑ってはいけないと分かっていても思わず吹き出してしまう。 「ど、どうしたんだよ、クラレット?」 「ふふっ、ごめんなさい。ただ、ハヤトが可愛くて…」 「可愛い…? なんだか、複雑だなぁ…」 もともと顔立ちは凛々しいというよりも、どちらかというと童顔であると自分でもうっすらと気づいてはいるが、こうもはっきりと可愛いと言われたのは初めてだった。 やはり、男であるからには、もっとこう…カッコいいとか、頼りがいがある、と言ってほしい、と口に出さずとも心の中でハヤトは思っていた。 そんな心中を察してか、クラレットは微笑を浮かべながら軽く顔を横に振った。 「ごめんなさい、でも…そんなあなたがとても好きなんです」 告白してしまってからは、どうも積極的になっているクラレットは臆面もなくそう言った。 そう言われてしまえば、反論もできずただ嬉しさがこみ上げてしまう自分に呆れを感じてしまい、ため息をつく。 俺って単純なんだなぁと。 複雑な思いにとらわれながらも、ハヤトはベッドを軋ませながら優しく彼女の身体を横たわらせた。 そして彼女の顔を覗き込むように、覆いかぶさる。 「クラレット……、あのさ、こういうとき、なんて言えばいいのか…分からないけどさ」 「はい…」 お互いの視線が絡み合い、瞳が重なり合う。 恥ずかしさと困惑で、うまく言葉が紡げないハヤトを励ますように、クラレットは頷きを見せた。 あなたの言葉ならすべてを受け入れる。まるでそう言わんばかりに。 「俺、君のことが好きだ」 「ふふっ…、その言葉、何回目ですか? でも、あなたのその言葉…いつまでも、何回でも聞いていたいです…」 クラレットは腕をハヤトの首に回して、彼の身体を抱き寄せた。少しだけ重みがかかるが構わない。 だって、彼の温かみを感じていたいのだから。 自然と唇が重なった。 最初は触れるだけの軽いキス。だが、ふたりはその温もりに魅了されたかのように、何度もお互いの唇を求めて、少しずつそれは深いものへと変わっていった。 「んっ、んぅ…は…んんっ」 「はっ、はぁ、ちゅっ…んふっ、ふぅ…」 唇を離すたびに、お互いの吐息がかかりあう。 その度に、ふたりの顔は紅潮していき、目もとろんと柔らかく蕩けていく。 だが、そのお陰か、ハヤトの身体からはすっかり力が抜けてしまい緊張はほぐれてしまっていた。 「はぁ…ハヤト…」 いつもとは違う小さくとも魅惑的な声。その声にハヤトもその声を溢したクラレット自身も驚いていた。 その声は、物静かで清楚という言葉が似合ういつものクラレットからは想像できないほど、艶やかでハヤトの情欲を煽るには十分なものだった。 クラレットが驚いたのはその点ではなく、こうも容易くそのような声が出てしまったことについてだ。 もちろん、過去に陵辱されていたクラレットにとっては無理やり嬌声をあげさせられることは何度もあった。 しかし、これほど自然に、抵抗もなく出たのは初めてだった。それがとても嬉しく、反面、恥ずかしかった。 「ご、ごめんなさい…」 「い、い、いや…、その、続き、しよっか?」 謝られたのでは、どうしたらいいものか分からない。兎にも角にも、クラレットが何かを言おうとする前に強引に彼女の唇を奪った。 自分にしては強引過ぎるな、と思ったがそんなことを考えられるほど今のハヤトに余裕はなかった。 落ち着こうとするものの、先ほどのようなクラレットの魅惑的な声を聞いてしまっては、理性はどんどん溶かされていってしまっているような気がした。 それはただの想像ではなく、実際、自分に押さえが利かなくなっていたのをハヤトは自覚していた。 くちゅくちゅとお互いを貪る淫靡な音がふたりの耳に聞こえる。お互いの舌を蕩けあわせるかのように、求め合う。 それは繰り返せば繰り返すほど、ふたりの気持ちを昂ぶらせていき、結局、唇を離したのは息苦しくなってきたクラレットが先だった。 「は、ハヤト…、ちょっと…激しすぎます」 「あ、ご、ごめん…」 何もかも初めてであるハヤトにとっては、彼女とのキスは魅力的すぎた。 加減が分からず、どこで止めたらいいのか、彼自身も分からなかったのだ。 しょんぼりと肩を落とすハヤトをフォローするかのように慌てて言った。 「あ、いいんですっ! その…私も、気持ちよかったですし…」 頬が火照るのを自覚しながらも、ぼそぼそと言葉を紡ぐクラレットを見て、ハヤトはごめんな、ともう一度だけ謝った。 たったキスのひとつだけでもまごついてしまう。だが、そんな不器用なやりとりがクラレットの心を満たしてくれる。 ハヤトは本当に自分のことを想ってくれている、そう感じたからだ。 だが、当の本人は「気持ちよかった」という言葉を耳にして、身体を硬直させてしまっていた。 ハヤトにとっては彼女の口からそんな言葉は出てこないと勝手な想像をしていたためか、嬉しさと恥ずかしさで固まってしまったのだ。 (もう、仕方が無い人……) おかしくはあったが、クラレットは彼を罵倒しようとはさらさら思っていなかった。 むしろ自分の行為でそれだけ興奮してくれることがとても嬉しかった。 穏やかな笑みを浮かべながら彼女は彼の身体と自分を反転させ、今度はクラレットが覆いかぶさるような姿勢になった。 訝しげにクラレットの顔を覗き込むハヤト。 「え、なに…クラレット?」 突然のクラレットの行動に困惑する。 だが、クラレットはそんな彼に構わず再度唇を重ね合わせ、片手で彼の股間を弄り撫で上げた。 ぞくっとした快感が一瞬だけハヤトの身体を駆け抜ける。 ズボンの上からとはいえ、他人に、ましてや好意を寄せている女性に触られたのであってはそれも無理はなかった。 「ん、はっ…! く、クラレット…?」 「ハヤト…、キスだけでこれだけ感じてくれているなんて、嬉しいです…。でも、今からもっと気持ちよくさせてあげますね?」 いつもと変わらない微笑を浮かべるクラレットのその言葉にドキンと胸がなる。 いくら性の経験がないハヤトとはいえ、これから何をされるのかなんとなく想像はついていた。 それはとても魅力的ではあるものの、このままクラレットに任せっきりでは男として情けなくはないか、とも思い始めていた。 つづく 目次 | 次へ |
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