二本の一方通行路(前編)海で両親を失ったあの日。唯一生きていた自分を拾ってくれたのは海賊船であった。 そこで出会った一人の少年。ブロンドの髪が自分と揃いである事に嬉しさを覚えていた。 ずっとその背中を追っていて――いつしか海賊船の船長となっていた彼の横で、自分はその船の砲撃手となっていた。 本当の兄妹のように仲むつまじく、いつもつるんでいた二人。 この時間が永遠に続けば。 少女は青年の姿を見つめ、そう願いつづけていた。 「アニキー、入るよ?」 コンコンと船長室のドアをノックし、ソノラはサンドイッチを乗せた皿を手に抱え、カイルの返事を待つ。――だが一向に彼からの返事はこない。彼はさきほど用事があると言ってこの部屋に入ったはずだったのだが。 「もう、勝手に入っちゃうよ?」 そう言って部屋の中へ侵入し、キョロキョロとカイルを探す。 いた。 カイルは部屋の奥のベッドで、本を顔にかぶせ寝息を立てていた。その本の帯には何やら難しい言葉が羅列した文章が載っている。そういえば、以前暇つぶしにと立ち寄った街で、彼は読む時間を長持ちさせるためになるべく分厚い本を、と言って何かを購入していたのを思い出した。 だが結局、その本は読まれる事なくカイルのアイマスクへとその姿を変えていたらしい。 アニキらしいや、とソノラはくすくす微笑むと、サンドイッチを机の上へ置いた。 「アニキ、サンドイッチ持ってきたんだけど。食べる?」 「……すぅ~……」 声をかけるが彼の起きる気配はない。ソノラは頬を膨らませるが、直後、口元にニヤリと笑みを浮かべる。 (いたずらしちゃえ) ソノラは彼に近づき、顔に被せてある本を持ち上げた。さあ何をしてやろう、ラクガキか。嬉々としてソノラはカイルの顔を覗き込む。 ソノラの瞳に、小さな呼吸を繰り返すカイルの寝顔が映った。 「ッ……――」 瞬間、わずかにとくんと胸が高鳴る。 彼とは子供の頃から一緒にいたが、その寝顔をみる機会はそれほどなかった。あえて言えば、自分が両親のことを思い出して泣き出した夜、彼が添い寝してくれた時くらいか。だがそれもずいぶん幼い頃の話だ。 大人の男へと姿を変えた彼の寝顔を目の前でまじまじと見つめたのは、これが初めてかもしれない。 いつもの勇ましい面持ちはどこへやら。無邪気に寝息を立てては口をわずかに動かすカイルに、ソノラは目を奪われる。 「ア、アニキ――」 言いかけて、ソノラは慌てて言葉を止める。彼を見つめる自分の頬が、熱を帯び始めている事に気づいた。 兄妹という形での愛が、異性に対する本物の愛へと変わること。それはソノラがカイルをはじめとする海賊達と過ごし始めてから、まもなく気づいた事であった。 「…………」 ひどく喉が渇く。これは過度の緊張によるものか。ソノラは腰をかがめると、ゆっくりと顔をカイルの方へと近づける。――わずかに酒の匂いがした。ベッドの横に置いたテーブルには、三分の一ほど量の減ったウイスキーのボトルが置かれてある。 ごくんと喉を鳴らすと、ソノラは薄く目を閉じる。そのまま唇を――。 (……た、ただのイタズラだもん。アニキが起きないからいけないんだよ。……いいでしょ? 別にこれが、アニキのファーストキスってわけじゃないだろうし……さ) ソノラの唇が、ゆっくりとカイルのそれに触れる。 ソノラはその感触に頬を染めながら、しかしわずかに眉を歪めた。 (――あたしも、初めてじゃないけど……) カイルの唇は少しかさついていた。スカーレルに「アタシのリップクリームを使えば」と勧められ、気色悪いとあしらっていた彼の事を思い出し、思わず笑う。 ずっとこうしていたい。唇を重ねたまま、ソノラは彼の頬に手を添える。 「――……」 その時、今まで寝ていたはずの彼の腕が起き上がり、ソノラの体をとらえた。 「!?」 唇はそのままに、彼の腕はソノラの体を強引に自分の方へと引き寄せる。その状態のままベッドへと引きずり込み、ソノラとキスとは正反対の濃厚な口付けを始めた。舌で口をこじ開け、深く唇を重ねて舌を絡める。 「んッ……んうぅッ!!」 声を出すのも満足にできないまま、ソノラは何とかうめくように声を出し、彼からの解放を望む。 「……?」 その声を聞いた時、カイルはようやく両の眼を開いた。そして次の瞬間、それは大きく見開かれる。 「ソ、ソノラ!?」 体を突き放すように慌てて解放し、カイルは身を起こした。 目の前には耳まで真っ赤に染まったソノラの顔。震える手で、激しく口付けられた唇を押さえ込んでいる。 「わ、わりい。俺はてっきりアティだったのかと――あ、いや。……でも何で俺にキスなんか」 ――アティ?―― とっさにカイルは言葉を止めたが、ソノラはそれを聞き逃さなかった。 彼は今なんと言った?ソノラの鼓動が鈍く震える。両手をカイルの方へ伸ばすと、彼の肩を強く掴んだ。 「ねえ……アニキ。今なんて言ったの?アティ……先生だと思ったって?何それ、どういう事なの!?」 彼に強引に口付けられた事、それと重なりソノラの精神はわずかな興奮状態にあった。いつもカイルのそばにいるアティ。それはあくまで自分達のリーダーとして、船長のカイルと行動を共にしているものだとばかり思い込んでいた。 だがそれは自分の思い込みにすぎなかったのか。 視界に映るカイルが揺れている。――いや、自分の瞳に涙が浮かんでいるのだ。 「お、おい、ソノラ?」 困ったように顔を覗き込むカイル。その時、ソノラの視線が唇へといく。 この唇で、さっき自分にしたような事をアティにもしているのか。心の奥底からくやしさが込み上げてくる。 ソノラはカイルの頬を両手で包み込むと、ぐいと顔を近づけた。 「んッ……!?」 カイルの唇に、再び自分の唇を重ねる。さっき彼がしたように、舌を彼の口内に潜らせて絡めていく。 突然の出来事に、カイルは抵抗ができず彼女のそれを受け入れていた。長年自分を兄として慕ってきた少女の行為にとまどいを隠せない。しばらくは続くかもしれないと思った彼女の口付け。 「……あっ……!」 だが彼女の唇は、意外にもあっさりと自分から離れていった。 いや、「離された」といったほうが正しいのかもしれない。 「――罰ゲームはおしまいよ、ソノラ」 「っ!」 ソノラの背後を見ると、そこにはいつの間に部屋へ入り込んだのか、彼女の襟首を掴むスカーレルの姿があった。 スカーレルはその瞬間わずかに眉をひそめていたが、すぐさまそれを笑顔へとすり替える。 「あははっ♪ごめんなさいねぇ?カイル。アタシ達さっきまでカードゲームしてたんだけどね、その時の罰ゲームがなんと、貴方の寝込みを襲うことだったのよ!」 「……罰……ゲーム?」 「そう!で、もしアタシが負けてたら、カイルの寝顔にキスしちゃうのはアタシだったワケ……うふふっ」 残念だったわぁ、と冗談めかして自分の唇を指で撫でるスカーレルに、カイルは思わず顔を引きつらせて苦笑する。 じゃあアタシ達はこれでと、ソノラを引っぱり部屋を後にするスカーレル。 カイルは状況を飲み込めていないまま、その言葉にうなずきながら二人を視線で見送っていた。 船内の廊下をソノラとスカーレルの二人が並んで歩く。重い沈黙が漂っていた。 「……ソノラが船長室に入っていったのを見たんで何となく入ってみれば……あんな事が起こってたなんてねぇ」 「スカーレル……どうしてあんな事言ったの」 「罰ゲームだってウソついた事?」 二人はよく暇つぶしにカードゲームを行っていた。以前はそれの勝敗にかこつけてソノラはスカーレルに欲しい物をねだっていたのだが、ある日を境にして、スカーレルの方からそのルールを廃止しようと言い出していたのだ。それからカードはソノラの部屋でホコリをかぶっている。 スカーレルは視線を正面に向けたまま、小さく息を吐く。 「じゃあ、アタシがフォローしなかったらあの後どうするつもりだったの?」 「…………」 言葉が出ない。ソノラはうつむき唇を噛む。 確かにあの時は頭に血が上っていたため、正常な思考などできるような状況ではなかった。 だから、アティの名を口にしたカイルに対してあのような行為に及んでしまったのだろう。 先生がアニキと――……。 カイルの言葉を思い出し、再び胸が痛む。ソノラの様子を横目で見ながら、スカーレルはしばらく考えたのち、おもむろに口を開いた。 「貴女は知らなかったんだろうけどね。結構前からカイルはセンセと付き合ってるわよ」 「…………ッ!」 すでに予想していた事だが、ソノラは悲しみを含んだ瞳でスカーレルを見上げる。心の片隅で、できる事なら否定したかった二人の関係。だがスカーレルがそれを口にする事により、彼らの関係を事実として受け入れなければならなくなった。 「な、何でスカーレルがそんな事知ってんのよ」 「まあ、なりゆきでね。――だから、カイルの事はあきらめなさい」 冷たく言い放つ。彼の横顔は表情を持たず、感情を見てとる事は困難だった。 だが、ひとつだけその様子で分かる事があった。 それは『普段の彼らしくない』ということ。 いつもならどんな事でも大抵冗談交じりに言う彼が、淡々と言葉を話すさまは珍しい。 ソノラは少し足早に進み、スカーレルの正面へ回り込むと、彼の両肩を掴んでその顔を見据えた。 「スカーレル……。もしかして、嫉妬してる?」 「…………」 からかうような目つきで見上げるソノラを、黙ったまま見下ろすスカーレル。わずかに彼の眉が歪む。 「あたしがアニキにキスしてたから、そんなに不機嫌なんだ?」 「……違うわよ。アタシはソノラになんか怒っちゃいないわ。勘違いしないで」 「ッ……」 冗談ぽく口にしたソノラに対し、スカーレルの返答はやはり素っ気無い。ソノラは無言で視線を落とすと、肩を掴んでいた手をそっと下ろした。そしてその顔に苦笑を浮かべる。 「あ、あはは!そう、だよね。あたし……何勘違いしちゃってるんだろっ」 正面を向くスカーレルの視界から消えるように、ソノラは体を横へとよける。 「そうそうっ。……あの時の事だって、カードゲームの賭けであたしが酔っ払ってあんな約束しちゃってたからだし。……別にあたしの事を好きだったからやったワケじゃないもんね」 「――――……」 スカーレルの脳裏に、海で気ままな海賊生活を送っていた頃の光景が浮かび上がる。カードゲームの連敗続きで、ルールはルールだと言うソノラにせがまれ、彼女に買い与えた高価な銃。その代償として自分が勝利した時にソノラに求めたのは、かつて彼女が酒気を帯びた状態で冗談混じりに口にした行為であった。 「――アタシとセックスした事を言ってるの?」 さらりと言ってのけるスカーレルに、ソノラの頬が一気に紅潮する。 熱を払うようにフルフルと首を横に振ると、わざとらしいほどに明るい笑顔を浮かべた。 「あ……、えっとね、あたし別にあの日の事は気になんてしちゃいないから!むしろあの時まではキスだってした事なかったんだもん。そんなのって恥ずかしいでしょ?かえって肩の荷が下りた気分だよ」 早口でまくしたてながら、ソノラは自分で何を言っているのかが分からない。 さっきまではスカーレルの素っ気無い様子の理由を尋ねていたのではないのか。 なぜ今は彼に対して過去の弁解などをしているのだろう。 ソノラは自分の頭が沸々と煮えたぎる感覚に鼓動を早まらせながら、「それじゃあ、部屋に戻るね」と駆け足でその場を去っていった。 「…………」 静まり返った真昼の廊下。スカーレルはちらりと船長室のドアに目をやると、わずかに歯を軋る。 ゴッ!! 壁に叩きつけられた彼の拳の勢いに、年代物の木の板は鈍い音を立てた。 拳からかすかに血が滲んでいる事など、彼にとってはどうでもいい事だった。 パタンとドアを閉め、ソノラはそのまま力なくベッドに倒れこんだ。 カイルに犯された口内の感覚がいまだに離れない。彼の逞しい腕に荒々しく抱きしめられ、体が折れるかと思った。 『結構前からカイルはセンセと付き合ってるわよ』 スカーレルの言葉が頭をよぎる。カイルとアティはもう一線を越えた関係なのか。さっきソノラにしたのと同じように抱きしめ、唇を奪い、スカーレルが自分を抱いたように、カイルもアティを抱いたのだろうか。 スカーレルに抱かれた時の事が、突如ソノラの中に鮮明に浮かび上がる。男の大きな手が体をまさぐり、熱く膨張したものが痛みをともない自分の中へと侵入する感覚。 ソノラは自らの体が次第に火照り始めている事に気づいた。 スカーレルに抱かれたあともカードゲームは続けていたが、あれ以来たとえ勝利する事があっても、お互いに極端なことを強要する事はなくなっていた。そして少し前にスカーレルから、そのルールを廃止するように言われたこともあり、自然と二人でカードゲームをする機会はなくなっていたのだ。 だから、あの日以来ソノラはスカーレルとは何もしていない。 一度限りの、男との交わり。 「…………」 ショートパンツの内側に、ソノラはおもむろに手を差し込んだ。更にそこから下着をくぐり、指先で薄い茂みをなぞっていく。 (……確か、スカーレルはあの時こうやって……) おそるおそる股の間に手を入れると、手探りでクリトリスを探し当てる。指の腹でその部分を撫で上げると、わずかな刺激がソノラの身を襲った。 目を細め、息を荒げながら行為を続ける。それを覆う包皮を指でめくり、露出した肉芽を何度も指で愛撫する。――絶え間のない快楽。それをもたらしているのが自分自身だという事に虚しさを感じたが、久々の性的な快感に、ソノラは行為を中断する事ができなかった。 「あッ……んふぅッ……」 愛液が滲み出した秘部に、指を挿入する。自慰経験のないソノラは加減がわからず、強引に押し込んだ指が膣を圧迫する痛みに顔を歪めた。 「あはッ……、アニ、キ……」 膣に入れる指をもう一本増やし、内部を掻き回す。指を引き抜くたびに、そこからは粘液で濡れた音が立つ。 愛しい男を想いながら、他の男に抱かれた時の事を思い出して自慰行為にふける自分。 最低だと思った。なんていやらしいんだろう、と。 ベッドにうつ伏せになり、シーツを握り締める。閉じた目からこぼれ落ちた涙が、シーツに跡を残した。 つづく 目次 | 次へ |
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